第30話 洗脳?とりあえず10倍返しにしておきました。
「つまり、この方はあの偉大なる大賢者様で、お兄様は半分はお兄様ではなく、伝説のエドモンド王で、何故か大賢者の遺産を手に入れた大巫女様により、グレン様が洗脳されていると?」
「はい・・。」
尋問を受ける罪人のような面持ちで、ジュリアは答えた。勿論尋問官はエリザベスだ。
「しかも、その大賢者様の封印を解いたのは、『闇の魔力』を実は持っていたジュリア様であると。」
「あ、薔薇妃は『闇の魔力』だけでなく全属性持ちだよ?」
すかさず訂正をするエドワードをジュリアはキッと睨んだ。
(余計なことをっ!!)
「全属性ですか・・・。それはまた大層なことですね。そぉんな重大なことを私に黙っていたというのですか?」
「ち、違いますのよ、エリザベス様。これには訳が・・・。」
もう、若干涙目になるジュリア。妖艶の魔女、後宮の毒妃とまで言われた彼女がここまでビビる相手はエリザベスの他にいない。
「何が違うのですか。私は随分うぬぼれていたようです。ジュリア様とは何でも言い合える、唯一無二の親友であると自負していましたのに。」
「そ、それはわたくしだってそうです!わたくしが本音を言えるのはエリザベス様だけですわ!」
必死に訴えるジュリア。
「それならば何故私に黙っていたのですか?」
ジュリアの瞳をジッと見据える。
「それは・・・。そうですわね。もう言い訳にしかなりませんわね。わたくしの能力を知ることでエリザベス様に少しでも危険や迷惑が及ぶことを避けたかったのですが・・。わたくしは心のどこかでわたくしの方が強い、わたくしがエリザベス様を守らなければと驕っていたのかもしれません。今となってはその考え自体が傲慢なものであったと分かります。真にエリザベス様の事を思い、信頼するのであれば伝えるべきでしたわね。本当に申し訳ございません。」
深々と頭を下げる。そんなジュリアを見て、エリザベスは肩をそっと叩き、顔を上げるように言った。
「お分かりいただけたのであればもうよろしいのです。私だってジュリア様をお守りしたいんですよ?私の知らないところで危険な目に遭っていたらと思うと、怖くて仕方がありません。」
幼子に諭すように、ジュリアに優しく訴えかける。
「はい、心得ましたわ。」
ホッと胸をなで下ろしやっと笑顔になったジュリア。
「あのー、もういいか?そろそろコイツの洗脳を解いてやらんと・・。」
そう言えば、そうだったとハッとなるジュリアとエリザベス。バッと一気に視線が集まり、グレンはオロオロと落ち着かなさそうにしている。
「あの、私は別に洗脳されている気などはしないのですが。」
1人だけ話についていけず、どうすればいいか分からなかったようだ。居心地悪そうに扉の前に立っている。
「そう言うもんなんだよ、俺様の魔法はな。因みに聞くけど、モリオール教についてどう思っている?」
「へ?はぁ。我が国の国教で民の心の支えともなる素晴らしい教えだと思いますが。」
突然の質問にポカンとしながらも、ごくごく普通に答える。
「まぁ。そうだな。この辺の質問は取り立てて不思議な回答はしないか。んじゃ、次な。もし、エリザベス嬢と大巫女が同時に命の危険に晒されてどちらか片方しか助けられないとしたらどうする?」
「そんなの、大巫女様に決まっているでしょう。大巫女様は我が国において最も尊ぶべき御方。何者にも代えがたい存在なのですよ?」
「「!!?」」
即答で、はっきりと答えたグレンに、エリザベスとジュリア双方が驚き目を見開いた。グレンのその瞳は虚ろどころか、しっかりと光を放ち、完全にグレンの意志として言ったと思える。本来洗脳というものはその者の人格に作用する魔法で、どこかしらに異常を来してしまう。それこそ目が虚ろになったり、ろれつが回らなかったり、抑揚のない淡々とした喋り方であったり。だが、グレンにはその様子が一切なかった。
「確かに、これは厄介ですわね。その者を良く知らない者たちが一見してみれば真にそのように思っていると思い込んでしまいますし、言っていること自体はそこまで異常とは思えませんものね。わたくしたちはグレン様がエリザベス様を真に愛し、何よりも優先される御方だと存じていますので、この発言が異常なものだと分かりますけれど。」
ジュリアは心のどこかでスゥーッと温度が低くなっていくのを感じた。
(こんなものが、何十何百、いえ、何千何万もの国民にかけられたとしたら・・・。それこそ国が滅びかねませんわ。)
「そうなんだよなー、これが俺様の魔法のすごいところなんだよ。アレ1つで国取りも夢じゃないぜ?」
ドヤッと笑うその顔の鼻を叩き折ってやりたい気持ちになったが、とりあえずそれは後に回す。先にグレンの洗脳を解いてもらわなければならないため、ここは我慢だ。まぁ、ジュリアが手を下さずとも隣でエリザベスがワナワナ震えているので、ジュダルはこの後それ相応の報いを受けるだろう。
「ではさっさとその物騒な魔法を解いていただけますでしょうか。」
これ以上待っていたらエリザベスの怒りが再び爆発しかねないため、ジュダルを急かした。
「へいへいっと。・・・ほら、俺の目をよぉーっく見なよ。」
ジュダルがグレンの前に立ち、顔を見合わせる。
「―――彼の者に巣食う“闇”よ。主の元へ返れ。『拒絶』―――」
カッとグレンの身体が光ったと思うと、グレンの瞳から黒い靄のようなものが2現れ、やがてそれが1つに交わると、そのまま窓を通り抜けてどこかへ飛んで行った。
「『失われた言葉』の上に、詠唱までなさるんですね。ジュダル様なら無詠唱でも洗脳を解くことぐらい出来たのではありませんか?」
彼の魔法で、かつ得意分野の精神魔法だ。魔法の解除は確かに難しいが、ジュダル程の熟練ともなると、無詠唱で解くくらい簡単にやってのけるだろう。
「まぁ、確かに洗脳を解くだけなら無詠唱でもできるさ。ついでに大本を破壊してやらんと解決にはならんだろう?今頃かけられた魔法は何倍何十倍にもなって持ち主のところに返っていっている。魔法ってのはかけられた時よりも、それを返された時の方がその効果は大きくなるんだ。現に、お前に洗脳を跳ね返された時大巫女は顔に大きな傷を負っただろう?今頃『洗脳の首飾り』はその反動に耐え切れず、砕け散り、漏れ出した魔力は大巫女を蝕んでいるころだろうよ。」
ジュダルは基本、自分の気に入った人物以外には冷酷な面がある。ジュリア達と一緒にすごしているとそんな感じはしないが、彼が活躍していた時代、ローゼンタール王国と戦争していた国々は滅亡寸前まで追い込まれたほどだ。『敵には容赦しない』が彼のモットーである。
と、その時、遠くで悲鳴が聞こえた。
「お?もう効果が表れたようだな。」
他人事のように言うジュダルに内心ゾッとするジュリア。
「安心しろって。命までは奪わない。洗脳の魔法は精神魔法。心を蝕んでいくだけだ。」
心を蝕まれて命を落とした人たちをジュリアは何人も知っているのだが。当の本人は大巫女の命などどうでもいいらしい。
「ですが、大巫女様の背後関係を洗うにはそれなりにまともでいらっしゃっていただかなくては、いけないのではないですか?」
先ほどまでエドワードと、大巫女を裏で操っている人物を探ろう!という作戦を立てていたばかりだ。精神異常をきたしている大巫女に尋問など出来るのだろうか。
「ぁー・・。うん、悪ぃ。それは考えてなかったな。」
(やっぱり、考えなしでしたのね。)
『大賢者』とはなんぞやと考えたくなるほどの無計画。呆れてものも言えなくなる。
「とりあえず、背後関係については『洗脳の首飾り』が隠してあった場所の痕跡を探る事、ここ最近大巫女に接触していた人物がいないかを調べることに徹底するってことでどうだい?それでも困難であれば、私や薔薇妃の光魔法を使えば何とかなるだろう。」
このままでは収拾がつかなくなるため、とりあえずエドワードがまとめ、皆がそれに頷いた。
「んじゃ、最後に。グレン、お前にとって大事なのはエリザベス嬢と大巫女のどっちだ?」
皆の注目がグレンに集まった。
「そんなこと決まっているではありませんか。エリザベス様に決まっています。私にとってエリザベス様は何にも代えがたい存在です。たとえ大巫女様や陛下と言えど、エリザベス様より優先することはあり得ません。」
一国の主を前にしてその答えはどうかと思うが、その堂々たる口ぶりに皆が安堵したのは言うまでもない。特にエリザベスに至っては顔を綻ばせて人目も憚らずグレンに抱き着くほどであった。
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「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!目がっ喉がっ!!灼げるッ!!!どぉ゛じてっ!!?」
苦しそうにもがきながら喉を掻き、目に巻いてある包帯を引きちぎり、周りにいる修道女たちが泣きながら大巫女を抑えようとしている。
「落ち着かれてください!!大巫女様っ!目は癒しの魔法で痛みを取ったではありませんか。喉もどうもなってはいませんっ!!どうされたのですかっ?!」
彼女たちには分からない。今大巫女がどのような状況にあるのかを。見た目にはどうもなっていない様に見えるが、彼女の精神世界では何度も何度も目を焼かれ、口から高温で溶かされた鉄を流し込まれ、いたるところが爛れ、見るも無残な姿になっているのだ。それを治しては再び同じ地獄の繰り返し。その終わる事のない痛みは彼女の自我を崩壊させるのに十分なほどであった。
「あーぁ。こわれちゃったかー。」
突然、窓の方から子供の声が聞こえて来た。
「こ、壊れたとは、どういうことですか?貴方は誰なのです?」
修道女の1人が彼に声を掛けた。
「ん?決まっているじゃない。その首飾りだよ。あ、もちろん、大巫女もいい感じに壊れちゃっているけど、それについては僕はあんまり興味ないし。」
ヒョイッと窓から飛び降りたその人物は大巫女の首にぶら下がっている『闇の魔石』が割れたその首飾りを引きちぎると、再び窓の方へ戻った。
「せっかくあの人にいい報告が出来ると思ったんだけどなー。残念。大巫女はその器じゃなかったか。仕方がない。もう1人の方に頑張ってもらうしかないね。」
言っている意味が分からず、呆然とする修道女たち。
「あ、ソレ。どう頑張ってもキミたちにはもうどうすることも出来ないからいっそ殺しちゃったほうがソレのためにもなると思うよ?んじゃぁね。」
バイバイと手を振ってきた時と同じように突然、姿を消した。
立ち尽くしていた修道女たちはハッとなると、まるでその間の出来事を忘れたかのように、再びもがく大巫女に駆け寄り、自分自身を掻きむしり傷つけていく大巫女を抑えつけた。事実、彼女たちはその人物の顔も、形も、声も、何を話し、何をしたのかもスッポリその間の記憶だけ抜け落ちていたのだった。
腹黒幼女、早々にフェードアウトしそうです。




