第29話 エリザベスの怒り?さわらぬ神に祟りなしです。
ジュダルのいなくなった部屋で、エドワードと2人きり、ジュリアは早速次の話に移った。
「ではへい・・エドワード様。」
陛下、と言おうとするとたちまち不機嫌になるため、仕方なく他人の目がないときは名前で呼ぶことにした。
「視線の主についてですが、何かお心当たりはございますか?」
大聖堂に入ってすぐ、いくつかの視線を感じた。ただ観察しているだけの視線から、悪意のあるものまで。大体4人ってところか。
エドワードを見ると、こくりと頷くのが分かった。
「全部で4人だね。2人は教皇の手下、もう1人はおそらく刺客の類だろうな。そしてもう1人だけど、・・・教会の人間には違いないのだが、どうもおかしい、と私は思っている。」
「おかしい、とは?」
「・・そうだね、教皇とは別の、何かの意志で動いている、とでも言おうか。たとえば教皇の手先については私たちを監視しているだけ、暗殺者は少しだけ殺気が混じっていた。だが後のもう1人は何の感情もないんだよ。それこそ、何か魔道具のような、そんな存在だと思う。」
「魔道具、ですか?」
エドワードの言っている意味が分かるような分からないような。
「その人はもしや2階におられた方でしょうか。」
ジュリアが司教に対して殺気を放った際、前者の3人は警戒を強めたのがすぐに分かったが、最後の1人、2階にいた者はただ視線を送っていただけ、『見る』というよりは『映す』という方が正しいのかもしれない。それくらい無機質な視線だったのだ。
「あぁ、その通りだよ。教皇の手先はただ私たちの同行を探って隙を見て懐に張り込みたいだけなんだろう。暗殺者は・・多分言いたくはないけど、君が狙いだと思う。」
「わたくしも、そう自覚しておりますわ。」
なにせ、ジュリアへ送ってくる殺意が半端ない。本当に暗殺者として大丈夫なのか?と心配になるほどだったからだ。
「だけど、最後の1人についてはその意図が全く分からない。誰の手先のものなのか、私と薔薇妃、もしくはエリザベス達の誰を監視していたのかも分からないんだ。こういうのはジュダルの専門だから頼みたかったのだけれど、今あいつ、自分のしりぬぐいで忙しいからな。」
先ほどジュリアに言われすごすごとこの部屋から姿を消し、自分の蒔いた種を回収しに行ったジュダルのことを思い出す。
「あの方はあの方でやらなければならないことがあるんですもの。今はおいておきましょう。それよりも、エドワード様。少し整理させて頂きたいのですが・・。」
「何をだい?」
ジュリアがスッと立ち上がり、右手を前に差し出すと、大きな1枚の紙が現れた。
「今のモリオール教の勢力図と、大巫女様の情報です。」
それを知らなければ無事にここから出ていけない気がするため、まずは情報を集めることに集中することを決めた。
「そうだな・・。私もそこまで詳しくはないのだが・・。」
エドワードの話を要約すると、現在モリオール教には2つの派閥がある。教皇であるパラジオールと大巫女を担ぎ上げている派閥だ。本来大巫女や勇者は教皇の管理下にある。もちろん、成人し、魔王討伐に出た勇者にも必ず教会の監視の者が1人お供に付く。もちろん、教会の意に沿わない事をさせないためだ。国のため、民のためと言い含め、自分たちの都合のいいように行動をとらせる、彼らの御決りのパターンだ。だが、最近教皇の管理下にあるはずの大巫女がどんどん力をつけて来ており、教皇の手には負えなくなってきているらしい。元々、今の大巫女は8年前モリオール教の修道院に捨てられており、親は分からない。教会で育てていくうちに『光の魔力』を発揮するようになり、それからはその身をヴァンデンブルグ大聖堂に移し、魔力を高めるための修業や、日課の『光の泉』で身を清めたりして育った。その考えはパラジオールによってパラジオールに絶対の忠誠を誓うようにしていたはずだが、最近ではパラジオールに意見をしたり、影で大巫女派の拡大のため、派閥への勧誘をしたりもしているらしい。
「まぁ、教会の威光なんて『光の魔力』をもつ者たちの活躍で出来ているようなもんだから、教皇か大巫女かって言われれば大巫女に付く人も大勢いるしね。そしてここからが重要なんだけど、」
ずいっと身を乗り出し、人差し指を立ててジュリアの目をジッと見た。
「大巫女が急速にその派閥を大きくし始めたのがここ1、2ヶ月の話なんだよ。」
「!!」
エドワードの話を聞いてハッとなる。
「それは、大巫女様が洗脳の力を使っていますのね?そしてわたくしたちに洗脳の魔法を掛けようとしたのは教皇様ではなく、大巫女様のご意志、ということになりますわね。」
(むしろ、パラジオール様はあの『負の遺産』のことをご存じでないのではないかしら。ご存知でしたらとっくの昔に取り上げて大巫女派なんて早々に潰していそうですものね。)
「そう。だから私たちが注視すべきはパラジオールのような小物ではなく、得体の知れない大巫女って訳だ。あの魔法から考えると一応教会と全く違う考えを持っているとは思えないんだけど、その行動の裏に、何か別の考えがあったと思う。」
「そうですわね。パラジオール様の考えであればあれほど分かりやすい方はいらっしゃいませんし、特に注意することもございませんでしょう。『負の遺産』の取得ルートを調べるのと同時に、背後に誰がいるかを調べるべきですわね。」
ジュリアの考えを聞いて、極上の笑みを浮かべるエドワード。
「さすがは薔薇妃だ。その通りだよ。大巫女の考えが変わるきっかけとなった人物がいるはずだ。そしておそらくそれは『洗脳の首飾り』とも関係している。ジュダルはあんな風に軽く言っていたけど、一応ちゃんと『負の遺産』はそれなりに見つけるのに困難な場所に隠しているし、それを得ようものなら様々なトラップを乗り越えていかなければいけないんだよ。並大抵の魔法使いでは太刀打ちできないはずなんだ。それを、教会にずっといるはずの大巫女が取ってこれるわけもないし、王宮魔導師だっておそらく見つけることすらできないだろう。つまり、アレを大巫女に与えた人物ってのはかなりの実力者ってことだね。」
(全く、本当に何であの方は人の害になるようなことしかしませんの?確かに、冒険者を目指すわたくしとしても、『負の遺産』シリーズは心躍る秘宝と思っていましたが、自分の害になると分かりますと、ただのゴミにしか見えませんわね。いいえ、ゴミ以下ですわ。・・・あ、そういえば・・)
「え、エドワード様。ところで、エリザベス様やグレン様は大賢者様の事をご存じでいらっしゃるのかしら?」
ジュリアはエリザベスに自分の本当の能力までは伝えていないし(エリザベスが知ることで危険が及ぶかもしれないということを案じたため)、ましてやジュダルの事なんてそれを知るきっかけになるかもしれないのだから言うはずもない。
「いいや?伝えていないけど。」
ジュリアは思いっきりゲッという顔をした。
(ま、まずいですわ・・。)
「あの、洗脳を解くというのは姿を現さなくても出来ることなのでしょうか?」
「いや、結構高度な魔法だからね。姿隠しの魔法を使いつつ行うのは困難だと思うよ?」
どんどんジュリアの顔色が悪くなっていく。
「そ、それは、エリザベス様達の前に急に黒ずくめの男が現れて、問題はないのでしょうか?わたくし、とっても嫌な予感が・・・・。」
ジュリアのその言葉の続きを言うことなく、ジュリア達の部屋の扉がバーンッと大きな音を立てて開かれた。
扉の前にはエリザベスとグレン、そしてジュダルがいる。
「え、エリザベス様・・・。」
「お兄様、ジュリア様、ごきげんよう。ちょっといいかしら?」
綺麗な笑みをぴったりと顔に張り付かせているエリザベス、エリザベスの突然の行動にオロオロするグレン、すまん!とジュリアに訴えかけるジュダルの三者三様である。
(あの様子だと、グレン様、絶対にエリザベス様の尻にしかれますわね。)
などと、関係のない感想を抱いている場合ではない。エリザベス嬢久々のお怒りモードである。このモードをジュリアが見たのは過去2回。ライラがグレンに言い寄っていた時と、ライルがジュリアを断罪しようとしたことを知った時だ。彼らに罰が下ったときもあれでは足りないと言い出し、ライルは去勢すべき、ライラは常闇の国に捨てるべき、さもなくばお前を国家反逆罪で相応の処罰をくだしてやると刑吏官を脅したそうだ。
そのエリザベス様の3回目のお怒りモードだ。それも今度は、おそらくジュリアとエドワードにその怒りが向けられている。
(ぶ、無事に終わる気がしませんわ・・・。)
「あ!そうだわ!わたくしちょっと女官達に用が・・・。」
この場から逃げ出そうと出口に向かおうとする。が、エリザベスに肩を掴まれて進むことが出来ない。
「ジュリア様。それは私の話を聞いてからでもよろしいのではありませんか?」
「は、はい・・。」
あまりの迫力にすごすごと引き下がるジュリア。チラリとエドワードを見たが、ジュリアと同じく青い顔をしている。 なるほど、兄で国王であるエドワードにもエリザベスの怒りモードはどうすることも出来ないらしい。絶望だ。
「さて、ご説明頂きましょうか。この黒ずくめの妖しいとしか言えないような男が、私の愛するグレン様に何をしようとしたのか。そしてこの男が何者かを!」
ドンっとジュダルをエリザベスとエドワードの前に突出し、ジリッと詰め寄るエリザベスはジュリアの心にトラウマを植え付けるには十分だった。
個人的に好きなキャラはエリザベス嬢です。良い姉さんです。




