第28話 大賢者の遺産?いいえ、国を滅ぼす兵器です。
大巫女の具合が悪いらしく、慌ただしいヴァンデンブルグ大聖堂の中で、司教に連れられてジュリア達4人は大聖堂の隣に建つ、貴族ご用達の宿顔負けの立派な居住施設についた。
清潔に保たれた建物の中。聖職者に必要なんだろうかと疑問に思ってしまうほどのきらびやかな装飾。1部屋1部屋が相当な広さなんだろうか、扉から扉までが長く、遠い。
(よくもまあ、恥ずかしげもなく、あきれた建物ですこと。)
その感想はエリザベスも同じのようで、顔を顰めている。
「さぁ、国王陛下並びに薔薇妃様はこちらの部屋へ、エリザベス内親王様、ラージラス公はその隣のあちらの部屋へどうぞ。」
やはり別々の部屋にはならなかったかと肩を落とすジュリア。今まではエドワードが外出していたため、同じ部屋を用意されていても一晩一緒に過ごすことはなかったが今日はさすがに外出の予定はないらしく、そのままスタスタと部屋の中へ入っていった。
「どうしたの?薔薇妃。早くおいで。」
げんなりとした顔で部屋に入るのをためらっていると、エドワードから催促されたので仕方なく入った。
女官や従者たちは別の居住施設に今晩は泊まるらしい。その間のジュリア達の世話は修道士や修道女がするとのことだ。
つまり、完全にエドワードと2人きりなのだ。
(いえ、もしかしたら3人かもしれないですわね。)
ジュリアがそう思ったまさにその時、既に扉が閉められ2人っきりになった部屋にジュダルが現れた。
「よう!具合はもういいようだな。」
ジュリアの顔を見るやいなや、そう喋るかけるジュダル。
「えぇ、おかげさまでこの通りですわ。その節はありがとうございました。」
ここは丁寧にお礼を言っておくことにした。
「私からも一応、礼を言おう。」
(やっぱり、事情を知っていましたのね、陛下。)
それであの時そこまで驚いていなかったのかと理解した。
「いいってことよ。ちょこちょこーっとこいつん中に入り込んで『闇の魔力』を注いだだけだからな。」
「別にわたくしの精神世界に入らずとも他に方法があったのではありませんか?」
他人に心を除かれたどころか入り込まれたのだ。いくら自分を助けるためとはいえ、いい気はしない。
「あのなぁ、それをするには俺はあそこで大巫女やエリザベスが見ている前で姿を現さなきゃいけねぇんだぞ?なんて説明する気だ?お前の精神世界に入るのだったら、既にお前が俺の魔導書を解放して俺の知識を取り入れた時点で俺とお前の精神世界をつなぎやすくなっていたから、姿を現さんでも出来たんだ。あの時は急いでいたし、あれしか方法がなかったんだ。」
「そういうことなら、今回だけは我慢致しましょう。ですが今後は一切わたくしの精神世界に入ることも、わたくしに精神系の魔法を掛けることもなさらないでくださいまし。」
もう1ヶ月前のように自分を偽ることをしなくなったジュリアはスバスバと本音を口に出す。これで少しはエドワードとジュダルの興味を失えばよいのだが、現実問題はそうもいかない。
「薔薇妃はそうやってハッキリ物を言っていると生き生きしていつも以上に輝いているね。私にはまぶしいくらいだよ。」
「は?」
「そんな生産性のない男とばかり話していないで、私の相手をしてくれないか?しばらく君と会っていなかったから、君が足りていないんだ。」
ぞわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ
ジュリアはいっせいに鳥肌が立ち、血の気が引いていくのが分かった。
(おえっしばらく見ていなかったせいか、以前の何倍にも増してうっとおしさと気持ち悪さが・・・。)
心の中でだけではなく、リアルに吐こうとしている。
「どうしたんだい?薔薇妃。もしかしてまだ具合が悪いのかい?」
(はい、貴方様のせいで。)
ジトッとエドワードを見た。
「あぁ、そんなに白い顔して・・。さぁ、こっちにおいで。私が介抱してあげるから。」
「結構ですわ。」
かがんでいた体勢を目にもとまらぬ速さで起こし、ぴしゃんと立ちなおす。
「そんなことよりも、陛下、ジュダル様。」
「・・・。」
「お?何だ?」
何故か返事をしないエドワード。
「陛下?聞いていらっしゃいますか?」
「・・・・・。」
再度声を掛けてあげるが、今度はプイッと顔を背けてしまった。
「なんなんですの?意味が分かりませんわ。もういいです。では、ジュダル様だけ御耳をお貸しください。」
このままエドワードに付き合っていては本題に入れないため、あっさりと見捨てる。
「・・・ずるい。」
エドワードを無視して話をしようとしていたところ、ぼそりとエドワードが呟いた。
「それでですね、ジュダル様。貴方様ももうお気づきとは思いますが・・。」
もう面倒くさいので、エドワードの呟きに取り合うこともしない。
「ジュダルばっかりずるい。」
今度ははっきりと主張してきた。さすがにこれは無視できず、つい「何がでしょうか?」と返事をしてしまった。
「何故ジュダルだけ名前で呼ぶんだ?私の事もエドワードと呼んでほしい。」
突然何を言い出したのか、あまりのことにジュリアはしばらく固まってしまった。
(・・・・・な、何を仰っていますの?名前?そんな些末なことでふてくされていたのですか?陛下ともあろう方が。呆れてものも言えませんわ!)
「ジュダル様、話を続けますね。」
こういう面倒臭い輩は無視をすべきと昔から決まっている、とばかりにすぐに調子を取り戻してジュダルに向きなおす。
「ひどいじゃないか、薔薇妃。私は本気で君のことをこんなに思っているというのに。そんな分からず屋の薔薇妃には――――」
ハシっと左腕を掴まれ、エドワードの方に引き寄せられる。突然引っ張られてバランスを崩したジュリアはそのままエドワードの胸に倒れ込んでしまった。
「な、なにを―――」
「お仕置きが必要みたいだね。」
そっとエドワードの顔が近づいてきた。
(いやぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!)
反射的に顔を逸らそうとしたが、グッとエドワードにより固定されており、びくともしない。
そうこうするうちにもう目の前にエドワードの顔が。思わず目をぎゅっと閉じる――――
だが、その後に来るであろう感触はいつまでたってもジュリアに訪れることはなかった。
「・・何をする、ジュダル。」
エドワードの不機嫌な声が聞こえたのでようやくジュリアは瞳を開け、状況を確認する。
どうやらエドワードがジュリアにキスをする寸でのところでジュダルがどんな魔法を使ったかはわからないが、ジュリアを奪取し、現在はジュダルがジュリアを抱きかかえているようだ。
「俺様の前でそんなことが許されるって思うのが間違いだろう?」
(た、助かりましたわ。穀潰しのようなジュダル様でもたまには役に立つときがありましたのね。)
こと、エドワード対策に関してはジュダルの右に出る者はいないだろう。もちろん、ジュダル対策についてはエドワードが第一人者だ。そう、エドワードだけでなく、ジュダルも危険人物には変わらない。
「ジュリアはお前とキスなんかごめんなんだよ。なんせ俺様の子供を孕むんだからな。」
「お、お二人とも、いい加減にしてくださいまし!!そのような時ではないのですよ?!」
遂に沸点に到達したジュリアは風魔法を使って近くにある椅子やらテーブルやらを浮かせた。
「わ、わるかったって!そんな物騒なことすんなよ!」
「すまない、薔薇妃。ちょっとした悪ふざけだ。だから、落ち着いてくれないか?」
ゴゴゴゴゴっという音まで聞こえてきそうな雰囲気に、腰が引ける変態1号・2号。
しばらく膠着状態が続いたが、やがてジュリアは魔法を解除し、椅子やテーブルを元の場所に戻した。
「最初から真面目に聞いて下さればわたくしもこのように実力行使をすることはありませんのよ?以後気を付けてくださいまし。次にこのようなことがあれば容赦なくたたきつぶしますわ!」
フンッと鼻を鳴らしてジュリアはそのまま椅子に座った。
「それで話と言いますのが、御二方ともお気づきかもしれませんが、――――」
「あぁ、私たちを見ていた視線の主のことかい?」
「それと、大巫女がお前たちにかけようとした洗脳の事だろうよ。」
ジュリアが話す前に、エドワードとジュダルが答えた。
「はい、そのことについてお二人にご意見をお聞かせいただきたいと思っております。」
(やはり、このお二人ともなりますと、気づかれたようですわね。問題は・・)
「まずは、大巫女様の洗脳の魔法についてです。わたくしは魔法で跳ね返しましたので、洗脳にはかかっておりませんが、その他の方はご無事なのでしょうか。」
特に、闇魔法に対して何の抵抗力もないエリザベスとグレンが心配である。
「んー、ちっとまずいかもだな。」
「!!?そ、それは、もしや・・・エリザベス様が洗脳に?」
(そのようなことがあれば・・・・この大聖堂ごとすべての聖職者たちをぶっ潰してやりますわ!!)
ジュリアの怒りが、魔力として現れ、この建物全体をガタガタと揺らしている。
「お、落ち着けって!!ちゃんと説明すっから!」
このままでは潰される!と危惧したジュダルがなんとかジュリアをなだめた。
「とりあえず言っておくが、エリザベスは無事だ。あいつに洗脳を掛ける前にお前が大巫女の魔法を跳ね返したから洗脳も未然に防げた。」
その話を聞いて、ピタッと揺れが収まる。
「あら、そうでしたの。よかったですわ!」
ホッと胸をなで下ろすジュリア。
「でも、そうならば何が“まずい”のですか?」
「それはだな、タイミング悪く、お前よりも先に洗脳の魔法にかかった奴がいる。」
「な、なんですって?!・・はっ!もしや、陛下が?だからあんな残念な仕上がりに?」
本気のまなざしでエドワードを見たが、エドワードはブンブンと首を横に振っている。
「あいつの頭が残念なのは元からだ。諦めろ。あいつはあれぐらいの魔法なんてかかるタマじゃねぇよ。」
「では、もしや、グレン様が?」
ジュリアの問いにジュダルがこくりと頷いた。
「まず、あの洗脳の魔法だが、人の無意識下に『モリオール教は正義、モリオール教がすることはすべて正しいので従え』という考えを植え付ける。普段生活するうえでは全く問題ないんだが、いざモリオール教からなにか指示があればその命令を命に代えてでも実行するし、たとえば国の偉い大臣とかがこの洗脳にかかっていると、モリオール教が違法な手段で汚い金を稼いでも、民を虐げても、謀反を起こしたとしても、モリオール教が正しいのだからという考えであいつ等を罰することなく、それどころかあいつ等に有利になるように働くようになる。そういう魔法だ。」
もし、覚醒する前のエドワードがその魔法を掛けられていたらと思うと、ゾッとする。
「モリオール教は昔からあのような魔法を使っていましたの?」
「いいや、ここ1、2ヶ月のことだろう。」
「確かに、最初に大巫女に会ったときはあんな力なんて使えていなかったしな。」
戴冠式の時に1度大巫女と会っていたエドワード。その時にもしあの魔法が掛けられていたら、覚醒前のエドワードはまんまと洗脳されていたかもしれない。
「・・・でも、何故大巫女様はあのような魔法を使えるのでしょうか?大巫女様の属性は『光』。それは間違いありませんもの。」
その質問に、ジュダルがバツの悪そうな顔をした。
「うーん、・・・それが、だな、・・・じつは・・。」
「大巫女はコイツの『魔力』がこもった『闇の魔石』を持っていたんだよ。」
はっきりと口にしないジュダルに代わり、エドワードが答えた。
「・・・どういうことですか?」
一応、落ち着いた声で、ゆっくりとジュダルの方を振り返りながら、聞いた。が、ジュダルは一向に目を合わせようとしない。
「コイツはね、むかしむかし、それはもうたくさんの負の遺産とも言うべき魔道具を作りまくったんだよ。それを国中のいたるところに隠してね。冒険者ギルドでもそういった負の遺産を探すクエストもあるんだよ。そして大巫女が持っていたのはそのうちの1つ。確か名前は・・。」
「『洗脳の首飾り』だよ。あー、なんであんなもん作っちまったかなー。遊び心半分だった気が・・。元々『意中の相手をオトす』アイテムとして売り出そうとして効力があまりにも強いから没にしてどっかに捨てたんだっけな?あんま覚えてねぇわ!わりっ!!」
半笑いで謝罪するジュダルのにやけた面は、その顔からどんどん笑みが失われ、青い顔になっていく。
「ジュダル様、魔道具って、創り出した本人が死んでもその力は残るんですよねぇ?」
「あ、あぁ・・・。」
声に覇気がない。
「では、ここでわたくしが貴方様を成敗しても無意味ってことですわね?」
「そ、そうだ!だから、下手なことは考えんなよ?!」
追い詰めるジュリア、後ずさりをするジュダル。遂にジュダルは扉の前まで追い詰められてしまった。
「でも、わたくし、こう思いますの。このまま生かしておいたら、そのうちまた迷惑でしかない魔道具を創り出してしまうのではないかって。それならその前に滅してしまった方が、世のためになるとは思いませんか?」
笑顔で、淡々と言うジュリアの背後に無数の光の珠が現れ、ジュダルが驚愕する。
「お、落ち着け!早まるな!!ここでそんな大がかりな魔法使っちまったらこの建物ごとふっとぶぞ!!」
「ば、薔薇妃、私もそう思う!取りあえず一旦落ち着いてくれ!それにその洗脳だって、おそらくこいつなら解けると思うぞ!」
ジュリアとジュダルの様子を離れた所で見ていたエドワードが声を張り上げてジュリアに訴えかけた。
(・・・しょうがありませんわね。)
シューっと音を立てて光の珠が消えていった。
「とりあえず、この場は見逃して上げますわ。そしてわたくしの気が変わらないうちに、とっととグレン様の洗脳を解いてきなさい!!!」
ジュリアの怒号と共にジュダルは一瞬にしてその場から姿を消したのだった。




