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第2話 後宮?何それ、地獄ですか?



 あの日から1週間の時が流れた。

 あの日エドワード国王はジュリアの願いを聞き入れ、表立って当事者たちに処罰を与えることはしなかった。

 勿論、事の次第を聞かされたそれぞれの家族は自分たちの子供の情けなさに落胆し、それ相応の処罰を下したのだが。

 ライルは現代において光の魔力を持つ唯一の男なため、勇者という称号はそのままだったが、ハミルトン伯爵家の爵位は弟のミカエルが継ぐことが正式にハミルトン家より貴族委員会に通達があった。もちろん、爵位を継げない長男など勇者であっても取るに足らないと、ブラスター家より正式に婚約破棄の申し入れがあり、ハミルトン家は素直にそれに応じた。

 ライラは前王の妹である母親より王家の恥として勘当が言い渡され、修道院へその身を移すこととなった。

 ジュリアはというと、ライルとの婚約解消が発表されるやいなや、数々の名だたる名士の子息たちから婚約の申し入れがあり、それの対処に頭を悩ませていた。


 (こ、こんなはずではありませんでしたわ。婚約者と夜会の場であんな修羅場を披露したわたくしに近寄りたいと思う男性なんていないと思っていましたのに。さすがブラスター侯爵令嬢のブランドですわね)

 ジュリアはその身分だけを評価しているようだが、実際は異なる。もちろんブラスター侯爵令嬢という身分はローゼンタール王国の貴族には喉から手が出るほど欲しいものだが、それ以上にジュリアの容姿とその能力に彼らは醜聞など取るに足らないと他人の目も気にせず我先にとジュリア争奪戦を繰り広げているのだ。ジュリアの賢さは誰しもが知るところであり、また貴族にとって最も重要視される魔力の大きさは他の追随を許さない程で、ジュリアが公の場で見せた魔力の大きさだけで言えばは実はライルをも凌ぐレベルだった(実際にはその時出した力はジュリアが持つ魔力の1%にも満たない)。


 (いっそ、傷心と偽って雲隠れしようかしら。・・駄目ね、そうするには協力者が必要になってきますわ)


 ここで説明させていただきたいのが、ジュリアの境遇である。

 ジュリアは幼いころから自分が()()()()()()ということを理解していた。故に、他人に心を開くということをせず、勿論、後ろ暗いこと満載な自分の家族にも一切懐かず、油断することなく過ごしてきた。その結果、ジュリアの表向きの『お金好きそう』、『男をたぶらかしてそう』、『人をゴミみたいに扱いそう』、『奴隷がいっぱいいそう』等々、悪女としての面を鵜呑みにしている人がほとんどで、実際の『冒険者になりたい、世界中を歩き回りたい、自分の力をためしたい!!男なんていらんわ!』な破天荒さを知る者はごくわずかで。学院で知り合ったエリザベスは数少ないジュリアの本性を知る一人だった。家族も、またブラスター家に仕える者も一切知らないため、ジュリアに協力できるものはおらず。しかし協力者なしだときっと監視の目によりジュリアの雲隠れ作戦は失敗に終わることが目に見えていた。

 

 どうしたものかと、自室で思い悩んでいると部屋の外が何やら慌ただしいことに気づいた。

 (何かあったのかしら)

 ふと気になり、立ち上がって扉の方へ向かおうとする。

 「ジュリア様っ!!」

 バーンっ!!と勢いよく扉を開けると同時に叫ぶように自分の名を呼んだのはジュリア付きの侍女、リサである。

 「何事ですか。みっともない」

 諌めるように言うと、それどころではないとあわあわするリサにジュリアははぁーっと深く息を吐いた。

 「とにかく落ち着きなさい。ほら、ゆっくり息を吐いて、息が整ってから何事か順を追って説明なさい」

 リサを椅子に座らせ、お茶を飲むように促し、彼女が落ち着くのを待つ。

 リサはそのお茶を啜ると、やがてすぐに自分が仕えるべき主の手を煩わせてしまっていることに気づき、慌てて立ち上がった。

 「も、申し訳ございませんっ!取り乱してしまいました」

 深々と頭を下げるリサに、謝罪は良いから早く話すよう促す。

 「はっ、そうでした。ジュリア様、大変でございます!!王宮より来た使者がジュリア様にお目通りを願っております!」

 「は?」

 思わず、素で返事をしてしまったジュリア。

 「な、何と言いました?王宮よりの使者ですって?何でまたそのような方がいらっしゃっているのです!」

 口調は元に戻ったが、焦りを隠せないでいるジュリア。

 「そ、それがどうやらジュリア様に後宮に入って頂きたいと、その王命がくだっているとかなんとか…」

 「お、王命ですって?!!何故、そのようなッ!!」

 いつも取り乱すようなことをせず、何が起きても余裕さを見せるジュリアの様子が今までとはあきらかに違うことに脅えるリサは震えだす。

 「とにかく、わたくしをその使者の方の所へ案内なさい!お父様にお会いになるよりも早くよ!そのような御方をお父様に会わせなんてしたら、わたくしは…」

 ゾッとする考えに寒気を覚えてた時、リサが顔面蒼白になりながらジュリアの裾を引っ張る。

 「なんですの?離しなさい。わたくしは一刻も早く使者のかたのところに伺わなければいかないのですよ?」

 「あの…それが……その」

 言いにくそうにもじもじするリサにジュリアはいら立ちを隠せない。

 「なんなの、早く言いたいことがあるなら仰いなさい!!」

 ジュリアの聞いたこともないような怒鳴り声にビクッと身体を震わせる。

 「じ、実は既にご当主様が使者様に会われており――――」

 「なんですって?!!!」

 元々大きな目をさらに見開き、厳しい表情で見つめられたリサは固まり、その場から動けなくなってしまった。

 (なんてことなのっ?!!) 


   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*―――― 


 和やかな雰囲気が漂う応接間にノックの音が響き、主の許可を得てジュリアが中に入った。

 「お父様、何だか楽しそうですわね。あら、ハンジ・メドベージェ様。お久しぶりです。なぜこちらへ?」

 父に視線を送った後、父の向かいに座っている立派な髭を蓄えた老年の紳士にふかぶかと一礼をし、答えの分かりきっている質問をした。

 「これはこれはジュリア様。お久しぶりです。初春の宴以来ですかな?」

 こちらも立ち上がりジュリアに礼を返す。

 「実はですね、ジュリア様、貴女に国王より後宮へ入って頂きたいと打診があったため伺ったのですよ」

 ハンジの説明に『まあ』とわざとらしく目を見開き、まじまじとハンジを見つめる。

 「何故わたくしを?わたくしはつい先日まで婚約者のいた身。それに恥ずかしながらその婚約者の心を他の方に奪われた、とても国王陛下の一、妃になるには足らない女ですのよ?それにわたくしの身分を思えば、それ相応の称号を与えねばいけないはず。わたくしのような者がそのような地位にいたら、他のご側室の方の心証も悪くなるでしょう。そのような、王宮に混乱を招きかねない事をなぜなさるのです?」

 これだけ言えば、ハンジもきっともう一度国王に考え直してもらわねばと思うに違いないと、確信しながらハンジを見たが、すぐにそれはかなわぬことだと思い知った。

 何故なら、ハンジはにっこりとジュリアに微笑みかけ、また父であるハロルド・ローゼン・ブラスターもその笑みを崩さなかったからだ。

 「ジュリア様、我が国王陛下はそのような些細なこと、気にしないようにと、あらかじめ私に申し付けておりました。故に、ご心配頂くにございません」

 「そうだぞ、ジュリア」

 それまで押し黙っていたハロルドが、口を挟んできた。

 「ありがたくも国王陛下はお前に薔薇妃の称号を与えて頂くとのことだ。お前はすぐに後宮へ上がる用意をしなさい」

 (な、薔薇妃ですって?そんな!!)


 さて、ローゼンタール王国の名前は花の薔薇、ローズに由来する。そのため正妃以外の側室にはそれぞれ花の名前の称号が与えられる。上から薔薇妃、牡丹妃、蘭妃、百合妃、藤妃の順だ。もちろんそれ以外の側室もいるがそれらは称号が与えられず、ただの側室として扱われる。称号が与えられた側室は後宮でも絶大なる力を持ち、またその家族も、大きな権力を得る。もちろんそれは正妃の親族よりは劣るが。

 現在エドワード王には正妃はいない。故にこの状況で薔薇妃の称号を与えられたものは実質正妃として扱われる。否、()()()()として扱われるのだ。


 そんな、貴族の令嬢ならば誰しもが憧れる称号を与えられると言われたジュリアはワナワナと震えていた。意識を失いそうになるが、その姿は周りから見ればうれしさに打ち震え、あまりの興奮に気を失いそうになっていると見えるようだ。

 (だから父はこんなにうれしそうにしていますのね!いやだわ!せっかくくそつまらない勇者の嫁から解放されたと思ったら、今度は後宮なんて地獄の檻に囚われろというの?!あんまりですわ!!そもそも、)

 「あの、わたくしそんなに陛下にお会いしたことがないのだけれども、何故そのようなありがたい御達しがあったのかしら」

 そう、ジュリアにはそこまで国王にされるほどの身に覚えがないのだ。それどころか、ブラスターの悪評を考えればジュリアを後宮に入れることは貴族中が反対するほど、それぐらいデメリットが大きい。

 「それが、ジュリア様はご存じなかったかもしれませんが、実は初春の宴の際、陛下はジュリア様を見初められ、しかし婚約者がいらっしゃったためその想いを内に秘めつつ、それでもあきらめきれない想いがあり、夜会のたびにお忍びでジュリア様を影ながら見守っていたのですよ」 

 (つまり、ストーカーということですのね)

 それでかと、どこか納得してしまった自分がいる。

 (婚約者がいるわたくしに表立ってアプローチすることが出来ず、でもやっぱり諦めきれないとストーカーまがいの事をしているうちにわたくしとライルとの不仲を知り、隙あらば割り込もうともくろんでいたところに先日の婚約破棄騒動に出くわし、ここぞとばかりにいい恰好をしようと出て来た、そんなところですかしら)

 それならば何故あの場に国王が出て来たのか分かると言わんばかりに頷いていると、何故かハンジが嬉しそうな顔をした。

 「そうですか、ジュリア様も快くこの王命を受けて下さるということですね」

 「へ?」

 淑女としてあるまじき気の抜けた返事を思わず返してしまう。

 「そのように頷いていらっしゃることを見ますと、この返事は了承ということで陛下に伝えておきますね。それではまた明後日正式な辞令をお持ちしますので、…そうですね、入宮は1ヶ月後にできるよう、諸々の手続きを済ませておきます。では、私はこれにて」

 つらつらと勝手な思い込みで話を進めて去りそうになるハンジの腕をジュリアは思わず掴んで引き留めてしまった。

 「あ、あの、ハンジ様、わたくしは――――」

 「いいのですよ、ジュリア様。それ以上仰らなくても。それ程お慶びいただいているのですね。戸惑いと、歓喜が心の中で騒いでいるのですね。大丈夫です。少し時間が経てば落ち着かれるでしょう。落ち着かれましたらどうぞ入宮の準備を進めてください。入宮までそう長い時間はございませんからね。それでは、また」

 そう言い放ちペコリ頭を下げ、老年の紳士は高らかに笑いを上げながら応接室から出て行った。

 (違うの、そうではなくて、わたくしは――――!!)

 声にならない叫びが、ジュリアの中で木霊した。 

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高貴な女性がここで頷くという動作をするか? 無理やり臭いな
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