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第23話 敵の敵は味方?せいぜい駒ぐらいにしか思いませんけど。



 「薔薇妃様、このまま黙っているおつもりですか?」

 談話室を出た後、自室に戻ろうとしていたジュリアの後を追って、アイリスが声を掛けてきた。

 「・・何のことでしょうか?」

 ピタリと足を止め、振り返らずに返事をする。

 「何って、藤妃とあの身の程知らずの卑しい女の事ですわ。このまま黙って藤妃の言うことを聞いて、あの女が正妃になるのを見ているおつもりですかと、聞いているのです。」

 (敵の敵は味方、というつもりなのでしょうか。実に安易ですわ。)

 アイリスには見えない様にフッと笑い、やがてくるっとアイリスの方を振り返った。

 「何か勘違いなさっているようですけれど、わたくしはそもそもシャーロット様に対して何か思うこともありませんし、藤妃様の仰っていたこと自体、何も心当たりがありませんのよ?身に覚えのないことに対して、一体何をすればいいというのでしょうか。」

 「な、何を言っているの?貴女も私も今は思いが同じ筈でしょう?あの女を疎ましく思っている筈!それに、私、知っているのよ?貴女が女官を使ってあの女に嫌がらせをしていたのをっ!」

 ピシッとジュリアを指差すアイリスを見て、不機嫌な顔になる。

 「一緒にしないで頂きたいですわ。そもそもわたくしと牡丹妃様とでは置かれている状況が違いますのよ?それに・・。」

 その時の、その瞬間のジュリアの顔を見て、アイリスに戦慄が走った。

 「取るに足らない、と申してますの。シャーロット様も、藤妃様も、そして()()も。」

 大胆不敵に笑うその顔は、アイリスに恐怖と怒りを与えるには十分だった。

 「確かに、陛下の御子を身ごもったのはシャーロット様だけです。そしてそれが魔力を持つ王子なら、その子は次代の王となる身。シャーロット様も、国王の生母としてそれ相応の待遇と、権力を得るでしょうね。でも、だからと言って、何なのでしょうか?彼女は次代の王を産むことでやっと私たちと同じ舞台に立つだけ。その舞台において、わたくしは主役、彼女はただのわき役なのよ。確かに、国王の生母というのは正妃争いにおいて有力なピースにはなると思いますが。彼女が魔力を持つ王子を産んだとしても、わたくしにとっては何も、憂うことはありませんわ。」

 この時代、このローゼンタール王国の正妃になるにはいくつか条件がある。

 魔力が大きいこと、それ相応の身分であること、品格があること、第1王子を産んだこと等。もちろん、国王の寵愛もそれに含まれる。そしてその条件のいくつかを満たした側室が国王と大臣たちの協議によって正妃に任ぜられる。称号付きの側室とはそのいくつかの条件を満たし、かつその条件において、他の側室達よりもはるかに差をつけている者たちを正妃候補として扱うためのシステムなのだ。

 その条件をたかが1つ満たしただけに過ぎないシャーロットは取るに足らない存在だと、ジュリアは言ったのだ。

 (と、いいますか、別に後宮の権力争いに興味のないわたくしにとって、別に誰が正妃になろうが関係ないのですけれどもね。)

 そういった意味でも、取るに足らないのだ。

 口をパクパクさせて何か言いたそうにしているが言葉が出ないアイリスを余所に、ジュリアは話を続ける。

 「それに、正妃になれば、王太子の実母など、気にするほどもございませんわ。他の側室が正妃になった時点で、王太子と離されますし。王太子を育てるのは乳母、そして戸籍上では正妃の子供となる。只の産みの親である側室は干渉どころか接触も許されなくなりますわ。そう考えますと、正妃になれない生母は憐れですわね。」

 まぁ、そうはいっても、側室達の中で1番身分が高く、国王からの寵愛を受けているジュリアと、身分は高いが、国王からの寵愛を受けれずくすぶっているアイリスとでは雲泥の差があり、少しでもその脅威となる存在を消してしまいたいと思うのは分からないでもないが。

 「だいたい、まだ生まれてもない、それも男か女か、魔力があるかないかも分からない子供に何をそんなに脅えることがあるのでしょうか。牡丹妃様の御考えは、全く持ってわたくしには分かりかねますわ。」

 それだけ言うと、ジュリアは踵を返してアイリスの元を離れていった。

 残されたアイリスは何かをしきりに呟き、やがて残酷な表情を浮かべて去っていくジュリアを見ていた。

 「本当に、変わらないわね。お前は、今も昔も・・・。」

 その不気味な呟きはジュリアの耳に届くことはなかった。




   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 「さて、と。」

 その日の深夜、寝室で1人、状況を整理していたジュリアは肩が凝ったのか大きく後ろにのけぞり、身体を伸ばす。

 「きゃあっ!と、と、突然現れないでと何度言ったらわかりますの?ジュダル様!」

 突然目の前に現れたジュダルに驚き、思わずひっくりかえってしまった。

 「突然現れないとお前の反応がつまらないだろうが。」

 今日も今日とて悪びれる様子はないジュダル。

 「で?戦況はどうなんだ?」

 ベッドにごろんと横になり、だらけた様子のジュダルが尋ねる。

 「ちょっとだけ、面白くなってきましたわね。藤妃様と百合妃様の望みというのが何なのか、気になりますけれど、上手く牡丹妃様を刺激することも出来ましたし、いい感じにわたくしの仕業という証拠を残すことも出来て、それを頭の良い藤妃様が掴んだのは、僥倖ですわね。」

 ジュリア達が去った後、あの談話室でカリーナとセシリアが話していた内容はすべて、妖精たちから報告を受けていた。

 「本当、お前あんなまわりくどいことよくできるな。それでもあのお花畑の御嬢さんは全然気づきもしなかったがな。」

 庭のお茶会(ガーデンサロン)から今日までの間、シャーロットに起きていた不思議な出来事、それは勿論全てジュリアの仕業である。食器を割ったのも、茶葉を盗んだのも、靴を井戸に捨てたのも、もちろんシャーロットのお気に入りのドレスをズタズタに破いたのもである。そしてそれには理由があった。

 「食器を割ったのは、彼女、自分が口にするものに無頓着すぎて毒が入っているかもなんて疑いもしないんですもの。毒が入っていれば一目で分かるように銀食器を贈りました。そしてそれを使ってもらうには、既にある食器を割るしかなかったのですよ。もちろん、銀食器に反応しない毒もありますので、反応する毒は色だけ反応させて反応しない毒も含めて全て毒が中和されるように魔法が掛けられている特別な食器を贈って差し上げましたわ。茶葉については、もうほぼ毒、毒そのものといっても過言ではないような状態でしたわね。そもそも元々の茶葉だって妊婦の身体にあまり良いとは言えないシロモノでしたもの。もちろんこちらも破棄させて頂いて、代わりに妊婦の身体によい茶葉を贈りました。こちらも飲めば飲むほど具合がよくなり、身体も強くなる魔法を込めています。靴に至っては、ただ単にヒールの高い靴は履かない方が良いという意思表示だったんですけれども。あの侍女もシャーロット様がこけないように細心の注意を払うべきですのに。使えない侍女ですわね。そして、ドレス。」

 ジュリアがパチンと指を鳴らすと空中に黒い穴が開き、そこから薄紅色のかわいらしいドレスが出て来た。 

 「なんだ、直したのか、ソレ。」

 「もちろんです。あの侍女、妊婦のシャーロット様にこんな苦痛でしかないドレスを着せるなんて、本当になんて使えないのかしら。それにこんなに裾が長くては躓いて転んでしまうかもしれませんのに。とりあえず、お腹を締め付けない、裾も長くないドレスを代わりにご用意させて頂きました。もちろん、その中に毒蜘蛛や毒蛇など仕込めないよう、仕込んだ犯人の元へ仕込んだソレを返却するシステムまで導入済みですわ!事が落ち着けば、このドレスもこのように元通りにしてお返しするつもりでしたのよ。」

 自慢げに語るジュリアにおーっと拍手をしてたたえるジュダル。

 「そのほかにも色々しましたが、まぁここまですれば自分は狙われているのだと自覚するでしょうし。そしてそれらの贈り物を、この、」

 スッと懐から小袋を取り出し、中身を出す。

 「王の判を押して女官長様を通して贈れば、陛下からの贈り物だと信じますでしょう?本人も、周りも。陛下からの贈り物であれば疑わずにそれらを使用してくださいますし、周りは周りで余計にシャーロット様への陛下からの寵愛を信じ、それぞれ様々な反応を示すと思いましたからね。」

 つまり、数々の嫌がらせも、国王からの贈り物も、そのすべてがジュリアの仕業。1つはシャーロットの身を脅かす原因になるものを排除し、その上でシャーロット自身に危機感を持たせるため。そしてもう1つが国王の寵愛を受けるのはジュリアではなくシャーロットで、ジュリアはそれを妬んで嫌がらせをしているという噂を作り上げる為。そのために、シャーロットの持ち物をいろいろと破壊したりしては、その前後でわざとミランダを目撃させたり、ジュリアに繋がる物的証拠を残して行ったり。女官長のマリアには事の成り行きをジュリアが良いというまで黙って見ないふりをすることと、ジュリアからの贈り物をエドワードからのものだと偽ってシャーロットに渡すことを頼んでいた。勿論、これはシャーロットとその御子を守るためだとちゃんと説明してある。

 (わたくしの後宮脱出計画のために巻き込んでしまって申し訳がありませんので、そのお詫びに彼女には無事に御子を産んでもらえるよう、全力サポートさせて頂くつもりですしね。)

 自分の知らないところで最強のガードマンをゲットしたシャーロットである。

 「で?俺がもってきたやつは一体何に使うつもりなんだ?」

 ジュリアがジュダルに指示して世界中のいたるところから取り寄せたもの。イザナイ花に竜人(ドラグーン)の鱗、バジリスクの牙にグリフォンの風切り羽、フェニックスの涙にアラクネ―の糸、そしてイエティの糞。 

 「特に、イエティの糞なんて、・・おえっ・・あんな気持ち悪ぃもん、何で必要なんだよ!」

 「あら。あれは只の嫌がらせです。すぐに破棄して消毒もしましたわ。全く、本当に持ってくるとは思いもしませんでした。」

 「な、なんだとっ?!」

 思わず立ち上がるジュダル。

 「いいではありませんか。貴方が普段わたくしにしていることに比べれば、あんなの可愛いいたずらですわ。」

 ニヤリと笑うジュリアに、ジュダルは大きくため息をついた。

 「おまえ、本当にそういうとこ変わらねぇな?」

 「訳が分かりません、わたくしの分からない話は控えて頂きますか?」

 いつもの、どうせ聞いても答えてくれない話。もうジュリアには飽き飽きなのだ。

 「っんだよ、冷てーな。まぁ、いいか。で?」

 先ほどの質問に話を戻す。

 「あんな伝説級の生き物や厄介な魔物の一部ばかり集めて何するんだよ?」

 「あら、そんなこと、決まってますわ!」

 満面の笑みを浮かべるジュリア。

 「秘密です。」

 ガクッと力を落とし、軽く怒ってジュリアに魔法で枕を投げつけたが、それを易々と避け、カウンター魔法を展開してそのままジュダルの顔面へ返却した。それを皮切りに、ジュダルが亜空間へジュリアを連れ込み、エドワードがいなくなり、ジュダルと2人で会うようになってからは恒例となっている深夜の魔法攻防戦が繰り広げられた。

 魔法を使う機会がほとんどないこの後宮で、ジュダルとの魔法攻防戦はジュリアのいい特訓になった。

 

 そうして朝は蘭妃と剣の訓練、夜はジュダルと魔法訓練を繰り返していたジュリアは、いつ冒険者として魔の森に送り込まれても余裕で魔物を全滅させるくらいの強さを着々と身に着けていったのだった。

 

感想欄で皆様が予想した通り、贈り物の犯人は国王ではなく主人公です。

そして色々ご指摘があった正妃とか、次代の王の生母とかの設定をちょこっとだけ出しました。

もう少し細かい設定はまた別の話で載せますので、ひとまずはこれでお許しください。

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