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第1話 婚約破棄?ウェルカムです!



 わたくしの名前はジュリア・ローゼン・ブラスター。自分で言うのもなんですが、巷では絶世の美女とたたえられるほどの美貌の持ち主ですわ。高貴で裕福な侯爵家に生まれ、文武の才にも恵まれ、次期勇者たる婚約者もいるわたくしは、世間一般的には幸せなのでしょう。

 そんな幸せであるはずのわたくしは今、窮地にたたされているのです。

 冒頭での婚約者からの断罪のこと?いいえ、違うわ。あれはわたくしが仕組んだことですもの。むしろ願ったり叶ったりでしたわ。わたくしが困っているのは、今、何故、この場にこの御方がいるのかということですのよ!!

 エドワード・ローゼンタール国王、その人がっっ!!!



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*―――― 


 

 ここで主人公について説明しよう。

 ジュリア・ローゼン・ブラスター(17)

ローゼンタール王国 ブラスター侯爵令嬢(長女)。他兄弟は兄2人(22歳と20歳)、義妹(12)1人、義弟1(12)人。義妹、義弟は双子。侯爵という身分は高く、また金儲けが好きな一家に生まれ、まぁまぁ、悪どいことを家族がしているなーと思いつつ育った。実は生まれたときからの記憶を持っており、幼少のころから隠れて魔法の特訓をしたり、剣の腕を磨いたり、身体能力向上に努めたりとしていたおかげで、正直そんじょそこらの冒険者を余裕で圧倒する実力を持つ。また頭脳に至っても国一の才女と呼ばれるほど賢い。

 透き通るようなプラチナの髪は太陽の光を浴びると何故か虹色に輝く。因みにストレートヘアー。キリッとした眉毛に長く太く多い睫。少しつり上がった、だけどパッチリとした大きな瞳はこれまた光の角度により七色に変わる。高くすらっとした鼻筋に、深紅の小ぶりな唇。雪のような肌をもち、他の追随をゆるさないレベルの、極上の美女。その小ぶりな唇から紡ぐ声は聴いたものを夢の世界に誘うような甘い響きを持つ。身長は168㎝とこの世界の女性としては高め。平均は158㎝。魔力の属性はこの世界ではありえない闇と光を合わせもつ。通常は一人一属性。しかも大抵の者が火・水・土・風の四属性のいずれかに該当し、光を属性に持つ者は数億人に一人と呼ばれ大抵勇者として魔王を討伐したり、聖女として神殿に仕え、人々を癒したりしている。闇属性についてはそれ以上に稀であり、人間が持つことはほぼありえない。基本魔族がその属性にあたる。故に闇属性の者はその力を恐れられ、歴代迫害されてきた。過去に闇属性の者が王宮に仕えた例は1人しかおらず、その者はたまたま光の属性を持つ国王と仲が良く、また正義の心に溢れ、知識も豊かだったため、大賢者としてその国王の治世をささえた伝説の人である。

 ジュリアは生まれたときから意識があったおかげで周りに知られるよりも早く自分のありえない属性に気づき、それをカモフラージュするためにその他の全属性の力を努力でつけた(後天的に属性が増えたり、替わったりすることはよくある。だがそれでも闇や光の力に目覚めることは万に一つもない。この力だけは生まれ持ったものしかないといえる)

 この国では6歳~15歳までそれぞれの身分階級に見合った学校に入る義務がある。もちろん平民もしかり。その際必ず自身の魔力適性試験が行われ、属性を調べられる。といってもそもそも魔力を持つ者自体数少ない。故に平民で、魔力を持つ者がいればその適性や、力の大きさに合わせ、将来の役職がほぼ決まる。大抵男は騎士や稀に冒険者になり、女は望めば貴族の養子に入ることも出来る。勿論双方の合意の元に。

 ちなみにこの国の貴族や王族は全員魔力持ち。それはこの国を建国した国王と、その仲間達が魔法によってこの国を築き上げ、その際に時の国王により領地をと爵位を与えられた人たちの子孫が現在の貴族たちであるからだ。故に、魔力を持たない者は貴族として認められず。万が一貴族に魔力なしが生まれた場合は良い方で孤児院に捨てられ、悪ければ殺される。


 ジュリアが学園入学の際は四属性のなかでも最も相性の良かった火の力を発揮し、(この試験についても元々の魔力の大きさと、また幼少のころからのこっそり訓練のおかげでこの国一と称されるレベルの力を発揮した。)おかげでジュリアの名は瞬く間に王国中に広がった。それもジュリアの狙い通り。


 ジュリアは元々生まれたときから好奇心旺盛であり、魔力に目覚めたときには冒険者になりたいと強く望んでいた。だが侯爵令嬢という身分はジュリアの望みを叶えるどころか阻む一方。これだけの魔力を持ち、且つかなり身分の高いジュリアはブラスター侯爵にとっては都合の良すぎる駒であり、侯爵家の利益になる身分のもとに嫁がせ、自身の権力をより一層増やす道具でしかなかった。賢いジュリアは幼ながらにそれを悟り、冒険者になりたいなどとほざいたら総力を挙げてジュリアの望みを断ち切ろうと早々に油ギッシュな金持ちおやじに嫁がされることは目に見えていたため、表向きは従順に育った。そして卒業を迎えた15歳の時、チャンスが舞い込んだ。当代勇者とされるライル・ハミルトン(伯爵家)との婚約だ。身分はジュリアよりも圧倒的に格下だが、次期勇者ともなればその権力は王に次ぐとも言われている。もしかしたら一緒に冒険に出られるかも?というジュリアと、勇者とのつながりを持ってもっともっと権力を自分に!!という父と初めて望みが一致し、あの手この手を使いライルとの婚約にこぎつけた。まではよかった。

 出会った当初はその絶世の美貌にライルも骨抜きになったのだが、もとよりジュリアに恋愛感情がなかったため、ライルはすぐに浮気をした。表向きの身分的には王族の、現国王の従姉妹にあたる、ライラ嬢に。また、ジュリア自身も自分の考えが甘かったことを悟り(結婚しても冒険についていくどころか早々に子を孕んで一生家に縛られ続けるということに気づいた)、なんとか婚約破棄をしたくてならなかった。そしてある妙案を思いついた。違法にならない程度に、けれど確実に誰しもの心証を悪くするレベルに、ライラをいじめようと。ライラを溺愛するライルの方から婚約破棄をさせれば親からは何も言われないだろう。上手くいけば婚約破棄どころか家から追い出されてもらえるかも。そしたら自分一人で冒険に出れる!!と意気揚々とライラを苛め抜いた結果、やりすぎてしまい、処刑寸前までおいやられてしまった。



   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*―――― 



 (なんとか処刑は免れたようですが、一体どういうつもりかしら。国王陛下なんて社交界デビューの年の夜会シーズン最初の全貴族が参加する初春の宴でチラッと挨拶した程度ですわよね。何故、このようなところに…)

 

 ジュリアが固唾をのんでエドワードを見つめていると、エドワードはそのエメラルド色の瞳を細めて、ジュリアに微笑みかけた。

 「さぁ、ジュリア・ローゼン・ブラスター嬢。もう安心ですよ。どうぞこちらへ」

 エドワードがスタスタとジュリアに歩み寄り、そっと手を差し伸べた。

 「…何をしている。早くその物騒な剣を収めよ」

 一転、ジュリアに掛けた甘い声色とは正反対の威圧感たっぷりの低音ボイスでライルを諌めた。

 「で、ですが、この者は罪を犯しているのです!!即刻処罰せねばこの国のためになりませんっ!」


 (あら。さすがは勇者と言ったところですわね。しっかりと国王に口答えすることは出来ますのね。それにしてもわたくしはこの御方の手を取るべきか、否か・・・。どちらがより、わたくしの望みを叶える選択なのかしら。ここは大事なところよね。絶対に、間違えてはだめよ)


 自分の喉元には剣先が突き付けられ、そばには手を差し伸べている国王がいる。そんな状況でこんなことを考えられるのはジュリアしかいないだろう。国王が現れた当初は動揺を隠せないでいた彼女だが、それもものの数秒後には冷静さを取り戻し、少し考えるようなそぶりを見せた。が、すぐにそれもやめてにっこりと(自分では上手く笑えたつもりだが、迫力美人のジュリアが笑うと、他を威圧しているように見える)エドワードに微笑みかけ、その手をやんわりと押し戻した、加えて自分に突き付けられている剣を手に持っていた扇で払うと(本来はそのようなことは出来ないが、扇に強化魔法を掛けた上に、そんじょそこらの冒険者には負けないレベルに強いジュリアの力をもってすれば、容易なことである。)、ドレスの裾を持ち上げ、エドワードに貴族としての礼をした。


 「国王陛下、再びお目見え出来、また、わたくしなどに多大なる配慮を頂き、恐悦至極に存じます」

 それは流れるようにジュリアの口からこぼれた。

 「ですが、これはわたくしとライル様の問題です。当事者たる我らで解決すべきことにございます。無礼は承知でございますが、何卒この件については一切、口出しして頂かぬようにお願いいたします」

 ジュリアの表情は変わらず笑みを浮かべていたが、その声は強く、はっきりとエドワードを拒絶した。

 ジュリアの拒絶を受け、エドワードは少し悲しい表情を浮かべたが、やがてフッと微笑み、一歩後ろへ下がった。

 「貴女がそのようにおっしゃるのであれば、私はこの件については口出しせぬとお約束します」

 「お心配り、感謝いたします、陛下」

 エドワードに再び礼をするとジュリアはくるっとライルに向き直った。そしてキッと一睨みし、やがて嘲るような笑みを浮かべる。

 「さて、ライル様。あなたは先ほどから何度も、わたくしは罪を犯している、処罰せねばならぬと喚いているようですが……」

 「なっ!!喚いているだと?!この期に及んでまだそのような高圧的な態度をっ!!」

 「少しお黙りなさいっ!」

 再び剣を握り締めジュリアに向けようとしたが、ジュリアの迫力に思わずビクッと身体を震わせ、反射的に一歩下がってしまった。

 「続けますわね。それではライル様の仰るわたくしの()とは何のことにございましょうか。」

 ジュリアはチラリとライラに視線を送った。ジュリアの視線だけで人を殺めることが出来そうな雰囲気に気圧され思わず自分の裾をギュッと握りしてきたライラをライルは自分が守らねばとより一層気持ちを強くし、ジュリアに脅えて緩んだ手の力を取り戻しギュッと柄を握り締めた。

 「言い逃れをする気かっ!!そなたは婚約者であるこの俺に近づくライラを疎み、数々の暴言を吐いたり、裏でこそこそとライラに陰湿な嫌がらせをしてきたではないかっ!!」

 その時のことを思いしたのか、ライラが震えながら目をギュッと瞑った。

 「・・・嫌がらせですか。では、その証拠はどこにございますか?」

 尚も態度を一向に変える気配のないジュリア。

 「証拠だと?ずるがしこい貴様はそのようなもの残してはいないと思うが、実際に俺は貴様がライラのネックレスを本人の前で壊し、捨てるのを見たのだ!!それに貴様がライラに暴言を吐いているところは何人も目撃者がいる!!」

 ライルの言い分に少し驚いたように目を丸くしたジュリアだったが、やがて自分の口元を覆っていた扇をパチンと閉じ、少し目を伏せてジロリとライラを見る。

 「わたくしが壊し、捨てているところを見られていたのですね。それならばその時に何故、出てこられなかったのですか?」

 「うっ・・。それは」

 ジュリアの言葉に思わずたじろぐライル。

 「第一に、わたくしが捨てたのはライラ様のネックレスではございませんのよ?」

 「・・・へ?」

 何を言っているのかわからないと言わんばかりに口をぽかんとあけるライルとは対照的に、あからさまに何かに脅えるようにがくがくと震えだすライラ。

 「・・その様子だと、覚えていないようですわね。あのネックレスはライル様、貴方様がわたくしにくださったものですわ」

 呆れたように言い放つ。

 「お、俺があげたもの?」

 まだ話を理解出来ていないのか、目をしろくろさせている。

 「はい。あれは貴方様と初めてお目見えしてひと月たった後のわたくしの誕生日に、あなたがわたくしの髪と瞳と同じ七色に輝く珍しい色の宝石だと、わたくしにくださったのではありませんか。覚えていないとは、少しばかり心が痛みますわ」

 伏し目がちにそう言うジュリア。

 「そ、そうだったのか。だ、だが確かに俺はお前がライラのもっているネックレスを無理やり取り上げているのを見たのだ。ライラが持っていたのだからライラのものだと思って当然だろう?」

 おどおどした言葉遣いだったが、それを聞いてライラがビクッと身体を震わせみるみるうちに蒼い顔になっていくものだから、これはこれでおもしろいなーと、ジュリアは他人事のように思ってしまった。

 そんな自分をコホンと咳払いで戒め、再び不穏な空気を醸し出す。

 「そうですわね。わたくしのネックレスをライラ様がお持ちになっていること自体がおかしいことですわね。実はわたくしふた月前からライル様より頂いたそのネックレスがなくなっていることに気づいたのですわ。それはもう、必死に探したのですよ?他の誰でもない、愛しのライル様より頂いたものなんですもの」

 そう言いながら極上の笑みを浮かべ、その場にいた男どもをうっとりと夢見心地に誘うジュリアはまさに男を虜にする妖艶な美女という言葉がぴったり合う。先ほどまで敵意を向けていたライルも例外になく、ぽーっとジュリアを熱っぽい目で見ている。

 「そしたらほんの1週間前のあの日、わたくしは偶然ライル様のご実家であるハミルトン伯爵家の御庭の隅で見覚えのある七色に輝くネックレスをうっとりと眺めているライラ様を見つけたのですわ」

 拍子にぎくりとなりさらに自分の裾を握る力を強くしたライラに気づき、ライルはハッと我に返った。

 「不思議なことですわ。もちろん婚約者がいるライル様のご実家をライラ様が非公式に訪れていたこともですが、珍しい七色に輝く石を、それもわたくしがライル様に頂いたネックレスと全く同じデザインのものをお持ちになっているなんて」

 もはや顔面を真っ青から真っ白にかえているライラ。

 「ですからわたくしライラ様にお声をおかけして、そのネックレスをお見せしていただけないかお願いしましたのよ?そしたらあからさまに動揺されて、拒絶なさるものですから、わたくしもついむきになって無理やりライラ様から取り上げてしまったのよ。ライラ様はしきりにご自分のものだと言い張っていましたけれど、それはまぎれもなくわたくしのものでしたわ」

 「た、たまたま同じ石をつかった同じデザインのものだったのでは?」

 あせあせと尋ねてくる婚約者にジュリアは深いため息をついた。

 「ライル様、貴方はまだ思い出せてはいませんの?勇者としての力は御認めしますが、そのどうしようもないおつむはこれから何にも役に立たないようですからいっそ、捨ててしまったらどうです?」 

 「なっ??!」

 (あ・・しまった。つい言い過ぎましたわ)

 ついうっかり本音が出てしまったジュリアである。

 「コホン。ライル様、貴方はこのネックレスは世界に一つだけだとご自身で仰りましたのよ?その証拠に…ほら、ごらんなさい」

 ジュリアはそう言って懐から大きな七色に輝く石を取り出した。

 「そ、それは…」

 「そうです。あのときネックレス自体は壊して捨ててしまいましたが、この石だけは捨てきれなくて肌身離さず持っていたのですよ。そしてこの裏に刻まれているわたくしの誕生日と、『愛するジュリアへ』の文字が何よりの証拠ですわ!」

 確かにそれは当時ジュリアに首ったけだったライルが刻んだ彼の心のような文字。それは言い逃れができない証拠以外のなにものでもなかった。

 「わたくしの大事なライル様より頂いたネックレスがわたくしの婚約者に言い寄る泥棒猫の手元にあったんですもの。怒りで自分を失っていたわたくしがそんな女が触ったものなど、汚いと思わず壊してしまっても、不思議じゃあございませんでしょう?」

 実際にはライラをビビらせるために、そしてこの現場を使用人に目撃させ、ライルの耳に入るように大げさにしただけなのだが。

 「だ、だが、偶然ライラがそれを拾っただけかもしれないではないか!」

 まだライラを信じると言わんばかりに反論するライル。

 「・・ライル様、本当に純粋でいらっしゃるのね」

 それが褒め言葉ではなく貶されているのだとさすがのライルも気づいたようである。

 「ただ、拾っただけなのならば名前が書いてあるのです。何故持ち主であるわたくしに2ヶ月近くも間返さなかったのですか?『愛するジュリアへ』の文字と誕生日と、何よりわたくしを象徴する七色の石でできたネックレスですもの。容易にわたくしのものであると考えられたでしょう?それにライラ様はこれをご自身のものだと言い張ったのですよ?よほど後ろ暗いことがなければ声を掛けられた時にわたくしに返せばよかったではありませんか。それをしなかったということであれば、本人に罪の自覚があったということですわ!」

 まるでどこかの名探偵のようにそう言い切り、扇の先でライラを指す。

 「わたくしのものを盗み、隠し持っていたライラ様を断罪するならばまだしも、わたくしはただ盗まれた自分のものを取り返し、自分のものを壊し捨てただけですわ。わたくしには何の罪もございませんでしょう?」

 「し、しかし――」

 「それに、」

 何かを言おうとしたライルを遮り、それ以上の発言を許さないと言わんばかりに、ギロリと睨む。

 「わたくしがライラ様に暴言をはいたですって?本当にどこまでおつむが弱いのかしら。ライル様。自分の婚約者に何度もダンスの申し入れをする厚かましい女に何故優しく接せねばならないのです?わたくしは暴言を吐いたのではなく、『それ以上の行為は淑女としてはしたないので、おやめになっては?』と、貴族として当たり前のことをそちらの恥知らずな女に注意したまでですわ。あぁ、あとは『ご自分の立場をよく理解なさってはいかがかしら。身の程をわきまえないその行為は見苦しいですわよ。』とも申しましたかしらね。確かに王族であるライラ様は身分も高く、尊い御方。けれどもそれはご自身の従姉妹でもある、エリザベス内親王様の婚約者であるグレン・ローゼン・ラージラス様に言い寄っていい理由にはなりませんよね。ライラ様は王家の血筋ではありますが、お父上様はローゼンの名前を賜ってもいない、一、侯爵のご身分。そのような御方が王妹であらせるエリザベス様のご婚約者の、それも公爵家のご長男に懸想をするだなんて、見苦しいと注意したのですよ。」

 

 ミドルネームに『ローゼン』を賜る。それはローゼンタール王国の貴族にとって何よりもの誉れである。

『ローゼン』とは『ローゼンタール』に起因する名前で、古くからローゼンタールに多大なる貢献をした貴族に与えられる名である。『ローゼン』の名を賜っているかいないかで同じ家格の家でも雲泥の差がある。例を上げるのであれば、本来公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順で身分の高さが決まっているが、実は『ローゼン』を賜っていない公爵家と『ローゼン』を賜った侯爵家では断然『ローゼン』を賜った侯爵家の方が権力を持っており、発言力も大きく、また周りからの扱いも上である。それくらい『ローゼン』を賜っているか否かはローゼンタール王国貴族にとって重要なことである。

 つまり、『ローゼン』の名前を賜っていない侯爵家に生まれたライラは身分的にはジュリアよりも劣っている。王家血筋とはいえ、本家筋ではないため、政治的力もあまり強くないのだ。


 「今までは王家の血筋を尊び、ある程度は我慢して参りましたが、エリザベス様は内親王であらせられると同時に、僭越ながらわたくしの尊敬するご友人です。そのような御方を苦しませる女など、こちらが気を使う必要などありません。わたくしは再三注意を申し上げました。婚約者がいる御方に熱を上げるなど、あってはならないことだと。それでもそんなわたくしの注意を無視したライラ様をどうして、許すことが出来るのでしょ。」

 今迄、ライラは天使か妖精か何かだと信じてやまなかったライルが、信じられないモノを見る目でライラを見た。

 「う、うそだよな?ライラが、そんな…」

 「だ、騙されないでくださいまし!!この女はわたくしを陥れようとしているのです!わたくしは、わたくしはっ!!」

 すがるようにライルに言い寄る。と、ハッとしたように突然傍観者を決め込んでいたエドワードにすり寄った。

 「へ、陛下。あの女を罰してくださいまし!あの女は畏れ多くも王家を侮辱したのです!!反逆者なのです!どうか、どうか、正当な処罰をあの毒婦に!!」

 あまりの挙動にさすがのジュリアも驚きを隠せない。

 (だ、大丈夫?あの女、さっき陛下がわたくしを庇ったのをわすれましたの?)

 涙ながら訴えるその姿は可憐さとは程遠く。それまで可哀想と庇護欲をそそり、彼女の味方をしていた男どもは戸惑いを露にしていた。

 「ライラ?何をしている?!お前が頼るべきはこの俺だろうっ!!」

 このような姿を見てもまだ嫉妬心を見せるライルは本当にライラのことが好きだったのであろう。


 (ま、ここまですれば、わたくしに正当性があるのは明らかなことですし。それにこんな公の場でライラ様を庇っているライル様が浮気をしたというのは皆の目にも分かる事でしょう。これを理由に婚約破棄を申し出るのは容易なことです。当初の予定とは外れましたけれど、婚約破棄さえできれば上々ですわ)

 内心ほくそ笑むジュリア。

 

 断罪される気満々だった彼女が手のひらを返したのはこのためだった。彼女自身処刑されるのはまっぴらごめんだったし、かといって国王になぞ手助けされた日には勇者を婚約者に持つ以上に面倒くさいことになりかねない。幸い、彼女はライラをいじめた証拠など何一つ残していなかったし(確信犯)、公の場でライラを侮辱すればライラを快く思っていないということは明らかで、同じくライラに婚約者を奪われ憎々しく思っていた他の令嬢たちがライラに嫌がらせをすることなど分かり切っていたことだった。もちろん、それをちょっと悪名高いジュリアのせいにすることも分かり切っていた。ジュリアが行ったと言われている数々の嫌がらせはジュリアではなく、他の令嬢が行ったので、ジュリアに罪はない(とはいっても、わざとぶつかったりとかはしたのだが、それもついうっかりと言えば言い逃れできる)。暴言を吐いたとも言われたが、それもライラの本性をばらせばジュリアの言うことがもっともだということは誰の目にも明らかである。


 (さて、)

 エドワードに必死にすり寄るライラと、その腕を掴んで自分の方に引き寄せようとするライルの光景を一通り楽しんだジュリアはスッと出て、ライラの前に立った。

 「ライラ様。貴女がわたくしの婚約者だけでなく、他の多数の男たちにちょっかいを出していたことは、実は多くの貴族令嬢の方たちも周知の事実ですのよ。まぁ、実際その中の何人かの婚約者も被害に遭っていたのだから、当たり前ですけど」

 「なに、を…」

 ボロボロに泣き崩れているライラの瞳がジュリアを捕える。

 「それが今まで表に出てこなかったのは、わたくしが貴女の血筋を重んじ、箝口令を布いていたからなのです。」

 (これは本当ですのことですけど、実を申せば表立ってするな、裏でこそこそやれとわたくしの意を分からせるように、『あの方は王家筋の御方。その御方を非難すれば貴女方に害が及んでしまうわ。内心罵倒したくて仕方なくても、それは貴女方の損にしかなりませんわ。だから表立って事を荒げるのはよした方がよろしいですわね』とやんわり言い聞かせましたの)


 それで出来上がったのがライラへの裏での凄惨ないじめだ。だがライラを表だって非難しているのはジュリアのみ。故にすべてジュリアの仕業だと思われていた。馬鹿な男たちには。


 「だから、貴女の事は他の令嬢たちに証言を求めれば明るみにでますのよ?令嬢だけでなく、貴女にゴミのように捨てられた婚約者たちにも証言してもらいましょうか」

 ジュリアの言葉にライラの瞳から光がなくなった。

 「お分かりいただけたなら早くその手を離しなさい。国王陛下にそのように詰め寄る貴女こそ無礼だと、わかりませんの?」

 そう言い放たれ、ライラの腕は力が抜けたように掴んでいたエドワードを離した。

 「結構。それと、ライル様」

 ライラから少し向きを変えてライルの方を向き、寒気を覚えるような冷たい目をした。

 「婚約者のいる身でありながら、浮気をするばかりか、何の罪もないわたくしを陥れようとした所業は勇者としてとても立派と言えるものではございません。もちろん、『ローゼン』の名を賜りし、我が侯爵家の婚約者としても恥ずべきことです。この件はわたくしから申し上げなくてもきっとすぐにお父様の耳に入る事でしょう。今回の事で勇者としての肩書以外、何のとりえもなくなってしまった貴方との婚約もすぐに解消されることと思いますが、まぁ所詮そちらもわたくしとの婚約は解消したかったのでしょう?よかったですわね。望みが叶って」

 哀愁とも侮蔑とも取れるような、そんな複雑な表情を浮かべ、しかし内心はガッツポーズをとっているジュリアは感情のない声で淡々と述べる。

 「もっとも、お父様から告げる必要もありません。このような軽薄な方との婚約など、こちらからお断り申し上げます。即刻貴方との婚約を破棄し、今後一切貴方とは関わらないようにしましょう」

 ぴしゃりと、有無を言わせない圧力を醸し出しながらライルとの離別の言葉を言い放ち、その強い目力で睨みつけると、ライラ同様放心したようにライルの手から剣がカランと音を立てて滑り落ちた。

 相手にもはや戦意が喪失されたことを確認すると、ジュリアはエドワードの方に向き直り、再び礼をした。

 「国王陛下におかれましては、このような見苦しい場面をお見せすることになってしまい、大変申し訳ございませんでした。ですが、これにてこの件はもうおしまいです。どうか、心にだけ留め置かれて、大事にして頂かないよう、かさねがさねお願い申し上げます」

 顔を上げず、けれども貴族としての気品と風格を存在そのもので表している彼女は、誰の目から見ても『ローゼン』の名にふさわしい、高貴な令嬢そのものだった。

初めまして。後宮毒妃物語を読んで頂きありがとうございます。

常日頃から悪役令嬢系の小説を読んで私もそんな話を描きたいと思い、PCに向かいました。

素人なのでつたない文章で申し訳ないです。

自分の欲望全開で描くので、見苦しいところもあるかと思いますが、生ぬるい目で見守って頂ければ幸いです。

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