第17話 国王が浮気?どうぞ!むしろ本命はそちらでお願いします。
「それで?言い訳を聞かせて頂きましょうか。大賢者様?」
深夜の薔薇妃の間、寝室にて、ジュリアが腕を組んでジュダルを睨んでいる。
「なんのことだ?」
とぼけ顔のジュダル。
「なんのこと、とは随分な口ぶりですわね。牡丹妃様に宛てた招待状、牡丹妃様に届く前に奪ったのは貴方様でしょう?」
詰め寄るジュリアにとぼけ顔を崩さないジュダル。
「言い逃れをしても無駄ですわよ。あの魔法を解除できるのは貴方くらいですもの。何故わたくしの邪魔をするのです?」
あわよくば、いい感じにアイリスと対立している場面を側室達に見せ、その反応を見て側室達の勢力図を伺おうとしていたジュリアは真実、最後の方までアイリスが姿を見せなかったことにがっかりしていたのだ。まだ2回しか会ったことがなかったが好戦的という印象が見受けられたアイリスが目の上のたんこぶであるジュリアからの招待状を無視するわけがないと踏んだのだ。
「あのなぁ、何でお前はあんな得体の知れない奴にからもうとするんだ?あんな毒まみれの女に関わってたら命がいくつあってもたりねぇぞ?」
「得体の知れないって、貴方だけには言われたくないでしょうね。」
フッと正直な感想を述べる。
「まだ少ししかお会いしていませんが、あれくらいの使い手ならわたくしの敵ではありませんわ。何をそんなに警戒しているのです?」
大賢者らしからぬ弱気な姿勢にジュリアは訝しんだ。
「・・・なんだ、ジュダル。やっぱり牡丹妃はお前にとって鬼門なんだね?」
2人の攻防を眺めていたエドワードが突然会話に参加してきた。
「お前は何とも思わねぇのか?エドモンドもどき。」
(エドモンドもどきって早口言葉見たいですわね。言いにくくないのかしら。)
どうでもよい感想を抱いてしまう。
「あの女の顔、あれを見てなんとも思わねぇのかよ、本当にっ!」
ダンっと壁を叩くジュダル。
「そんなことを言っても、彼女にあったのは覚醒する前だからね。エドモンドとしての意識が出来てからはまぁ、気になりはしているけど。」
「それにしてもあんなにそっくりってあり得るか?瓜2つだぞ!血がつながっていたとしてもあんなに似るか?」
「ね、ねぇ、先ほどから一体何の話をされているのです?」
すっかり蚊帳の外に追いやられたジュリアは居た堪れなくなり口をはさんだ。そんなジュリアをエドワードもジュダルも困ったような、けれどやさしい顔で見る。
「お前はほんっと、鈍いな。まぁ仕方ねぇか。まだ分からないんだもんな。」
「?」
「いいんだよ、薔薇妃はこのままで。変わる必要なんてないんだから。」
2人は時々こうやってジュリアの分からない話をしながら、愛おしむように、けれどどこか寂しい表情でジュリアを見ることがある。その理由が何なのか分からないジュリアはその度に2人に理由を尋ねるが、答えをもらえたことは1度もなかった。
(ほんとに何なのかしら。男2人して隠し事なんて。気持ち悪いわ。・・・そうだ、隠し事と言えば。)
「ところで陛下。わたくしに何か言わなければいけないことがありませんか?」
答えてもらえない事をいつまでも考えていてもしょうがないと頭を切り替えてエドワードを見る。
「え?なんのことだい?」
「何のことも何も、ラングレーズ男爵令嬢のことですわ。」
ギクリとエドワードの表情が固まった。
「もう。他に懇意にしているご側室がいらっしゃったのなら、毎晩こちらにいらっしゃらずその方の元にいって差し上げれば良いですのに。しかも、シャーロット様は陛下の御子を授かっていらっしゃるでしょう?」
「うっっ!!何故それを?!」
エドワードが後ずさりをする。
「あんまり女を舐めないでくださいましね。ドレスで隠れてはいましたけれど、一目見ればわかりますわ!それにわたくし、人に宿る魔力が分かりますのよ?あの御方はご自身の魔力とは別の魔力がお腹に宿っていましたもの。おそらく5ヶ月、といったところかしら。」
「ご、誤解しないでほしい、薔薇妃。私は国王だから最低でも月に1度は側室の誰かと夜を共にしなければいけないんだ。子供をもうけることは国王の義務だからね。それに君が後宮に来てからは一切他の側室との同衾はしていないよ!」
わたわたと必死にジュリアに説明するエドワードは見たことがないくらい焦っていた。
(そのようなこと、わざわざ仰らなくても分かっていますわ。妖精達と契約してからのわたくしにとって知ろうと思えばこの後宮で起きるすべてのことを知ることが出来るんですもの。残念ながら陛下が私が入宮してから1度も他のご側室の方のもとを訪れていないことぐらいとっくの昔に妖精たちから聞いていたわ。)
因みにジュリアが事前にシャーロットの懐妊を知ることが出来なかったのは、エドワードとシャーロットが関係を持っていたのがジュリアが入宮する前の事であり、その頃の事は当時封印されていた妖精たちも知らず、また、ほとんどシャーロットと面識がなかったため取り立てて彼女の様子を知ろうとも思っていなかったので妊娠の兆候などを知ることが出来なかったのだ。そのおかげで取り返しのつかないことになりかけたのを、ジュリアは今でも怒っている。
「わたくしの事はどうでもよいのです。それが義務だろうと愛だろうと、御子が宿っているのは事実。陛下はもっと彼女をいつくしむべきではありませんか?それに彼女、どうも危なっかしいというかなんというか・・・。もしかして元は平民ではございませんか?」
貴族の作法になれていない様子、口調、それからアイリスたちの態度をもってジュリアは確信した。魔力を持つ平民が貴族のようにになる事はよくあることだったので、不思議に思うこともなかった。
「よく分かったね。彼女まるでリスみたいにちょこまかとして面白いだろう?あの頃は君はまだ私のものではなかったから傷心の私を癒してくれたのは彼女だったんだ。」
(今も昔も貴方のものになった覚えなんてありませんわ!)
どさくさに紛れて自分の所有物宣言をされ、ジュリアはお怒りである。
「なんだ、お前他に女がいるのか。だったらコイツは俺がもらっておくな。」
(わたくしは物ではありませんのよ?)
こちらはおもちゃのやり取りのような口ぶりのジュダルにもジュリアはお怒りである。
「何を言っている?ジュダル。他の側室達は私にとって薔薇妃が来るまでの仮初の相手さ。今はもう薔薇妃一筋だよ。キミの入り込む余地はないよ。」
「入り込むも何も、コイツにその気がねぇんだからお前に牽制される筋合いはねぇなぁ。おい、ジュリア。お前が望むんだったらお前をこの後宮から出してやろうか?」
「えっ♡?」
思わず嬉しそうな顔をする。
「勿論、俺の子供を孕むっていう条件付きだがな。」
「え゛っ?」
一転、あからさまに嫌そうな顔をする。
「フフっ。また振られたな、ジュダル。諦めろ。」
「お前だって似たようなもんだろ。お前こそ諦めろ!」
「なんだと?」
「お?久々にやるかっ?!」
ガタンと立ち上がり、向かい合う2人。の頭の上に分厚い本が落とされた。
「いたたたっ!」
「いってぇ!」
声を揃えて悲鳴を上げる2人。
「いい加減にしてくださいまし。暴れるのであれば余所でやって下さいな。」
呆れ顔のジュリアに2人は大人しく座りなおした。
「今はそんなつまらない話をしている時ではないのです。陛下、彼女わたくしが用意していた数種類の紅茶の中から、香りづけにウイスキーを少しだけ入れた特別なフィサリスのハーブティを飲もうとしたのですよ?」
「ん?」
「は?そいつ馬鹿なのか?!」
エドワードは言っている意味が分からないという風だったが、ジュダルはさすがは大賢者と言ったところか。その意味を理解しているようだ。
「陛下、国王ともあろう御方が世継ぎを生む者たちにとって危険なものをご存じでいらっしゃらないというのはあまり良いとは言えませんよ?いいですか?フィサリスはリラックス効果や疲労回復効果があり、代謝も上がるので身体がポカポカして普通の女性にとっては万能薬ともいわれる程の効能があるのですが、妊娠中の方が摂取すれば流産の危険がございます。加えて私が用意したフィサリスのハーブティにはお酒も少しだけですが入っていました。あの方には妊婦としての常識を教えて差し上げたほうがよろしいのではないですか?とりあえずその場ではわたくしがそのハーブティを取り上げて代わりの妊娠中でも飲んで大丈夫なハーブティを差し上げましたけど。」
(本当はそれだけが理由ではありませんが・・。あの時確かにあのお茶には毒が入ってましたわ・・。あとでアクア達にも確認してもらいましたもの。そしてわたくしは毒を入れたのが誰なのかも、知っています。どのような思惑があったのかもおそらく・・・。でもしばらくは様子を見させて頂くわ。)
ジュリアは最初はあのお茶に毒が入っているとは思っていなかった。ただ毒が入っていなくても妊婦にはあまりよくないお茶を飲ませてはいけないと思い、急いでそれを阻もうとしたのだ。ところがシャーロットからお茶を取り上げたとき、そのハーブ自体の香りでも、香りづけに入れたウイスキーのものでもない、甘い香りがした。その香りが何のなのかもジュリアにはすぐに分かった。
(あの手の香りがするものをよくわたくしが口にする物にも入れられていましたからですけれどね。まぁ、わたくしには『光の魔力』がありますから、全く持って無意味ですが。それにしてもこの後宮の側室や女官の中に毒を持ちこんでいる者がいることは知っていましたが、てっきりわたくしを狙ってのことだと思っていましたのに・・・。確かに平民あがりで陛下の寵愛を受け、子供を授かる、そんな夢物語のような彼女を忌々しく思う方がいるのも当たり前ですわね。だってここは、後宮ですもの。でも、何の罪もない、まだ生まれてもいない子供にその悪意が向けられるのは許せませんわ。そしてここを皆仲良しこよしなお花畑みたいな所かなにかと勘違いなさって自分に敵意が向けられていることを知りもしない彼女も、許せません。)
これがあの時ジュリアがシャーロットに対して行った傍から見ればいじめとしか取れない行動の理由であった。
「そうは言ってもそういうことは女官の役目だと・・」
「・・陛下、その言葉、わたくしがもし貴方の御子を授かっても同じことが言えるのですか?」
(・・・自分で言ってて吐き気がしてきましたわね。)
自分でエドワードを窘めるためとはいえ、おぞましいことを口にしてしまい、ブルッと身震いする。
「そんなことは言わないよ!キミと私の子だもの。キミと共に大事に大事にするさ。」
「それをシャーロット様に対しても同じ思いでいてください。あの方は今、その身に世継ぎとなるかもしれない御子を宿しているのですよ?不安もあるでしょう、陛下が支えなくてどうするのです?」
「申し訳ないが私はもう君のことしか考えたくない。もし彼女の子供が王位を継ぐというのなら、別にそれは構わない。だが、私がもてるすべての愛情は一滴たりとも他の女やその子供に与えたくはないのだよ。確かに彼女の事はおもしろい娘だなと思って構ったりもしたが、その感情も今はもうなくなってしまったよ。君が望むのならば、彼女には何不自由なく子供を産めるように手配をしよう。それでいいだろう?」
いつもへらへらしているエドワードが自分の事を思ってこんなに真剣な顔をしている。これで彼に堕ちない女などいるはずはない。・・・ジュリアを除いては。
「・・もう結構です。陛下がそのような気持ちのまま彼女の元へ行かれても、彼女を悲しませてしまうだけですわ。」
「分かってくれたのかい?!薔薇妃!」
ガバッと抱き着いてきそうなエドワードの額に手にしていた本を突き付けて止める。
「ですが、陛下。わたくし自分の子供でも他人の子供でも小さい子供を慈しまない殿方は嫌いですのよ。身重の女性に優しくできない方も同じく。わたくしが申し上げている事の意味がご理解頂けるまで、」
バンッと突如寝室の窓が開いた。と同時にエドワードの身体がふわりと浮きあがる。
「へ?うわわっ!薔薇妃、なにを?!」
突然の事に本来であれば得意の風魔法だが、エドワードはなすすべなくそのまま窓の外に放り投げられた。
「本日はもうお引き取り下さいまし。」
そう言ってバタンと窓を閉める。
「ハハっ!エドモンドもどきの野郎、ざまぁねぇな!妾の1人や2人の処理くらい、もっとうまくやらねぇとな!」
窓の外で呆然としているエドワードを腹を抱えて笑うジュダル。
「あら、わたくしゴミを出すのを忘れていたようですわ。」
「へ?」
それまで爆笑していたジュダルも先ほどのエドワードと同じように体を宙に浮かされ、窓が開け放たれると同時に外に放り出された。
「お2人とも、心を入れ替えるまで今後一切わたくしの前に姿を現さないでくださいね?今までは陛下を一応は敬って極力無礼は働かないようにしていましたけれど、ご自分がされたことに責任の持てない方に払う敬意などわたくし持ち合わせていませんの。少しでもその姿を見せようものならわたくし、全力をもって視界からあなた方を消そうと尽力させて頂きますわ。それではお2人とも、お休みなさいませ。」
にっこり微笑み窓を閉じ、カーテンを閉める。
「ば、薔薇妃は何故あんなに怒っているんだ?やはり私が他の側室と子供を成したことに嫉妬しているのだろうか。」
「ばかがっ!そんなわけねぇだろ!あーあ、何でおれまで・・・とばっちりじゃねぇか。」
ジュリアの姿が見えなくなってゆっくりと立ち上がる2人。
「お前はとっとと王宮に帰れよ?こんなとこ、誰かに見られでもしたらまた円卓会議の議題にされるぜ?」
「なんだ、盗み聞きでもしていたのか?そういうお前はどうするんだ?」
「おいおい、俺は大賢者だぜ?いつものように姿を隠して、こっそりあの部屋に忍び込んでおくさ。」
「なにっ?!聞き捨てならないぞ!それならば私もここに残ってお前を見張る!」
バンッっ!!
再び薔薇妃の間の寝室の窓が開き、ジュリアが顔を出した。
「お2人とも、全部聞こえていますわよ?大賢者様、そんな馬鹿な行動を起こせない様に、貴方には今から常闇の国まで行ってそこにしか生えていないイザナイ花を10本採取してそれを明日の昼までにウインドに
渡してくださいね?あの国は妖精の力が通用しませんもの。ご自身で行くしかありませんよね?今から休まず眠らず全速力で向かって頂ければあなたならギリギリ明日の昼までに間に合うでしょう。間に合わなければわたくしは全魔力を持って、あなたを再び封印します。その反動でわたくしはおそらくしばらくは魔法が使えなくなるでしょうが、それくらいわたくしが本気だということをご理解頂けたかしら?」
今迄見た中で1番怒っている。そう肌で感じたジュダルとエドワードはごくりと生唾を飲み込んだ。
「わ、わかったよ!ちっ!しゃーねぇな。今すぐ行ってとってきてやるぜ!」
そう言い残し月明かりのない暗い暗い闇の中に溶け込むように消えていなくなった。
「さぁ、次は陛下ですわね。先ほどわたくしが申し上げたことをお守りいただけないのであれば、わたくし、出家いたしますわ。」
出家とは、俗世間から離れ、修道院にその身を置くことである。1度出家すればそこでの拘束は後宮よりも厳しく、一生抜け出すことは叶わない。それこそローゼンタールだけではなく他国にもある修道院や教会をすべて壊してまわりでもしなければ逃げられない。もちろんそんなところに行く気はさらさらないのだが、これがエドワードにとって1番の薬になると、ジュリアは確信していた。
「わかった。私の負けだ。降参するよ。君がいいと言うまで、私は君の前に姿を現さないよ。それでいいかい?」
「・・やはり何もわかっていませんわね。わたくしが良いというまでではなく、陛下が心を入れ替えるまで、ですわ。その意味、重々お考えになって下さいましね。」
そう言って、ジュリアは再度窓とカーテンを閉め、その日は1ヶ月ぶりにゴールデンタイムに眠ることが出来たのだった。
話に出て来たフィサリスなんてハーブティは存在しません。ホオズキの別名ですね。
さて、ついに、変態1号と2号を追い出すことが出来ました!ジュリアは今まで王様に遠慮して危険なことはしてきませんでしたが、これからはバンバン、魔法という武力をもって彼らをこてんぱんにやっつけようと思っています(←ただの願望なのでそんなにうまくはいきません。)




