第12話 国王の寵愛?そんなもの、犬の餌にでもすればいい。
ジュダル達の言っていた『アイツ』が誰の事なのか、結局わからずじまいのジュリアは、寝室の扉を叩くノックの音と共に姿を消した5人を恨みがましく思いながらも、ノックの主、カエラの入室を許可した。
因みに寝室での会話は常にジュリアの魔法の防音効果により、外には一切漏れていないのである。
「薔薇妃様、あの、申し上げにくいのですが・・。」
寝室に入ったカエラは気まずそうな顔をしている。
(い、嫌な予感しかしないわ。)
「何かしら。気にせず話してくださる?」
いつも通りの侯爵令嬢としての顔を取り戻し、平静を装って促す。
「じ、実は本日も陛下が御渡りになるとのことで・・。」
嫌な予感的中。本来側室としては喜ばしい現状を憂えているジュリアはギギギっと強張った表情金で無理やり笑顔をつくり「そう。」と返事をした。
「ありがたいことですわね。2日も続けていらっしゃるとは。存外お暇なのかしら。」
「そ、そのようなことはないかと。きっと薔薇妃様にお会いしたくて必死でお勤めを頑張っていらっしゃるのだと思います!」
そんなに取り繕合わなくてもこれ以上ジュリアの中でエドワードの評価が下がることはないのだから、気にしなくてもいいのにと、ジュリアは本気で思っている。
「でも残念ですわ。わたくし今日はあまり体調がよろしくありませんの。この時間だからまだ間に合うわよね?丁重にお断りして下さる?」
何が悲しくて2日連続であの男の顔を見なければいけないのか。身分が違えば犯罪者として捕まってもおかしくないエドワードにジュリアが会いたいはずがない。
「か、かしこまりました。すぐに伝えます。」
慌てて寝室から出ていくカエラを視線だけで見送り、ジュリアは窓の外に視線を移した。
(ただでさえ厄介な男が増えたんですもの。変態1号に構っている暇はありませんわ。)
――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――
『ジュリア様、カエラです!入ってもよろしいでしょうか!』
ノックの音と共に焦りをにじませた声が扉の外から聞こえてきた。
あれからジュリアは後宮の書庫にあるいくつかの書物を寝室に運び、外が暗くなっているのにも気づかないくらい集中して読書に耽っていた。
「どうぞ、入って?」
「失礼します」と言って寝室に入ってきたジュリアの額には汗がにじんでいる。
「どうしましたの?そんなに慌てて。」
尋常ではないカエラの様子に、目を見開く。
「あ、あの、それが、その・・・陛下が・・。」
「陛下が?」
続きを促そうとしたが、それは寝室の扉を開く音によって遮られてしまった。
「やぁ、薔薇妃。体調がよくないと聞いて心配できてしまったよ。あぁ、そんなに青い顔をして。駄目じゃないか、本なんて読まずに、休んでなきゃ。」
訂正しておくが、ジュリアは本当に体調が悪い訳ではない。突然現れたエドワードに驚き、青ざめているだけである。
「へ、陛下。どうしてこちらに?今宵の御渡りは辞退すると伝えていたはずですわ?」
なんとか喉から絞り出して言葉を紡ぐ。
「あぁ、聞いたよ。でも私に会えない程体調が芳しくない君が心配で、私自ら看病をしようと思って来たのだよ。」
自分の考えが浅はかだったことを自覚し、気絶しそうになる意識をギリギリのところで保ちながら、ジュリアは満面の微笑みをエドワードに向けた。
「ご心配をおかけし、申し訳ございません。ですが体調が悪いと申しましても、これはただの寝不足なのです。陛下の前で粗相するわけにも参りませんから今宵は大事を取って辞退したまでですわ。わたくしは平気ですので、どうかお戻りくださいまし。」
暗に、早く帰れよ!という思いを丁寧な言葉で表し、エドワードを拒絶するが、変態1号には全く意味がないようである。
「そうか。私との甘い一夜のせいで寝不足とは。原因が私にあると分かったのだ。お詫びに私の魔法で薔薇妃を心地よい眠りに誘ってあげよう。」
「け、結構です!必要ありませんわ!それに、陛下に寝顔を見られるのもお恥ずかしいです!!」
こんな男の前で無防備に眠ったら何をされるか分かったものじゃないと、必死で拒否るジュリア。
「フフっ。残念。無防備に眠る君にいたずらしようと思ったのだけれど。まぁ、それはそれで私の理性を止められる自信がないからここは君の言うとおりにしよう。」
(やっぱり!)
背筋の凍る思いで、エドワードの手が降ろされるのを見つめる。
「でも、せっかく仕事を早く終わらせてここまで来たのだから、今すぐ帰るっていうのも嫌だしなぁ。」
このまま何もせず帰ってくれそうにない雰囲気に、ジュリアもどうしたものかと考えた。
「・・・・そうですわ!わたくし陛下に色々と教わりたいことがあるんですのよ?」
パチンと手を叩き、ひらめいた様に話す。
「教わりたいこと?そうだな、夜の情事のことなら手取り、足取り――」
「ちがいます!ローゼンタール王国の歴史ですわ!ある程度ならわたくしも存じ上げておりますが、きっと陛下は王家が代々受け継いできている世には出回っていないお話もご存じでしょう?それをわたくしに語って下さいまし!」
思わず自分の手を取ろうとするエドワードから手を引っ込めて、クルリと背を向ける。続いてあすなろ抱きのように後ろから腕を回され抱き着かれようとするのをしゃがんで回避し、エドワードの周りを歩いて椅子に腰かけた。
「おやおや、照れ屋さんだね。薔薇妃は。」
兎を追い詰める狼のような気持ちになったエドワードは愉しそうに笑う。
(無理。本っ当に無理ですわ!生理的に!!)
歴代の国王の中でも随一と誉れ高いエドワードの美貌に対してそのような感想を述べるのはジュリアだけだろう。
「ご冗談を仰らずに、わたくしの願いを聞いて下さるか否か、伺えますか?」
「・・・わかったよ。今日は大人しく、勉強会といこうか。」
やっとのことでエドワードは観念し、おとなしくジュリアの向かい側の椅子に座った。
「さて、何が知りたいのかな?愛しの薔薇妃は。」
一々甘い言葉が余計である。
苦々しく思いつつもコホンと咳払いし、エドワードに隙を見せないようにする。
「わたくしが知りたいのは伝説の大賢者と、その時代の国王様の事ですわ。子供のおとぎ話くらいにしか存じていませんもの。あまりに昔なことで、資料もほとんど残っていませんでしたし。」
変態2号のことは変態1号に聞けばいいのではないか。それに、変態2号を飼い慣らしていたその時代の国王についても知っておいて損はないと思う、とジュリアは目の前の教師を見つめた。
「そうだね。彼らの事は本当に伝説レベルでしか公表していないから、キミが知らないのも無理はないか。でも、彼らの事を語るには、もう1人、重要な人物のことを知る必要があるんだよ。」
何故か懐かしそうに語り始めるエドワード。
「重要な人物?」
「そう。それはその時代の薔薇妃、つまり君の大先輩のことだよ。」
改めてジュリアの瞳を見たエドワードに、ジュリアは理由も分からないが心の中を見透かされそうな気がして思わず目を逸らしてしまった。
「その、薔薇妃様とお2人の関係性が、国王と側近と側室以外にあった、ということでしょうか。」
「そう。さすが薔薇妃。理解が早いね。まぁ、実を言えば彼らは2人とも本気で薔薇妃を愛していたんだよ。それこそ、国を捨ててもいいと思えるほどにね。」
エドワードが語るのは王族の、それも直系の王子、次期国王にだけ受け継がれる彼らの物語。
当時他国からの侵略を防ぎ、逆に国土を拡大し、魔族からの攻撃も返り討ちにしてしまうくらいその時代の国王とその側に仕える大賢者の力は絶大だった。また、2人の関係性も、『闇の魔力』を持つ大賢者を親友として扱う国王という異例のもので、多少の反発はあったもののそれをものともしない程、彼らの結束は固かった。
ところがある日、彼らの関係を大きく変える出来事があった。
その時代の薔薇妃の入宮である。
どういった経緯だったかまでは伝えられていないが、薔薇妃を国王はとても愛し、そして許されない事ではあるが大賢者も彼女の事を心の底から愛していた。やがてその2人の愛は悲劇を生む。
仲の良かった国王と大賢者の中を割いた薔薇妃はそのことをとても悲しみ、自責の念に駆られていた。また、2人の仲たがいは薔薇妃だけでなく、国の重臣たちも憂えており、それは他国に隙を与えることになった。当時鉄壁の守りを誇っていた王宮に他国の暗殺者が潜り込み、初春の宴に出ていた国王の命を狙った。だが、それは失敗に終わる。当時国王には正妃がおらず、側室筆頭である薔薇妃が国王のパートナーとしてその宴に出席してたのだ。彼女はその身を挺して国王を守った。国王を狙ったその刃は薔薇妃の胸を突き破り、薔薇妃を死に追いやったのだ。 国王は嘆き悲しみ、以後その時代正妃を迎えることはなかった。大賢者もその後消息を絶ち行方知れずとなった。
「国王と薔薇妃はね、心の底から愛し合っていたんだよ。2人の中に大賢者が入ってきさえしなければ、きっと彼女は正妃として国王と共に愛し合い、末永く幸せにくらしたであろうにね。」
「―――――その話、ちょぉっと待った!!」
悲しそうに語るエドワードの話に突然横やりが入った。
「聞き捨てならねぇな。その話は嘘だらけだ。ったく、アイツもよくもまあそんな嘘っぱちな話をこんな後世まで残したもんだ。」
「な、な、な、な、何で出て来たんですのー?!」
突如として現れたジュダルが大変遺憾であるとばかりに顔を顰め、エドワードと対峙している。
「いやぁ、お前がこんな嘘を信じちまったらかわいそうだなと思ってだな。まぁ、確かめたいこともあったことだし、許せ。」
あっけらかんと言い放つジュダルに頭を抱えるジュリア。
(許せって、そんな、馬鹿ですの?!後宮の側室に男が現れて良いはずがございませんわ!・・あ、でもこのままこの男を情夫として扱えばそれを理由に後宮から追い出されるかも?・・・いいえ、わたくしは只の側室ではなく薔薇妃。そんなわたくしが国王ではない男と通じていたら命まで取られかねないわ!)
悶々と頭の中をいろんな思考が駆け巡る。と、先ほどから何も言葉を発さないエドワードの事が気になり、顔を上げた。
(えっ?)
ジュリアは驚きを隠せなかった。何故なら普通であれば自分の側室の部屋に突然男が、それもかなり胡散臭い黒ずくめの男が現れたのだから、驚くはずなのに、エドワードは驚くどころか、ニコニコと笑顔でその胡散臭い黒ずくめの男、ジュダルを見ている。
「やぁ、久しぶりだね。ジュダル。息災だったかい?」
エドワードの言葉に確信を持ったのか、ギリッと歯を噛み、唇をゆがめる。
「やぁっぱり転生してやがったか。エドモンド!!!」
ジュダルの視線の先にはニッコリと不敵な笑みのエドワードがいた。




