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第9話 可憐な少女?悪魔だと思います。



 (こ、こんなはずではありませんでしたのに・・・。)

 チュンチュンと小鳥のさえずりを遠い意識の中で感じながら、ジュリアは薔薇の模様が描かれた天井を眺めていた。

 ちらりと横を見ると、満足げに微笑むエドワードがいる。

 (くっ!いっそ廃人になってもいいから!!『洗脳(マインドコントロール)』と『傀儡(マリオネット)』をかければよかったわ!)

 仮にもこの国の王に対して、不敬と言われても仕方がないくらい物騒な思いを抱きつつ、自分の髪を優しく撫でるエドワードの手を優しく払いのけてジュリアはベッドから降りた。

 「おはようございます、陛下。ご機嫌いかかですか?」

 軽く身だしなみを整えつつ、外に控えているカエラにお茶の用意をするように言い、昨夜の余韻を反芻することもなく、てきぱきと動き始めた。

 「残念だな。私はもっと薔薇妃との甘いひと時を過ごしていたかったのだけれど。」

 さみしそうにやれやれと言いながらゆっくりと身体を起こす。

 「それにしても初めてだったとは。見かけによらず、初心なんだね、薔薇妃は。」

 「え?」

 花がほころぶような笑顔で言ったエドワードの言葉をお茶を持って現れたカエラが聞き、足を止めた。

 途端に、顔を真っ赤にしてプルプルと震えだすジュリア。

 (な、なんてことを言いますの?!あぁ、恥ずかしいっ!!)

 キッと自分を睨みつけるジュリアを嬉しそうに見つめるエドワード。

 「ほら、そんなにすぐに顔に出したら、キミのかわいらしさに皆が気づいてしまうだろう?駄目だよ、私にだけ見せてくれなきゃ。」

 ちゅっとジュリアの手を取り甲に口づけをする。すると益々顔を真っ赤にしたジュリアは思わずエドワードから顔をそむけてしまい、まだ後ろで固まったままのカエラと目が合った。

 「ば、薔薇妃様・・。」

 「カ、カエラ・・・。」

 お互いに気まずさを覚え、ジュリアがコホンと咳払いをする。カエラも慌ててお茶をテーブルの上に置き、「失礼しました!」とすぐに寝室から出て行った。

 「あ、待って・・。」

 引き留めようとしたジュリアだが、既にカエラは寝室から姿を消していた。

 「さぁ、お茶にしようか。」

 いつのまにか椅子に座りニコニコと上機嫌のエドワードにジュリアは頭痛がした。




   ――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――



 「ねぇ、聞いた?」

 「何を?」

 「昨夜、薔薇妃様のところに陛下が来たんですって!」

 「え?!そんな!だって薔薇妃様なんて入宮してから1週間も放置されていたじゃない!」

 「でも、昨日陛下が薔薇妃様のお部屋に行かれるのを見たっていう女官がいるのよ!」

 「私、今朝陛下が薔薇妃様のお部屋の方から出てこられるのを見たわ!」

 「ほら、やっぱり!」

 「しかも、その時の陛下の御顔ったら、私思わず手に持っていた花瓶を落としちゃうくらい素敵な笑顔でしたわ!」

 「何それ!陛下はやっぱり薔薇妃様のご執心ってこと?」

 「きっと、薔薇妃様程の手練れですもの。すごいテクニックだったってことじゃない?さすがは妖艶の魔女ね。」

 「・・・でも、これからどうなるのかしら。」

 嬉々として噂話をしていた女官達が急に押し黙る。

 今、この後宮には彼女たちが恐れる人物が2人いる。

 1人はその悪評を轟かせて、どんなあくどい手を使ったのか知らないが、薔薇妃にまでなったジュリア。

 そしてもう1人は表の顔は可憐でおしとやかな少女だが、裏ではこの後宮を支配し、気に入らない者がいると人知れずその女官の消息を絶たせている称号付きの側室――――

 「――――あら、皆様、ごきげんよう。」

 突然物陰から出て来た少女の声に、女官達の顔に戦慄が走った。

 「あ、アイリス様っ!」

 にっこりとほほ笑む彼女の顔に、女官達は皆一様に脅えている。

 「どうしたの?そんなに脅えて。ほら、早く今話していた楽しそうな話の続きを聞かせて?」

 無邪気に微笑むアイリスは天使のように見える。何も知らない人たちからすれば。

 「い、いいえ、私たちは・・・。」

 「おかしいわね。私、この前貴女達を注意したと思うのだけれど。」

 カツカツとヒールの音を立て、1人の女官の前に立つ。

 「あら、貴女この前あの場所にいたわよね?」

 「そ、その、私・・・っ」

 がくがくと膝が動き方を震わせる。

 「ほぉーんと、貴女達って学習することが出来ないくらい、頭が弱いのね。私、心配だわ。」

 「――――何が心配ですの?」

 女官が、自分の命はここまでと悟り、目を瞑った瞬間、背後から脳を震わせるような美声が聞こえた。

 「あら。牡丹妃様ではございませんか。入宮の日以来ですわね。」

 コツコツと響く音は、それだけで優雅な雰囲気を彼女に纏わせる。透き通るような白い肌には入宮の時とは違って頬に薄桃色を落とし、初めて見た時よりも2倍も3倍も艶っぽさが増しているように見える。

 「これはこれは、薔薇妃様。このようなところに貴女様のような方がおいでになるなんて。」

 女官から視線を外し、ジュリアに向き合うアイリス。

 「フフっ。少し外の空気が吸いたくて、お散歩していましたのよ?そういう牡丹妃様こそ、このようなところで、御付きの女官達でもない者たちと、何をなさっていたのかしら。」

 目を細めてジュリアに見つめられると、アイリスはたじろいでしまった。

 「あ、そうそう。リベラ男爵領の名産品は蜂蜜でしたわね。わたくし、蜂蜜ってとぉーっても大好きですの。甘くって、蕩けそうで・・。」

 「な、何を・・。」

 うっとりと瞳を潤ませるジュリアに警戒するアイリス。

 「アイリス様、わたくしのために美味しい蜂蜜を取り寄せて頂けないかしら?だってわたくし、」

 口元に人差し指をあててニィッと笑う。

 「しばらく、リベラ男爵様に顔向けできませんもの。」

 「なっっ?!」

 その笑みは、妖艶と言えば良い方で、その場にいるアイリスどころか女官すべてが震えあがるほど美しい。

 「牡丹妃様のご実家は確かリベラ領の隣でしたわよね?きっとリベラ男爵とも懇意にしていらっしゃるのだと思いますわ。ねっ!わたくしのお願い、聞いて下さるかしら。」

 そっとアイリスの手を取り、首を傾げる。

 「も、勿論ですわ。薔薇妃様のためなら、極上の蜂蜜を取り寄せるよう、リベラ男爵様に頼んでおきます!」

 「そう、それはよかったわ。感謝いたしますわ。」

 もう一度アイリスの手をギュッと握り締めると、パッと離し、クルリと来た方向へ向き直し、その場を去ろうとした。

 アイリスはギリッと悔しそうに歯ぎしりすると、小さく『鎌鼬(ウィンド・リッパー)』と呟いた。直後、悪意に満ちた刃のような風が、ジュリアの後ろからジュリア目がけて飛んできた――――が、それは一瞬の内に炎に包まれ、そのまま進行方向を変えてアイリスの方へ返ってきた。

 「きゃっ!!」

 (ぶつかるっ!)と思わずギュッと目を閉じたが、一向に熱を感じないことに気づくと、おそるおそる目を開けた。

 「牡丹妃様。」

 目の前には炎の風ではなく、ジュリアがいる。

 「わたくし、無益な争いは好みませんのよ?血なまぐさいことも嫌いですし。それに、」

 持っていた扇を軽く仰ぐと、スパンっとアイリスの耳元を鋭い風が通り過ぎ、アイリスの頬からは一筋の血が零れ落ちた。

 遅れて来た鈍い痛みと頬を伝う生温かい液体の感触にアイリスは目を吸い込まれそうなほど大きく見開いた。

 「まだ『牡丹妃』としての資格をお持ちでない貴女がわたくしにかなう訳はありませんのよ?」

 そう言って高らかに笑いながら去っていくジュリアを、アイリスは感じた事のない屈辱に顔を歪ませ、強く握り締めた拳からは血が滴り落ちていた。

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