89 酒場
酒場でミルクを飲んでいると変人だが、俺は普通にウィスキーを飲んでいたのでまともな客だと思う。カウンターの端で静かに酒を飲みながら、さっきの占いについて何故あれほど狼狽えたのか不思議に思っているが理由が思いつかない。
「まあ、たかが占いだしな」
「こ、こんなのあってたまるか!お、俺は信じないぞ。こんな権の悪い、糞ったれめ。代はこれで十分だろ!二度とやらないからな」
怒ったように叫んでいるが、怯えを隠せないような赤ら顔の男が酒場から逃げるように飛び出していった。
五月蠅い奴だなと、隅のテーブルを見やると旅の占い師が客を取っていた。酒場の余興代わりにしているのか、酒場の亭主は占い師にビールを奢っていた。
(今度はまともな占いかも知れないな?)
「俺も視て貰おうか?」
「ほっほ、次は未来でも視て進ぜようかの?」
俺は、金貨を占い師に握らせると女占い師の前に座った。
女占い師は、笑いを含んだ声でカードを二枚選ぶように言った。
俺が選んだカードは、高貴で信心深そうな女性と逆位置の遊び人風の男が描かれたものの二枚だった。
「あなたの未来を示すのは、『Ⅱ女教皇』と逆位置の『0愚者』ですね。そう、芸術家で探求心の強い・・・・・・ ううん、小説家さんに成りそうですねお客さん」
「小説家ねえ、まあ悪くはないか」
「そうでしょ、魔導師や錬金術師なんかの六でなしよりは文化人ポイですからね。本が出たらサイン本を送って下さいね、お客さん」
「まあ、それより俺と今夜付き合えよ」
「まあ、いいでしょう。その代わり、あとでもう一度視せてくださいね。あなたの未来を・・・・・・」
酒場の二階には、意気投合した男女が楽しむ部屋が当然用意してある。店が用意した女給が相手をすることもあれば、専門の女が酒場に通っている場合もある。この女占い師が普段金で、夜の営業をしているかどうかははっきり言って判らないし知る気も無かった。 酒を持って二階に上がり、他愛のない話をして愛を交わした。
そう、二人で楽しい夜を過ごせたのでお互いに不都合は無かった。
アルコールが残って気だるい遅めの朝、女は既に姿を消していた。
テーブルにはタロットカードと、過去と未来を解説したメモだけが残されていた。
過去を示す一組目には、輪の周りに複数の動物が、もう一枚には崩れかけた塔の絵が描かれていた。
「『Ⅹ運命の輪』と『ⅩⅥ塔』のカードねえ。ほんとに数奇な運命を持った高貴な存在、さしずめ国を追われた運命の王子ね。ごめんね、私には助けてあげられないよ!」
未来を示す二組目には動物に囲まれた輪の中に人が描かれ、もう一枚には乗り物に乗った男が描かれていた。
「『ⅡⅩⅠ世界』と『Ⅶ戦車』のカードかあ。あなたの未来にとても私は付いて行けないわね。この世界よりも大きなそれこそ、宇宙を駆ける船に乗る人だもの。ごめんね、やはり未来でもあなたを助けることはできないみたい」
俺は、途方もない占いの結果に驚いてメモを落としてしまった。ふと気付くと、メモの裏にも何か書かれていた。
「でも、これだけは覚えておいて。テスタもティーガーもアスラも斎酒もスカーレットも・・・・・・その他の女達もあなたに遭えて後悔などしていないわ。そして、私もね。
だから、あなたはあなたの道を進んでね。いつか、きっとまた逢えるから。それまで、さようなら・・・・・・」
俺は、メモを握りしめると宿を出た。そして再び旅に戻った。
長きに渡ってお付き合いくださり、ご愛読ありがとうございました。