81 闇
さて、やってしまった事を今更後悔しても始まらないだろう。
問題は、いかに最良の状態に近づけるかだ。太閤秀吉は、徳川が天下を治めればその先の不幸な結末が予想できているだろう。怠惰な鎖国政策により国力は衰え、夢から覚めて鎖国を解く頃には西洋列強の後塵を拝することになる。
折角世界一とも言われる軍事大国、有数の鉄砲保有国になったと言うのにだ。
やがて、無理に列強に追いつこうとして孤立無援の絶望的な戦いに身を投じ無辜の民を多数失うことになる。だから、俺は平然と提案する。
「太閤さん、今この国を二つに割るのは非常にまずい。だから、関ヶ原の戦いは無かったことにしよう。今回は、大規模な訓練ということにしよう。だが、恩賞は与えねばならない。それが、例え儲けに繋がらない、軍事訓練だとしても皆は命がけで戦った。これに報いないのは大変な誤りだから」
秀吉は、無念そうに首を振った。
「残念じゃが、皆にやる報償が無い。此度の戦はそちが言う所の軍事訓練だから報償として配る領地が無いのじゃ」
「ふーむ。なら、落ち度のあった奴から取り上げればいいじゃないか。期限までに参加しなかった奴がいただろ?たしか、真田何某かに邪魔された奴が」
ぽん、と音が出るほど膝を叩いて秀吉はにやりと笑った。
「なるほど、秀忠か。奴は確かに遅れたというか着く前に訓練が終わってしもうたから、罰金を取るのも致し方ないな」
「それから、東軍から寝返った奴らの始末も穏便にな。どちらにしろ訓練なんだから、後に怨恨があったんじゃその後のあんたの企みに支障を来たすだろ」
「そちの言う通りじゃ」
「だから、ちゃんと褒美を取らせるんだな。そっちの方は訓練で負けた総大将からむしり取ってな。まあ、奴の処遇はそんなところでいいだろう」
ふ、どっちにしても死んだ奴は戻っては来ないんだ。
「あとは、こき使ってやればいいだろう。それなりに使えるんだろ?家康ってさ」
「ほう、そちは悪よのう」
「じゃあな、また後で気が向いたら顔出すから。そんときはよろしく」
軽く手を挙げて、ジョージは斎酒と共に漆黒の闇を纏うとその姿をかき消した。
テスタの横たわっていた辺りには、いつの間にか真紅の薔薇が辺り一面に咲き誇っていた。松尾山の上から望む薔薇たちは、親しい者を失った者には、赤い棺を思い起こさせた。