79 粉砕
お待たせしました。
「うぐっ」
「男はねぇ。ただ大きければ良いってもんじゃないのよ。熱さがなくっちゃ」
テスタの飛び蹴りが、巨人石田三成の胸に突き刺さる。三成の鎧に小さな穴が開き、血が滲みだしていた。
どうしてもテスタと石田三成では文字通り巨人と華奢な女性ということで甚だしい重量差があるように感じられるが、もし車重一.六トンのスポーツカーが時速三百キロメートルで衝突していたとしたら、それはとてつもない衝撃が加わることになるはずである。
それが、この戦いの趨勢を決めていた。
おのれ、あと一歩で日本に仇成す内府を仕留めることが出来たというに女子に邪魔をされるとは。
「己が運、ことごとく最悪か!」
「ふっ、そろそろおねんねの時間よ。命までは取らないから寝てなさい!」
テスタは、蝶のように舞った。正拳突きを三成の左胸に一発当て、膝頭を踵で打ち付け、その反動を利用し後方上空へ駆け上がりまるで見えない空気の壁をキックして方向を変えると巨人三成の鼻頭を跳び蹴りで粉砕した。
「うぉっ、くぅ」
三成は、鼻血から鉄錆を味わうと己の中に響く言葉に気を取られていた。『熱さ?』だと。
「うーむ、うおーりゃー!」
三成は、剣を握る拳に力を込めた。額の血管がびくびく動いている。心臓が激しく動いている。
ぴくっ。
西城斎酒は、はたと気付づいた。この局面で石田三成が鉄腕テスタを掻い潜り内府、徳川家康を葬り去るための唯一の方法に。
「ふっ、まさかね。仮にそうだとしても恋敵が一人消えるだけ。どちらにしても私の勝ね」
「何か言ったか?玲子ちゃん、聞こえなかったんだが」
「別に、それより太閤様にどう説明するつもり?」
「まあ、本人を前にして今更相談もないだろう。正直に話すさ、あの方からの依頼をさ。だが、もう少しテスタの久々の働きを見てやろうじゃないか。あいつも、張り切っているしな」
この三成、豊臣家のため、日本のためこの命燃やし尽くそうぞ!
「太閤様、秀頼様をお守りくだされ!」
三成は、刀を家康の本陣へ投げ込み陣幕を叩き伏せると、脇差を抜き一気に己が首を斬り飛ばした。
「え、何?」
三成の首から飛び散る鮮血に触れた采配は、あまりの熱に表面がドロドロに剥がれ落ちた。
「まずい。テスタ、家康を守れ!」
テスタは、一瞬、三成の首から飛び散る鮮血の熱さと見事さに我を忘れた。
「そ、ん、な、こと言ったって!ご主人様は、人使いが荒すぎます」
テスタの身体は、口では文句を言いつつも、高速で移動し家康の本陣へ、それこそ飛び込んでいった。
「もう、こんな爺さんにサービスなんか。めったにしないんだから、冥土まで覚えてなさいよ、家康の狸爺ぃ!」
家康は、度肝を抜かれた。巨人三成の自害の果て、首から飛び散る熱い血が辺りを溶かしていく様を呆然と見ていた。
そして、あわやと言う時に、三成を翻弄していた美女が己が身体を抱きしめてきたのである。
その感覚は、得も言われぬ心地良いもので、幼少の頃より苦難を舐めて来た自分の人生に最高ご褒美が来たと涙を流していることにも気づいていなかった。
「じゃあ、太閤さんよ。よく聞きな、あんたのとっても知っているあの方からの伝言だ。歴史を変えてはならぬ。さすれば、更に大きな悲劇が未来に起こることになる」
太閤秀吉は、肩を震わせていた。まだ、自分個人の悲しみと天下の先行きについて正しく天秤に掛けられないのだろう。
「あんたも、大事な者を失くしてきただろう。俺にもその辛さは判る。見て判るようにさっき家康を守って俺の女が逝ってしまったからな。だからこそ、歴史を変えちゃならねんだ!」
うっ。
俺は、眼下に見える所々焼け焦げた赤いドレスの女に別れを告げた。