75 開戦
小早川秀秋は自ら先陣を切って、運命の戦場へ駆け下りていく。
「内府の狸に目にもの見せてやる。俺がただの操り人形なのか、それとも伴天連共と戦う同志なのか。俺はたかが私怨では動かん、俺は信ずる道を行く!」
な、何だと!あれは。
「殿ー!敵襲にござる。敵襲にござる!」
「何だ、騒々しい。まだ、正面の陣に動きは無いではないか。」
直江兼続は、どこ吹く風という面で正面に対峙する敵の陣を詳細に眺めながら、伝令の者を落ち着かせようと平坦な声で宥めた。
「正面の敵ではござらん、右手を御覧あれ」
大谷の陣が、何者かによって、それはもう嵐に吹き飛ばされる木の葉のように舞散らされていた。
「あれは、何だ、何が起こっておる。まさか?」
直江兼続の所からは、かなり離れているが大谷の旗指物が暴風に吹き飛ばされる様が窺い知れる。
「松尾山に布陣していた小早川秀秋が、寝返ったのでござる」
「ならば、不味い。守りを固めよ!この事を知れば福島正則が宇喜多殿の陣に仕掛けるはず。下手を打つと西軍総崩れになるぞ!」
島左近は焦っていた。
これほど早く、裏切り者が出て来るとは予想していなかったのだ。
「不覚、このままでは東海の狸に良いようにされてしまう。まずは、自軍の士気を揚げるか」
島左近の采配が降ろされた、出撃!
島左近が、東軍の黒田長政の布陣に襲いかかる。鬼神の勢いで立ち塞がる黒田勢を槍で蹴散らす。
バーン、バーン。
苦し紛れに撃たれた、黒田軍の鉄砲は掠りもしなかった。この時代の鉄砲の弾は勢いに乗った武者を駆逐することは出来なかった。
だが、そんな島左近の快進撃を阻む不吉な音、ダーん。
「うお、何たる勢い。これは、この戦これまでか」
「退け!陣へ戻るぞ!」
島左近の左肘から先が引き千切られ、夥しい血が流れていた。近習の小物がすかさず袂を切り裂いて左近の左腕を縛り上げ止血する。
東軍の本陣
「小早川殿、松尾山から下り大谷の陣を急襲、大谷勢は壊滅!」
「大谷吉継の討ち死に、小早川殿が手柄で御座います」
「何と、一番槍は金吾か、いや、小早川秀秋殿か。そうか、あの金吾がのう。よし、此度の戦は星が見えたのう。よいか、手柄欲しさに深追いするなよ。最早、勝ち軍ぞ!」
徳川家康は、本田某を近くに呼び寄せると二言、三言耳打ちして下がらせた。
「島左近、負傷の為後退、黒田殿の勢がこれを追随中」
「ふふ、三成の星も落ちたようじゃな」
「ティーガー、よくやったぞ。黒田勢の鉄砲に紛れて島左近を追い返してくれて」
「うん、頑張った。こちらの武器の威力に合わせて弱くするの難しい。だから、左手取れちゃった」
「まあ、気にするな。必要なら、後で治してもやれる」
そんな、暇があればな。
「なんか、黒いね。ジョージ君?」
「まあ、今回の殊勲賞は、屁っ放り腰の小早川秀秋を焚きつけた、玲子ちゃん、君だ!」
「ええ、苦労したんだから。後でご褒美ね」
美少女、西城斎酒は妖艶に微笑んだ。