70 鍋奉行
我が家の鍋奉行は、サブライ石田光成と名乗りをあげた後鋭い眼光で鍋を見つめていた。その表情が柔和になった瞬間目にも止まらぬ速さで皆の取り皿に鍋の具を移すと涼し気に言った。
「では、ご賞味下され」
俺たちは操られたかの如く鍋料理を口にし、そして虜になった。
「美味」、「うまい」、「いつもながら美味ですよ」、「勉強になりましたわ」
ティーガー、俺、母さん、玲子ちゃんこと西城斎酒が口々にこの鍋料理を褒めた。
「光成、後は家族で鍋をつつくのを楽しむから下がっておくれ」
「はっ、ではデザートの用意などしてきましょう。みなさま、失礼つかまつる」
玲子ちゃんが、かいがいしく鍋料理を俺や母さんに取り分けてくれていた。もちろんティーガーにも分け隔てなく。うーん、こうしていると和むね鍋はいいなあ。
デザートとコーヒーを楽しんでいる母さんのご機嫌もすこぶるいいようだ。
「ところで、母さん。こちらの料理人が凄腕なのはわかったがなぜ日本の武将がうちにいるんだ。相変わらずのサプライズに少々とまどっているんだが説明はしてくれるのかな?」
「そうね、あれはもう一年前になるかしら。嵐の晩だったわ、光成が血だらけで現れたのは。話を聞いてもよくわからないこの世界とは理違う世界から来たようだというだけ、でも退屈だったからうちに置いてみたの。そしたら意外な才能があって、ホント儲けものだったわ」
「なるほど。それでこっちの世界に時空転移した際に記憶を失くした孤独な武将の治療と再就職を世話したということか」
おれは、母さんの長い説明を受けて一応理解した内容の確認をした。
「ええ、魔力も持たぬものが少々おかしな恰好をしていたとしても脅威には感じぬ故、丁度前の料理長が引退して田舎に戻りたいというので、人手が足りない調理場に助手としてやらせてみたらもうすごいの。見事な料理の数々だったわ。それも異国の料理だけではなく、すぐにこちらの料理も覚えて。それと、礼儀正しいところも気に入っているわ」
「じゃあ、他に光成のような者の噂とかないのか」
「さあ、別の世界から来たとかは、割とよくある話よ。取り替え子とかね。ああ、そういえば少し離れた所に魔力を持たない狩人の集団が現れたそうね、全然、興味ないのであまり知らないけど」
おいおい、それってかなりの確率で日本の東軍か西軍じゃないのか。ふーむ、魔力偏重主義もこれほどとは。