58 終末の世界7
「じゃあ、次の質問にも答えて貰おうか、あんたは誰と組んでいるんだい?」
うーん、そう来るわね。思わずという感じで南条結城からつぶやきが漏れる。
「まず、あなたの誤解を解かなければね。私は別に誰とも組んでいませんよ。社長もこの世界にはいないようですし、自由に生きてそしてこの世界の死を眺めながらやがて死ぬだけの存在」
結城は、少し寂しそうな微笑みを浮かべてそっと俺の右手を握った。
しゃー、ネコが結城の手にちょっかいを掛ける。わずかに爪によってつけられた蚯蚓腫れのような傷口から赤い水玉が、いや赤い血が少しにじみ出た。
「ふう、見た目は人間のようです。けれどこの円盤を造った者の科学力から推測すると偽装も容易かと思われます、依然注意が必要です、マスタ」
「もう、痛いなあ。こんなかわいい子じゃなかったら、殺していたわよ」
結城は、目力を込めて俺の膝の上のシャム猫を睨んだ。
「まあ南条さん、ネコのやったことはスマンが許してやってくれ。この状況なので、あいつも必死なんだよ俺を守るためにね」
ティーガーが取り出した、銀糸で縁取られたハンカチで結城の傷口を塞いでやった。まあ、消毒しないのはお互い汚染されていないからだ、この部屋もネコも。そのことを、ティーガーの測定データとして俺の無意識に表示されているので俺は知ることができた。
「とりあえず、私とこの部屋が安全であると判ってもらえたと判断していいわね」
俺は、無言でうなずいた。
「では、話の続きを。彼らと私は偶然出会って協力関係を結んだの。私は、この星の最期を見届けたら彼らについて行くわ。別の惑星で、私は女王として文字通り星の母として君臨するのよ、貴重なウィルスと共に。見返りに、私はこの惑星で代理人として原住民との折衝を表に出られない彼らに代わって行うの。そして、彼らにはウィルスのサンプルを提供する約束をした。どうせ、この星は間もなく滅ぶのだし、有効活用できる者が居ればすればいいのよ!」
「なるほど。で、その彼らは地球のウィルスを使って何をするんだ?侵略戦争か?それともどこかの星で、いかれた実験でもするのか?」
「別に、ただ彼らは多様な可能性を秘めた進化をもたらすウィルスを収集しているのよ。まあ、宇宙を廻ってウィルスを採取するコレクターね。ところで、玲子さんの別レシピもいかがかしら?」
結城が勧めるので、俺たちはコーヒーのお代わりと一緒に出されたイチゴタルトを堪能した。こちらも極寒の地に居て、甘酸っぱい春の味わいを楽しむ、もう最高に美味かった。
円盤が、彼方に遠ざかっていく。ティーガーのモニタには極点周辺を残して、虚無に吸い込まれていく地球の姿が映し出されていた。日本海溝に突如出現したブラックホールは既に地球の粗方を吸込んでいた。
残された極点付近も間もなく吸い込まれることだろう、最終局面に到達するのだ。
「すごい眺めね、こんな日が来るとは。何としてでも、大坂に戻ってこのことを秀吉様にお伝えせねば。ジョージ君、お願い連れてって!」
「解ってる、茶阿さんは俺が連れていく。ネコ、タイミングを見誤るなよ。ティーガー、ネコの合図で『クロノスリップ』だ。絶対に俺たちは、帰らねばならないんだ!」
「はい、マスター。全力で成功させます!」
「今です、マスタ」
ティーガーの義眼が眩く輝きを発し、俺たちはブラックホールへ突入した。