42 邂逅
茶色の国産スポーツカーが風を切って走る。ステアリングを握るのは茶色の着物を着た茶阿さんだ。交差点で止まるたびに俺の方にちょっかいを出すのは止めて欲しい。正確には、俺の膝の上に乗っているものにだが。
「もう、ティーガーちゃんは本当、かわいいなー」
そういいながら、プラチナブロンドの髪を弄る。
「ところで、尾張徳川について教えて欲しい」
俺は、ティーガーに助け舟を出すつもりで情報をねだった。
「徳川宗家に直系男子がいないとき、その後継者に代わる分家が作られたの。その中で御三家と呼ばれる別格の存在があって、尾張、紀州、水戸がそれなの。尾張徳川は、御三家筆頭で政財界にも手を広げているから、表だって消すわけにもいかなくて今でも結構な勢力を残しているのよ」
「着いたわ、こっちよ」城の地下駐車場の入り口で待機していたボーイに鍵を投げると、茶阿さんはエレベータホールへ進んだ。俺たちも後へ続く、ティーガーが後部座席から阿修羅像をさりげなく抱えてついて来る。
エレベーターで受付のある2階に降りた。受付の前で要件を告げようとすると、音もなく俺たちの行く手を遮る長身の影があった。
「ジョージ殿とお見受けしました。私は柳生兵庫助利厳、主よりご案内するよう申し使っております。どうぞ、こちらへ」
凛とした佇まいの長身黒髪の美人さんが、きちっとしたスーツ姿に刀を背中に背負って俺たちをエレベーターとは反対の方向に誘導する。柳生利厳が操作すると、目立たなかった直通のエレベーターの扉が開く。
「お連れいたしました。どうぞ、お入りください。」柳生利厳が中に座る人物に深々とお辞儀した。
「楽にお掛け下さい。利厳、ご苦労下がっておれ」逆光で、容姿がはっきり見えないが奥の方に誰かが座っている。
俺たちは、入り口近くのソファーに腰かけた。
「しばらくだな、ジョージ...」玲子ちゃんが懐かしそうに語り掛けた。
そこには、探偵事務所兼喫茶店で働く、玲子ちゃんがいた。
それと同時に何故か、北条由紀さんが俺に微笑み掛ける。
俺は、相反する情報に眩暈を覚えた。あ、頭が痛い。記憶にないはずの玲子ちゃん、今日もウェートレスのコスプレが決まっている。秘書の作るケーキはどれも絶品だったなあ、久しぶりにザッハトルテとか食べたくなってきた。
覚えているはずのない北条由紀さん、しっとりとした大人の色気が俺の心を癒してくれる。依頼が終わってからは逢っていないなあ、でも、た、確か、弟と生首が並んでいたはず。なんで、覚えているんだ、そんな馬鹿なことがあるはずが無い。だが、彼女は、今ここに居る。
君は、誰なんだ?もしかして、転生前に逢っていたのか?
「つれないなあ、地獄から蘇ってまさかの再会だというのに、お互い色々と苦労したよね。そうだ、新作のスイーツを出すよ。今日来てくれるの知っていたから用意してあるんだ。期待してね」
部屋の主はインターホンを押した。「ああ、私だ。コーヒーを人数分と例のものを。そう、朝冷やしといてくれと渡した箱だ、それを持ってきてくれ」
「お、お前は誰なんだ?俺には転生前の記憶がほとんど無いんだが。お前は知っているのか、転生前の、以前の俺を?」
震える声で、俺は尋ねた。
「もちろん知っているよ、私はわ、た、し。西城斎酒だよ、逢いたかったよね?ジョージ」