38 蝶
女は謎?
2017.7.2 誤字修正
さて、あんまり展開が無くて退屈してきたなあ。
もう、帰って寝てもいいかい?本気で茶阿さんに聞こうとした、そのとき、時代は動いた。
「天が呼ぶ、血が呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ、俺の名はスモモンガーっ!」
な、なんだー。
昭武さんも、いっしょになってのけ反って驚いた。役者なのか、普通に驚いているのか表情だけでは読めないが。
俺たちというか、パーティーの参加者全員が驚いている、それほど寒かった。誰も、『血を呼んじゃイケないよ、天地の地だよ』とか突っ込まないし。
スモモンガー(仮称)は、見たところ結構な美人さんで、その美貌を仮面舞踏会でよく使うベネチアンマスクで隠し切れず、背中の開いた真紅のドレスとか、覗くスラッとした足とかがいい塩梅で妖艶さを醸し出している。
「ほう、いい味出してるなあ。美人さんなのに頭のすももを丁髷の髪留めにして登場とか、やるな」
「ジョージ君を虜にするとは、スモモンガー、恐ろしい子」
茶阿さんが、何事かメモっている。
「あれは、パーティーの余興ですか、昭武さん?」
「いや、知らん。だが、弛緩していたパーティーの空気がちょっと、締まったかな」
「今宵の夢、幻、とくとご覧あれ!」
スモモンガーが、いつの間にか手にしたピンクのステッキを一振りすると、その先から光が溢れ、来場者はその眩しさに一瞬目を閉じてしまった。
目を開くと、辺りには色とりどりの蝶が舞い飛んでいた。が、スモモンガーの姿はどこにもなかった。
「はーい、皆さん」いつの間にか、マイクを持った徳川昭武が説明を始める。
「御来場の皆さま、お愉しみいただけましたか。今会場で優雅に飛んでいるのは、我々が研究の末に開発した人工の蝶です。寿命は通常の蝶の10倍以上、何よりエサは要りません、空気中の有害物質を食べてくれるのです。今後ゆくゆくは、環境汚染に苦しむ各国に輸出して地球環境の改善に役立ってくれるはずです」
おおー、と来場者は拍手と歓声を上げていた。
「どうですか、我々バイ研の研究成果は、お愉しみいただけましたか?只野ジョージさん」
煌めく夜空のように黒字に無数のダイヤが散りばめられたドレスを着た、美人さんが俺にグラスを渡しながら微笑んだ。
「紹介しましょう、我らの救世主、筑波バイオ研究所の南条由紀さんです」
「初めまして、ジョージです、只野というのは苗字ではありません。大坂城のイベントのネタが、ここに繋がるとは?ええと、ジョージだけです。お会いできて光栄です、由紀さん」
俺はにこやかに、愚痴りながら美人さんと握手した。
「ところで、スモモンガーさん、光圀さんのクローンは完成しましたか?」
「あら、バレてましたの。いいえ、何分時代が古いので遺伝子の保存状況が悪くて成果はないですね。それに、あまり役に立たないでしょうね、個人的には興味ないんですの。でも、あなたの遺伝子には興味ありますわ、そこから魔法使いを量産できればってね。個人的にすごく魅力的な研究テーマです」
うーむ、もしやまたも空振りか?
「明日、お時間があればバイ研にご招待したいのですが。きっと満足されるでしょう。そちらのガイドさんも、外で待っておられる方々もご一緒で構いませんよ」
「ぜひ、見学させてください。ところで、スモモンガーってあなたのご趣味ですか?」
「いえ、心理戦では相手の意表をついてこちらのペースに巻き込めとご当主様から。では、お待ちしております。」
「はい、愉しみにしています」
俺たちは、昭武さんに礼をいって会場を後にした。