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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇七十九 要塞都市アルクス

 アンジェロ伯率いる王国騎士軍は王都カピタールに帰還の途を急いだ。

 ブランカ軍とリノン軍がいなくなったとはいえ、最前線を空にするわけにもいかないので、無事な神聖騎士達と王国騎士軍の一部を残しての帰還だ。

 最前線に残る騎士の指揮は神聖騎士の中でも年長の者――それでも、カリナより若く25歳を迎えたばかりの者だが――に任せた。


 神聖騎士も王国騎士も、負傷した者を帰還に同行させ王都で治療を行う予定を言い出したのはパウラだ。

 あまりにも多くの負傷者がいたため、パウラの神聖魔法では動けるようにするまでが精一杯だったのだ。

 そんな事情で、神聖騎士団の団長であるカリナと隊長のテオ、ベラも王都への帰還に同行している。


 戦場からアルクスへの道中、カリナは目を覚まさなかった。

 魔法の障壁を挟んだとは言え、四肢を千切る程の腕力を持つブランカの殴打を食らったのだ。

 彼女は一日や二日では目を覚まさず、アルクスの宿についてからだった。


 アルクスに到着しても、騎士達の全員を収容できる宿は無いので、大半の騎士はアルクスの城壁の外で野営となった。

 戦場に向かう際にアルクスを通った時も、そのように駐屯したため周囲の魔物を狩り尽くしてしまったらしい。

 負傷した者の多い現状だがアルクスで仕事にあぶれた傭兵達で戦力を補う事にした。


 アポリーヌは護衛隊の面々で宿をとり、護衛対象であるジョゼの部屋を見張ることにした。

 図らずともアンジェロ伯と同じ宿に泊まることになったため、非常に高値の宿になってしまった。


「護衛自体は交代で行う。ジョゼ殿の部屋はアンジェロ伯の隣だ。今はダリオとカーラが護衛をしている。護衛の順はこの銅板を見てくれ――頼んだぞ」


 アポリーヌは今、護衛隊の部屋にて、護衛任務中のダリオとカーラ、負傷兵の治療に向かっているパウラ以外の全員が集まってアルクスでの護衛方法について話して終えたところだ。

 机に置かれた銅板を他の面々が覗きこむ。

 銅板に書かれた名前には、フェリーチャの名は無い。


 アポリーヌはチラリと部屋を仕切る衝立を見る。

 部屋が広いために男と女の宿泊スペースは衝立で区切られており、更に負傷者の看護のための場所も用意した。

 そこからはボリスがフェリーチャの食事の世話をしている音が聞こえてくる。


 同性であるカーラやパウラが世話を出来ない時は、ボリスがフェリーチャの世話を行っていた。

 フェリーチャの容体は悪く無い。

 パウラの神聖魔法による治療がうまくいったのか、不衛生な戦場での処置にも関わらず両脚の傷口は化膿することもなかった。

 ただ、突然に両脚を失った精神的な衝撃と、身体のバランスが崩れた事による日常生活への影響は小さくない。

 食事の間、一人で椅子に座り続ける事も出来ないのだ。

 横になっている間以外は、常に誰かの介助が必要になる。


 アポリーヌも他に要件がなければ介助に手を貸すのだが、フェリーチャは「ボリスなら構わないわ」と言い、ボリスもフェリーチャの負傷に責任を感じている様子で積極的に介助を行っている。


「私はこれから商館に行く。誰か、付いてきてもらえるか?」


「それなら俺が行こう。エミールの荷を検めるんだな? なるほど確かに必要なことだ」


 アポリーヌの誘いに手を上げたのはグイドだ。


「エミール殿が暗殺事件の犯人だと疑い始めたのはグイド殿だ。荷を見ればなにか手掛かりがあるかも知れぬ」


「そう言われると、俺が気が付かなかった間抜けだったな。隊長の風格ってのが出てきたんじゃないか? ――ニコラ。おまえも来い」


 グイドは頭をかきながら、銅板を覗き込んでいた長身の男に声をかけた。

 声をかけられたニコラは屈めていた腰をひょろりと伸ばして、腰をくねらせて振り向く。

 アポリーヌはこの時まで、ほとんどニコラと会話をしたことがなかった為、彼の話し方に驚いた。


「あら、アタシ? 護衛の順番まで時間があるし、いいわよぉ~?」


 この人、心は女の子の人だ。

 初めて見た。


「グ、グイド、先に階下に降りてるぞ」


 アポリーヌはしばし呆気に取っられたが、ニコラと目を合わせないようにして部屋を出て、グイド達が追いついて来るのを待った。


 ――意外だ。

 彫りが深く、キツめの顔立ちのニコラは、そう言えば女性の様に肌がキレイだった。

 まさか心まで女性の様だったとは。

 しかし、どちらかと言えば強面に分類されそうな外見で、女性口調を使われると尋常じゃない違和感に見舞われる。

 戦場で突然話しかけられたりしていたら、動揺しただろう。

 今が帰路で良かった。




 宿を出て大通りを進み、篝火をいくつも超えると商館が見えてきた。

 途中、以前見た傭兵達のたむろしている姿が少なかったのは城壁外の騎士の戦力補強に雇われたからだろう。

 商館の周りに商人たちが少ないのも、その傭兵達に武器や食料などの補給物資の搬入に追われているからだと推測できる。


「しかし、隊長は随分と暗殺事件の犯人にご執心だな。ジョゼの執務室で現場検証した時も、自分で色々調べてるって感じだったが……」


 グイドが言うのは、ジョゼの執務室が暗殺事件の犯人と思われる人物に襲撃を受けた時の話だ。

 思えば、グイドと会ったのはその現場検証の場が初めてだ。

 まさかその時は、護衛隊として戦場までジョゼを追い、死線をくぐり抜けることになろうとは思ってもいなかった。


「私ではなく、あの時もう一人魔法使いがいただろう? あのマリーという友人が興味を持ってな。それに付き合っていたのだ」


「あらぁ~ん。そのマリーちゃんとは仲良しさんなのね?」


 アポリーヌの少し後ろを歩くニコラの、ハスキーでしなやかな声が響く。

 ニコラはアポリーヌより頭二つは高身長なため、突如上から声が降ってくるのだ。


「……。ああ、魔法研究会での同期だ。いい関係でいさせて貰っている」


 マリーは元気にしているだろうか。

 アポリーヌは護衛隊に同行したがっていた友人の事を思い出す。

 思いがけず危険な任務についてしまった為、命の危機すらもあった。


 王都に戻ったら道中の話を聞かせてやろう。

 日々過保護に育てられ、退屈をしている侯爵家の娘はたいそう喜ぶだろう。

 いや、寧ろ嫉妬するだろうか。

 と、アポリーヌはそんなことを考えた。


「そう言えば、グイド殿は最初は自分の事を"私"なんて言っていたな」


「うん? まぁ、あの時は初対面だったしな。俺も仕事中だったし取り繕いもするさ」


「今も仕事中だが、取り繕っていない所を見ると、私も大分打ち解けられたのか?」


「ははは…………さぁてな! お、もう商館に着くぞ」


 気が付くと商館の扉の前まで来ていた。

 アポリーヌ達は扉を開けて、正面に構える受付に進む。

 商館はアルクスの他の建物が石造りであるのと違い木造だった。


 商会によって建て方に決まりがあるのだろうか。

 夜に篝火を焚くアルクスでは、木造の建築物は火災の危険性が高そうに見えるが。

 と、床や壁をよく見ると、所々にインクで魔法陣が書かれている。

 火災の対策は魔法で行っているようだ。

 書類の類の多い商館では、火災の危険性はもとより高い。

 それならば魔法陣を書きやすい木造というのも納得できた。


「エミールという書籍商の預けた荷を引き取りたい」


 小柄で卑屈そうな目をした受付の人間に声をかけると露骨に嫌な顔をされた。

 あまり商人らしくない態度だが、傭兵だらけのアルクスで物騒な雰囲気の中、商売を行うにはこのくらい荒々しいのがいいのかもしれない。

 現に受付の商人は、小さな体躯に似合わず鍛えられた身体をしているようだ。


「……本人じゃねぇと受け渡しは出来ねぇよ。あんたら、魔法使いか? そのエミールって商人の使いには見えねぇな」


 当然の反応だ。

 商会は信用あっての組織だ。

 ならば、預かった荷を突然現れた他人に渡すことなどするはずもない。


 さて、どうやって荷を検めるか。

 とりあえず魔法研究会の所属証を出して何か理由をでっち上げようか。

 アポリーヌが策を練っていると、おもむろにグイドが前に出た。


「俺らは確かに魔法使いだ。今、この街に王国騎士が駐屯しているのは、情報の早い商人様なら知っているな?」


 受付の商人はグイドに面倒くさそうな目を向けて答える。


「当たり前だろ。こんだけ派手に市場を掻き回してんだ。まぁ、おかげさまでうちは儲かりますけどね」


「なら、エミールが俺たちに同行していたことは本人から聞いてないか?」


「残念ながら、俺が担当したわけじゃねぇ。同行してるならいいじゃねぇか。本人を連れてくるといい」


 追い払うように手首を返される。

 グイドは眉根を寄せて、顎に手をやった。


「それは困ったな。本人は戦場で命を落としてしまってな。荷の中には王国騎士がエミールに預けた物もあるのだ。それが回収できないとなると困ったことになる」


「死んじまったのか。それなら手形は残ってねぇか? 手形がありゃ本人じゃなくても荷は返せるぜ」


「ところがな、彼は悪魔軍の使う炎熱魔法を受けて死んでしまったのだ。手形どころか遺品も無い……あるのは、これだけだ」


 グイドはそう言って懐から小さな瓶を取り出した。


「なんだこりゃあ…………」


「遺灰だ。同じ場所でやられた者の灰も混じってしまっているが、エミールのものもある」


「……うへぇ。そうかい、ご愁傷様だ……。それじゃあ、上に掛けあってやるよ。このままじゃ永久にうちで保管しなきゃならなくなっちまう」


 言い残して商人はカウンターの奥に消えていった。

 その背中を見送り、周囲の者が聞き耳を立てていない事を確認してからアポリーヌはグイドに小声で話しかけた。


「口八丁だな、グイド殿。詠唱よりも舌が回りそうだ」


「茶化すなよ、隊長。結構必死だったんだ」


 グイドは懐に小瓶をしまう。

 黒ずんだ灰の入ったガラスの小瓶。

 まさか本当に何者かの遺灰と言うわけでは無さそうだ。


「本当のところ、その小瓶の何なんだ?」


「……こいつはただの魔法媒体だ。研究でも使ってたんだが、意外な所で役に立ったな」


 魔法媒体は魔法の発動に際して、補助の役割を果たす物質のことだ。

 詠唱を省くために部分的に詠唱の句の代わりを担う物や、魔力の流れを操作しやすくしたりする物など様々な用途の物がある。

 例えば、炎熱魔法なら投射した炎の軌道を正確にするために、予め軌道に撒いておく可燃性の油などもそう呼ばれる。

 その場合、軌道の修正に集中せずに済むために、その分だけ発動の負担が減るのだ。

 粉末状の魔法媒体だと、電雷魔法の軌道修正や防御の為に銅粉が使われることもあったはずだ。

 

「それより、デタラメを言い過ぎたかもな。エミールの荷に王国騎士の物品なんて入っちゃいないんだ。もっと上手くすれば荷の回収まで行けたかもしれないが、商館の人間の立ち会いのもとで検品だけって事になりそうだ」


「…………エミール殿を雇った時の書面があるはずだ。エミール殿はここアルクスを出てからは身軽だったから、雇用の書面も荷と一緒に預けているだろう。それがあれば、王国騎士の物品が無くとも荷の回収までに漕ぎ着けられるかもしれない」


「はぁ~……。戦死したっていう俺の嘘が活きてくるな」


 グイドは感心した様子で手のひらを叩く。

 そんな会話を小声のまま行っていると、先ほど奥に消えた受付の商人が別の男を連れて戻ってくるのが見えた。

 

 


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