◆七十七 森の神殿待機組①
後50日で世界の崩壊を止めるという指標が定まったラータ達は班を三つに分けて行動していた。
ナーダとアンブローシアが逃げたと見られる北西にを探索する調査班。
神殿遺跡にて創造主に関する手掛かりになるものを探す遺跡班。
いつヘルトが戻るか分からない為、森の神殿に戻った待機班。
調査班はミトラとアルジェンティウス。
遺跡班はマンテネール、オグロ、ラランジャの三人。
待機班はラータ、セレッサ、エッセ、ミスラの四人だ。
偏りは避けたかったが、ミトラとアルジェンティウスの移動速度についていける者がいなかった事、遺跡の調査はマンテネールとラランジャの知識に頼るところが大きい上に、ラランジャはオグロがいないとあまり協力的にならない事などの要因から、均等な人数にはならなかった。
待機班は基本的に戦闘能力の乏しいエッセとミスラに、休息が必要なセレッサとその養分になるラータを加えた形だ。
森の神殿の位置がナーダに知られているのが問題だったが、セレッサの疲労が回復すれば問題無いという全員の見解があった。
「ヘルトさん、無事なんでしょうか。いくらなんでも帰りが遅すぎますよね」
滴り落ちる汗を拭って、剣を置くエッセ。
剣は森の神殿に移動した時に、マンテネールが選んだ物だ。
ラータの持つエッテタンゲと同様に魔法の込められた一品で、これも宝物庫にあった。
けして高くないエッセの身長では少々扱いづらいであろう長剣だ。
銘を"クレイヴソリシュ"というらしい。
切っ先を振るうと刀身が眩い光を放ち、目を眩ませる名剣だ。
ナーダとの戦いにおいて、宝物庫にあった聖器物を次々と使いこなして立ち回ったエッセにはピッタリの武器だと思う。
エッセの腕力で剣を振っても大した攻撃力にはならない。
ならば剣は撹乱の為に振るい、次なる聖器物を有効に使うための繋ぎとする。
ちょうど今はその、新たな武器であるクレイヴソリシュを使いこなすために稽古をしていたところだ。
場所は森の神殿の正面口の前に広がる芝地。
アルジェンティウスがとぐろを巻いて居座れる程なので、稽古には十分な広さだ。
「元は二日で戻るって言ってたんだもんな……。向かった先で何してるかはわかんねぇが、何かあったのは間違いない」
ラータは明後日の方向に飛んでしまっていたエッテタンゲをコールして、右手で腰の鞘に納める。
対する左手で左腰にぶら下げた聖剣の柄を撫でると、柄に嵌めこまれた宝石の感触がひんやりと伝わった。
「行き先がわかっていれば良かったんですけど……」
エッセの溜め息もどこか温度を失った様に落ち込んでいる。
「全くだ。マンテも遠出の話を聞いた時に行き先を聞いとけばよかったんだ」
ヘルトは行方をくらます前に、マンテネールに許可を取ってから外出したと聞いている。
本人が《管理権限》を持つ上に、アンブローシアの《知覚権限》もあったので行き先を尋ねる必要が無かったといえばそうだが、ヘルトが出先で予期せぬ危険な事態に陥ることもあると予想できただろうに。
ラータは直に見たことはないが、ヘルトの強さはヴァインロートとの戦いに参加した者達の折り紙つきだったわけだし、マンテネールも招集の段階でヘルトの力を認めているらしかった。
そんなヘルトが自力で切り抜けられない事態に陥るとは思っていなかったのだろう。
「ただの迷子って訳じゃないのは確かだと思うんだけどな。こっちから接触できない分、無事に帰ってくるのを信じるしかねぇな」
「そうですね。早く帰ってくるといいですね。――それでは、僕は部屋に戻ります。調査班に変化が無いか、ミスラさんに聞いておきますよ」
中性的だが少年らしい爽やかな笑顔を浮かべて、エッセは一つお辞儀をすると神殿の中に駆けて行った。
たった今まで聖器物の稽古で身体を酷使していたというのに、体力的は見た目以上にあるらしい。
それどころか、エッセの聖器物の取り扱いは一種の才能を感じさせるものだった。
初めて使うクレイヴソリシュの閃光を最小限の動作で発動させ、適切な瞬間にラータの隙を作るように導き出してくる。
村の自警団で身体を鍛えていたラータは、素人同然の肉体であるエッセに隙を突かれても不利になった形勢を立て直すことは容易だったが、何かと行動の度にペースを乱されるのは非常にやり辛かった。
マンテネールに連れられる前の記憶のないエッセだったが、もしかすると記憶を失う前から聖器物に関わっていたのかもしれない。
エッセの年齢からすると聖器物を祀る教会か何かの少年修道士だったならば、聖器物に触れる機会もあっただろう。
ラータはそう考えを落ち着かせたが、実際は少年修道士が聖器物を触らせてもらえる立場にあるかは甚だ疑問だった。
「考えても答えが出るようなことじゃないか。記憶が戻ればいろいろ聞けるんだが……」
誰もいなくなった芝地に座って、上着をめくってラータは左脇腹の肌に手をやった。
そこには、見たことのある魔法陣が描かれている。
魔法陣は擦っても消えることは無く、焼き付いたかの様に肌に刻み込まれていた。
ラータがこの魔法陣に気がついたのは神殿遺跡から森の神殿に帰ってから、ボロボロになった衣服を着替えようとした時だ。
気絶から目が覚めた時から左脇腹がチリチリと傷んでいたのは、この魔法陣が刻まれたからなのだろう。
つまり、この魔方陣はラータが気絶している間に刻まれたことになる。
ラータは個室に備え付けの鏡を見て、魔法陣の形状に見覚えがあることに気がついた。
その見覚えの正体はアンブローシアの腹部に刻まれていた、聖剣を収納していた魔法陣だ。
ラータはその事から、自分の左脇腹に新たに刻まれた魔法陣は、アンブローシアが刻んだものだと直感していた。
「――――くっ!」
人目がないのを確認して、ラータは魔法陣に意識を向け、刻まれた脇腹に力を込める。
魔力の使い方はセレッサから聞いた。
魔力とは元々精神力や集中力といったものと同じ性質を持ち、あらゆる生物に宿っているということだ。
魔法陣を見つけてから、すぐにセレッサに相談したのは正解だった。
セレッサは魔力で蔦を操っているので、普段から魔力を酷使して生活しているというのだ。
彼女の魔力操作のノウハウについても精通しており、説明は感覚的でありながら理解しやすいものだった。
以前、幻惑を見せられた時のように、甘い花の香りでラータの感覚を乗っ取り魔力の操作方法を教えてくれたらしい。
パッと光が散って、芝地に一冊の本と一振りの短刀が転がった。
「ふぅ……やっぱりしんどいな」
おそらく両方共、聖器物か魔工物であろうことは本と短刀が醸し出す異様な雰囲気から理解していた。
最初に魔法陣の中身を取り出した時には、他に走り書きのようなメモ書きが本に挟まっていた。
筆跡はアンブローシアの残した手紙と同じだったので、やはり魔法陣を刻んだのはアンブローシアなのだろう。
「……"本の内容が読めても、皆に伝えるかはよく考えて"……か」
メモ書きにあった内容を反芻しながら呟く。
この本自体はナーダが持っていたものだとも書かれていた。
「しかし、こうして何度か開いてみているが……部分的にしか読めないのはやっぱり……」
読めない文字で書かれているわけではない。
ところどころ難しい表現や村育ちのラータでは分からない単語などはあるのだが、問題はそういう点ではないのだ。
内容を読もうと文字を注視しても、焦点が合わない。
ふらふらと文字の羅列を滑るように視点がずれてしまうのだ。
その上、何とか頭に入った単語も零れるように記憶から失せてしまう。
何とか同じ箇所を読みなおすことで、記憶の残滓を集めて読み込むしか無いのだ。
「あんまり長いこと読んでられないんだよな……」
なんとか読み取れた内容は三つ。
一つはこの本を読むには《権限》を保有している必要が有ること。
二つ目は《創造権限》について、最後の三つ目は《改竄権限》という初めて聞く《権限》についてだった。
《創造権限》はその名の通り世界を作った創造主が保有している《権限》で、新たな物質、生物を世界に誕生させる《権限》だ。
しかし、《創造権限》で創り出した生物には自我があり、創造主の思い通りに動くとは限らない。
その為に創造主は自らが保有するもう一つの《権限》――《改竄権限》にて性格や性質、思想などを改変して歴史を作っていたようだ。
この内容を読んだ時、ラータは創造主が如何に自分勝手で傲慢な性格をしているかを思い知った。
アンブローシアの過去を聞いた時も思ったことだったが、本の内容が真実ならば到底許せる行為ではない。
創造主――巷では"神"であるミトラと混同されてはいるが――を信仰する者達なら、この内容を知っても「神のお導きだ」と言って有り難がるであろうが、ラータは元々信仰の薄い小さな村で育ったため、創造主に対する無条件の信頼のようなものはない。
世界に生きた人間の大多数が持っていたその信仰的な土台を持っていないことで、ラータの心情は創造主に対する敵対心で満たされた。
「創造主を見つけて、世界を再構築して貰うにしろ……根性を叩きなおしてやらなきゃならねぇな……」
ひとまず、目を通していた本を魔法陣にしまい直す。
そして短刀を手に取った。
「さ、やるか。セレッサ」
「ふぁ――!」
本を読んでいる間に、いつの間にか後ろから覗き込んでいたセレッサが、突然名前を呼ばれて飛び跳ねた。
エッセの稽古の後は、ラータの稽古だ。
本と一緒に魔法陣に収納してあった短刀は、魔工物だということは分かるのだが使い方が分からない。
そこで、セレッサとの模擬戦の中で戦いながら使用方法を模索しているのだ。
もちろん、ラータ自身の戦闘力上昇の目論見もある。
「気づいてたなら言ってよね! せっかくおどかそうと思ってたのにこっちがびっくりしたわ」
「気配の察し方はおまえが教えたんだろ」
「ラータは元々野生動物なみに気配の探り方は上手かったじゃないの。私はそれに魔力を使い方法を教えただけよ」
「おかげさまで後ろを不意に取られる心配は無くなったぜ」




