◆六十五 神殿遺跡脱出行①
石灰のミルヒヴァイスが捕獲された。
その報告を受けた時、何をしているのだとアンブローシアを叱咤した。
全くもって信用ならないこの魔女は、俺が遺跡の扉を守護させていたゴーレム"石灰のミルヒヴァイス"を手駒として使ったというにも関わらず、侵入者に突破されたというのだ。
アンブローシアの方でも、侵入者たちがミルヒヴァイスを何とかできるとは思っていなかったらしいし、俺自身もまさかミルヒヴァイスを無力化する手立てがあるとは思っていなかった為、この際仕方がない。
とにかく、ミルヒヴァイスを暴れさせた混乱に乗じて神殿遺跡を脱出するという策は取れなくなった。
それだけだ。
「どうするつもりだ」
そう聞いた俺にアンブローシアが返した答えは次の策だった。
その策はアンブローシアの持つ"知覚権限"にて侵入者の中で隙のある者を探しそこから切り崩しての強行突破だ。
実際この策はアンブローシアはもちろんのこと、俺も乗り気ではない。
アンブローシアは元仲間であった侵入者達に直接危害を加えるのは気が引けるだろう。
そして俺自身も侵入者たちに姿を晒すことになる。
アンブローシアの手前、俺も侵入者達に危害を加える訳にはいかない。
強行突破と言えどもある程度の手加減はしなければなるまい。
しかし、単純な命令で動いていたとは言えミルヒヴァイスを退けた相手だ。
手を抜きすぎてはこちらが窮地に陥るだろう。
細心の注意を払って動かねばなるまい。
「ところでナーダ。ここを脱出した後の行く宛はあるんでしょうね?」
アンブローシアにそう聞かれた時には明確に場所を言わなかった。
《知覚権限》の前では隠し事は無駄かもしれないが、どこまで詳細に考えを"聞く"事が出来るのかわからないうちは極力伏せれることは伏せておこうと思ったのだ。
これからの行き先は協力関係にある他の十八熾将の下で庇護を受けるのがいいだろう。
となると"黒壇のニゲル"、"カルディナール"のどちらか、か。
他の十八熾将は協力というよりもこちらが巧く騙せているか、向こうの打算で動いているところが大きい。
配下の多さを考えると"カルディナール"に助力を求めに行くのが正解だろうか。
そうこう考えている内にアンブローシアが侵入者と接触するというので共に赴く。
行き先は円卓の間の裏手にある小部屋だ。
そこで扉の向こうにいる者とアンブローシアの会話を聞き、どうやらアンブローシアは元仲間達と決別して来たらしい事を知る。
俺の目的を勝手に喋ったことには少し腹が立ったが、今更バラした所で大局に影響はない。
なによりここを脱出することを優先しよう。
そして、扉が開かれた。
◆
「――スタンボルト」
バチリ。
電撃によって一瞬部屋が照らされてしまったが、幸いこの男しかいないようだ。
今までの会話でラータという名だと分かっていたこの男は、アンブローシアに対して随分と警戒を解いていたようで、隙だらけだった。
扉の開いた瞬間に即効の電雷魔法で意識を刈り取る。
元仲間の命は保証するというアンブローシアとの約束だ。
下手に破ってアンブローシアの協力を得られなくなるのは好ましくない。
気絶したラータの身体はアンブローシアが部屋の隅に寝かせた。
「――ソニックムーブ」
先んじて高速移動の旋風魔法を使用する。
今いる部屋には侵入者の姿はないが、次の部屋――円卓の間には間違いなくいる。
アンブローシアの情報だと、裏切り者のラランジャとマンテネールという神官の服を来た女がいるらしい。
ラランジャの無力化に手間はかからないであろうが、マンテネールの方は炎熱魔法と旋風魔法を操る魔法使いだと聞いた。
その上、《管理権限》という多用途な《権限》を持っているそうだ。
《管理権限》は空間への作用を主な能力とし、空間の固定や転移能力など敵に回すと厄介だ。
瞬時に無力化する必要がある。
その際に邪魔になるのは旋風魔法だ。
ラータと同じようにスタンボルトで気絶させてもいいのだが、こちらの魔法の発動に防御魔法が間に合う可能性がある。
相手がこちらに気がついていない状態で、確実に奇襲をかける必要がある。
「アンブローシア、向こうは俺たちの存在に勘付いているか?」
「いいえ。まだよ」
相手の思考を"聞ける"力とは便利な物だ。
「女の方は、おまえがやれ。俺はラランジャを狙う」
それぞれがスタンボルトを放ち、二人を同時に無力化する目論見だ。
防御する可能性があるマンテネールの方を《知覚権限》を持つアンブローシアが担当することで、指示による時間差を埋める。
「……わかったわ」
少し迷った風にしてからアンブローシアが頷いた。
流石に直接手を下すのは気がひけるのだろうか。
しかし、どうせ気絶させるだけだ。
尻込みなどするはずもないだろう。
「俺はおまえが仕掛けるのに合わせてスタンボルトを放つ。おまえはしっかり女のほうの意識を奪えばいい」
「任せておいて、そのくらい……出来るわ」
覚悟を決めた様なアンブローシアは集中して気配を探っているようだ。
おそらく《知覚権限》に意識を向けているのだろう。
それから数秒立った所でアンブローシアが動いた。
それに合わせて俺も魔力を準備する。
「――スタンボルト」
円卓の間に飛び出すアンブローシア。
続く俺も同時に魔法を放つ。
最初に気がついたのはマンテネールだ。
こちらを振り返り旋風魔法による防御障壁を発動させようとしたのだろう。
魔力の流れが収束するのを感じた。
「――エア――きゃぁ!」
眼前まで迫っていた電撃に打ち据えられてマンテネールの身体が痙攣する。
そしてその悲鳴で俺たちに気がついたラランジャもまた、為す術もなく電撃を受けて倒れた。
まずいな。
悲鳴を上げるだけの隙を与えてしまった。
円卓の間の向こう側にはもう一つ部屋がある。
そこが"神体"を安置していた場所だったのだが、アンブローシアの話によるとその部屋にも侵入者が待機している。
エッセという少年。悪魔だというのに人間に味方するオグロ。そして、"神"の転生体であるミスラだ。
エッセには"聖鎖"を使って捕獲されたこともある。
どうもこちらの予想外の事をしてくる要注意の人物だ。
しかし、一度"聖鎖"で捕らえられた事によって、俺の中の魔物の部分が鳴りを潜め、喋りやすくなったのはありがたい。
オグロは氷雪魔法と電雷魔法を使い、更に近接戦闘までこなす万能の戦士だ。
スタンボルトを同じ電雷魔法で受け流されてしまえば、無力化するのは難しい。
こいつも要注意だ。
ミスラ。
こいつは俺が過去に《権限》を奪えないかと考えて奇襲した"神"だ。
神体のある部屋に篭っているという事は、本来の身体を取り戻す魂胆だろう。
あの時は周囲の天使もおらず、こちらは大軍を率いていった。
まさに多勢に無勢といった数のアドバンテージを活かしての戦いだったため勝つことが出来たが、今は不利だ。
こちらの方が少ない上に、天使の召喚も新たに行えるだろう。
神体に戻るまでに勝負を決め無くてはならない。
とにかく、次の部屋にいる者達は面倒な相手ばかりだ。
しかも、マンテネールの悲鳴でこちらに気がついた可能性まである。
奇襲が使えずに総力戦になるならば、数も少なく相手を殺してはいけないこちらが圧倒的に不利だ。
「――マンテネールさ~ん? 何かあったんですか?」
不安が的中したようだ。
少年の声と足音が近づいてくるのが分かる。
俺には向こうがどれくらい近づいているかわからない為、極力声を押し殺して尋ねた。
「アンブローシア。残りの奴らに高速移動魔法を使えるものはいるか?」
「部屋の中にはいないわ。外で見張りをしてるアルジェンティウスくらいね」
「ならば、この部屋は奴らを無視して突っ切るぞ。おまえもソニックムーブを使っておけ」
向こうの部屋にいる三人はまだ俺たちの接近に気がついていない。
突然姿を現せば、少しくらいはぎょっとするだろう。
その隙を付いてソニックムーブで部屋を横切ることくらいは可能なはずだ。
そのまま外まで駆け抜けて、セレッサを突破。
問題なのは見張りをしているというアルジェンティウスだ。
奴の氷雪魔法"トレントグレイシャル"は厄介だ。
ソニックムーブを使った俺よりも速い。
一度振り切ってもすぐに追いつかれてしまうだろう。
"トレントグレイシャル"について俺にはあまり知識がない。
氷河の潮流を生み出し、その上を滑るように加速する移動魔法のようだが、とにかくその速度は圧巻だ。
しかし、俺の予想が正しければ……。
アンブローシアも準備ができたようだ。
扉の両側に隠れてエッセが部屋に入ってくるのを待つ。
「あれ? マンテネールさん? ラランジャさん?」
エッセは部屋の前で来て、視界が広がったようだ。
マンテネールとラランジャが倒れているのが目に入ったのだろう。
駆け足になって部屋に入った。
俺たちはエッセが扉をくぐり、目の前を走り抜けるのを見計らって――。
「――いくぞ!」
ソニックムーブでの加速を活かして入れ替わるように部屋を出る。
俺はエッセを振り向きながら、念のため、と魔法を放つ。
「――スタンボルト!」
ちょうどこちらに気がついたエッセが振り返る動作の途中だった。
意識を刈り取るべく、電撃が伸びエッセに迫る。
ところが俺の放った電撃はエッセの前で別の電撃によって払われた。
「これは……」
スパークリングネットか。
高速で発動させたところを見るに、魔工物による発動だろう。
魔法使いではないらしいエッセが、別の魔法とはいえ魔法使いであるマンテネールよりも素早く魔法を使えるとは思えない。
そういえば、森の神殿でもこいつは俺のサンダークラップを防いでいた。
しかし今は構っている暇はない。
そのままエッセに背を向けて部屋を駆け抜ける。
ミスラは神体の側で動けないようだ。
エッセはやり過ごしたので、残るはオグロ一人のみ。
「行かせんぞ! ――スパークリングネット!」
オグロが放った電雷魔法により、部屋の出口に電撃の網が張られる。
「ちっ!」
思わず舌打ちが漏れる。
悪態を付いている暇など無い。
電雷魔法への対処の一つは別の電撃で魔法を逸らすか、もしくはより高い威力の電雷魔法で打ち消すか、だ。
オグロがどれだけの魔力を込めたかわからないが、仮にも十八熾将である俺を止めようとしているのだ。
一瞬で込められるだけの魔力を込めたに違いない。
「――ライトニングウィップ!」
俺の右腕から電撃の鞭が迸り、スパークリングネットを打ち据える。
が、スパークリングネットは揺らいだだけで掻き消えはしなかった。
「駄目か。威力が足りんな。――アンブローシア、俺に電雷魔法を撃て」
ちらりとアンブローシアに目をやると《知覚権限》で俺の考えていることを"聞いた"であろう。
アンブローシアは素早く頷ずくと即座に魔法を使用する。
「――サンダークラップ」
無数の雷撃が俺の身体に降り注ぐ。
不死の身体でなければ耐えられないだろう。
同時に俺は自分の右腕から伸びる電撃の鞭をスパークリンネットにあてがう。
これが魔法を運ぶ導線になるのだ。
「――ディスチャージ!」
電雷魔法"ディスチャージ"。
魔法使用者の周囲、もしくは使用者に帯電している電撃を数倍にして放つ大放電だ。
本来は使用者を中心とした全方向に向かって無差別に攻撃する魔法だが、今はライトニングウィップによって軌道を定めている。
ゴワァッと重厚な音と共に視界が真っ白になる。
オグロが大量の魔力を注いで作り出したスパークリングネットは、神殿遺跡の壁の一部とともに完全に消滅していた。
予想よりも高い威力が出た。
アンブローシアのサンダークラップが高威力だったせいだろうか。
なかなかに本気で俺を撃った事がわかる。
「嫌な女だ……。突破するぞ」
アンブローシアを一瞥して、俺は広間に出た。




