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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇六十四 魔狼の咆哮⑤

「……万全のカリナと戦いたければ、その女騎士との決闘も受けて立て、と」


 ブランカはベラを一瞥した後、出血で青い顔をしたテオを向いて言った。


「そうです。……カリナ様、ベラ、僕はまだ決闘の最中です。離れて下さい」


 テオはゆっくりと前に出る。

 腕を失った痛みは極限状態に陥ることで抑え込んでいるのだろう。

 だが出血の量は多く、その足取りは覚束ない。


「テオ! やめろ!」


 叫んで前に出ようとしたカリナをベラが止める。


「カリナ様、ここはテオに任せてください。いくらカリナ様といえども決闘の途中です……!!」


「……くぅ!」


 カリナは神聖騎士団の団長と言う立場故、始まってしまった決闘を大勢の騎士達の前で止めるわけにはいかない。

 歯がゆい顔をしながらカリナは言葉を飲み込む。


「さぁ、カリナ様、下がりましょう」


 ベラはカリナの手を引く。

 観念したようにカリナは場を囲む騎士達の中に引き込まれる。

 が、ベラにだけ聞こえるように低い声で呟いた。


「ベラ、武器を持って来て。じゃないと私は今ブランカを討つわ」


 じっとベラの顔を見つめるカリナの視線にベラは、背筋に冷たいものを当てられたかのような錯覚を覚えた。

 今、カリナが持っているのは腰に差した愛剣のみ。

 聞き手でない左手の一刀流で戦えば、カリナは負けるだろう。

 

 これはカリナの脅しだった。

 本心ではやりたくなかったが、テオの命がかかっているのだ。

 ベラはカリナに心酔している。

 それを逆手に取っての脅迫だ。


 カリナが今、テオとブランカの決闘に横槍を入れればテオの命が助かる可能性は上がるだろう。

 しかし、その代わりにカリナは騎士として守るべき決闘の制約を破ることになる。

 決闘の部外者が意図的に片方に加担すれば、その部外者の信用が失われる。

 ベラはカリナにそうなっては欲しくないはずだ。


 その上、今のカリナの装備ではテオの命は助けられたとしても、今度はカリナが窮地に陥る。

 ブランカはベラとの決闘を承諾していない状態で、カリナは片手落ちという最悪の状況だ。


 カリナは無言で見つめ返してくるベラの瞳に、苦いものが胸に広がるのを感じた。


「……わかり、ました」


 ベラはその返事を絞りだすと騎士の輪から離れ天幕の裏手へと向かった。




 その間、テオとブランカの決闘に動きがあった。

 取り巻きの騎士達からわっと歓声が上がる。


「ふん、手負いと侮った」


 ブランカは爪で刃を受け止めた体勢で止まっていた。

 覚束ない足取りは相手を油断させるわなだったのか、テオは瞬速の踏み込みでブランカの懐に滑り込み、剣撃を見舞ったのだ。

 しかし、小手先の不意打ちではブランカも傷を負うほど追いつめられるわけもなく、懐への侵入を許しはしたが刃を受けるには到らない。


「――たあぁぁ!」


 裂帛の気合を込めたテオの連撃が始まる。

 俊敏さを活かした連撃はブランカの分厚い毛皮に幾つもの斜線を刻む。

 

「まだそんな元気があったか」


 相も変わらずブランカは涼しい顔をしている。

 本調子でないテオの剣撃はブランカの皮膚に傷をつけるには力足らずだ。


「あぁぁぁぁ! うっ――」


 見守る騎士達が目を見張るほどの斬撃を繰り返したテオは、バランスを崩し膝をつく。

 相手の懐の中で無防備を晒したテオを見て、騎士達がどよめく。


「やめておけ、死ぬぞ……」


 憐れむようにテオを見下ろすブランカ。

 と、同時に何かに気がついたように顎に手を当てた。

 そして決闘の立会人をしている騎士に向かって声をかける。


「……おい、貴様。我が小僧の両腕を取る前に小僧が死んだら決闘はどうなる?」


 急に声をかけられた騎士はビクリと身を震わせて答える。


「は、はい! えぇ……と、互いに条件を決めた上での決闘ですので……この場合、命のやり取りなしに決闘を行うという取り決めでしたので……、その、ブランカ殿の制約違反となり……」


 なるほど、我の負けになるのか。

 ブランカはそう理解して膝をついたテオを見た。


 そのために"両"腕を掛けたのだろうか。

 片腕を失ってからもう片方の腕を失う間に、出血による死を望む。

 そんな無謀な作戦にまんまと乗せられたわけだ。


「ならばいっそ、一思いにその左腕も千切ってやろう――――」


 ブランカが腕を振り下ろす。

 テオには補足できない速さで繰り出された爪撃が、残ったテオの左腕を切り飛ばす。


 ――かのように見えた。


「……なに?」


 キンっと金属音が響き、ブランカは挙動は止まった。

 攻撃の間にテオは、咄嗟に剣を滑りこませて防御したのだ。

 ブランカの爪の速度を捕らえたわけではない事は、今までの攻防からわかっている。

 ブランカの爪を捕らえられるならば、右腕を失うことすら無かっただろう。


 これは、元々攻撃の来る箇所を予測していた者の動きだ。


「なるほど、残るは左腕のみだ。攻撃を先読みするのは容易い、というわけか」


 ブランカは納得したようにボソリと呟く。

 その視線の先で、テオが苦しげな顔でニヤリと嗤った。


「……いいだろう。ベラという女騎士との決闘を受ける。貴様は敗北を宣言しろ」


「感謝します」


「まったく小賢しい小僧だ」


 そう吐き捨てると、ブランカはテオに背を向けた。

 そして、テオは立会人の方を見て宣言する。


「……僕の、負けです…………」


 テオの顔は敗北した者とは思えないほどに晴れ晴れとしていた。

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