◇五十九 魔狼の咆哮②
ブランカは爪をテオの喉元で止めると、一言聞いた。
「冗談で言っているわけではないな?」
テオは身じろぎ一つせずに答える。
「もちろんです」
ニヤリとブランカの口元が歪む。
「いい面構えだ。だが少々無謀がすぎるな。決闘などと言わずに我が今、爪を動かせば小僧の首は飛ぶ。それでも我は構わんのだぞ?」
「ブランカ殿はそのような底の浅い行為をするようには見えませんので」
アポリーヌはそのやり取りを見て、肝を冷やしていた。
返答一つでテオという騎士の首は、いつ胴から離れてもおかしくはない。
それ以前に、魔狼ブランカを怒らせるようなことは避けなければならない。
万が一、この場で暴れだせば、ここにいる騎士、魔法使い全ての者の首が飛ぶことだってありえるのだ。
「達者な口だ。その口先に免じて決闘を受けてやろう。華々しく散れ」
「ありがとうございます」
ブランカが爪を引っ込めると、テオは恭しく礼をした。
「では、カリナ様が戻る前に済ませてしまいましょう。この天幕の裏手に広い場所があります。そちらで決闘を行いませんか?」
「我はどこでも構わん。して、勝敗はどうするのだ? 先ほどの問答はそこから始まったのであろう?」
雰囲気に呑まれていたが、テオとブランカの決闘は、カリナの決闘の勝敗をどう決めるかという話を経たものだ。
騎士同士の決闘は命のやり取りではないというのが定石のようだが、魔物と人間の決闘では話が違うだろう。
アポリーヌは、テオがどのような条件を出すのか、気になっていた。
「そうでしたね。僕の命を賭けるのは構いませんが、ブランカ殿にはそれは不都合でしょう」
「なに?」
ブランカは少々怒気を孕んだ声で唸る。
「いえ、勘違いなさらないで下さい。あくまでも決闘の条件は公平に、なんです。ブランカ殿はカリナ様との再戦が控えているために、命を賭けるのはカリナ様に失礼にあたってしまう。ならば別の条件を出すのが当然。……というわけです」
「ふむ。筋は通っている」
アポリーヌは感心した。
命のやり取りを別にした戦いでは、圧倒的な力を持つであろうブランカには不利になるだろう。
その条件を、ブランカのプライドを逆手に取って呑ませたのだ。
「では、先ほど言っていた様に我は、小僧を組み伏すか、負けを認めさせれば良いわけだな?」
「そうですね。ただ、僕を殺さずに戦うのはブランカ殿に不利です。僕の方はブランカ殿を殺すつもりで戦わないと勝てる見込みがありません。それでは条件が不釣り合いになってしまう……」
狂人か。
アポリーヌはただひとつそう思った。
テオはどういうつもりなのか、アポリーヌには理解が出来なかった。
「細かい条件は移動してからにしましょう。ここで立ち話もおかしいですから」
◆
天幕の裏手には人だかりができた。
陣地内の見回りをしていた騎士や武器の手入れなどをしていた騎士達までもが集まって、決闘の場を取り囲んでいる。
「テオ隊長が一騎打ち? なんでまたそんな話に……」
「殺されるぞ」
「まだ若いが、テオ殿の剣はカリナ様に匹敵するんだ。勝算があるのだろう」
「神聖騎士団出身の偽物の騎士が、無謀だな」
口々に野次馬が感想を述べる。
アポリーヌも決闘の場を取り囲む中に入り、行く末を見守っている。
決闘の場は周囲の人垣に円形に囲まれて、その中央でテオが声を張り上げた。
「ブランカ殿! 僕が決闘に勝てば、カリナ殿との再戦を諦めていただけるか!」
「構わん。我が負けることはない」
「では、ブランカ殿が勝った際には何を望む!」
「知れた事だ! 小僧! 貴様の命を貰うぞ!」
テオはブランカの言葉に頷くと、立会人である騎士を視線で促した。
「では、これよりテオ殿とブランカ殿の正式な決闘を行う!」
立会人は大きく行きを吸い込むと更に、続けた。
アポリーヌは、臨戦態勢の魔狼ブランカの巨躯を前にしても声が上ずらない立会人を大したものだと思った。
「この決闘は負けを認めた者、または両腕を失った者を敗者とする! 双方、それでよろしいか!」
テオとブランカが同時に頷く。
「命ではなく両腕を賭けたか……」
アポリーヌはボソリと呟いた。
アポリーヌの隣で独り言を拾ったダリオが神妙そうに言う。
「……両腕を失えば、万が一命が助かっても騎士としては生きられないでしょう……この条件は、テオ殿になんら有利ではありません」
「彼は一体どこに勝算を見出しているのだ?」
アポリーヌはかねてからの疑問をダリオに聞いてみた。
「……わかりません。私なら決闘が開始されて十秒も経たないうちに両腕をもがれてしまうでしょう。あの十八熾将"魔狼ブランカ"と人間との力の差は、人間と羽虫くらいの開きはありますよ」
「ダリオ殿はあのブランカの戦いを見たことがあるのか?」
「いえ、ありませんが、別の十八熾将を見たことがあります。王都にいる魔法隊の副長以上の者達は、大抵前線で生き残った者達ですから十八熾将の恐ろしさは身にしみて知っているんですよ。私が見たのは"赤騎士エリュトロン"でした」
「十八熾将最強という赤騎士か……」
「正確にはエリュトロン自体が戦っているところは見ていないんですが……配下の黒い鎧の騎士団が強すぎまして、黒騎士とでも言いましょうか。黒騎士は、人間を紙くずのように切り捨てながら進軍してきましたが、それでも十八熾将の誰にも敵わないようです」
「配下の黒騎士だけでも圧倒的だというのに、十八熾将本人を人間が相手にできるものなのか?」
「まず、単独ではありえません。一国が一国を滅ぼすほどの軍を持ってして足止めが出来るくらいです。だから、神聖騎士団団長のカリナ殿が単独でブランカを退けた時、神聖騎士全員に騎士の称号という前代未聞の褒章が与えられたのでしょう」
「……これでテオ殿が勝てば、また神聖騎士団の地位が上がるな」
ダリオはそれには答えずに、周囲を見回していた。
そろそろ、決闘の場を取り囲む騎士達にも緊張が走り始めている。
いよいよ決闘が始まるようだ。




