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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◆六 ヴァインロート襲撃

 十八熾将の一人ヴァインロートは、吸血鬼と呼ばれる種族である。

 彼が血液を啜った者は、彼に仕える眷属と化し、絶対服従の道具と成り果てる。

 彼はその能力を使って城を構え、人間を侵略しさらに眷属を増やしてきた。


 また、彼は美食家でもある。

 彼が欲するのは、健康な身体を持つ若い生娘や幼い子どもの生き血で、眷属たちもそれらの者が変異したものばかりだ。


 彼は悪魔王ヴァビロスに仕える十八熾将ではあるが、天使との戦いには積極的ではない。

 彼が望むのは極上の血のみで、それを求めるが故に人間を襲う。

 "神"も人間の村々を襲うヴァインロートではなく、ヴァビロス率いる悪魔軍本隊とやりあっていたので、長い年月を生きてはいるが、ヴァインロートは天使と交戦したことは一度もなかった。

 それ故だろうか、彼は自分の居城に天使が潜入したことに気が付かず、知らず知らずのうちに追い詰められているのは。





「首尾よく進んでるね。さっすがミスラでしょ? もう首も取っちゃっていいかな?」


 ミスラは自慢気に胸を反らせて、粗い鼻息を立てる。


「それは、まずいのではないですか? 情報収集が目的のわけですし……」


 ヴァインロートの居城は沼地にある。

 ミスラたちはそこから魔法で泥をはね出し、陣地を作っていた。

 相手に位置を悟られぬように結界を張っているが、ミスラたちからは薄気味悪い石造りの城がよく見える。


 陣地の中央には、両手でようやく抱えられる程の大きさの円い水鏡が設置してあり、その周りをミスラ、ヘルト、オグロ、エッセが取り囲んでいる。

 更に陣地の周囲はミスラの召喚した天使が警戒していた。

 水鏡の表面にはヴァインロートの居城に送り込んだ天使達の目を通して、場内の映像が映しだされている。


「まだ《統治権限》は本調子じゃないのに、こんなにスムーズじゃさぁ。張り合いがなくってね~」


 小さな手のひらをヒラヒラとふって、呆れていることを主張するミスラ。


 外見は幼い少女だが、ヘルトはその力の強大さを実感していた。

 ミスラが召喚した天使は四十体。

 そのうち隠密行動用の天使"インビジブル・フォース"二十体が場内に侵入、戦闘用の天使"トルーパー"十五体で場外を取り囲み、残る五体の守護用天使"ガーディアン"で、陣営の警護にあたっている。


 場内に侵入したインビジブル・フォースは、圧倒的に数で勝るヴァインロートの眷属に気が付かれることなく行動し、音もなく彼ら殺害していく。

 ヴァインロートの眷属も吸血鬼で不死のため、"殺害する"と言っていいのかどうかは疑問だが、とにかくその活動を停止させているのだ。


 気配を出さずに背後から忍び寄り、半透明の腕に持った明滅するサーベルで、心臓のある箇所を一突きにしていく。

 吸血鬼どもは刺された程度では死なないが、ミスラが言うことには眷属は魔力で動いているらしく、その血液は魔力を全身に運んでいるという。

 心臓を刺したあと、天使は眷属に通う魔力の流れを妨害する魔力を流し込み、全身の魔力供給を乱しているのだそうだ。


 ヘルトが見たかぎり、白目を剥き出しにした少年の眷属が四体、村娘のような素朴な服を着た青ざめた顔の少女が十体以上、そのサーベルの餌食になっている。

 元が人間であるため、凄惨な光景に目を背けたくなる。

 青白く変色した肌の色をしているが、白濁した瞳さえ見なければ、普通の村人たちにも見える者達が、その柔肌に剣先を突き立てられ、血しぶきを上げて痙攣するという殺戮の様子は、酷いことこの上ない。


 ミスラは満足そうだが何処か退屈げに、惨たらしい映像の映る水鏡を眺めている。


「ヴァインロートがどれほど強い吸血鬼だって言っても、身体の造りはこの眷属たちと一緒でしょ? 命令回路をいじってやれば直ぐに行動不能になるって! このまま天使だけで、任務は完了かな」


「簡単に行けばいいのですが」


 ミスラとヘルトが、敵将について話していると後ろで、エッセがしきりにオグロに話しかけていた。


「僕、たぶん悪魔の方に会うのは初めてだと思うんですけど……翼とかは無いんですか?」


「む? 無いものもいるがオレにはあるぞ。普段は隠しているが……広げてみせるか?」


 オグロの背中の筋肉が盛り上がり、バサッっとコウモリの羽のような翼が広がる。


「すごい! おっきいですねぇ~!」


「オレは身体が大きいからな。翼もでかくなければ飛べんのだ。しかし、貴様は人間のクセに怖がらないのだな」


「えっ? 他の方も怖がっていないじゃないですか?」


 エッセは、話し込んでいるミスラとヘルトをチラリと見る。


「奴らは特別だろう。ミスラは神の生まれ変わりのようなものだ。それにあのヘルトという鎧の男も、只者ではあるまい……おおかた過去には悪魔と戦ったことがあるのだろうな」


「へぇ。そうなんですかね~」


「貴様は記憶が無いのだったな。どうも一般的な知識の偏りがあるようなのも、そのせいか?」


「それは、わからないですけど……悪魔を知っていても、見た経験が無いのは……本で読んだことがあるだけ、とか?」


「人間の貴族の子かも知れぬな。いやしかし、たかだか貴族が《権限》を持つとは思えん」


「《権限》ってそんなに凄いものなのでしょうか? 神が与えるものなら、ミスラさんの言ってたように悪魔のオグロさんが持っているのもおかしな話ですよね」


「そうだな。オレ自信、なぜ《権限》を持っているのかを知りたいのだ。……だが、もはや誰が持っていてもおかしくはないか」


「なにか基準があるんでしょうか? マンテネールさんやミスラさんが《権限》を持っているのは自然な気がするんですけど」


 マンテネールとミスラは、世界の創世に携わった者の従者とその本人だ。むしろ《権限》を持っていないほうがおかしいだろう。


「あ、翼ありがとうございます。格好いいですね」


「むん? おお、広げたままであったな」


 バサバサと伸びをするように震わせ、翼はオグロの背中に収まった。


「しかし、どうも貴様と話すのは調子が狂うな。人間の子と話している気が起きない」


「オグロさんは人間と話したことがあるんですか? どんな感じなのでしょう? 僕は記憶を失くして直ぐにマンテネールさんに会ったので、皆さん以外と話した記憶が無いんですよ」


「なるほど、貴様が臆せずに話す理由はそれかも知れんな。知り合いが我々しかいないのならば納得がいく。……そうだな、大抵我々悪魔を見た人間はまず、会話しようなどとはせん。恐怖に怯えのたうち回るか、敵意をむき出しにして襲いかかるかのどちらかだろう」


「そう……ですか。すみません、悪いことをお聞きしましたね」


「オレを不憫に思うか? 気にするな。それだけのことを悪魔はやってきたのだ。オレからすれば記憶の無い貴様のほうが不憫極まりない」


 オグロは、悪魔である自分が他人を気遣っていることに気が付き、おかしなものだと鼻で笑った。


「僕のほうが……ですか? ちょっと自分ではわからないですね」


「それは、記憶を失っているからだろう。……それにしても我々は暇なものだな。十八熾将と戦うというから、それなりに覚悟はしていたのだが、少々肩すかしだ」


「ぼ、僕は暇でいいですよ。戦いは出来そうにありませんし……」


「どうだろうな。記憶が無いだけで戦闘技術はあるのかもしれんぞ? そういうものは頭ではなく身体が覚えているものだ。いざ戦場では身体が勝手に動くということもある。……それがきっかけで、記憶が戻るかもしれないぞ?」


「……え~、なんか嫌ですね。実は自分が戦闘狂だったとか。全然、身に覚えないですし」


 ハッハッハッとオグロが軽快に笑う。

 丁度その時、水鏡に映る戦況に変化があったようだ。

 ミスラが一際大きな声で呼びかける。


「おっ、こいつがヴァインロートかな。お~い、みんな! 敵将発見だよ!」


 オグロとエッセも水鏡を囲む円に加わって、中の映像を覗きこむ。


「随分とやせ細っているな」


 オグロが言うように、ヴァインロートと思しき者はガリガリに痩せこけていた。

 黒いマントで覆われた身体は全容を確認できないが、露出している薄紫の肌はカサカサに乾き、皮膚の下の骨の形がはっきりと分かるほどに肉がついておらず、萎びた果実のような顔は眼窩もミイラのように窪んでいる。

 玉座に座っている姿勢のまま、眠っているように頭を垂れて動かない。


「ミスラ、思うんだけどさぁ……これ、死んでない?」


「いや、しかし……眷属達が動いているところを見ると、息はあるようだが……」


 ヘルトが言うことも最もだ。

 吸血鬼の眷属は主たる吸血鬼が滅びれば、術が解けてただの死体に戻っているはずなのだ。


「ちょっと、行ってみようか。天使たちじゃ話が出来ないからね」









 城門から玉座の間までの道のりにいたヴァインロートの眷属はインビジブル・フォースで駆除し、そのまま警戒に当たらせる。

 ミスラたちは五体のガーディアンと十五体のトルーパーを引き連れて場内に入った。


「中は寒いんだね。それに生臭いよ。ミスラはここ嫌いだな~。こんなところに住む奴の気がしれないよ」


「血なまぐさいのは、ミスラ殿が眷属達を皆殺しにしたからでは?」


「ヘルトっちは細かいね。それに皆殺しじゃないよ。たぶんまだ生きてはいるでしょ。二度と動けないだけで」


 それは死より酷なのではないかと、思ったがヘルトは口をつぐんだ。


「あそこのでっかい扉が玉座の間だよ」


「念のため、警戒しておけ」


 オグロが注意を促すと、一行に緊張が走る。

 先行したガーディアンが巨大な扉をギギギギと軋ませながら開き、その先に赤い絨毯が伸びている。

 玉座の間の奥は階段上になり、頂上には玉座が置かれ、先ほど水鏡で見た格好のままのミイラが鎮座している。


「お~い。ヴァインロート! 生きてるか~?」


 ミスラがガーディアンを入室させながら問いかけた。


「……返事が無いですな」


 兜の下では訝しげな顔をしているのだろう、首をかしげるヘルト。


「やはり、事切れているのではないか?」


「それじゃあ、なんの情報も得られないですよ。困りましたね」


 エッセの声が玉座の間に響いた時、枯れ葉が擦れるような小さな声がした。


「――――ゲ――――――カ」


 オグロはピクリと耳を震わせる。


「喋ったぞ。生きてはいるようだ」


「――ニンゲン! ニンゲンカ!」


 今度は他の三人にもハッキリと聞こえた。

 カラカラに乾いているように見えた玉座のミイラが喋っているのだ。


「あ~よかった。死なれてちゃつまんないもんね。ミスラたち、聞きたいことがあって――――」


 ギュン!

 ミスラが言いかけると風切音を立てて、ミイラが飛び込んできた。


「ニンゲン! 血ヲ、スワセロ!!」


 ヴァインロートは、ミイラのようにやせ細りながらも、生きているようだ。

 そして、黒いマントの下から羽を広げ、高速で接近し――ミスラのいる位置に飛びかかる。


「うわっと! 危ないね! ガーディアン!」


 ヴァインロートの身体をひらりとかわし、瞬時にガーディアンに指示を出す。

 命令を受けたガーディアンは腕を伸ばして、ヴァインロートに掴みかかるが、その速度を捉えきれずにかわされてしまった。


「抜剣!」


 ヘルトが背の大剣を引き抜いた。

 ぎゃりんと小気味良い金属音を響かせ、身長ほどある刃渡りが、少ない明かり反射して鈍く光る。


「ひえ! やっぱり戦うんですかっ!」


 エッセも慌てて、短剣を取り出した。

 神殿でマンテネールが渡した短剣だ。

 慣れない手つきに似合わぬ、鋭い光をその切っ先が放つ。


 オグロは無言で腕を伸ばし、照準を合わせるように手のひらを開いた。

 徒手空拳ではない。

 武器や悪魔特有の強靭な肉体を駆使して戦うこともあるが、オグロは人間で言う魔法使いなのだ。


「ヒサビサノ……ニンゲンダ! タップリタップリタップリタップリ、スッテヤル!!」


 身を翻して旋回したヴァインロートは、滑空してミスラを再び襲う。

 研ぎ澄まされた爪がミスラに斬りかかるが、ガーディアンが弾き返し、軌道を逸らす。


 それでもヴァインロートは再度、旋回し強襲、旋回、強襲、旋回、強襲。

 鋭い爪を天使が弾く甲高い金属音が、断続的に響く。


 キン! カキン! ギン! キィン!


 縦横無尽に飛び回り、すれ違いざまに目にも留まらぬ速さで繰り出されるヴァインロートの爪撃と、五体ものガーディアンが密集陣形でそれを弾くという、隙無き攻防が続く。


 ミスラの周りを囲むガーディアンはじりじりと後退させられ、主人を守るその円を狭める。

 ミスラはだんだんと身動きできない程押し込められていた。


 見かねたヘルトが攻防に加わろうと、大剣を振り上げ突進し、ヴァインロートの飛行する軌道上を狙って斬りつけた。

 しかし、振りぬく切っ先は空を切り、高速で飛び回るヴァインロートの身体を捉えることは出来ない。

 切っ先を返して何度も斬撃を繰り出すが、微塵も当たる気配はなく、掠らせることも出来なかった。


「速すぎる! おのれヴァインロート!」


「どけ! ヘルト!」


 オグロが詠唱を終え、伸ばした右手に魔力が集中する。


「――スノーバイパー!」


 瞬間、かざした手のひらから、白銀の輝きをまき散らす冷気の奔流が飛び出す。

 まさに蛇が食い付くように俊敏な動きで、うねるように進むそれは、咄嗟に伏せたヘルトの頭上を飛び越えて、ヴァインロートに迫る。


 ヴァインロートは魔法の射出に気がつくと、回転するように見を捩り、地面から垂直に跳ね上がる。

 たった今まで、ヴァインロートの身体が存在した空間を、白銀の蛇が貫いた。


「避けられた!?」


 オグロの隣で構えているエッセは、自分の目には止まらぬほどの速さで迸った魔法が、容易くかわされた事実に驚愕する。


「安心しろ。オレはあの速度の相手に、単純な攻撃をするほど愚かではない」


 空を切ったはずの白銀の蛇は、勢いをそのままに、緩やかな曲線を描いて上昇し、ヴァインロートを追う。

 雪の結晶が軌跡を描いて宙空を彩った。


「チャーンス! トルーパー! 取り囲め!」


 上に逃げたヴァインロートに、真下からは雪色に煌めくあぎとが迫り、周囲からは退路を断たんとサーベルを突き出した十五体の天使が羽ばたく。


「ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン!」


 苦しむように喉を掻き毟りながら飛ぶヴァインロートは、その身に迫り来る天使の中の一体をジロリと睨みつけた。


「ニンゲン……ケツエキ……ガァァ! ……カワク……血……ソニックムーブ!」


「まずい! 魔法だ! 下がれトルーパー!」


 一陣の風が、睨みつけられた一体のトルーパーを駆け抜ける。


 次の瞬間、パァン! と甲高い炸裂音を立てて、そのトルーパーの胸から上が弾け飛んだ。

 そして、白銀の蛇はまたもや空を切り、何もない空間を通り過ぎていく。


「消えた!?」


 ヴァインロートの姿は見えず、玉座の間にヒュンヒュンと風を切る音だけが鳴る。


「旋風魔法ソニックムーブ! 高速移動術だ! ただでさえ捉えきれない速さだったのだ。もはや目では確認できん!」


 オグロは対象を見失って右往左往するスノーバイパーを解除する。

 ほんの一時だけ銀の砂子が煌き、気泡の如く消えていく。


 ソニックムーブは魔法の対象にした者の移動速度を、大幅に上昇させる強化魔法だ。

 もともと素早い動きを見せていたヴァインロートが唱えれば、その速さは、それだけで獲物を仕留める牙になる。


「ガーディアン! エッセを守って! ヘルトとオグロは自分で何とかし――――」


 ガッチリと防衛の陣を敷いていたガーディアンが、主人の命令を遂行しようとミスラから離れた瞬間。


 ミスラの身体は馬車に跳ねられた道端の小石のように飛んだ。

 その身体は、一呼吸も挟まぬ間に壁に叩きつけられ、天井の方へ弾むと放物線を描いて空中に投げ出される。


「ぐえ!」


 さらにもう一撃。

 空中でバシンと音を立て、短い呻きを発したミスラが消える。


「ミスラ殿!」


 ヘルトがいち早くミスラの消えた先に気がついた。

 ヘルトの兜は天井を見据えて、他の者の視線を誘導する。


 その視線の先には、まるで重力を無視するかのように、両の足で天井にぶら下がるヴァインロートと、むき出しになった牙に加えられたミスラの姿があった。


「フーッ! フーッ! ニンゲンノ血ダ! イツ以来ダ! ウマイ! ウマイゾ!」


 ボタボタと血を滴らせながら、噛み付いた牙の隙間で喋るヴァインロート。

 ニタァと恍惚の表情を浮かべている。

 ミイラのようであった顔に艶が戻り、乾いた皮膚には啜っている赤い血の色が混ざっていく。


「……こんの……ヤロー……!」


 腹部を咥えられて、ぶらりと四肢を投げ出した格好のミスラが、ヴァインロートの口元で呻いた。


「ぼ、僕が足を引っ張ったんだ……ごめんなさい、ごめんなさい!」


「あんなところでは、剣が届かん! オグロ殿! 魔法で落とせないか!?」


「ミスラを盾にされる。それに加えてあの速度だ、まず当たるまい」


 ミスラが吸血される様を呆然と仰ぐ三人。

 ガタガタと震えるエッセの顔は真っ青だ。


「マダ、息ガアルノカ。元気ナモノダナ」


 先ほどまでの発狂ぶりは無くなり、落ち着いた雰囲気に変貌したヴァインロートが、口元にぶら下がるミスラを一瞥する。


「……ヘンッ! 伊達に"神"なんて呼ばれちゃ……いないさ……」


「間モ無ク、貴様ハ我ガ眷属トナル。今ノウチニ吼エテイロ」


「それは……どうかな? ほら! オグロ! ミスラはいいから、魔法ぶっ放して!」


 血反吐を吐きながら、ミスラが叫ぶ。


「ほう、元気なようだな。遠慮はせんぞ?」


「いいから、やれって! この体勢のほうがキツい!」


「わかった。――ヘルト! やつを迎撃する準備をしておけ!」


 ヘルトが大剣を構えるのを確認すると、オグロは再び腕をかざした。


「――サンダークラップ!」


 轟音を立ててほとばしる雷が、ヴァインロートに向かって一閃。

 瞬時に天井から足を離したヴァインロートは、高速移動でそれをかわす。


「まだだ! スパークリングネット!」


 続いて唱えられた魔法で、ヴァインロートと天井の間に電撃が疾走り、蜘蛛の巣状に張り巡らされる。


「足は離れた。もう天井には貼り付けまい。このまま地面に誘導する」


 バチバチと音を立てる電撃の網は、少しずつ下降し、ヴァインロートの飛行範囲を狭めていく。


「クダラン! 術者ヲ殺セバ済ムコトダ!」


 勢いをつけて滑空し始めたヴァインロートは、そのまま加速し、オグロの姿を捉える。


「ヘルト! 来るぞ! 迎撃だ!」


「おまかせあれ!」


 ヘルトは素早くオグロの前に滑りこむと、大剣の切っ先を迫り来るヴァインロートの方へ向けて、ピタリと止める。


「小癪!」


「うえ!?」


 悲鳴を上げたのはミスラだ。

 ヘルトの構える大剣に向かって、小さな身体が放り投げられる。


「しま――――」


 しまった、と言おうとしてヘルトは驚きに言葉を飲み込んだ。


 眼前に飛び出したエッセが、ミスラの身体を受け止めて、勢いを殺せずに転がっていく。


 直後、ヘルトの眼前に迫るヴァインロート。

 ヴァインロートの体躯はカクンと高度を下げ、ヘルトの懐に滑りこむ。

 その動きは到底ヘルトには捉えきれない速さだ。


 ガキィィン!


 兜と鎧の隙間に下方から伸びた爪が食い込んだ。

 ビリビリと衝撃で鎧が振動する。


 ヘルトは衝撃を殺しきれずに、組み付いたヴァインロートの体ごと、滑るように後退していく。

 床面との摩擦で鎧の具足がガリガリと火花を散らした。


 後退が終わるのを合図に、ヘルトは大剣を持つ手から力を抜き、その重みを利用してグルリと刃を一回転――――懐のヴァインロートを切り裂いた。


 切りつけられた背から、パッと鮮血が飛び散る。

 赤紫の飛沫で白い兜が斑に染められた。

 血を吐きながらヴァインロートは離れようと鎧に腕を立てるが、剣を持っていない手でガッチリと組み付かれて叶わない。


「グガッ! 離セ!」


 ヘルトは腕の中でもがく吸血鬼の身体を、無慈悲に締め上げた。

 鎧を通してビキビキと骨の砕ける振動がヘルトの腕に伝わる。


「ナンテ馬鹿力ダ! ダガ腕力ダケデハ、我ハ殺セヌ! 愚カモノメ!」


 つまらない強がりがヘルトの耳に届いた時、ヴァインロートの身体を無数の細剣が貫いた。


「いやぁ、さっきはよくもやってくれたねぇ?」


 ズルリと崩れ落ちるヴァインロート。

 その体を貫いていたのは十五体のトルーパーのサーベルだった。


 チカチカと明滅する剣先は、傷口から魔力を流し込み、身体の自由を奪う。


「身体は人間なんだから、めっちゃ痛いんだよ?」


 ふらふらと覚束ない足取りでミスラが近づいた。

 這いつくばるヴァインロートの頭を踏みつけ、グリグリとこめかみを踵で抉る。


「ミスラ殿……やり過ぎです」


「え~? ホント、真面目だね~、ヘルトっちは。殺しちゃうのは我慢してるんだから、大目に見てよ?」


「……私が信じた"神"は、何処へ……」


 ヘルトは呆れて虚空を見つめる。


「拘束しなくて良いのか?」


 電撃の網の魔法を解除して、オグロが尋ねる。


「大丈夫だよ。刺した時に魔力で拘束してる。吸血鬼だから血中の魔法因子を乱されると、まともに動けないんだ。こいつの場合は攻撃を当てるまでが問題だったね。それにしても――」


 ミスラは振り返って、ぼんやりとこちらを眺めているエッセを見る。

 ミスラを抱きとめた時に擦りむいたのか、肘と膝にはじんわりと血が滲んでいた。

 長い白髪も床を転がって、ぼさぼさになってしまっている。


「助かったよ。正直、お荷物になると思ってたけど、案外やるね!」


「え? あ、僕ですか?」


「そうだよ。危うくヘルトの剣にぶっ刺さるところだったさ」


 ヘルトも同意して頷く。


「エッセ殿が割り込まなければ、私も剣を振れなかった。隙を突かれてやられていただろう。称賛に値するぞ!」


「お、お役に立ててなによりです! 僕のせいでミスラさんがやられて、必死でした……」


「アハハ! 思ってたより痛かったけど、あれくらいじゃ死なないよ! でも、やっぱり人間の身体は脆いね。エッセも気をつけてよ? 君が襲われてたら、無事じゃ済まなかったと思うから」


「……う、そうですね。気をつけます」


 既に感想戦になった会話が、先程まで生き死にの瀬戸際にあった空気を変えていく。


「ところで、噛まれたようだが、問題ないのか?」


 オグロはヴァインロートの口元から覗く犬歯を観察する。

 ピクピクと痙攣する顎からベットリと血が滴り、喉元までを濡らしていた。


「傷は深めだけど、なんとかなるよ。それよりこいつを生かしておくと、ミスラも吸血鬼になっちゃうかな? 念のため、防御魔法は展開してたんだけど……」


「今のところ、身体に変化はないか?」


「わかんないよ~。思いっきりお腹に噛み付かれたからね。痛くて痛くて、それどころじゃないし」


「わりかし、元気に見えるが……。では、現状は外傷の手当しかできんな。あとはマンテネールを待とう」


 現在、マンテネールはアンブローシアとラータを連れて、魔物の調査に赴いている。

 それが終われば転移で迎えに来る手筈だ。


「あ、それと……オグロっち! 悪かったね、会議の時には疑ってさ。ちゃんと十八熾将とも戦えるね。勘ぐり過ぎだったよ」


 悪魔であるオグロが、本来仲間である十八熾将に牙を剥けるのか、と疑ったことへの謝罪である。


「構わぬ。以前言ったように、オレはヴァビロスの配下ではない。悪魔といえど一枚岩では無いのだ」


「じゃ~、仲直りね。握手握手」


 ミスラがずいっと右手を差し出す。


「オレは喧嘩をしたつもりはないがな」


 口角をわずかに上げ、オグロは差し伸べられた手を取った。


「なんか、オグロっちは一言多いよね~。とりあえず、外に戻ろっか」


 まだ息のあるヴァインロートの身体をヘルトが背負い、一行は沼地に敷いた陣地に戻ることにした。


 




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