◆五十 ナーダ追跡④
広間の造りも見覚えがあった。
床石は経年のせいか、ところどころ剥げかけていて、土が露出しているが歩くには問題ない。
幸いなことに、一部の壁が崩れているせいで、足音が反響するようなことはないが、なるべく音を抑えてに進むには慎重にならなくてはならない。
「……!」
音も立てずに、ミスラが驚いた顔をしたのが目に入り、ラータはその視線の先を見た。
森の神殿にはなかった物が、円卓の間に続く入口の前に鎮座している。
円卓の間の前にある待合室。
その入口を塞ぐように、天井に着くかという高さの真っ白で巨大な石像が設置してあるのだ。
異形の化物を象った像は悪魔領にふさわしい不気味な様相をしていた。
猛禽類を思わせるような嘴。
尖った耳。
ぎょろりとした眼球。
蝙蝠の様な飛膜のある羽。
四肢は逞しく、巨大な鉤爪で台座に座り込んでいる。
ラータは石像を近づいて見上げようと、近寄る。
ミスラの操るガーディアンが、ラータの肩を抑えて制止させた。
「近寄っちゃ、だめ。これ……十八熾将だよ…………」
「な――! この石像が?」
ラータはミスラを振り返ったが、もう一度石像に視線をやった。
どう見ても生物には見えない。
目の荒い石でできた石像だ。
「"石灰のミルヒヴァイス"、悪魔王ヴァビロスの居城の門番だった奴さ……」
ミスラの言葉に、エッセが一歩たじろいた。
「ま、まだ生きてるんですか?」
「ミルヒヴァイスは、魔力で動く石人形――ゴーレムなんだ。"土石の魔人パルド"とおんなじでね。通ってる魔力が活きてたら、とうに襲われてるとは思うけど……」
ミスラは注意深く石像を眺める。
「何か細工があるかもしれない……ってことか」
「そういうこと。悪魔王ヴァビロスが討伐された時、こいつはヴァビロスの城に居たはずなんだ。ヴァビロスが死んだ後、こいつを動かした奴がいる」
「動かすって……この大きさを、か?」
「いや、見てくれ通りに重たいからね。魔力を入れて動かしたんだと思うよ。……ナーダ、かな? 犯人は」
ヴァビロスが死んだ後では、ミルヒヴァイスを操っていた魔力は消滅したはずだ。
ならば、新たに魔力を注入して、ミルヒヴァイスを操作し、この神殿遺跡まで運んだものがいるのだろう。
神殿遺跡がナーダの根城ならば、それをしたのはもちろんナーダだということになる。
無意味にそんな労力を払うはずがないので、ここにミルヒヴァイスを運んだことには意味があるはずだ。
そう考えると、侵入者への罠というのが最もしっくりくる。
ラータは考えながら、遠巻きに微動だにしないミルヒヴァイスを見る。
「こいつが動き出したら、俺たちでなんとかなるのか?」
不安が思わず、ラータの口からこぼれた。
「注入された魔力の量にもよるけど、ミスラならガーディアン五体ってところかな。それなら止められる」
ガーディアンは守護用の天使だ。
ラータの見たことのある天使の中では最も身体が大きいが、それを五体も使役して止めることが精一杯ということだろう。
ミスラの額に浮かんだ汗が、それを物語っている。
「……動かないようだし、別の所から探そうか。下手に近づいて動き出したりしたら、手に余る」
ラータが、ミスラとエッセの顔を見ると、二人は無言で頷いた。
◆
オグロは神殿遺跡の裏手に回り、通用口の扉を見つけた。
正確には扉は無く、崩れた壁の瓦礫で塞がった通用口だ。
「僅かな隙間はあるが、これでは入れんな。こじ開けてもいいのだが……他の壁まで壊してしまいそうだ」
オグロは顎に手をやって考える。
魔法では派手に壊しすぎる。
特に破壊力を期待できる魔法は音も大きいし、範囲も調整がし辛い。
遺跡の倒壊まではしないだろうが、ラータにはなるべく隠密に行動するように言われている。
「難しいものだ。マンテネール、ラランジャ、何とかならんか?」
オグロは後ろに控える、マンテネールとラランジャを振り返る。
「爆破……は駄目ですよね。風で運ぶにも、重すぎます。瓦礫を運べるほどの旋風魔法を使えば、ワタシたちの存在がバレてしまいますし……」
マンテネールの転移で中に入れば簡単なのだが、そう安々と使っていい能力ではない。
一日の回数が制限されている以上、不測の事態に備えて使用回数をとっておく必要があるのだ。
ただでさえ、アルジェンティウスの転移せいで、余計に回数を消費している上に、安易な転移の使用はラータから止められていた。
「……オグロ様、わしに考えがあります」
すると、ラランジャ一歩前へ出て進言した。
オグロはラランジャの態度にまだ慣れていないが、その様子を出さずに返す。
「言ってみろ」
恭しく頭を垂れて、ラランジャは言う。
「……その女の《権限》の能力――不可侵領域で倒壊を防ぎ、あまり音の立たない旋風魔法で瓦礫を切断するのが良いかと思います」
その女と呼ばれて、マンテネールが少し嫌な顔をしている。
ラランジャは、オグロに対しては非常に謙った態度をとるが、他の者はぞんざいに扱う。
オグロはありもしない頭痛に頭を抱えそうになった。
「マンテネール、出来るか?」
「可能だと思います。……オグロ様」
"様"を強調して厭味ったらしく返事をするマンテネール。
ラランジャの態度もそうだが、この案がマンテネール自身の《権限》と魔法によって解決するものであったため、それに気が付かなかった自分にも少々腹を立てているのだろう。
オグロはとばっちりを受けた気持ちで、瓦礫の前からどいた。
「それでは、不可侵領域を設定します」
マンテネールがキッと瓦礫を睨みつけると、瓦礫を中心に空気が固まったような違和感が広がった。
「これで、瓦礫を削っていけばいいですね。――ウインドカッター」
黙々とマンテネールは、旋風魔法を使って瓦礫を削り取っていく。
砕けた瓦礫は不可侵領域の見えない境界に遮られて、倒壊すること無く崩れていく。
「……うむ。よいぞよいぞ」
「――ウインドカッター」
ラランジャが監督するようにマンテネールの側でうなずいた時、風の刃が一本、ラランジャの頭上スレスレをかすめた。
目深に被っていたフードのてっぺんが切れ、ラランジャの光沢のあるこげ茶色の素顔が顕になる。
橙色の不気味な複眼に動きはなく、口元の顎は引きつっていた。
頭頂部から長い触覚が出ているが、ペタリと頭部に貼り付けていたため、フードと一緒に切り飛ばされることはなかったようだ。
「失礼しました。立派な触覚が切れてしまってはいけないので、離れていて下さいね」
マンテネールの一瞥に、ラランジャが無言で後ずさっていく。
オグロはなんの被害にもあっていないが、同様に少し離れた。
「一人ずつなら、もう通れそうですね」
しばしの間、マンテネールの作業が続いていたが、振り返ってそう言うので、オグロは瓦礫の隙間に近寄って潜ろうとした。
「ふむ、問題ないな。このまま、オレが先に入ろう」
「……オグロ様、お気をつけ下さい」
「不可侵領域と解除したら崩れてしまうと思いますので、しばらくこのままにしておきますね」
三人はオグロを先頭に、一人ずつ狭い隙間を通って神殿遺跡の中に入った。
神殿遺跡の中は薄暗く、足元がよく見えないというのに砕けた床石のせいで足場が悪い。
ラランジャは器用に細長い節のある手足を這わせている。
マンテネールは旋風魔法フライタクトで身体を浮かせ、床に足を取られないようにしているようだ。
オグロは飛行の魔法を使えないため、自分の足で歩いているが悪魔は人間よりも夜目が利くので無様に転倒したりすることはない。
「流石に様子は違うが、中の構造は同じのようだな」
自分たちが集合した森の神殿の事を指して、オグロは言う。
薄暗さ、荒れよう、淀んだ空気、それ以外は森の神殿と同様の造りに間違いない。
「そのようですね。……それにしても――」
マンテネールが何か言いかける。
「どうした?」
オグロが聞き返すと、マンテネールは黙ったまま少し歩くと、続きを話しだした。
「…………ワタシがこの世界に生まれたのは、創造主様がワタシの主様を創造した後、すぐなのですが……」
どうにも歯切れの悪い様子で話すマンテネール。
「……なぜ、ワタシはこの神殿の存在を知らなかったのでしょう? 主様は知っていたのでしょうか……。主様も知らなかったとすると、創造主様はなぜこの神殿の存在を隠したのでしょう……」
ふわふわと浮遊しながら、マンテネールの思考もふわふわと浮遊感に包まれる。
「そもそも、オレたちのいた森の神殿が創造主の住まいだったのだろう? ここ遺跡は別荘と言ったところではないか? わざわざ教えることもあるまい」
オグロは自分の考えを述べる。
マンテネールは創造主を神格化しているが、オグロは世間とは離れて暮らす悪魔だったため、考えが違う。
創造主は俗物的な者な可能性もある。
普段は森の神殿で世界の創造という業務をこなしているが、たまには息抜きに別の場所にも行きたいだろう。
別荘の一つや二つあったっておかしくはない。
せっかく世界を自由に創造できるのならば、創造した世界を見て回ったっておかしくはない。
「……しかし、この神殿の様に建築物の形をとった聖器物は《権限》と競合してしまいます。ここへ転移した時のように、場所の座標を予め知っていなければ、《管理権限》の探知にも引っかかりませんし……世界の管理を任されても、このような場所があっては……」
マンテネールのいうことも確かだ。
《権限》を与えて世界の管理を任せたというのに、その《権限》が及ばない場所を創造主自ら創ったのでは辻褄があわない。
まるで、元から完全に管理を任せる気がなかったかのようだ。
そう疑うのは、自分が創造主によって創られた人間ではなく、悪魔王ヴァビロスによって創られた悪魔だからなのだろうか。
思考が逸れてしまったと思い、オグロは目の前の出来事に集中する。
「東側から、シラミ潰しに部屋を見ていこう」
森の神殿では、客の個室として使っている複数の部屋が廊下に並んでいる。
その中のどれかにナーダが潜んでいるかも知れないのだ。
「丸腰では対応が遅れるかもしれんな。――アイシクルスピア」
オグロは素早く呪文を囁き、手元に小さな氷の礫を創りだした。
パキパキと霜の凍てつく音がして、礫はつららになり、氷の槍になった。
片手でアイシクルスピアを持ち、オグロは個室の扉に手をかける。




