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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◆四十九 ナーダ追跡③

「――以上が、俺の目的だ。おまえに理解できるとは思っていない。敵対するなら、容赦はしない」


 ナーダの"声"に揺らぎはない。

 アンブローシアは、ナーダが話した内容は真実であると理解できた。


 話された内容が真実で、ナーダにそれを実行する手立てがあるのなら、今目の前にいる不死の魔物は自分にとって重要な役割を持っている事になる。

 アンブローシアは固唾を呑んで、ナーダの言葉を待った。


 しばしの沈黙の後、アンブローシアは別の"声"を感知した。


「……そんなに、悲しまないでよ…………」


 アンブローシアは微かな声で呟いた。

 思わず口をついて出てしまった言葉だったが、幸運な事にナーダには聞こえていなかったようだ。


「急いでここを離れましょう。追っ手が来るわよ」


 ナーダは既に自分に真実を話す気になっている。

 大事に持っていた聖器物も今はこちらの手のうちにある。

 アンブローシアは、ナーダが自分に協力をするしか選択しがないと確信して、追手の存在を告げた。


 森の神殿に残してきた手紙には、今いるこの場所の位置が記してある。

 マンテネールが指揮をとっているならば、もっと慎重に準備をしてナーダに挑むはずだ。

 故に、この場所に皆がやってくるのはもっと後のことだと思っていたが、感じ取った"声"からすると、どうやらマンテネールは従っているだけのようだ。

 迅速に思い切った判断を降した"声色"だったのは、ラータだ。


「俺を利用するか? 魔女め」


 ナーダは片眉を釣り上げる。

 悪魔特有の不快な音を孕まない口調で話す時のナーダは、平時と比べて随分と表情があった。


「性格変わりすぎよ。あんた、今のが本性なわけ?」


 ナーダを初めて見た時からの変貌ぶりに、アンブローシアは呆れた。


「あんたが捕まったら、あたしの目的も果たせないの。創造主に会うんでしょ? 策を言いなさい。協力するわ」


「俺がおまえを信用する要素があるか? フン……前と立場が逆になったな」


 ナーダは左腕の傷口を抑えながら、アンブローシアを睨みつける。


「……そうよねぇ。あんたが《知覚権限》を持っていたらすぐに信用できると思うのだけど」


 対峙する相手の心の内を"声"という形で聴けるアンブローシアは、自分を相手に信用させるという事が、致命的に苦手だった。

 信用を得るよりも、内心を読み取って利用したほうが手間がかからないからだ。

 アンブローシアのことを心底信じてくれた者は、少ない。

 そのことはアンブローシア自身も知覚していた。

 ただ一人、ラータを除いて。


 アンブローシアは森の神殿の階段前で、自分の過去を吐露した時のことを思い出す。

 その時は、《知覚権限》使わずとも分かった。

 ラータは自分の境遇に共感し、慰めてくれた。

 たったそれだけの事だが、そのことでどれだけ自分が救われたか。


「……信用する必要はないわ。あんたもせいぜい、あたしを利用しなさい」









 昼間だというのに薄暗い空が、悪魔領の淀んだ空気と合わせて、浮かび上がる神殿をより不気味なものにしていた。

 造りは森の神殿と同じに見えるが、その外壁は遺跡と言うにふさわしい程に風化が進み、朽ちている。


「ここが、ナーダのアジトって事か……」


 ラータは誰に言うというわけでもなく、呟いた。

 少しだけ転移酔いの残る頭を振って、平衡感覚を取り戻す。


「はえ~。あいつったら、こんな所に住んでたのねぇ。陰気臭いわぁ~」


 ラータの傍らで、セレッサが緊張とは程遠い態度で、神殿遺跡を眺めていた。

 あいも変わらず、ラータの腕に抱きついている。


「……声を小さく、な。……見つかったら、また飛んで逃げられるかもしれないぞ」


 小声でセレッサに注意をすると、彼女は素直に頷いた。


「今の私なら、あいつに遅れを取らないけれど、逃げに徹されるとマズイものね」


 自信満々の様子で、セレッサはラータの二の腕に口付けた。

 ぞわりと嫌な感覚を覚えて、ラータは身震いをする。


「……やめろ、味見みたいな真似をするな…………」


 セレッサがナーダに引けをとらないほどに強いというのは本当のことだろう。

 同じ十八熾将という肩書を持つというだけでなく、今のナーダは負傷している。

 それに加えてセレッサの方はラータの精気を吸って、心身ともに絶好調だ。

 セレッサが腕を抱きしめる力が思いのほか強く、ラータはそんなことを思った。


「さて、神殿の造りが同じなら、裏口もあるはずだ。オグロ達はそっちから回ってくれ」


「任せろ」


 オグロはマンテネールとラランジャを引き連れて迂回し、裏口に向かう。

 彼らはナーダと顔を合わせていない。

 正面から乗り込む者の中に、いなくても不自然には思われないだろう。


 神殿遺跡の正面入口から突入する顔ぶれは、ラータとエッセ、ミスラの三人だ。

 どうしてもラータと離れたくないと駄々をこねたセレッサは、ナーダに見つからないように入口前からの支援という間を取った役割をもたせた。

 つたを張り巡らせる能力で、神殿遺跡の天窓や隙間を塞ぎ、ナーダが再び逃亡を試みた際の退路を断つのが主な仕事だ。


 アルジェンティウスは、他のものよりも先に、神殿遺跡から少し離れた場所に転移した。

 神殿遺跡内のナーダに悟られず、且つ神殿遺跡が見渡せる様な位置に待機している。

 全ての包囲を突破して、ナーダが逃げおおせた場合、アルジェンティウスが追う予定だ。


「さぁ、俺たちも……行くぜ」


 神殿遺跡の正面門は風化によって崩れ落ち、侵入には苦もない。

 ナーダはアンブローシアによって、自分の潜伏先が悟られている事など知るはずもないだろう。

 ならば、これは狩りだ。

 追い詰めた獲物を、取り囲んで捕える。

 ラータは今、隣にソキウスがいないことを残念に思った。


「気をつけてね、ラータ。君に何かあったら、私は生きていけないのよ? わかってる? 何かあったら、すぐに行くからね? いやいや、何かある前に行っちゃうかも? 私の事、頼ってね? 私、今ラータのお陰でいっぱい元気だからね? 遠慮なんてしないで呼んでね? 私――」


 ラータが感慨にふけっている暇を、セレッサは与えてくれない。

 まるで根性の別れをするように、両手を取って涙を浮かべている。

 頭に咲いた花の花弁ががふさふさとせわしなく動く。


「……うわぁ…………ミスラ、こいつ苦手だぁ……」


 ガーディアンの腕に乗っているミスラが引きつった顔で言った。


「僕らのことは眼中になさそうですね……」


 エッセも半ばぐったりとした様子で、セレッサを見ている。


「わかったわかった。いいから静かに行動しろ。ミスラとエッセが引いてる……」


 ラータは手のひらで、ぐいっとセレッサの口を塞ぐ。

 鼻息を荒げてセレッサはもがいたが、すぐに大人しくなった。




 一悶着を終えて、ラータとミスラ、エッセの三人――正面突破班とセレッサは、入り口の階段を登りきった。

 セレッサは階段の上にある、風化した門の前が持ち場になるので、ラータたちとはここで別れることになる。


「……気をつけて」


 念を押すようにセレッサはラータに囁いた。

 そして、ゆったりとしたワンピースの裾の中から、茨のような棘のあるつたを無数に伸ばし、静かに、それでいて素早く神殿遺跡の外壁に這わせていく。


 ラータはセレッサの気遣いに、視線だけで返事をしつつ、声を潜めて号令を発した。


「突入するぞ!」


 ラータたちは、まだ知らない。

 味方だったはずのアンブローシアが、ナーダに与し神殿遺跡への侵入が既に、敵の知るところとなっていることを。


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