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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇四十三 背谷の陣①

今まで、5000~6000字で一話分にしてましたが、

これからは3000~4000字を一話にして、ストーリー毎に二話ずつ続けて更新しようかと思います。

「――ブレイズコーン!」


 アポリーヌは目の前に迫る、薄桃色の肌を焼き払う。


 アンジェロ率いる王国騎士軍は、十八熾将"耀うリノン"の率いる五百の軍に襲撃された。

 息をつく間もない攻撃に晒されて、王国騎士達のほぼ全軍が最前線に立ち、応戦をしている。

 

 南に逃げることは許されない。

 深い谷を背にして、アポリーヌはその戦線を維持するために、数十に渡って呪文を唱えた。


「アポリーヌさん! 一度、負傷者を下げます!」


 ダリオが一際大きく踏み込んで、魔物の群れに飛び込む。

 同時に発動させた旋風魔法で、着地点の周囲を吹き飛ばした。


「わかった! しばらく牽制に徹するぞ!」


 アポリーヌは、飛び込んだダリオを援護するように魔法を打ち込む。

 目まぐるしく唱えられる呪文の嵐に、唇が乾く。


「――ヒートカーテン!」


 ダリオと魔物の群れの間に、煌々と炎が燃え立つ。

 広範囲に渡って火炎の幕が降り、魔物達は軒並み怯んだ。


 その隙に、負傷者はパウラの神聖魔法による治癒を受けるため後方に下がった。

 パウラの神聖魔法は適用できる範囲が広くはないため、術者であるパウラに近寄らなければ傷を癒やすことは出来ないのだ。


「おお! こいつぁ助かる。一息つけるぜ」


 大振りの鉈の様な武器を肩に乗せて、ボリスがアポリーヌに称賛を飛ばした。


「油断するな。こんなものは目眩ましに過ぎない!」


 アポリーヌはそう答えると次なる呪文を口ずさむ。


 事実、ヒートカーテンは殆ど火力のない炎熱魔法だ。

 燃え上がる様相は敵を怯ませるには十分だが、意を決して飛び込まれれば、ほぼ外傷なしに飛び越えられる。

 炎の薄幕に触れられてしまえば、ハリボテが露呈してしまうので、怯んでいるうちに追い打ちを掛けなければならない。


 アポリーヌの周囲に三つのファイアボールが形成される。

 意識を分散させて詠唱を重ねれば、同時に複数の火球を創り出すことも可能だ。

 これは、炎熱魔法のみを専攻したアポリーヌの数少ない特技でもある。


「――ファイアボール」


 順番に一つずつ。

 十分に殺傷能力の高まった火球から撃ち出す。


 今にも炎の薄幕に触れようとしていた中肉中背の魔物を、一つの火球が弾いて焦がした。


「準備出来たわ! ヒートカーテンが消えたら照射するよ!」


 アポリーヌの少し後方で、フェリーチャが叫んだ。


 フェリーチャは炎熱魔法と旋風魔法の使い手で、アポリーヌよりも魔法の腕がいい。

 彼女が威力を重視した長詠唱の魔法を準備している間、時間をかせぐのがアポリーヌ達の役目だ。


「ダリオ殿! 我々も一度下がる! 巻き添えを食らうな!」


 アポリーヌの指示で、ダリオが身を翻してヒートカーテンから離れる。

 ヒートカーテンは既に向こう側が透けて見えるほどに効果を失いつつあった。


「――タワーバーニング!」


 フェリーチャの前に火柱が燃え上がる。

 轟々と音を立ててそびえる炎の塔に、ヒートカーテンをくぐり抜けてきた魔物が後ずさりした。


「驚いてる!? まだ終わりじゃ無いよ!」


 続けて、フェリーチャは火柱に向かって手をかざす。

 念じるように目を閉じると、火柱が更に大きく燃え上がった。


「独り連携ってとこかしら? ――ハイパーガスト!」


 かざした手のひらから、突風が吹き付ける。

 火柱は扇状に広がり、風の勢いで更に火力を増して、魔物の群れに襲いかかった。

 言うなれば焚き火を団扇で扇ぐような現象が、戦場規模で発生したのだ。


 熱風に吹かれた魔物たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 火の手に追いつかれた魔物は、身体に炎が燃え移り、黒煙を上げながら地面に転がった。


 アポリーヌは残る二つの火球を、逃げる魔物の背に向かって放つ。

 その双方が、首の後を直撃し、短い悲鳴を上げて魔物が倒れると、直ぐに熱風に燻されて炎上した。


 フェリーチャの一手で、今まで押されていた戦況は一気にひっくり返った。




 ――かのように見えた。




 逃亡していく魔物たちの後ろ姿と入れ替わりに、同じく薄桃色の肌をした巨大な魔物が突き進んでくる。

 突風の勢いにも屈しない巨躯で、肌が焼けるのも構わずに行われる特攻。


 転がった魔物の死体が上げる黒煙で、巨大な襲撃者の数は判断できない。

 しかし、ズシンスジンと踏みつける足音が、数の多さをアポリーヌ達、王国騎士軍に理解させた。


「……! 次が来る! 備えろ!」


 アポリーヌは乾いた唇を、舌なめずりで潤すと、即座に火球を生み出す。

 今までは魔物一体に付き、火球一つで対処していたが、図体の大きい魔物となれば、いくつの火球を撃ちこめば倒れるのか分からない。

 可能な限り多くの火球をひねり出す。


「家一軒くらいはあるじゃねぇか! なんだありゃあ!」


 ボリスが悪態を付きながら鉈を構える。


「一息つけると思ったのですが……ね!」


 ダリオは新たに腰の短剣を引き抜くと、弓を射るようにそれを巨大な魔物に投げつけた。

 投擲された短剣は、ダリオの旋風魔法の追い風によって運ばれて、大木のような腕をかいくぐって、魔物の喉に着弾する。


「ゴァア!」


 魔物の上げる咆哮が戦場に木霊した。

 短剣の奇襲を受けた魔物は、喉に刃を突き刺したまま、なおも突進を続け、いつの間にかフェリーチャの眼前までやってきている。


 フェリーチャは詠唱の無い旋風魔法で応戦しようと手をかざす。


「ちょっとぉ!? 勘弁してよ! ――ウィンドカッター!」


 魔物の巨躯が腹から裂けて、飛び出した血液や内臓がフェリーチャに振りかかる。

 先頭の魔物は崩れ落ち、鮮血と言うにはあまりにもおぞましい色をした血液が、腐臭とともに広がる。

 そして、仲間の死体を踏みつけて、次々と巨大な魔物はフェリーチャ目掛けて襲いかかった。


「うわっくっさ! って、捌き切れない!」





 フェリーチャは元々研究職の魔法使いだ。

 グイドの下で、神聖魔法の研究をする魔法使いの一人で、魔物との戦闘など、この戦場で行うのが初めてである。

 王国騎士軍の魔法隊のように、戦闘に対する訓練を受けた魔法使いとの違いは切羽詰まった状況でこそ現れてしまう。


 咄嗟にどの魔法を放てば、戦いが有利になるか、どの魔法を使えば見を守れるかの判断は決して早くはない。

 その上、生涯初めてさらされるであろう野生の殺意に、平静を保ってはいられない。


「あ、えっと――」


 思わず炎熱魔法の詠唱を始めてしまいそうになり、フェリーチャは自分のミスに気がつく。

 もはや、詠唱を終えるまでの時間は自分に残されていない。

 振り上げられた腕が、眼前に迫っているのだ。


 詠唱の必要ない旋風魔法で対処しようと、意識を切り替えて、魔力を風に変換する。

 ウィンドカッターで腕を切り飛ばせば、とりあえずの攻撃は凌げる。


「――ウィンド……」


 フェリーチャは魔力が練りきれていない事を、感じ取った。




「おぉっとぉ!」


 ボリスの雄叫びとともに、魔物の腕が止まった。

 丸太の様な腕にボリスが組み付いて、振り下ろされるのを阻止しているのだ。


「魔法使いを守るのは、俺たちの仕事だぜぇ! ――おっらぁあ!」


 魔物の肩口に、思い切り鉈が切り込まれる。

 ブチブチと筋繊維が切断される音をさせて、魔物の腕がダランとぶら下がった。

 腕の力が抜けると同時に、ボリスの身体も組み付いていた支えを失ってぶら下がる。


「嬢ちゃん! 離れろ!」


 魔物の足は止まっていない。

 それどころか、後続からも多くの巨躯が押し寄せている。


 殴打を退ける事はできたが、このままではフェリーチャは踏み潰されてしまう。


「――助かったわ! ありがと、傭兵さん!」


 フェリーチャは振り向く前に、魔物の首目掛けてウィンドカッターをお見舞いすると、後方へ向かってかけ出した。


「うおお!? 血飛沫がかかる!」


 首を斬りつけられた魔物は、赤黒い血を煙のように吹き出して倒れた。

 ボリスは転倒に巻き込まれないように飛び降りたが、全身が返り値でべっとりだ。

 

 大きな鉈を構え直して、次の魔物を睨みつける。





「離れろ! ボリス殿!」


 アポリーヌは準備していた十数個の火球を、一気に放つ。

 目標は、ボリスの前に迫っている巨躯の魔物だ。

 ボリスの身体は火球の射線に入っていないが、爆発の衝撃に巻き込まれるかもしれない。

 そう思って、一言ボリスに声をかけておいた。


 ズドドドドドド、と太鼓を打ち鳴らすような連続した衝撃が地面を揺らす。

 アポリーヌの放った全ての火球は、魔物の上半身に命中し、黒煙を上げた。


「戦線を下げるしかあるまい! 全軍距離を取れ!」


 アポリーヌの号令で、ジョゼの護衛隊を含む王国騎士軍は後退を始めた。



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