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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◆四 円卓に座し

 ラータが待合室に戻って程なく、アンブローシアが入室した。

 アンブローシアは扉の前で、マンテネールとヒソヒソと何か話している。

 さっきの部屋での出来事を、弁明でもしているのだろうか。


 それより、ラータは注意を向けているものがあった。

 最後に連れて来られた人物の容姿だ。


 明らかに人間のそれではない、身体の色に体格。

 ラータの二倍はあるであろう身長を持ち、筋肉の引き締まった体つきだが、青黒い肌が露出され、上半身は身につけているのは、色とりどりの宝石の入った金色のネックレスのみだ。

 腰から下は、カーテンのように大きな腰布で覆われていて、紅い生地には緻密な模様がびっしりと入っている。

 おそらく、魔法的な意味のあるものなのだろう。


 何より目を引くのは、その顔だ。

 黒目のない真っ赤な眼球は、本来、白目であるはずの部分がなく、鮮血を球状に丸めたかのようだ。

 それに加えて、ゴツゴツとした顔の作りに尖った鼻、クシャクシャの黒い短髪から突き出た角。


 初めて見る人種だ。

 いや、人なのか?

 青い肌って、確か悪魔とかそういう連中の特徴じゃなかったか?

 そんなことを考えながら、ラータは警戒心を表に出さないように様子を伺う。


「では、皆様。お揃いになりましたので、会議室に参りましょう」


 マンテネールは室内を横切り、待合室の奥にある扉を開けた。

 調度、入り口の反対側に面する、その扉の奥が会議室になっているようだ。


 案内されるままに、全員が奥の部屋に入ると、そこには大きな円卓があった。


「どうぞ、お座り下さい」


 マンテネールに促されて、それぞれが席につく。


 ラータも扉から一番近い席に腰掛けた。

 左隣りにアンブローシア、右隣りにヘルトが座ったのを見て、少し安心する。

 マンテネールはラータの正面の席についた。


「皆様、突然のお呼び出しの失礼を、改めてお詫び致します。そして、ご足労、感謝致します」


 他の誰もが声を出さないまま、マンテネールが会の進行をしていく。


「中には待合室で、親密になった方もいらっしゃるとは思いますが、本題に入る前に互いの自己紹介をしましょうか」


 チラリと、マンテネールと目があって、ラータはバツの悪そうに目を逸らしてしまう。


「ワタシはマンテネールと申します。今回の件で皆様を召集させて頂きました。詳細はこの後に説明致しますが、よろしくお願いいたします」


 マンテネールが一礼をすると、次に彼女の左手側の、緑の羽根帽子の少女が手を上げた。


「ハイハーイ! 次はミスラの番ね! ミスラはミスラだよ! ミスラって呼んでね!」


 分けが分からなくなりそうな自己紹介だ。

 名前がミスラだと言うことはわかった。

 ラータは重苦しい空気を感じていた自分が、馬鹿みたいに思えてきた。


「ミスラ様。《権限》の自覚のある方は、その内容も添えて頂けると、今後の説明がスムーズです」


 マンテネールの補足に、ミスラはまた、ハイハーイと返事をする。


「ミスラは《統治権限》だよ! 従者の召喚と使役が出来るんだ! えっへん!」


 こんな感じ? とばかりにマンテネールに視線を向けるミスラ。


「他の方も《権限》について、触れてくださると助かります」


 いいのか、今ので。

 おそらく同じように感じているアンブローシアが、苦笑しながら立ち上がる。


「あたしは、アンブローシアよ。見た感じの通り、魔女って呼ばれてるわ。あたしの《権限》は《知覚権限》って言って、心の声を聞くことが出来る力よ。離れた場所にいる他人の気配も察知したりも出来るわ」


 次はラータの番だ。


「俺はラータ。オリジャの村から来た。……俺はその《権限》ってやつが、よくわかっていない。なんかの手違いでここに来たんじゃないかって思ってるくらいだ。世界を救えって言われて連れて来られたんだが、正直なところ村に帰りたい。話し合いでは期待するなよ」


「私はヘルトだ。今は剣を置いた身だが、世界を救うのに私の力が必要と言うならば、協力は惜しまない。私もラータ殿と同じく《権限》については無知だ。皆の助力を求む」


 ガチャリと鎧から音を立てて座り直す。

 ヘルトの次は、待合室に最後にやってきた青黒い肌の男だ。

 赤い目を細めながら、座ったままの姿勢で腕を組む。


「オグロだ。見ての通り、悪魔だ。人間と馴れ合うつもりはなかったが、そこの……マンテネールとの契約があるかぎりは協力しよう」


 悪魔との契約とは、穏やかじゃないな。

 ラータはマンテネールに目を向けたが、当の本人は素知らぬ顔だ。


「《権限》は、おそらくオレの持つ、他者の攻撃衝動を焚きつける能力のことだろう」


 オレの話は終わりだ、と言うようにオグロは隣の少年に顎を向ける。


「ぼ、僕ですか」


 オドオドと脅えながら、白髪の少年が立ち上がる。


「……すみません。僕、あの」


「彼の紹介はワタシからしましょう」


 萎縮した態度の少年を助けるように、マンテネールが代わりを申し出る。


「彼には記憶がありません。自分自身の名前も覚えていないようです。《権限》は確かに感知したのですが、ワタシにもその内容はわかりません」


 記憶がない……か、俺より困った状況のやつがいるとはな。

 ラータは少年に心から同情した。

 訳の分からない場所に、訳の分からない状況、それに加えて自分のこともわからないとは。


「名前を呼ぶことも出来ないのは不便ですので、彼のことは"エッセ"と呼びたいと思います」


「あ、はい。……み、苗字はどうしましょう?」


「みょうじですか? それはどういう――」


「いえ! なんでもないです!」


 みょうじ? 

 記憶の断片にでも、そういう文化があるのだろうか。

 通名とかと同じ感じのものだろうか。


「"エッセ"とは"存在"を意味します。記憶はなくとも存在は確かに、ここにいるという含みです」


 無表情のマンテネールが、どこか満足気に見える。


「は、はい! それじゃあ、みなさん。エッセです! よろしくお願いします!」


 素早くお辞儀をするとエッセは着席した。


「では、本題に入ります」


 ようやく、世界を救うという突飛な集会の内容が聞ける。

 これを聞き終われば村に帰る手段が探せるわけだ、とラータは興味なさげに頷く。


「ワタシたちの住むこの世界は、今、崩壊を始めています。ワタシの主様はそれにいち早くその変化を察知できました。ワタシの主様はこの世界の生誕の際に、神と呼ばれる存在――創造主によって創られ、世界の管理を任された者の一人です」


 世界創世の神話にある、神が創った世界の管理者のことだ。


「創造主の従者のなかで、一番初めに創られたワタシの主様は、世界の地理の管理を任されていました。この世界の端に迷い込む者がいないように、創造主より《管理権限》を賜り、それを行使して世界の端の発見を防いできました」


 世界の端。

 そんな考えはしたこともなかった。


 小さな村で育ったラータには村の周囲の林と近隣の町だけでも、十分に広く感じていた。

 ラータの知識の中で最大の規模である首都ウルブスの広さも、実際に見たことは無いが、オリジャの村が十や二十集まっても、それより大きい町だという人伝の印象だけだ。

 世界はそれより広大に広がっている。

 それに、オリジャの村の岬から望む大海も、水平線の向こうはどこまでも広がっていると思っていたし、その果てが存在しているとは欠片も考えたことはない。


「《管理権限》を賜って直ぐに、主様はワタシを造り《管理権限》ワタシに移しました。これは、有事の際に対応するためと聞いていましたが、おそらく今回のような事態を想定していたのだと思っています」


 自分に何かあった時のための保険だろうか。 

 話を聞く限りでは、マンテネールの主様とやらは――。

 ラータは話を続けるマンテネールの顔を伺う。


「世界の崩壊は、世界の端から始まっています。主様はその原因を追求するために、世界の端へ赴きましたが――戻りませんでした」


 マンテネールは無表情のままだが、語気には悲壮感が漂う。


「主様からの最後の連絡で、権限保有者を集めて対応せよ、と仰せつかりました。主様はその後、崩壊に巻き込まれてしまったのだと思います」


「マンテネール殿、世界の崩壊とは……いったいどのような現象なのだ?」


 ヘルトが疑問を口にする。


「この世界の外側は、何も存在しない闇が広がっています。そこに投げ出されると存在自体が消滅し、身体も意識も、魂さえも消えてなくなります。世界の崩壊は、世界自体が端から崩れ落ちて、消滅が進行している状態です。放っておけば、この世界に存在する全てが消え失せます」


「……」


 質問をしたヘルトは聞かされた内容に言葉も無いのか、押し黙ったまま頷く。


「……話はわかった。だが、具体的に何をするのだ? 聞く限りではオレ達にできることは無さそうではないか?」


 腕を組んだまま、オグロが口を開く。

 威圧するような態度だが、それが彼の平素の振る舞いなのだろう。


「原因が不明な現状では、出来ることは多くありません。わずかでも怪しい事象を一つ一つ解決していくことが限界だと考えています。オグロ様にはお聞き苦しいとは思いますが、悪魔王ヴァビロスの残党が原因の可能性もあります」


 ピクリとオグロの片目が動く。


「悪魔王ヴァビロスは人間によって倒されましたが、その配下の十八熾将は全滅していません。彼らが何らかの方法で世界の崩壊を目論んだ可能性もあります」


 悪魔王ヴァビロスは、悪魔と人間の戦いを書いた古い伝記の登場人物で、幼子が枕元で母に聞かされるようなお伽噺の英雄譚として伝わっている。


 多くの悪魔を従えたヴァビロスは、あらゆる生物を支配しようと侵略を繰り返し、人間を恐怖に陥れた。

 その配下にはヴァビロスが見出した十八人の将がいたという。

 その中には悪魔はもちろん、ドラゴンなどの高い知能を持った魔物や魔に魅了された人間もいた。

 十八熾将を従えたヴァビロスは破壊と殺戮の限りを尽くし、神の怒りに触れ、その使いである天使と戦争を繰り広げた。

 しかし多くの悪魔と魔物を有するヴァビロスの悪魔軍に、天使は劣勢に立たされる。


 そんな中、現れたのが一人の人間の戦士だった。

 人間は神より聖剣を賜り、その力で次々と悪魔をなぎ払い、十八熾将を退けて、悪魔王ヴァビロスと対峙する。

 数日にも及ぶ死闘の末、人間の戦士は悪魔王ヴァビロスを打ち倒し、その後姿を消したという英雄譚だ。


 英雄譚の内容は、実際にあったことなのか? 

 お伽噺の登場人物たちも過去に実在して、戦ったというのだろうか。

 ラータはマンテネールと出会ってから、自分の常識が悉く覆されていくのを感じていた。


「オレはヴァビロスの配下であったわけでもない。十八熾将どもが何をしようと勝手だが、世界の崩壊を望むほど愚かであったか」


 オグロはどうやら、英雄譚の悪魔たちとは違うらしい。


「可能性の一つです。ミスラ様。例のお話をして貰ってよろしいですか?」


「いいよいいよ~。まっかせて!」


 待ってましたと言わんばかりに、勢い良く立ち上がるミスラ。


「ハイハーイ! みんな注目ね! よくわかってない人もいるみたいだから、一から話すね!」


 自分が喋る機会が回って来たのが嬉しいのだろうか、羽根帽子がぴょんぴょんと跳ねるように揺れている。


「ミスラは、あのにっくい悪魔王ヴァビロスと戦うために、創造主様に創られたんだ! ヴァビロスが人間を支配しようとして神と対立したってゆ~のは、みんな知ってると思うけど、その天使を操って戦った神がミスラだよ!」


「は?」


 思わず聞き返してしまい、ラータは咄嗟に口をふさぐ。


「ほらそこ信じてないね~! これだから人間は困るよ。自分たちの作り上げたイメージが本物だと信じて疑わないからさぁ」


 非難を受けてラータの頬が引きつる。


「人間は世界を創った創造主様と、天使を使って悪魔と戦う神を混同してるけど、実際は別々の存在なんだよねぇ。悪魔と戦ったのはミスラなんだから!」


「それでは、人間に聖剣を与えてくださったのも、ミスラ殿なのですか!?」


 ガチャン! と大きな金属音を立てて、ヘルトが立ち上がる。


「それは違うよ~。聖剣は創造主様が与えたんだろうね。ミスラが手こずってたから、戦況に手を加えてくれたんだと思うよ」


「そう……なのですか」


 期待が外れたように肩を落としたヘルトは、そのままストンと座り直す。


「話が逸れてってるね。それで、ミスラは《統治権限》で召喚した従者――天使だね、それを使ってヴァビロスと十八熾将の率いる悪魔軍と戦ってたんだけど、今言ったように創造主様が聖剣を与えた人間が、十八熾将の数体と、ヴァビロスを倒したわけね。そうやってめでたく悪魔と天使の戦争は終わったってことになってるんだけど……十八熾将は全滅したわけじゃないんだ」


 先ほどの自己紹介の時に、ミスラは《統治権限》は従者の召喚と使役が出来ると言っていたが、つまるところ、天使を召喚して戦わせることが出来るのだろう。


「十八熾将は一口にヴァビロスの従者って言われてるみたいだけど、実際はわりと好き勝手な動きをしてたね。例えば、エリュトロンなんかは戦闘狂な上に強いから手を焼いていたけど、アルジェンティウスは根城に篭もりっきりで出てこなかったし、ラランジャは顔も見たことないね。――ま、とにかく討ち漏らしがいるのは確かだよ。それにミスラがやられたのも、十八熾将だしね――」


 ミスラの幼い無邪気な顔が歪み、怒りの形相に変わる。


「あのヤロー」


 ギリリと歯を食いしばる。


「魔物の動きが凶暴化して来てると思って、天使に調査させてたら……本陣に奇襲を受けてね。天使の大半を調査に回してたから、後手後手になってやられちまった」


 激情でミスラの口調が変わっている。

 こいつは怒らせたら怖いやつだな……触らぬ神に祟りなしって言うくらいだしな、とラータはそんなことを思った。


「そんでもって、そのまま殺されて《統治権限》を失うのはマズイと思って、咄嗟に《統治権限》と一緒に魂を離脱させてたわけ。創造主様から頂いた身体は無くしちゃったけど、上手く人間に憑依できたから、こうしてミスラはここに来れたんだ。――ちなみにミスラって言うのは、この身体の持ち主の名前で、性格なんかも持ち主の影響が強いよ。記憶と使命と《権限》だけを引き継いだって感じかな?」


「ミスラ様を追い詰めたという、その十八熾将はどんな者でしたか?」


 ラータは、マンテネールが"様"をつけてミスラを呼ぶ理由が分かった。

 身体が変わったとはいえ、ミスラはマンテネールが"主様"と呼んで慕う者と同等の存在だったのだ。


「初めて見るやつだったよ。さっきも言ったけど、十八熾将の全員を知ってるわけじゃないから…………えっと、まず赤騎士エリュトロン、銀白のアルジェンティウス、誘惑のヴィオーラ、石灰のミルヒヴァイス、淀みのフラウム、隠遁者ラランジャ、毒魔道士ベルデ、黒壇のニゲル、土石の魔人パルド、吸血ヴァインロート、魔狼ブランカ、幽香のセレッサ、耀うリノン――このくらいかな、ミスラの知っているのは」


「……他に《断頭台》を称するパイオンという昆虫の魔物もいますぞ。ミスラ殿」


 ヘルトが付け足したのも合わせて、十四の名が上げられた。未だ正体が不明な者は四名だ。


「パイオン? それは知らなかったなぁ。ヘルトっちは十八熾将に詳しいんだね」


「いえ、ミスラ殿の上げた名前には、私の知らない者もいます。たまたま知っていただけでしょう」


「ミスラに奇襲をかけた憎いあんちくしょうは、人型だったから……ラランジャ、フラウム、ヴァインロートの三人のうちの誰か、そうじゃなかったら他の知らない十八熾将の中にいることになるね」


 ミスラの話が終わると、再びマンテネールに話しの主導が渡る。


「魔物の凶暴化とミスラ様を退けた十八熾将の動きは、無関係では無いと思います。そして、その二つは世界の崩壊の開始とも時期が重なっているようです。ワタシは当面の目的を、その十八熾将を探し出しての情報収集にしようと考えるのですが、いかがでしょうか?」


 マンテネールが円卓を見回すが、反対の意見は一つもない。

 ラータもこの場は頷いておく。


「オレはそれで構わない。他にあてがあるわけでもないのだ。崩壊の原因が不明な現状では、可能性を一つ一つ潰していくしかあるまい」


 オグロの賛成の意を示す言葉。

 それに反応したのはミスラだった。


「そーだよね。ただちょっと気になることがあるんだけど、いいかな? オグロっちは悪魔でしょ? それに、十八熾将とやりあう事にもなると思うけど、同族を殺すことは出来るのかな? そもそも、創造主様と対立してる悪魔がなんで《権限》を持っているのかな?」


 最もな意見だった。

 十八熾将は悪魔軍に属している。

 それにミスラは《統治権限》を行使して悪魔軍と戦っているのだ、この場所でのオグロは、場違いな存在にも見える。


「なにが言いたいのだ?」


「《権限》ってさ。奪えるんだよね。ミスラがせっかく創造主様が創ってくれた身体を捨てたのも、それが理由だよ? 悪魔軍に《統治権限》を奪われたら、それこそ戦況は決まっちゃうしね。どうやって《権限》を手に入れたかわかんないけど、オグロっちは十八熾将に通じてるんじゃないかな? スパイしてないかな?」


 オグロはフンッと鼻で笑い、ミスラによって掛けられた疑惑を一蹴する。


「《権限》を持っている自覚は無いと言ったはずだ。仮にこのオレの力が《権限》によるものだとすると、これは生まれつきのものだ。十八熾将もヴァビロスの配下であって、オレには関係のない奴らだしな。それを言うなら、十八熾将の中には人間の者もいるが、そっちはどうだ? 守るべき人間と戦えるのか?」


「ハッ、気にもとめないね。そいつらは人間であることを捨てて悪魔に付いたんだ。創造主様に代わって、鉄槌をくだしてやるよ!」


「お二方とも、おやめ下さい」


 マンテネールの仲裁で、ミスラが舌打ちをして引き下がる。


「ちぇ。……ミスラが疑っているのは変わらないからね。怪しい動きをしたら、即"バイバイ"だよ」


 そっぽを向いて、ミスラは捨て台詞を吐いた。

 この"バイバイ"は、きっと穏便ではない。


「……では、最初の動きを決めたいと思います――」


 その後も円卓を囲んでの会議は、マンテネールの進行で進んだ。


 隠遁者ラランジャ、淀みのフラウム、吸血ヴァインロートの三人のうち、居城の明らかなヴァインロートが最初の対象だ。

 十八熾将は手強い。

 襲撃して自由を奪ってから、尋問しなければならないだろう。

 ヴァインロートは"吸血"の名を冠するヴァンパイアで、多くの眷属を従えているため、《統治権限》のミスラを筆頭に、ヘルトとオグロが向かうことに決まった。


 同時に魔物の凶暴化についても調査を進めることになった。

 十八熾将の尋問の際に、その関連性を聞き出すのはもちろんだが、アンブローシアの《知覚権限》で魔物の多く集まる場所へ赴いての原因の調査を行うのだ。

 これには転移のためにマンテネールが加わることになる。


 残るは、ラータとエッセをどちらの班に加えるかだ。


「もしかすると、俺の村が魔物に襲われたのは、その魔物が凶暴化している現象と関係があるんじゃないのか?」


 ラータは会議の途中から気になっていた疑問を投げかける。


「……そうかもしれませんね」


 答えたマンテネールは、何処か渋い顔をしているようにも見える。

 実際はほとんど感情を表に出さないので、気がする程度だが。


「なら、最初の調査はオリジャの村にしてくれないか? 地理的な案内なら力になれるし……正直、村のみんなが無事に逃げたか、とか早く確認したいことが山ほどあるんだ。どっちにしろ、会議が終わったら村の場所を探知してくれる約束だろ?」


「……そう、ですが」


 マンテネールがチラリと横目で、アンブローシアを見た。


「――! あ、え~と、そうね。でも、まずはあたしの《知覚権限》で、多くの魔物が集まっている場所を探さないと。一番多いところから調査を進めるのがいいと思うわ」


 そう話すアンブローシアをラータが見ると、故意に視線を外された。


「おいおい、頼むよ。これだけ世界がヤバイって話を聞いたんだ。そのまま村に逃げ帰ったりはしないぜ? ちょっと心配なだけだ。俺なんかが魔物や十八熾将とやりあえるかは分からないが、みんなと一緒に戦う覚悟はできてるよ」


 その覚悟は本心だった。

 自分の力が通用するかは、本当に分からないがなにもしないで崩壊を待つのはごめんだ。


「……わかりました。ラータはワタシたちと共に行きましょう。アンブローシアも――いいですね?」


「え、嘘。約束が違うじゃない!」


 アンブローシアが突然、大声を上げた。

 その白い肌は青ざめて、身体はわずかに震えている。


「どうしたんだ、アニー。約束って――」


「申し訳ありません。こちらの話です」


 謝罪をしたのは、マンテネールだ。


「先に、エッセにどちらに行ってもらうか決めましょう。ワタシはヴァインロートの討伐に加わってもらうのがいいかと思います。記憶のないエッセの力は未知数ですので、ミスラ様の天使も合わせて人数が多い方に参加して貰うのが対応しやすいと考えます」


 まくし立てるように、マンテネールは早口で自らの案を告げる。


「ミスラは構わないよ。天使を護衛に付けておけば、万が一も起きないでしょ」


 ヘルトとオグロも異論は無いようだ。


「では、これで解散をしたいと思います。どちらの班も戦闘が予想されますので、準備を行っておいて下さい。二時間ほど後にミスラ様たちから転移を行います」


 ミスラがさっさと部屋を出て行き、続いてオグロとヘルトも席を外した。

 エッセはマンテネールに、装備について尋ねている。


 ラータも海に落ちた時にナイフを失くしてしまっている。

 徒手空拳に自信は無いので、マンテに指示を仰ぐことにしよう。

 そんな事を考えていると、アンブローシアが声をかけた。


「ねぇ、ラータ。キミは――――いや、なんでもないわ。なんだか、あたし変なのよ。考えてることがまとまらない」


 とりとめもない事を言って、席を立つ。

 アンブローシアはそのまま、マンテネールの方に向かうと、エッセと入れ替わりで小声で何かを話し始めた。


 エッセは出口の前で、「先に失礼します」とお辞儀をして退室した。

 記憶は無いが、礼儀は覚えているみたいだ。

 ラータは記憶が無くなるというのが、精神にどれほどの影響を与えるかなんて理解していないが、エッセは強い少年なんだな、という思いがこみ上げていた。


 そんなことを考えていると、ポンと、ラータの肩に細い指をした手が置かれた。

 ひんやりとした体温が伝わってくる。


「キミ、しっかりね」


 マンテネールとの話を終えたアンブローシアは、ラータの肩から手を離すと、目を合わせずに出て行った。

 今、この部屋には、ラータとマンテネールの二人きりだ。


「お待たせしました。あなたとの約束を果たしましょう」


「ああ、頼む」


「では、対象範囲を世界全域にて拡張して、探知を行います」


 フッと、マンテネールの瞳孔が収縮する。

 その瞬間、部屋の空気が重さを持ったように、身に纏わりついてくる。

 ラータは寒気を感じて、身震いした。


「ウルブスという大きな都市の……北東でしたね?」


「……ああ、そうだ」


「それらしい所に、岬があるのは確認できました」


「本当か!」


 我にもなく身を乗り出してしまうラータ。


「村の人達はどうだ!?」


「ワタシの《管理権限》は生命の探知に不向きです。分かりかねます」


 言い終えると、マンテネールはふらりとよろめく。


「――! 大丈夫か!?」


 咄嗟にラータが手を伸ばすと、マンテネールは納まるように抱きとめられた。


「失礼しました。少々、負荷をかけ過ぎたようです」


 涼し気な顔をしているが、マンテネールは身体を預けたまま動かない。

 不向きな力を行使したせいで強烈な疲労感に襲われているようだ。


「悪いな……無理を言って」


「いえ、約束ですので。申し訳ないのですが、ワタシの部屋まで手を貸してもらえますか?」


 脱力しきったマンテネールは肩を貸して歩くのは無理そうだったので、抱きかかえたまま部屋まで運ぶことにした。




 マンテネールの《管理権限》は、本来空間への干渉能力を使用するためのものである。

 具体的には、一定の地点と別の地点を結んで空間のループを作り出し、先に進めないように細工したり、対象を転移させて別の地点に移動させたりを行う。


 主に人間の冒険者や開拓者たちなどが世界の果てに迷い込むことがあると、マンテネールは《管理権限》を行使して、果てに近づく者を排除してきた。

 今回、マンテネールが行った探知は、その能力の応用にあたる。

 空間の干渉を行う際には、その対象を定めたり、一定の地点を選択するのだが、その際に周囲の地形を把握する必要がある。

 マンテネールはこの段階を探知と呼んでいた。マンテネールに与えられた《権限》の力の主軸となる能力ではなく、その下準備に該当する能力なため、アンブローシアの持つ《知覚権限》ほどの正確さは無く、生物の感知も不可能で、地形の把握のみを行う力である。


 本来の使用用途から逸脱した能力の行使は、マンテネールの身体に大きな負荷を与えたのだ。

 世界全域の探知などは、今までマンテネールは行ったことは無かった。




 マンテネールの部屋はアンブローシアの部屋の隣らしい。

 ラータはマンテネールを抱えたまま、円卓のある会議室を出て、待合室を抜ける。

 マンテネールは小柄なので、けして屈強ではないラータでも、苦もなく運べた。


「ありがとうございます。適当におろして下さい」


 部屋の内装はアンブローシアのものと変わりはなかった。

 ラータは簡素なベッドにマンテネールを、そっと横たえる。


「大丈夫なのか? 相当疲れたみたいだが……」

「三十分ほど、休めば疲労は回復します。世界全域の探知は初めてでしたので、身体活動に影響が出るとは思っていませんでした。ご迷惑をお掛けします」


 その表情や口調からは読み取れないが、無理をしたのは明らかだ。

 顔だけを動かして返答する姿を見るに、身体を動かすのも億劫なのだろう。


「探知の結果ですが、ラータの言うオリジャの村らしき場所は発見できました。おっしゃっていたように魔物の襲撃の跡も確認できましたので、調査の価値はあると言えるでしょう」


「――! じゃあ――」


「ええ。最初の調査はそこに向かってみましょう。アンブローシア様の承諾もいただければですが」


「重ね重ね、世話になってばかりだな」


「とんでもございません。……ラータ、あなたはワタシの仲間です。あなたはワタシの召集に従い、世界を救うことへの協力も承諾して下さいました。助けあうのは当然のことです」


 仲間。

 マンテネールには"主様"と仰ぐ主君がいた。

 その者を仲間とするならば、この召集を行うまでマンテネールは唯一の拠り所を失くして、ひとりぼっちであったに違いない。


「ところで、ラータ。魔物と戦うための武器はお持ちですか? 砂浜で倒れていたあなたは所持品を失くしてしまっていたように見えたのですが」


「ちょうど会議が終わったら聞こうと思っていたんだ。どうやら持ってるものは、ほとんど失くしちまったみたいでな。丸腰なんだよ」


「では、出発の前に見繕っておきましょう。神殿の宝物庫には、いくつか歴世級の道具があります。魔物とやりあうには申し分ないでしょう」


「助かるよ」


 マンテネールは、そのまま無言になり天井を仰いで目を閉じた。


「マンテ?」


 どうやら寝入ってしまったようだ。

 ラータは退室するタイミングを失ってしまう。

 どうしたものかと思案して、彼女の身体にシーツをかける。


「――主様」


 ポツリと寝言を呟き、マンテネールは無意識にラータの手を取る。


 心細さを察し、ラータは彼女が目を覚ますまで、そのまま部屋で待つことにした。


 起こさないようにそっとマンテネールの手を置き、寝顔を見て眠っている事を確認する。

 すると丁度その時、コンコンと、小さくドアをノックする音が聞こえた。


「マンテネール、いるわよね? 入るわよ?」


 ガチャリとドアを開けると、アンブローシアが入ってきた。


「え……なにしてるのよ。ケダモノ」


「いや、誤解だ……」


 即座に弁明の言葉を吐いたが、アンブローシアの目にラータの格好が不審に映っているのは確かだろう。


 既に手を離してはいるが、眠っているマンテネールの手元に手を置き、顔を覗き込むような前傾姿勢だ。

 慌てて背筋を伸ばして居直る。


「やましい動きね。マンテネールはお休み中かしら? 知覚の結果を伝えに来たんだけど、後にしたほうが良さそうね」


「やましくねぇよ。疲れさせちまったみたいでな。そうしてやってくれ」


「あら。疲れるほどナニをさせたのかしら。二人で。密室で」


「おまえ……考え方が下世話だな……」


 クスクスと笑うアンブローシアに呆れながら、ラータは部屋の出口に向かう。


「すまんが、アニー。マンテが目を覚ますまで、居てやってくれ。《権限》とやらの使用で疲れたみたいでな。女性同士のほうがいいだろう?」


「はいはい。構わないわよ。……でどうだった?」


 アンブローシアは自分の唇に人指を当ててウインクする。


「探知の結果か? オリジャの村らしき場所は見つけてくれたよ。後はアニーが良ければ最初の行き先にしてくれるそうだ。マンテが起きたら話しあおうぜ」


「いや、違うわよ。彼女の唇……柔らかかった?」


 その人差し指はそういうことか。


「なにもしてないつーの!」


「ほらほら、静かに」


 唇に付けた人差し指はそのままに、シーッと小声でささやくアンブローシアは、いたずらな笑いを堪えている。


「あたしはマンテネールが良しとするなら。行き先はどこでも構わないわ。安心してラータも休んで来なさい」


「そうか……じゃ、任せたぞ」


 アンブローシアにはからかわれっぱなしだ。

 ラータはさっさと自分の部屋に退散することにした。

 部屋の場所はさっき、マンテネールを運んでいる時に教えてもらっている。

 会議室を挟んで反対側の二番目の部屋だ。


 ラータは音を立てないように、静かにドアを開けて出て行く。

 閉めるときもゆっくりと、だ。





 ラータが退室した後、アンブローシアは椅子に腰掛けて、マンテネールの寝顔を見る。


「村……行くことにしたんだ……」


 アンブローシアは知っている。

 ラータの出身地であるオリジャの村がどういう状態にあるかを。


 《知覚権限》は生命の探知なら、マンテネールの《管理権限》より遥かに正確だ。

 ラータがどれだけ強く仲間を思っているか、それも彼女には理解できた。

 いざ、ラータが村の状況を目にした時、そんなラータはどうなってしまうか、アンブローシアには想像ができなかった。


「ねぇ、マンテネール。あたしのお願いを反故にして、彼に村の場所を教えたのだから……彼に何かあったら……」


 話しかけている相手が眠っている事は、アンブローシアはわかっている。

 これは独り言だ。


 ラータに《知覚権限》を披露した後、待合室でマンテネールと話したアンブローシアは、彼女にあることを頼んでいた。

 それは、ラータの村の場所を見つからなかったことにしておいてくれ、というものだ。

 身勝手なお願いだが、その時マンテネールは確かに「善処します」と答えた。


「あたし、ゆるさないわよ? 彼はようやく見つけたあたしの……仲間なんだから」

 


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