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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◆三十七 割れた円卓

「ボケっとしてない! 追うよ!」


 ミスラは呆然としているラータを叱咤して、新たなトルーパーを召喚する。

 咄嗟に飛び出させた方のトルーパーは、ナーダの放ったファイアボールの爆炎に巻き込まれて消滅してしまっていた。


「あ、あぁ。つーか、あんな隠し手があるんなら、教えてくれよ」


 まさか、エッセがサーヴァントに化けているとは思ってもいなかった。

 しかも、アンブローシアに襲いかかった巨大な火球を防ぐほどの結界を発動させている。


「変装させたのはミスラだけど、あんな結界はミスラだって知らなかったよ! いいから今はナーダを追う!」


 ナーダは円卓の間に向かって広間の正面を進んでいった。

 円卓の間までには待合室が挟まれているため、すぐに追いかければ十分に追いつくはずだ。


 召喚したトルーパーに抱きかかえられて、ミスラはナーダを追う。

 ラータはその後ろを走って続いた。

 待合室に入るとナーダの姿はなく、既に通過して円卓の間に入ったようだ。

 奥の扉が開いている。黒いマントの後ろ姿が目に入った。


「ナーダ!」


 ラータは少しでも時間を稼ごうと、ナーダの名を呼びつける。

 しかし、ナーダはこちらに興味を示すこと無く、儀式を始めようとしていた。

 円卓の間から、白い光が漏れている。


「おらぁ! 間に合え!」


 権限保有者を円卓に寝かせているわけではないので、創造主を召喚する儀式の方を行っているのだろう。

 アンブローシアへの心配は無くなったが、どちらにせよ好き勝手をさせる訳にはいかない。


 ラータは抜いていたエッテタンゲを、ナーダの背中めがけて投げつける。


「――リッパー!」


 ラータは即座に呪文で命令し、刃を回転させる。

 儀式を中断して避けなければ、背中はズタズタに切り裂かれる。

 そして、避けても祭壇である円卓を破壊するつもりで、全力で投擲した。


「――エアバリケーション」


 ボソリとナーダがつぶやくと、エッテタンゲは回転を保ったまま、あと少しで命中する距離で静止した。

 風の障壁とぶつかった刃が、轟音を立てる。


「インビジブル・フォース! そいつを止めて!」


 ミスラが叫ぶ。

 途端、円卓の間にはそれまで姿が見えなかった隠密行動用の天使が出現した。

 その数は十五体と多く、所狭しと部屋中に配置されている。

 命令を受けたインビジブル・フォースは、矢の如き速さでナーダに打ち掛かる。


「――ブラストスキン」


 が、インビジブル・フォースがナーダの身体に接触すると、ぶつかり合った独楽のように弾き飛ばされた。


「天使ですネ。生きていたのですか、神メ」


 ナーダはゆっくりと振り返って、ミスラを見据えた。

 尽く攻撃を弾かれはしたが、注意を向ける事には成功したようだ。

 儀式の発動によるものだと思われる白い光は、いつの間にか消えていた。


「好都合だ。おまえの《権限》を頂く」


 流暢な人語。

 金切り音の混ざる悪魔の発音ではない声を発し、ナーダはミスラを見据えている。


 ラータはナーダの様子を見て、背筋に寒気を感じた。

 この男は、底が知れない。そんな雰囲気が棘のように肌を刺す。


「やってみろ! くそやろー! ミスラの本体を返せ!」


 ミスラは《統治権限》を行使し、新たに守護用の天使であるガーディアンを一体召喚する。

 円卓の間は狭いので、ガーディアンの大きな身体では一体召喚するのが限度だ。

 合わせて、弾き飛ばされて転がっていたインビジブル・フォース達を立ち上がらせて攻撃を開始する。


「無駄だ。一度負けているのに懲りないもんだな。――コールドスプレッド」


 ナーダから勢い良く冷気が飛び出す。

 狭い部屋の中では逃げ場がなく、インビジブル・フォースは体表を凍りづけにされて落下する。

 少し後方に位置していたガーディアンも氷で足を床に縛り付けられてしまった。


「くっそ! 無詠唱でバカスカ魔法を放ちやがって!」


 ガーディアンの背中に守られて、ミスラとミスラを抱えたトルーパーは無事だった。

 上半身だけ自由な侭のガーディアンは巨大な拳を振るう。

 そして、振りかぶった腕にトルーパーがしがみつき、拳を振りぬく運動を利用して、ミスラを抱えたまま接近した。


「突き刺せ! トルーパー!」


 トルーパーは片手でミスラを抱え、もう一方の手で握った剣を突き出す。

 突然の接近に対応しきれなかったナーダは、仮面に剣撃を受けてよろめく。


「――くっ!」


 顔を抑えてふらつきながらも、ナーダは新たに魔法を放とうと、ミスラに手のひらを向けた。


「危ねぇ!」


 ラータは瞬時にコールを発動させてエッテタンゲを呼び戻す。

 収まるべき持ち主の手のひらに向かってエッテタンゲの柄が飛ぶ。


 しかし、ラータは迫る柄を蹴って跳ね返した。

 蹴り飛ばされたエッテタンゲは一直線に弾かれる。


「――サンダークラップ!」


 閃光が迸り、雷撃がミスラを襲う。

 が、ナーダとミスラの間に割って入ったエッテタンゲに命中した。

 一際大きな稲光が部屋全体を真っ白に染め上げる。

 同時に耳をつんざく雷音が轟いて、周囲の者の五感を奪い去った。


「だぁあ!?」


「うおっ!?」


「――っ!」


 それぞれが魔法の爆心地を中心に、床に転がる。


 ラータは寸前で目をつぶり、視界を奪われることは防ぐことが出来た。

 それでも、音を防ぐことは出来ずに耳鳴りがやまず、足元もふらつく。

 立ち上がることはできるが、素早い動きには支障が出そうだ。


 ミスラはまともに光と音を浴びたようで、トルーパーに抱えられたまま目を回していた。


「なかなか機転が利くようだな。小僧」


 真後ろから、気配を感じてラータは慌ててその場を飛び退く。

 平衡感覚が乱れているせいで、つんのめって再び床に転がってしまう。


「なるほど、勘も鋭い」


 見ると、ラータが今まで立っていた場所に、鋭い氷の槍が突き刺さっていた。

 大理石の床が貫かれてクモの巣状にヒビが入っている。

 

「…………てめぇは、光を受けなかったのか……理不尽だぜ」


 どうせ返事は聞こえないが、ラータは悪態を付きながら立ち上がる。

 

「仮面と、この身体のおかげでね」


 ナーダは答えたが、その声はラータに届かない。

 それでもラータは、ナーダの五感が無事な理由を理解することが出来た。

 仮面が崩れて顕になった素顔を見たのだ。


「……てっきり悪魔の身体をしてると思ってたな」


 ナーダの顔は人間の造形をしていた。

 少しくせのついた金髪に切れ長な目。

 しかし、明確に普通の人間と違う点がある。

 血の気の失せた肌は土気色で、目に宿る光は蘭蘭としていて、常軌を逸していた。

 ラータは、ラランジャから聞いたナーダの正体を思い出す。


 不死の魔物"リッチ"は精神だけの存在であり、他者の身体に憑依して生きる。

 五感は元々存在しないのかもしれない。


「さて、邪魔をしないと誓うなら見逃してやる。俺にもまだ人間の心が残っているんだ。人殺しは出来ればしたくない」


「……悪いな。まだ耳が治ってねぇんだ。ごにょごにょとしか聞こえねぇぜ!」


 ラータは身を低くして、ナーダの懐に飛び込む。

 魔法使いとの戦いは初めてだったが、今まで使っていた魔法を見る限り十分に接近すれば行動が制限されるはずだ。

 懐に入った後はミスラの操るインビジブル・フォースを弾き飛ばした魔法にだけ注意すればいい。


 コールを発動させると、煤を帯びて真っ黒になったエッテタンゲが手に収まった。


「――ブラストスキン。 ――なっ!?」


 ラータは、ナーダの脇をすり抜けて、後ろにある円卓に乗る。

 ナーダが振り返ると同時に、思い切り円卓へ刃を突き立てた。

 鋭い音がして、エッテタンゲの切っ先が円卓に刺さる。


「てめぇに勝つのが目的じゃねぇ! ――リッパー!」


 小さく入った亀裂を刃が回転してこじ開ける。

 一点に集中した力が、全体に響き渡って円卓にヒビが走る。


「止めろ! ――ウインドカッター!」


 ナーダが、怒りの形相で繰り出した風の刃がラータの胴を二分しようと襲いかかる。


 迫り来る風の刃を見て、ラータは既視感を覚えた。

 そして、その正体もすぐに理解する。


 この感覚はオリジャの村で感じたことがある。

 躱さなければ、その感覚に飲み込まれる。

 オーガーを目の前にして味わったものとおなじ感覚。


 囮になって村を救おうとした時とおなじ感覚。

 そして、岬に追い詰められ、海面に落下した時とおなじ、冷たい死の感覚だ。


「――エアバリケーション!」


 突如、風の刃はラータの眼前でかき消された。

 ここちの良いつむじ風だけが残りラータの前髪を揺らす。


「危ないところね! ほら、アニーちゃんに感謝なさい!」


 円卓の間の入り口にアンブローシアが立っていた。

 かなり急いで駆けつけたようで息を切らしながら、次の魔法を詠唱している。


「――サーマルプレス!」


 アンブローシアの詠唱の途中で、ナーダは身を躱していた。

 詠唱の内容から魔法を先読みしたのだろう。

 アンブローシアの炎熱魔法は不発に終わり、その隙をついてナーダはアンブローシアに突進する。


「――ソニックムーブ」


「きゃあ!」


 急接近したナーダに、手を取られ口を塞がれるアンブローシア。

 この状態で呪文を詠唱することが出来ない。


「無詠唱の魔法を使ったら、爆破する。狭い部屋だからと言って使わないと思うなよ」


 ナーダはアンブローシアの耳元で、ラータにも聞こえるように脅した。

 ラータはようやく自分の聴力が戻っていることに気がつく。


「んーん! んー!」


 不老不死の呪いによって、外傷で死ぬことのないアンブローシアは、自分に人質の価値が無いことを伝えようとするが、口を塞がれてそれも叶わない。


「黙れ。……全く、手間がかかる。あと一歩で、念願が叶うと言うのに邪魔をするな」


 呆れたように言っているが、ナーダの目は怒りに満ちていた。

 ラータは円卓の上から動けない。


「いいか、小僧。それ以上祭壇を破壊するな。わかったら、まずそこから降りろ」


「ん! んーん! んん! ――ん!?」


 アンブローシアは必死にラータを止めようとした。

 訴えが通じず、今度は自分で円卓を破壊しようと、旋風魔法を発動しようとする。

 しかし、何故かそれも叶わなかった。身体から魔力が吸い取られていく。


 ラータは円卓からエッテタンゲを引き抜いて、床に下り立つ。


「さて、魔力も補充した」


 ナーダはアンブローシアを抑えつけたまま、円卓の正面に立つ。

 そして、魔法の詠唱とは違う呪文を唱え始めた。


 次第に円卓が光を放ち始める。


 アンブローシアは身動きが取れずにその様子を見守るしか無かった。

 ラータもまた、彼女の身を案じるばかりに行動を起こせない。

 円卓はヒビ割れて今にも崩壊してしまいそうだ。

 二人は儀式の祭壇である円卓に、儀式に耐えられる力が残っていないことを祈る。


「まだ使えるようだな」


 ナーダの口元がニタリと歪む。


 呪文は更に続き、円卓の光が強くなる。

 光が部屋中を覆い尽くし、そのうち何も目に映らなくなった。


「今一度、この世界を創りし道楽者を箱庭に顕現せしめよ!」



アポリーヌ編との温度差が凄い

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