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レジャンダール  作者: 鴉野来入
31/128

◇三十 探偵マリーの事件簿 その2~現場検証~

 王城の敷地は広く、アンジェロ伯が滞在している館も敷地内にある。

 その館は地方から呼び寄せた使者や来客を滞在させるための建物で、ジョゼの執務室はその二階にある。


 アポリーヌはマリーとエミールを連れ、門兵に騎士である父の名前を出して王城内に入った。

 そのまま、来客用の館に直行する間の通路は、多くの兵たちがごった返している中をすり抜けねばならなかった。

 兵たちの中に数人の魔法使いの姿もあり、魔法研究会の上層の者が呼びつけられている様子だった。


 何度かはぐれそうになったが、アポリーヌとマリーは手を繋いで器用に人混みを走りぬけ、エミールは必死に前を行く彼女らを見失わないように着いてきていた。


 階段を駆け上がり、館の二階に上がる。

 アポリーヌが訪れたこともあるジョゼの執務室の入り口が見えたが、様子は以前とはあからさまに違った。

 打ち付けられていた木製の扉が跡形もなく吹き飛び、周りの壁もボロボロに焼けている。

 焦げ臭いにおいがアポリーヌの鼻の奥をつんと突いて、目頭に涙が浮かんだ。


「うわ、目がしょぼしょぼする」


 マリーも服の袖で目元を拭っている。

 アポリーヌとマリーが執務室の前で立ち止まっていると、程なくしてエミールが追いついた。


 部屋の中には入れないように扉のあった場所を中心に兵が集まっている。

 その中から、現場の状況を観察していた魔法使いが現れて、三人に声をかけた。


「魔法研究会の方ですか? 私は魔法隊の四番隊副長で、ダリオと申します」


 ダリオはアポリーヌ達を魔法研究会の応援の者だと勘違いしたようで、現場の状況を聞くことが出来た。


 ジョゼの執務室の扉は内側から強力な炎熱魔法で打ち破られており、室内には旋風魔法と電雷魔法の使用痕があったという。

 武器などを使用した形跡は無く、一連の暗殺事件の犯人像である強力な魔法使いという点に一致する。

 三つ以上の属性を使用した形跡から複数人での犯行と見て、王城の塀と魔法研究会は連携して包囲網を敷いた。


「旋風魔法の使用痕があったんなら、犯人はもう包囲網を突破している可能性が高いね」


 そう言ったのはマリーだ。

 アポリーヌは不思議に思って聞き返す。


「なぜだ? 旋風魔法の使用者というだけでは――」


「旋風魔法には飛行を可能にする魔法があるでしょ? かなり高等な魔法だけれど……これだけのことをやってのける犯人だわ、使えないと思うのは早計よ」


 旋風魔法の使用痕は派手なものではなかった。

 執務室の本棚いっぱいに詰まっていたであろう書籍類が全て床に落ちている。

 否、落ちているというより一箇所を中心に渦巻状に並べられている。


 これは、書物の中から何か情報を得ようと、渦巻く風で書籍類を浮かばせて読んだ痕跡だろう。

 その痕跡から、旋風魔法の精度が伺えた。


「……フライタクトか。しかし、使用できる者となると限られるな。今では……"禍風のヴラスタ"くらいしか使用者はいないのではないか? それに、あれは術者本人を飛行させる魔法だろう? 犯人たち全員が逃げきれるとは思わないのだが……」


 アポリーヌの問いにマリーは神妙な面持ちで答える。


「ヴラスタは飛行魔法を使えないわ。私の先生が彼女と面識があるんだけど、精密な魔法の操作は得意じゃないみたい。修めている旋風魔法は広範囲の攻撃系ばかりよ。…………それと、私はこの犯人を単一犯だと思っているわ」


 マリーは旋風魔法の使用痕を眺める。

 渦巻くように落下している書籍の中心は人一人が立っていられる程の空間だけ、床が見えている。

 マリーはその床を指差して言う。


「ここを中心に旋風魔法を使ったのよね。魔法の使用時に部屋の中に誰かいたなら、こんなに綺麗に渦巻状に本が落ちることは無いと思うわ」


 整然と散乱した書籍類は一点を覗いて部屋全体に広がっている。

 それは旋風魔法の発動範囲を表していた。

 部屋の中に他の者がいれば、一緒に吹き飛ばされてしまうか、もしくは出力に寄っては切り刻まれる。


「旋風魔法の使用中、共犯者は部屋の外に出ていたのではないか? 炎熱魔法で扉をこじ開けたんだ。その物音で誰かやってくるかもしれないから、見張りを置いていたとも考えられる」


「それは、必要ないわ。電雷魔法の痕跡――これは、デテクトレヴィンの物よ」


 マリーは中級魔法使いを卒業するにあたって優秀な成績を修めただけあって、魔法の知識はずば抜けている。

 高名な高等魔法使いの専門知識には劣るであろうが、魔法全体の理解度は匹敵するかもしれない。


「いい? デテクトレヴィンは術者の魔力を乗せた微弱な電気を空気中に放って、他の魔法的な効果を感知する魔法よ。その効果は術者の知識量に左右されるわ。……デテクトレヴィンの使用痕は本来ならすぐに消えてしまうほどの空気の乾燥くらいなのだけれど、ここに残っている痕跡は違うわ」


 ダリオが説明した電雷魔法の使用痕は、部屋の中と廊下の金属製品すべてが帯電していたというものだった。


「犯人の魔法使いは広範囲にわたって強力な電界を発生させていた。痕跡が残っていたのは部屋と廊下だけだけど、それは魔法発動の中心だったから。……既に消えてしまった痕跡も考えると犯人は二階の全てを把握できたと思うわ」


「それでも、感知出来るのは魔力だけだろう? 目視も必要ではないか?」


 ふぅっとマリーが溜息を吐いて、アポリーヌを見つめる。


「講義ではそうだったわね。でも、デテクトレヴィンは強めの電気を出して使用すれば生物の感知だって可能よ。近くにいる相手に気が付かれてしまうから魔法戦で使われることはないし、それなら最初から広範囲に攻撃魔法を放ったほうがいいんだけど、強引に周囲の気配を感知する手段にはなるわ」


 犯人にしたら、近づくものは殺せばいいだけのことなのだろう。

 少しくらいなら無茶をしても大丈夫ということか。


「魔力の感知は放った電気に乗せた術者の魔力によるもの。生物の感知は電気そのもの反応を見て術者が判断するものよ。相当な経験と知識量が必要だわ」


 マリーの説明を、ダリオは感心した様子で聞き入っている。

 アポリーヌも同様に感心したが、それよりも得体のしれない犯人への恐れが少しずつ湧き上がってきていた。


「この一連の暗殺事件の犯人は……、一筋縄で行く相手じゃなさそうね」


 マリーの表情はアポリーヌが今まで見たこともない硬い表情になっていた。


「しかし……扉を破って侵入した犯人は、ジョゼ殿が不在であることを知って部屋を荒らしたのだとしたら――――」


 アポリーヌの言葉をマリーが紡ぐ。


「そう。ジョゼ先生の行き先が記された書類があるはずだわ。それを見つけて追いかけたと見ていいかも知れないわね」


 マリーとアポリーヌの会話を聞いて、ダリオは部下とともに散らばった書籍類を検める。

 すぐに部下の一人がダリオに声を掛け、一枚の羊皮紙をダリオに渡した。

 ダリオはそれを持って、マリーとアポリーヌの所に戻る。


「援軍の要請についての物だな。犯人がこれを見たのなら、もう向かっているだろう」


 ジョゼの仕えるアンジェロ伯に降った援軍の要請の行き先はアポリーヌも知っている。

 オッキデンス地方の北端の戦場だ。

 王都からはまっすぐ北西に進めばたどり着ける。


「アポリーヌは魔法研究会の支部長にこの事を伝えて。私はお父様に掛けあって北西の検問を強化してもらうわ。間に合わないかもしれないけど……」


「わかった。……ダリオさん、王城の兵たちにはそちらから連絡を頼めるか?」


 ダリオは力強く頷くと、部下の一人を伝令に走らせた。

 三人が扉の前で話し込んでいる間、部屋の様子を見ていたエミールがちょうど出てきたところだった。


「僕の出る幕が無いほど熱弁していたね。……ところで、中の様子を見たけれど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。ジョゼ氏の部屋に立ち入ったことのある人はいるかな?」


 状況分析に夢中で、アポリーヌはエミールの存在を忘れかけていた。

 マリーも同様だったようで、ハッとして顔を赤くしている。


「私は一度入ったことがあるが……、聞きたいこととは一体……?」


「覚えていたらでいいんだけれど、ジョゼ氏は本棚にびっしり本を入れていたかい? 隙間が開いていた本棚や、机に積んでいた物は無かっただろうか」


 妙なことを聞くものだ、とアポリーヌは思った。


「確か……、几帳面に全て本棚にしまっていたな。隙間も無くきっちりとしていたはずだぞ」


 エミールはその答えを聞いて神妙な面持ち頷く。


「そうか……なら、本が持ち去られている可能性があるね。分厚い研究書なら一冊分、薄い伝記なら二冊分かな」


「なぜ、わかるのだ?」


 本は全て床にぶちまけられているため、一冊や二冊が無くなっていても現状ではわかりようもない。


「落ちている本を棚に全部いれるとそれだけの隙間が空くのさ。職業柄でね、棚に収まっていなくてもどれだけの量になるかはわかるんだ」


 何気に凄い特技があったものだ。

 床には膨大な量の書籍類が散らかっているというのに。


「研究書一冊か……犯人が持ち去ったのだろうか?」


 アポリーヌのつぶやきにはマリーが答えた。


「ジョゼ先生が持って行ったのかもしれないわ」


「確かにそうだね。こればかりは本人に見てもらわなきゃ分からないさ。……さて、急いでいる所を引き止めちゃったね。僕は魔法研究会の方に着いて行くよ」


 話を終えると、マリーは自分の屋敷へ向かう。

 その姿を見送って、アポリーヌとエミールは魔法研究会の支部へ走った。




 魔法研究会の王都カピタール支部は王城を出て東に進むとすぐに到着した。


 一連の暗殺事件の犯人がジョゼの執務室を襲撃し、彼女の行方を知り追いかけた可能性がある、と報告する。

 上層部への窓口となった高等魔法使いは一度アポリーヌ達の前を離れると、魔法研究会王都カピタール支部長のいる奥の部屋に通るように促した。

 

「ジョゼには警護隊を派遣する」


 支部長の降した判断は簡素なものだった。

 数名の高等魔法使いで組織した警護隊をジョゼの元へ派遣し、身辺の警護を行う。


 ジョゼが高名な魔法使いだったのは過去のことだ。

 ジョゼと魔法研究会との関係が薄くなった今、警護を回すくらいが関の山だろう。


 しかし、その構成員にアポリーヌは驚いた。

 支部長が選んだ人選にはアポリーヌの名も入っていたのだ。

 支部長の手前、諾々と受け入れたが高等魔法使いに成り立ての自分を使うなど、それだけ魔法研究会は今、人手が足りていないのだろうか。

 それとも、現在の魔法研究会とジョゼの関係はその程度なのだろうか。

 アポリーヌは支部長がその場で書いた警護隊の人員名簿を受け取って部屋を出た。


 支部長室に案内した高等魔法使いは入り口ホールにある雑談用のテーブルにアポリーヌを促す。

 テーブルに座ってアポリーヌが名簿を渡すと、向かい側に座った高等魔法使いはゆっくりとそれに目を通す。


「さて、アポリーヌさんと言ったか。私もこの名簿に入っているのだ。他の人員を集めて早急に出発しようじゃないか」


 男は名簿の一行を指差す。

 それをエミールが横から覗き込んだ。


「グイド……と言うのはあなたの名ですか?」


 エミールは魔法研究会の所属ではないので、支部長室には入らずに表で待っていた。

 アポリーヌは室内で支部長に名を呼ばれている所を聞いていたのでグイドの名を知っていたがエミールは名前を聞く機会はなかったのだろう。

 そのまま、エミールは名簿の名前を読み上げる。


「グイドさんにアポリーヌさん、カーラさん、ニコラさん、リナルドさん、フェリーチャさん、それと、パウラ……さんね」


 おそらく現状で早急な予定の入っていない高等魔法使いが選ばれているのだろう。

 マリーの名が無いのは仮にも侯爵家の娘を軽々しく動かすわけにはいかなかった故か。

 アポリーヌが考えていると、グイドが口を開く。


「パウラは私の管轄だ。知っているとは思うが、彼女は珍しい神聖魔法の使い手でな。いろいろと実験に付き合ってもらっているのだが、今回向かう先は彼女にも縁のある騎士団のようだし、適材だろう。リナルドとフェリーチェは実験の協力をしてもらっている。この三人は私が声をかけてくる」


 グイドは早速、支部に併設する実験施設に赴こうとした時、入り口にマリーの姿が現れた。


「あっ! いましたね、アポリーヌさん」


 自分の屋敷から戻ったマリーが駆け寄る。


「話はついたのか?」


 急いでやってきたようで、息を切らしながらマリーは矢継ぎ早に伝えてくる。


「ええ。すぐにお話はすみました。検問の方には早馬を飛ばしてあります。それと、侯爵権限で騎士の小隊を派遣できたわ。そっちは今準備させてるところよ…………って、魔法研究会の方も警護隊を出すのね?」


 マリーはグイドの持っている名簿を覗き見て言った。


「小隊はもう準備を始めているわ。こっちも迅速に準備をして一緒に向かいましょう!」


 胸を張ってマリーは場を取り仕切り始めた。

 しかし、どうにも空回りをしているように感じたアポリーヌは、マリーに一言声をかける。


「…………マリーは父君から騎士隊に同行する許可を得ているのか? 魔法研究会の警護隊の名簿には君の名前は無いぞ?」


「えっ?」


 一瞬固まってから、マリーはもう一度名簿を検める。


「…………ホントだ。ないわ…………」


 自分は行けるものだと思っていたのだろう。

 あからさまに残念そうな表情で、マリーは落ち込んだ。


「留守を頼むよ。侯爵家の娘をおいそれと派遣することは出来ないさ」


 暗殺事件の真相を追いたがっているマリーは、あからさまに悔しそうな顔をしていた。


「え~……、まぁ犯人が確実にジョゼ先生の所に向かったってわけでもないし……まだ王都内に潜伏している可能性もあるわね。こっちはこっちで調べるわ…………付いて行きたかったけど」


 マリーが駄々をこねたらどうしたものか、と考えていたアポリーヌは、彼女があっさりと引き下がったので安心した。

 彼女なら「絶対付いて行くわ! 騎士に変装して紛れ込むわよ!」なんて言いかねない。


「それじゃあ、騎士隊と合流して出発しよう。私はカーラさんとニコラさんにこの件を伝令しに行く。――そうだ。エミールさん、お付き合いありがとうございます」


「特に何も出来なかったけれどね。……ところで、実は僕もこの後オッキデンス地方に向かうつもりだったんだ。向こうには王都にはない書物がたくさんあるからね。道中、魔物が出るからここで立ち往生していたんだけれど、大きな街まで同行していいかい?」


 エミールの申し出に対しては、グイドが答えた。


「同じ方向に向かうのであれば問題ない。ただ、最低限自分の身は守ってもらうし、迅速に移動をするつもりだ。……途中で置いて行くような事態になっても我々は助けられないぞ」


 エミールはニコリと笑みを浮かべて言う。


「構いませんよ。私の専門は神話、伝承の類の書物と、……魔法書です。幾らかは腕に覚えがありますので、自分の身くらいは守れます。ただ、オッキデンス地方への検問は一人だと危険だからといってなかなか通してくれないですからね」


 オッキデンス地方の北側は悪魔軍との戦争地域であり、南側は森が広がっている。

 そのせいで、獣や魔物の出現が多く、一般人は護衛無しに入ることが拒まれている。

 もちろんオッキデンス地方から王都のある中央に入る場合は通常の検問なのだが、その逆は難しい。

 商人であれば傭兵を雇って同行させるなどが常套手段だが、余裕のある商人でないとそれも難しいだろう。


「では、こちらは明日の朝一に出発するつもりで動く。場所は北西門だ。道中による街は二箇所、ルースの街とアルクスだ。騎士隊ともすり合わせるが、こんなところだろう」


 グイドの言葉にエミールは満足気に頷く。


「わかりました。お引き止めしてすみません。では、私も準備がありますので……」


 そう言って、エミールは魔法研究会支部の建物を出た。

 グイドもすぐに席を立ち、支部に併設する研究室へと向かった。


 アポリーヌは去っていく背中を見送って席を立つと、マリーと分担してカーラとニコラを探すことにした。

 名簿に所属する研究室の場所が記載されているので、すぐに見つかるだろう。


「……エミールさんの荷物に紛れようかな」


「馬鹿なことを言うな……」


 マリーは自分が行けないことをまだ引きずっていたようだ。

 アポリーヌはなんだか嫌な予感を感じつつも、マリーと別れた。



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