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レジャンダール  作者: 鴉野来入
22/128

◆二十一 銀白のアルジェンティウス

 十八熾将"銀白のアルジェンティウス"。

 ヴァインロートへの尋問で、彼について得た情報はこうだ。


 彼は現存する唯一のドラゴンという種族の魔物である。

 鋭い牙と硬いウロコに覆われた魔物で、個体によって数は様々だが頭部には角、首には鬣があり、蛇のような長い身体に短い手足が生えている。

 その体躯は大きく、胴を伸ばせば山を超えるとも言われている。

 美しい銀色に輝く鱗を持ち、長い鬣も同じく銀色の絹のようだという。

 その姿は彫像のように美しい。


 古来、ドラゴンという種族は高熱の息を吐く種族だったというが、アルジェンティウスは突然変異で、あらゆる物を氷の彫像に変える極寒の息を吐く。

 彼はその息で多くの者を彫像と化し、芸術品と称して自らの住処に収集している。

 悪魔王ヴァビロスへの忠誠心は薄く、彼の興味は自分の芸術品を収集することにのみ注がれ、軍を率いて人間を襲うような事はない。

 しかし、自分の芸術品への執着は激しく収集品に傷を付けようものなら、怒り狂うという。


 かつて、彼の収集品の一つを誤って傷つけてしまった悪魔がいた。

 アルジェンティウスの逆鱗に触れたその悪魔は、十八熾将候補の一人だったが、一晩にしてアルジェンティウスの芸術品に加わったという。

 その悪魔に従う眷属も全て一人残らずだ。


 神殿から遥か北の極寒地帯は一年中雪が降り、見渡すかぎりの銀世界が広がっている。

 その地下にある氷の地下水脈がアルジェンティウスの住処だ。




 マンテネールとアンブローシアは、雪原の地下に潜りアルジェンティウスと接触を試みようとしていた。


「大丈夫ですか? アンブローシアさん。けしてアルジェンティウスを刺激してはいけませんよ。"静月のガラノス"の時のように、独断で動くのは非常に危険です」


 マンテネールが何度も念を押してくる。

 出発前の打ち合わせ、雪原に転移した時、洞窟に入った時、今、と何度も何度も注意をされて、うんざりしてきていたが、アンブローシアには前科があるので毎回律儀に返事をしている。


「ハイハイ、わかってるわよ。もうしないわ」


 最初はもっときちんと返事をしていたが、自分でも段々と投げやりな返事になっていることが分かる。


「分かっているなら良いのですけど……、上の空の様でしたので」


 マンテネールの言うことは最もだ。

 アンブローシアは神殿にいる時から、ずっと漫然としていることを自覚している。


 ひょんなことから感情が昂ぶり、ラータの前で自分の過去を告白してしまったせいだろう。

 今となっては何故、過去の事など話してしまったのか分からない。


 話し終えて正気に戻った時、ラータは気遣うようにしてくれたが、絶対にひかれているに違いない。


 創造主に仇なすような考えを吐露したのだ。

 ひかれてすめばマシなもので、今後仲間として信用されることは無いだろう。


 それどころか、人間として信用されない。

 創造主とは人間にとってそれだけ絶対的な存在であり、それに仇なすことは最早、悪魔となにが違うのだろうか。


「あ~……、ホント、ごめん。伊達に長生きしてないはずなのに…………伊達だったわ。切り替えてくわね」


 どうしても、もやもやが心に残るが、今はそれを考えないように努めよう。

 自分たちのいる場所は、物思いにふけって居られる安全な寝室ではない。

 敵地のど真ん中なのだ。


「神殿で、なにかあったんですか?」


 鋭い事にマンテネールは踏み込んで聞いてくる。

 放っておいてくれとも思ったが、放っておいても自分で答えが出せるだろうか。

 いや、人工的に創られた存在であるマンテネールなら、理論的な解決法を示してくれるかもしれない。


「ちょっと、ね。戻ったら話すわ。今はアルジェンティウスに集中……でしょ?」


 今は話す時間がない。

 剣での封印を解いて、"声"を聞くまでもなく、マンテネールは本当に自分のことを心配してくれている。


 彼女には"静月のガラノス"の件で迷惑をかけてしまったのだ。

 相談は後回しにしようとアンブローシアは決めた。


「そうですが……大丈夫なら、いいのです。進みましょう」


 とりあえずこの場は納得したようで、マンテネールは前に向き直って足を速める。


「それにしても……あなた、寒くないの? 私は魔法で身体を温めてるから大丈夫だけど……」


 アンブローシア達がいる道は、凍りついた地下水脈の隙間であり四方八方が氷の柱で包まれている。

 地表の雪原も寒かったが、太陽の光も届かない地下では更に冷え込み、吐く息は白いを通り越して輝いている。

 道も当然、整備されているわけでもなく、でこぼこした氷塊を超える際に壁に手をつくのだが、それがまた強烈に冷たいのだ。


「ええ、大丈夫です。ワタシは今、冷気への感度を遮断していますので、いくら寒くても感じません」


 マンテネールは進行方向を見据えながら、さらりと答える。


「あなた……それを聞くと本当に人間離れしてるわね……」


「アンブローシアさんも大概だとは思いますが」


 "主様"とやらに創られた身体は、感度の調節も自由自在なようだ。

 拗ねたように言い返してくる姿が対照的で、面白い。


「痛覚とかも調節できるのかしら? あなた、セレッサと戦った時は相当無茶してたでしょう?」


「可能ですが、なるべく痛覚は遮断しないでいます。痛覚は身体の異変を察知するための信号でもありますから。それに――」


 一度、口ごもってマンテネールが答える。


「――痛みを感じないと……本当に人間じゃなくなってしまいそうですから……」


 思いつめた声で言うので、アンブローシアは少し困惑した。

 ラータの件もあって、過敏になっているのだ。

 人は、どこに心的苦痛を呼び起こす種があるか分からない。

 黙っているのも違う気がして、アンブローシアは極めて明るくお茶を濁すことにする。


「あら? あなた人間になりたいんだっけ? あたしから見たら、あなたは七人の中で最も人間らしいわよ」


「そう……ですか?」


 振り向いてまで聞き返したので、よっぽど気にしていたのだろう。


「ミスラやオグロは元々人間じゃないし、エッセは何を考えているかわからないわ。ヘルトはちょっと頭おかしいやつよ。悪いやつではないみたいだけどね」


「ラータは?」


「あ、え~と……ラータね。鈍感過ぎてダメよ。人間じゃないわ、あいつ」


 アンブローシアはラータに自分の過去を話した時のことを思い出す。

 全てを話し終えた後、アンブローシアを気遣うラータにもう一つ伝えたことがあった。

 思い出して気恥ずかしくなり、ポリポリと頭を掻く。


「アンブローシアさんは?」


 また、上の空になりかけていた。

 ハッとしてアンブローシアは答える。


「嫌いよ! あいつなんて!」


 思わずそう叫んでいた。

 ポカンとするマンテネールの表情を見て、自分が見当違いの返事をしたことに気がつく。


「えっ――」


「なんでもないわ! ホラ! あたしは魔女だし? 人間じゃないっていうか、人間として生まれたけど、人間を逸脱した存在だって事よ!」


 支離滅裂になってしまったが、とにかく話題を逸らそう。

 もう、魔法を使わなくても寒くないほどに体温が上がっていた。


「そ、そうですか……」


「そうよ! それより、あなた。冷たさを感じないのは良いけど、凍傷に気がつかない可能性もあるわ。完全に遮断するのはやめといた方が良いわよ!」


 アンブローシアは早口でまくし立てる。


「確かにそうですね。……ワタシにも魔法を使ってくれませんか?」


「……え? 流石にあたしでも、一度に二人は難しいわよ。あなたも炎熱魔法は使えるでしょ。自分でなさい」


 アンブローシアの身体を温めている魔法は、炎熱魔法サーマルプレスの応用だ。

 本来は圧縮した熱源を発生させて対象地点の温度を上げる魔法だが、温度を微弱に抑え、自分の身体を対象にすることで防寒にしている。


「いえ、今のあなたには必要ないかと思いまして」


 口角だけを上げて微笑むマンテネールを見て、アンブローシアは自分がからかわれている事に気がついた。

 お陰で更に体温が上がった。自分の耳が赤くなっていく音が聞こえるようだ。


「~~~! あなたのそういう所が、いっちばん人間らしいって言うのよ!!」


 地下水脈にアンブローシアの声が響いた。

 木霊してく自分の声で冷静になる。

 敵地で大声を出してしまう程うろたえた自分が情けなくなった。


「もういいわ。帰ったら覚えてなさいよ。今のでアルジェンティウスも気がついたと思うから、さっさとこっちを見つけてもらいましょう」


 クスクスと笑いながらマンテネールは頷く。

 詠唱をしていた所を見るに、炎熱魔法は発動させたようだ。


「では、フライタクトで一気に奥まで行きましょう。収集している芸術品とやらを傷つけなければ、先方は温厚な性格のようですし」


「下手な飛び方すると、置いていくわよ――フライタクト!」


 飛行の旋風魔法で身体を浮かして、飛ぶ。

 開けた場所ならソニックムーブも重ねて、高速飛行にするのだが、狭い洞窟のような地下水脈では危険だろう。


 移動速度が速くなって身体に風が当たるが、火照った身体には丁度いい。

 しばらく炎熱魔法の温度を上げる必要は無さそうだ。









「アルジェンティウス。今日は返事を聞きに来たのだが、決心は着いたかナ?」


 開けた氷の玉座に、男の声が反響する。

 声の主は大げさな身振りで、玉座の前に首を寝かせているアルジェンティウスに手を差し伸べる。

 大きな頭部の鼻先に触れるか触れないかという位置で、指先が止まった。


「ナーダか。儂は協力せんといったはずだ。下らぬ遊びは勝手にやるんだな」


 アルジェンティウスの眼前に立つ男は、鼻息を仮面に受けて、肩をすくめる。


「下らなくはないサ。前にも話したように、この計画は崇高な目的のためにあル」


 語尾に不快な音を孕む仮面の男――ナーダは、玉座の前の階段をゆっくりと足音を響かせて降りる。


「……どうにも手が足りなくてネ。ちょっとした失敗から面倒なことになっているんだヨ」


 アルジェンティウスは輝く息を漏らしてため息を吐いた。


「くどい。儂は、儂の作品にしか興味はない。それともなにか? お主が狩場を与えてくれるとでも言うのか?」


 ナーダは足を止めて振り返り、両手を広げてアルジェンティウスを見据える。


「狩場……ネ。与えられるかもしれないが、そうでは無いかもしれないナ……。でも、それよりもっと簡単に君に協力して貰えそうな案があるんダ」


 意味深に言葉を区切るナーダ。


 アルジェンティウスはこの男が嫌いだ。

 同じ十八熾将でなければ、氷漬けにして作品の一つに変えてしまいたい。

 いや、それすらもおこがましい、氷の彫像に変えた後は砕いて捨ててしまうだろう。


「君の作る作品は美しいネ。いや、本当にそう思うヨ」


 ナーダは辺りにある氷の柱に近づくと、そっと指先で触れる。


 その氷の柱は、まさに水晶の如く透明で、屈折した背景が綺羅びやかに輝く。

 息を呑むような透明感の中に、子供を庇うように抱いた母親の姿が映しだされている。


 この氷の柱こそ、アルジェンティウスの芸術作品なのだ。

 同じように人間が映しだされた氷の柱は無数に存在し、アルジェンティウスの寝床であるこの空間を埋め尽くしている。


「触るな、愚か者。心にもない言葉を並べおって」


 アルジェンティウスの芸術品は異様である。

 自らの吐く氷の息で、生きた人間をその死の瞬間の姿のまま彫像に変えるのだ。

 少なくとも、無数にある氷の柱の数だけの人間をアルジェンティウスは殺めてきた。


「本心だヨ、アルジェンティウス。これに価値があること位、わかるサ」


 優しく撫でるように氷の柱の表面を、ナーダの指先が滑る。


「以前来た時は見向きもしなかった癖に……か? いい加減消えろ。お主も氷に閉じ込めるぞ」


 アルジェンティウスは片目だけを開けて、ナーダを睨みつける。


「例えばだヨ? 協力しないと、この作品たちを全て壊してしまう。……と、そういう風に君を脅す価値はあると思わないカ?」


 両眼を開き、銀色の鱗を震わせてアルジェンティウスが咆哮する。

 銀白のドラゴンの怒りは、冷たい。

 切りつけるような冷気がナーダにぶつけられた。


「そう怒らないでくれるかナ。例えばの話サ」


 仮面に付着した霜を払い落としながら、いかにも余裕そうにナーダが言う。


「でも、覚えておいて欲しイ。君はボクが話しかけるまで、ボクの来訪に気が付かなかっタ。ということだけは、ネ」


 いつでも大事な宝物を壊すことが出来る。

 そう示唆してナーダはくつくつと笑った。


 アルジェンティウスは苛つきながらも矛を収めた。

 今、怒りに任せて暴れては、大事な芸術品も無事では済まない。

 この仮面の同志は、そういう所まで分かっていて、不敵な態度をとっているのだ。


「小癪な小僧だ」


 苦虫を噛み潰したように、裂けた顎の奥で牙をすり合わせる。


「おやおや、今は小僧の姿だが、中身は君より年上だヨ?」


 十八熾将"うつろうナーダ"は魂だけの存在だ。

 人間からは"リッチ"と呼ばれる魔物で、肉体に乗り移って悠久の時を生きる。


 最初の身体はどうだったかわからないが、アルジェンティウスが知る一番古い身体は、悪魔の肉体だった。

 ドラゴンがアルジェンティウスを残して絶滅する前は、ドラゴンの身体を使っていたこともある。

 人間の身体で人間の世界に潜伏していたこともあるらしい。


「ところで、君は小さき者には鈍感なようだが、お客様が見えているのは気づいているかナ?」


 ナーダは玉座の間の入り口にチラリと目を向ける。

 先は暗く、何も見えないがアルジェンティウスにも気配だけは伝わってきていた。


「無論だ。貴様の相手は終わりでいいのか?」


「ええ、構わないとモ。ただ、次のお客様は協力の証として、是非丁重にもてなして欲しい所だがネ」


 それだけ言うと、ナーダは入り口に歩みを進め、ゆっくりと闇の中に消えていった。


「フン! 儂の好きにさせて貰う。貴様の思うようにはせんわ!」


 アルジェンティウスが悪態をつきながら鎌首をもたげると、宝石のような結晶が新雪如く舞い散った。


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