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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇二十 砂漠の断頭台

 十八熾将"淀みのフラウム"の率いる軍が進軍方向を変えて悪魔領の奥に消えた、と言う情報が騎士団に入ったのは、ヘルトが行方を晦ましてから数日後の事だった。


 その情報が入った時、テオの報告にあったヘルトという戦士が何かしたのだと直感した。

 十八熾将"土石の魔人パルド"を倒し、"赤騎士エリュトロン"を退けた豪傑。

 彼はこの騎士団の本営に向かう途中で"淀みのフラウム"と交戦し行方不明となった。


 彼が「フラウムを追う」という伝言を刻んだ鎧の破片を残して消えた後、騎士に付近を捜索させたが結局見つからないままだった。

 魔狼ブランカがいつ攻撃を再開するかもわからないので、捜索は早々に打ち切っていたが、おそらくヘルトは無事なのだろう。

 フラウムの軍が退いたという事は、司令官を失って逃げたととってもいいはずだ。


「テオ、具合は大分いいようだな」


 発見した時ぐったりとした様子で馬の背に乗せられていたテオは、大きな外傷はなく疲労と酸欠によって気を失っていたらしく、今ではすっかり調子も戻っている。


「ハイ、大丈夫です! カリナ様もお怪我はもうよろしいのですか?」


「まだ、あちこち痛いが、な。訓練をするには問題ない。……敵が休んでいるうちに調子を取り戻さないとな」


 嘘をついた。

 身体のあちこちが痛いのは本当だが、外れた手首は嵌め直しても違和感がある。

 以前のように剣を振るうことは出来ないだろう。


 負傷する前とは感覚の違う身体の操り方を、一刻も早く理解しなければならない。

 カリナは本営に創られた訓練場にテオを呼び出した。

 療養で鈍った互いの身体の訓練の為という名目だ。

 革鎧を着込んだ二人の手には、木剣が握られている。


「さ、始めようか」


「ハイ!」


 カリナは身を低くして、突きを繰り出す。


 テオは完璧な反応でそれを捌いて反撃する。

 平時の戦闘と同じく、テオは両手に木剣を握っている。

 右手の剣で突きを払って、同時に左手の剣を袈裟斬りにする。


 テオの反撃を更に姿勢を低くして滑り抜け、背中の方に回って向き直る。

 少しぶつかり合っただけで、木剣を握るカリナの右手首はじんじんと感覚を失っていた。


「相変わらず良い反応だな」


「ありがとうございます!」


 今度はテオが攻撃に回る。


 前に突き出した左手の木剣を牽制にしたまま間合いを詰める。

 牽制の木剣でカリナの木剣を弾こうとするが、カリナは絶妙な間合いを保ったまま、摺り足で下がっていく。

 追い駆けるようにテオは更に間合いを詰めるが、なかなか剣の届く距離には詰まらない。


「くっ――!」


 焦れて来た頃に、ようやくカリナの木剣を射程に入れたテオは、即座にそれを打ち払い、右手の剣を突き出した。

 攻撃に素早く反応したカリナは、木剣を弾かれた勢いのまま手首を捻って回転させて剣撃を払おうとする。


「――つ!」


 テオの攻撃を払う直前、回転させる途中で手首の関節が軋み、カクンと力が抜ける。

 手のひらから握る力を失われ、鍔の無い木剣は取っ掛かりもなくスルリと抜けて遠心力で飛んで行く。


 防ぎ切れ無かったテオの突きを革鎧の胸で受け、息が詰まった。


「――あぅ!」


「カリナ様!?」


 うずくまったカリナに駆け寄り、テオは心配そうな表情で顔を覗き込む。


「し、心配いらない……。ちょっとしくじっただけよ……」


「まだ、動くには早かったみたいですね……」


 カリナはテオに肩を貸されながら立ち上がる。


「馬鹿言わないで、大丈夫よ!」


 語気が強くなってしまってハッとしたが、テオは珍しく呆れた顔をしている。


「カリナ様、口調が変わってますよ。やっぱり、身体はまだ万全じゃないんですね」


「そんなことはない、ぞ!」


 誤魔化そうとして、おかしな語尾になってしまった。

 おそらくテオは気づいているのだ。

 平時のカリナは無理をして、男っぽい言葉を使っている。

 そして、余裕がなくなると女らしい口調に戻ってしまうことを。


「万全なら、僕の剣が届くはずがありません。カリナ様はまだ療養を続けましょう」


 一回りも年下の少年に諭されるようにして、反論ができずにいると、訓練場にベラの声が響いた。


「カリナ様! 見回り部隊戻りました! 私も訓練に――って、テオ。すぐにカリナ様から離れなさい」


 肩を支えて密着している二人を見て、何を勘違いしたのか、ベラは鬼気迫る表情でテオを睨みつけている。


「ベラ! 何を言ってるんだ! 僕は何も……」


「テオ、今顔を赤くしたら、まずいんじゃないか?」


 テオの慌てぶりに余裕を取り戻したカリナは、諭された仕返しに少しだけからかってやろうとした。


 しかし、本当にテオの顔がみるみるうちに赤くなるのを見て驚いた。

 釣られて自分の顔も熱くなっているのが分かる。


 まだ、少年と呼べる歳だが鍛えられた身体は引き締まっているし、背もカリナより少しだけ高い。

 肩に手を回しているせいで、互いの顔は近く、意識すれば吐息も感じる。

 もう一方の手で腰を支えて――。


 そこまで意識して、カリナは考えるのを止めた。


「ほ、本当に赤面する奴があるか! ほら、もう私は大丈夫だ!」


 突き放すように体を離し、自分で立てることをアピールする。


「ハッ! 失礼しました!」


 まだ顔の赤いテオが、敬礼する。

 それを見て、なんとか取り繕ったと判断して、ベラに声をかけた。


「すまないな。ベラ、私がよろけてしまったのが悪いんだ」


 カリナが負傷してからと言うものの、ベラは人が変わったようにカリナにベッタリするようになった。

 ベラは元々寡黙で必要な連絡事項くらいしか口にしない娘だったが、随分と話すようになった。

 その内容は殆どが、過保護な程にカリナを心配するものばかりで、カリナの周囲にいる男性騎士への風当たりも強くなったようだ。


 今回の訓練の相手にテオを呼び出したのも、ベラに頼んでは「認められません! 絶対に安静にしていて下さい!」と一蹴されることが目に見えていたからだ。


「カリナ様! まだ、お身体が治っていないのに! 無理をなさってどうするんですか! 私が見回りをしている間に! 何かあったら困ります!」


 ずかずかと近づきながら、ベラが怒る。

 すごい怒っている事が、涙目になった顔からも分かる。


「す、すまん」


 テオよりは少し年上だが、ベラも二十八歳になるカリナに比べればまだまだ若い。

 年下に注意ばかり受けて、騎士団長の面目はどこへ行ってしまったのか、とカリナは不甲斐ない自分に溜息をつく。


「あ、今、溜息をつきましたね! カリナ様は分かっていないんです! あなたがどれだけ私たちに取って大切か!」


「ベラ……その辺で……」


 テオがなんとかなだめてくれているが、ベラはまだ鼻息を荒くしている。

 ベラは戦場に出れば頼りになる娘なのだが、今となっては平素では、過保護すぎてあまり近寄りがたい。


「……そうだ。二人に話がある。今後の私の剣術についてだ。相談に乗ってくれるか?」


 二人は顔を見合わせた後、カリナの方を振り向くと、声を揃えて言った。


「ハイ! なんなりと!」


 剣を振るうには使い物にならない右手。

 これを何とかする策のヒントは、この二人にある。

 カリナは顔を揃えて並んでいるテオとベラを見て思いついた。


 両手で剣を使う少年騎士と、細剣と暗器の扱いに長けた女性騎士。

 後はカリナ自身の努力次第で、また再び戦場に立つことが出来るだろう。









 爆風で砕けた鎧が肩に刺さって出来た傷がズキズキと痛む。


 殺風景な岩だらけの荒野を超えると、更に殺風景な砂漠が姿を現した。

 非常に乾燥しているが、昼間だというのに凍えるほど寒い。

 着込んだ鎧の重みで、ただでさえ歩きづらい砂がヘドロのように絡みつく。


 砂漠に入る前までは馬に乗っていたが、どうしても砂の上を歩きたがらなかったため、やむを得ずに置いてきた。

 向かっている方向があっているのかは分からない。

 戻る道も分からないので、ひたすら前に進むしか無かった。


「ぐむぅ。しかし歩き辛い……。それに、道が合っているかわからないのは、精神的に良くないな……」


 見渡すかぎりの砂ばかりの中、誰がいるわけでもないというのに独り言が漏れてしまう。

 変化のない景色に気が滅入る。

 ヘルトは自分の独り言が寂しさから来ていることに気づいて苦笑する。


 自分は寂しさなど感じている暇も、資格もないのだ。


「本当に誰もいないと言うのは、堪えるものだな……」


 ヘルトは、自分が戦いに身を投じたきっかけになった事件を思い出す。

 悪魔軍の攻撃に寄って祖国が滅ぼされた時、傭兵団の団長として前線で戦った。

 信頼をおける傭兵団の仲間たちは、黒い鎧に全身を包んだ悪魔軍に皆殺された。


 黒い鎧はまさに人間離れした強さで、あまりの苛烈な攻撃に、ヘルトは仲間を置いて逃げ出した。

 自分の命を優先し、仲間の命を盾にして悪魔軍の手から逃れた。


「ダメだな。戦っていないと余計なことを考える……」


 今一度、気を引き締めて砂を踏みしめる。

 ぼんやりと歩いていては、砂上の歩みは更に遅くなる。

 足元が砂に飲み込まれていくようだ。


 いや、これは本当に砂が動いているのではないか、と感じた時には既に遅かった。

 地面が泡になって潰れていくように、身体が沈み込んで行く。


「新手か……。つくづく運がいい。悪魔どもに私の事が伝わったのか?」


 ヘルトは後ろを振り返ると、沈む地面の中心があった。

 そこには何か、二本の塔のような物がそびえている。

 ついさっきまではこんな物は存在しなかった。


 二本の塔は湾曲していて、先端になるに連れて互いの距離が近くなっている。


「あの塔が魔物なのか? 大きすぎて全貌がわからないな」


 その場で足踏みをするようにして、砂に沈むのを遅らせる。

 流砂は、忽然と現れた二本の塔の仕業なのだろう。

 膝から上まで飲み込まれてしまえば、攻撃が来ても回避することは出来ない。


 身体の自由を奪われまいと、ヘルトは必死に砂を漕ぐ。


「エリュトロンニ、勝ッタトイウノハ、オマエダナ――」


 くわんくわんと響く声が、塔から聞こえた。

 ヘルトは、青銅製の釣り鐘の中で声を出せばこんなふうに聞こえそうだな、と思いながら返事をした。


「そうだ。貴殿は何者だ? 姿を見せろ」


 塔には出入り口が見当たらないが、確かに塔から声がする。


「姿ハ見セテイル。オマエガ見テイルノガ、ワタシノ身体ダ」


 二つの塔がせり上がっていく。

 すると塔の根本に赤い目玉が光っているのが見え始めた。


「まさか……この塔が」


 塔が動き出して、ヘルトの声がかき消される。

 そびえ立つ塔は建物ではなく、顎だった。

 敵は既にヘルトの前に姿を現し、その体躯は明らかになっていたのだ。


「我ガ名ハ、十八熾将"断頭台パイオン"。オマエヲ殺シテ、アノ赤イ騎士ニ自慢ヲシテヤロウ!」


 流石は悪魔領だ。

 こんなに次々と十八熾将に出会うとは。


 "土石の魔人パルド"、"赤騎士エリュトロン"、"淀みのフラウム"に続いて、悪魔領で出会った四体目の十八熾将に相対し、ヘルトは煩わしくも感じつつ奮い立つ。


「私も貴様らの首が欲しかったところだ。パルドの首だけでは物足りなくてな」


 エリュトロンとの一騎打ちには勝利したが、撤退を許してしまった。

 フラウムも軍を壊滅には追いやったが、当人は姿を晦ましてしまっている。

 ヘルトが討伐した実績に数えられるのは、実質"土石の魔人パルド"のみだ。


 威勢よく啖呵を切って見たものの、流れる砂に足を取られている現状では勝算は薄い。

 どうにかして態勢を立て直さなければならない。


 塔から、くわんくわんと声が響く。


「エリュトロンニ勝ッテ、調子ヅイテイルナ。ソノ鼻ッ柱ヲ、ヘシ折ッテヤロウ!」


 塔の根本の砂が隆起して高く盛り上がる。

 ザザザザと音を立てて足元の砂が逆流する。


 盛り上がった砂の中から、パイオンの全身が顕になった。

 その姿は巨大な昆虫で、つやのある黒灰色の甲殻に、巨大な二本の顎。

 背中の外殻がぱっくりと割れて薄い羽を高速で羽ばたかせて空中に浮かんでいた。


 大陸を渡る大きな船がそのまま空に浮かんでいるような、圧倒的な巨大さだ。

 砂嵐を巻き起こしながら、パイオンは空中で身体を静止させている。


「言葉モナイカ。エリュトロンナド、我ニ比ベレバ矮小ナ存在ニ過ギン。十八熾将最強ナド、奴ニハ勿体無イ称号ヨ!」


 地面の砂を巻き上げながら、パイオンが突撃を開始する。

 巨大な蟻地獄とも、クワガタともとれるような巨大な顎を開いて高速での突進は、砂で動きを封じられたヘルトでは躱すことは出来ない。


「なんという大きさだ! ぐ、がはぁ――!」


 足元の砂ごと吹き飛ばされて、ヘルトの身体が宙を舞う。

 幸い大振りな攻撃と、突進によって生じた風によって鋭利な顎が直撃することはなかった。

 空中で錐揉み状に回転しながら、剣を抜く。


「この剣だけが頼りだ。まずは羽を削いで機動力を奪う!」


 通りすぎようとする、パイオンの身体に剣を突き立てようとするが、外殻が硬すぎて刃が通らない。

 切っ先は火花を散らしながら弾き飛ばされる。

 反動で、ヘルトは遥か後方に飛ばされた。


「――――どわぁ!」


 戦場が砂漠で良かった、とヘルトは思った。

 冷たい砂の上にうつ伏せに落ちたせいで、顔は擦り傷だらけだが、落下の衝撃は和らいだ。

 すぐに立ち上がって、パイオンの方に向き直る。


 結構な距離を飛ばされてしまったようで、ヘルトの立つ位置は砂丘の頂上だ。

 背にしている方向は、これから進むはずだった未開の地。

 何があるか分からないため、強敵と相対している今は進むべきではない。


「しかし、あんな大きさの魔物を……どう処理する……」


 羽を切り裂いて、機動力を奪った後に、外殻の隙間から攻撃し、体力を奪う。

 理屈では分かっているが、相手は木偶ではない。

 そう簡単に弱点をつかせるはずもない。


 吹っ飛んだヘルトを探している様子のパイオンを、遠目に見て攻撃の機会を伺っているが、上手くいく気はしなかった。

 するとその時、ヘルトの後方でザクッ、ザクッと音がした。


「傷が治りかけなのだ。この辺で降りろ」


 獣の唸りが混じったような声。

 声の主は若干呼吸をしづらそうに息を切らしている。


「パイオンめ。俺の獲物を横取りしようとは、いい度胸だ…………」


 もう一方の声は、聞き覚えがあった。


「フラウムの話は本当だったな。我らの陣地のこんな奥まで入ってきているとは……なぁ、ヘルト?」


 振り返ると、重厚な真紅の鎧が目に入る。

 ヘルトの身長の二倍はある巨体の全身を鎧で覆い、巨大な剣を背負った――エリュトロンの姿があった。


「――"赤騎士エリュトロン"!」


 ヘルトは咄嗟に剣を構えて、突如現れた真紅の騎士に刃を向ける。

 名を呼ばれたエリュトロンは、同じく巨体の白い狼の魔獣の背から降り、兜の中に光る双眸をヘルトに向けて言う。


「貴様に再戦を申し込みに来たのだがな。今は露払いをしてやろう。――ブランカ、待っていてくれるか?」


「構わん。我は貴様に借りがある。今回ばかりは帰りの足になってやろう」


 ブランカは、フンッと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

 エリュトロンは砂丘をのしのしと砂を漕いで降りる。

 そして、背を向けたままヘルトに向かって言う。


「ヘルト、再戦はまた今度だ。頭に血の登った虫けらは任せろ」


 どうやら、十八熾将同志の仲間割れのようだ。

 ヘルトは、パイオンのいる方へ砂丘を下っていくエリュトロンを見送りながら呆気にとられた。


「貴殿は、ブランカ殿と言ったか。……あの"魔狼ブランカ"か?」


 小さくなっていくエリュトロンの背を眺めながら、隣に残った白い狼に声をかける。

 敵なのは、間違いはない。

 この魔獣もいつヘルトを襲ってくるかわからないのだ。


「うむ? そうだ。我は十八熾将"魔狼ブランカ"と呼ばれている。――なに、手出しはせん。今回、我は奴の乗り物だ」


 言い終えてブランカは喉を鳴らして笑う。


「それより、面白いものが見れるぞ。十八熾将最強と、その次席の戦いだ」


 "魔狼ブランカ"と"赤騎士エリュトロン"、釈然としないが、今はこの二人は敵ではないらしい。

 ヘルトは剣を鞘に収めて、成り行きを見守ることにした。



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