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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◆十九 幽居に漂う幽香の

 十八熾将"隠遁者ラランジャ"は非力な魔物だった。

 幼少より他の魔物達に虐げられ、あざ笑われる日々を過ごした。

 その時から、ずっと不思議に思っていたことがある。


 全ての魔物は悪魔王ヴァビロスによって創りだされた。

 悪魔と魔獣に分類される魔物の全てに役割があり、全てがヴァビロスのためにある。

 では、何故自分のような何の役にも立たない矮小な魔物を創りだしたのだろうか。


 ラランジャには腕力もない。

 魔法もほとんど使えない。

 同族となるような魔物も存在しないため、操る眷属もいない。

 唯一与えられたものと言えば、こうして考えることだけだった。




 その日、悪魔領の中心街の路地裏でラランジャは、いつものように腕っ節の強い魔物に傷めつけられて転がっていた。


 悪魔領の空は、立ち上る瘴気に日の光を遮られて常に薄暗い。

 多くの魔物が夜でも見通しの効く目を持っているため、闇に怯えることはないが、ラランジャは違った。

 彼の持つ出来損ないの複眼は、視野は広いが暗闇と、明るい場所にも弱かった。

 打ち捨てられた路地裏は、真っ暗闇に包まれていて、大きな通りから指す紫色の妖しげな篝火の光は、ラランジャの目を眩ませた。


 ラランジャを襲った魔物は、賭け事に負けたらしく腹立ちまぎれに道の隅を歩いていたラランジャを路地裏に蹴り飛ばして暴力を振るった。

 二足歩行のトカゲのような姿をした魔物はリザードマンと言う種族で、同族のベルデという者の配下だった。


 ラランジャは拳で殴られ、爪で切り裂かれる間、その暴行を当然のことのように受け入れた。

 このような体験は一度や二度ではない。

 数えきれないほど、そういう仕打ちを受けてきた。

 全てはヴァビロス様に創られながらも、その主人に報いることの出来ない自分の無能さのせいだと理解していた。


 ひ弱な身体でも、悪魔領の瘴気を浴び続ければ、少しずつだが傷は癒えてくる。

 動けるようになったら通りに戻るつもりだった。

 特に何もすることは無かったのだが、傷が癒えても寝ている事は、偉大なヴァビロスの創りだした魔物にふさわしくない姿だと思っていた。


 その時、ラランジャが受けた傷は深く、回復に数日掛かるだろうと考えていた所、小さく光って見えていた、紫色の篝火の明かりが急に見えなくなった。

 眼が当てにならないので、音でなんとなく感じ取り、何者かが自分の前に立っているのだと分かった。

 裏路地に転がっている、死体まがいの自分にさらなる暴行を加えようとしているのだ、と思った。


 ところが、意外なことに何者かはラランジャを抱えて何処かへ移動を始めた。

 運ばれている間に気を失ったが、後にそれが、ヴァビロスの当時の側近であった事を知った。




 悪魔王ヴァビロスの下で目を覚ましたラランジャは、最初どうして自分がそこにいるのか理解できなかったが、ヴァビロスに直に会ってその理由がわかった。


 悪魔王ヴァビロスはラランジャのような個体を数体創りだしたという。

 非力で魔力も無い種族。

 それは、記憶という部分に重点を置いて創った魔物だった。


 その魔物達は耐久性に乏しく、多くの個体を創ったが悪魔領で暮らすには不向きだった。

 ラランジャが見いだされるまでに多くの個体が死滅していく中、個体差に寄って瘴気の下での回復力が高いものがいることが分かったらしい。


 その他に身体の丈夫さも誤差の範囲ではあるが個体によって強いものもいたらしい。

 その中で唯一生き残ることに成功したラランジャを、ヴァビロスは歓迎した。


 身体の回復を終えたラランジャは、ヴァビロスの地引として多くの知識を集めた。

 同族は全て死に絶えているので、ヴァビロスから直々に使い魔を譲り受けた。

 見も打ち震えるほどの喜びが、体中を駆け巡ったのをラランジャは覚えている。

 使い魔を得たラランジャは、ヴァビロスすらも驚くほどの速度で、多くの知識を記憶した。

 地引の領分を超えて、ヴァビロスの相談役となるのは、それから間もなくの事である。




 ラランジャが得た知識は、ヴァビロス以外に公言することは禁じられていた。

 そのことは当然のことだと思ったし、自分がヴァビロスの一部になれたような気がして、至福を感じた。


 ある日、ヴァビロスは人間世界への侵攻を邪魔する天使に対抗するために、強大な力を持った将を選び出そうとした。

 統率の取れた軍によって攻撃し、天使を打ち破ろうとしたのだ。


 その時に選ばれた将は、十六人。

 これにラランジャを加え、後に"淀みのフラウム"が軍門に降って、十八熾将が誕生した。


 ヴァビロスの提示した選定基準は、ただ強いことだった。

 ヴァビロスへの忠誠度などは関係なく、褒美で釣れる者なら報酬を与える。


 "誘惑のヴィオーラ"や"カルディナール"などは、ラランジャと同じくヴァビロスに心酔しきっているため問題はなかったが、"銀白のアルジェンティウス"や"吸血ヴァインロート"、"幽香のセレッサ"の採用には苦労した。

 彼らは人間を捕食することや、捕らえて弄ぶ事が行動原理であるため、軍として機能するかは不明だった。

 しかし、彼らには人間世界で自由に力を振るう後ろ盾と支援を行うことで、ある程度行動を操ることが出来るようになった。


 例外があったのは"赤騎士エリュトロン"だ。

 その時すでに悪魔領に敵うものはおらず、膂力だけならヴァビロスをも凌ぐと言われていた豪傑を従えるのは至難だった。

 エリュトロンは常に戦いへの渇望を抱いており、強者こそが彼の求めるものであったため、戦場において特別な権利を与えることで、従わせることになんとか成功した。


 その権利とは、戦場でどのような命令下、または戦況であっても、一騎打ちにて全てを決める権利を与えるというものだった。

 どんなに有利な状況であっても、エリュトロンが敵軍の強者と一騎打ちをして負けることがあれば、軍を引く。

 そして、他の悪魔軍、十八熾将も含め全員が、その一騎打ちに手を出すことは許されない、という内容だ。


 エリュトロンの軍は、常に一か八かの危険を伴うことになったが、彼の強さにおいて、それが不利に働くことなどありえなかった。




 十八熾将として、ヴァビロスに仕えてから永い時が過ぎた頃、悪魔王ヴァビロスは頼みごとの為にラランジャを呼び出した。

 他の十八熾将や、身の回りの世話役、片時も離れた所を見たことがない側近もいない密室で、多くの秘密を託された。


 悪魔王ヴァビロスは《権限》という力を二つ持っていること。

 《扇動権限》と《制圧権限》と呼ばれるそれは、"神"にも匹敵する力であること。


 そして、その力を自らの子に移すということ。

 それから、ヴァビロスがもし亡くなった後は、ラランジャの知識をその子に役立てること。


 当時、遺言のように伝えられた秘密に困惑したが、思い返せばヴァビロスは自分の死期を悟っていたのだろう。

 それから間もなくして、聖剣を携えた人間の戦士に悪魔王ヴァビロスは殺される。




 ヴァビロスの子は悪魔領の辺境にて身分を隠して育てた。

 ヴァビロスの側近であった数人の悪魔をつけて、立派な悪魔に育て上げることを命じた。

 子が送り出された頃、まだその子に名前はなかった。









 ラランジャは、驚愕に身を固めるオグロの手を握ったまま、悪魔王ヴァビロスとの思い出を反芻していた。


 ヴァビロスからは、子を人間たちとの戦いに駆り出し、悪魔軍を統べる次期当主として迎えろとは申し付けられていない。

 寧ろ、ヴァビロスから受けた命は真逆のものだった。


 今は亡き主は、自分の子の安定を願い、決して戦争には悪魔軍に参加させるなと念を押していた。

 そのため、ラランジャを含め他の十八熾将、悪魔軍の関係者の接触を避けていた。


「…………そうか、貴方様が……オグロ様という名を賜ったのじゃな……なんと感慨深い」


 枯れ枝のような手を震わせて、フードの奥でラランジャは涙を流す。


「じいさん、どうしちゃったの……? ヴァビロス様のご子息って何?」


 ラランジャの変わりように、セレッサが訝しげに尋ねる。


「オグロって言ったよね。あなたは何なの? 本当にヴァビロス様の子供なの?」


 黙ったまま震えているラランジャからの返答を諦めたのか、セレッサはオグロに質問する。


「オグロ様じゃ! うつけ者が!!」


 突然、ラランジャがセレッサの肩を鷲掴みにして、怒鳴り散らした。

 ガクガクと肩を揺らされて、仰天したセレッサは混乱して目を回している。


「え~!? なになに? ごめんなさい! や~め~てぇ~!」


 ハッとして我に戻ったラランジャが肩から手を離すと、セレッサは椅子から転げ落ちてへたり込んだ。


「う~ん。ホント理解不能……。私が何したのよ~。説明してよ~」


 地べたに尻を継いたまま涙目になったセレッサが、説明を求めている。

 一連の光景を見てラータは、完全に毒気を抜かれてしまった。


「……俺も説明を要求したいんだが、頼んでくれるか?」


 そう言って、オグロに視線を送る。


「そうだな、オレも何がなんだかわからん。ラランジャ、どういうことか話してもらおう」


 オグロの要求には速やかに反応するらしく、ラランジャは「ハッ!」と良い返事をした後、えらく仰々しい様子で一礼をした。


 話はオグロにだけしか、聞かせることは出来ないと言われたので、ラータは小屋の外で待つことになった。

 扉の前に座り込もうとすると、ラランジャが窓から顔だけを出して、「もっと離れるんじゃ」というので、近くの大きな木の根元まで移動して座り直した。


 小屋くらいしか見るものが無いので眺めていると、すぐにセレッサが追い出されたのが見えた。

 事もあろうにセレッサは、きょろきょろした後、ラータの所に歩いてくる。


「まずい……!」


 ラータの背筋を冷たい汗が流れる。

 小屋の中の雰囲気に呑まれていたが、セレッサは十八熾将だ。

 一度捕らえられた事もある上に、三人がかりで逃げるしか無かった相手でもある。

 そして、人間を好物としている。


 オグロの援護は期待できない状況で、よりにも寄ってそんな相手と一対一で戦うのは勝算がなさすぎる。

 そう判断したラータは、森の中に身を隠そうと振り返って駆け出し――


「どわぁ!」


 セレッサの操る植物のつたに捕まった。


「逃さなぁい!」


 地面をズルズルと引きずられて、元いた位置に戻される。

 大木の根元に縛り付けられると、隣にセレッサが座った。


「流石に私も馬鹿じゃないわよ。いきなり襲ったりしないわ」


 薄緑色の肌を間近に見て、ラータは顔をひきつらせる。


「なに、そんなにビビってるのよ。……あ、肌? 人間の色の方がいい?」


 そう言うセレッサの肌が、みるみるうちに以前捕らえられた夢の中での肌の色になっていく。

 色白で、頬は少し紅の入った綺麗な肌だ。


 ラータは強く唇を噛んだ。


「あなた、さっきからムカつくわね。幻惑は使ってないわよ。こういう能力なの」


 どうやら、夢の世界に捕らわれたわけではないらしい。

 噛み損になった唇から、少しだけ血が垂れた。


「向こうの話が終わるまでは、何かするつもりはないわ。ほら、オグロって奴とラータは仲間何でしょ? ラランジャがオグロに味方してる今、あなたを襲ったりしたら私はラランジャを敵に回すことになるわ」


 ラランジャはセレッサよりも強いのだろうか、そうすると今の状況は危険な綱渡りの末に至った結果である。

 ここに来る前は、最悪戦闘になっても、ラランジャと二対一の状況になるので、逃げることは出来ると考えていたのだ。

 二対ニの上に相手の二人は、自分より強いという状況にならず、心底ホッとした。


「ラランジャには聞きたいことがあって来たんだけど……。それが聞けなくなっちゃうのは、私にとって死活問題なの……って、あれ?」


 喋りながら、何かに気がついたらしいセレッサは、ラータの顔を覗き込む。


 相手は魔物とは言え、今の姿は美しい少女だ。

 上目遣いで距離を縮められるのは、心臓に悪い。

 ラータは思わず視線を逸らす。


「……あなたに聞けばいいんじゃない。わたし……馬鹿ね」


 セレッサの吐いた溜息が顔にかかる。

 甘い花の香りがラータの鼻孔をくすぐった。


 念のため、もう一度ラータは唇を噛む。


「わたしは、人間から精気を吸わないと活動できなくなるの。もう長い間、精気を補充していないわ」


「それは、小屋の前で聞いた。すまないな、中の様子を探っていたんだ」


「いいわよ、そんなの。あなた、他の人間が何処にいるか教えてくれないかしら。そしたら、あなただけは生かしておいて…………あ、ダメもうお腹すいた」


 話しの途中で、唇を重ねられた。


 セレッサの唇が貪るように、ラータの唇を舐め回す。

 ひんやりとした感触の後、ラータは軽い虚脱感に囚われた。


 身体が密着して、甘い香りに包まれていく。

 心地良いと感じる反面、薄ら寒い感覚が襲う。


 指一本動かすことが出来ない。

 助けを呼ぶことも出来ない。

 ラータはこのまま死ぬのだ、と予感した。


「――――っぷはぁ!」


 セレッサが唇を離して、熱い息を吐く。

 恍惚とした表情で、自分の肩を抱いて身悶える。


「さいっこぅ、ね!」


 目を閉じて食事の余韻に浸っている彼女の意識は、すでにここには無いようだ。


「あ~、どうしようかしら。おなかいっぱい吸っちゃったわ。いい感じに血を垂らしてるんですもの。襲うなって方が無理よね。ラランジャにはなんて言い訳……しよう…………かし………ら?」


 肩を抱いたままの格好で、セレッサは目を見開いてこちらを見て固まった。

 長い金髪に咲く大輪の花も、バサっと大きく開いて驚きを表している。


「……うそ、これだけ吸ってまだ、生きてるの? こんなの初めてだわ……。あなた絶倫ね……」


 そうだった、とラータはくらくらする頭で思い出す。


 自分が《権限》を持っていること。

 つまりは外傷が原因でない場合、死ぬことは無い不死身の体なのだ。

 精気を吸われることも、外傷ではないのだろう。


 とんでもない、疲労感がつきまとうが、セレッサが離れた後は動けないほどの虚脱感は無くなっていた。


「……人聞きの悪いこと言うな……。《権限》を持っていると死なないらしい。それだけだ」


「…………《権限》ね。さっきラランジャも言ってたわよね」


 何かを考えるように口元に人差し指を当てたセレッサは、そのまましばらく考えた後、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべて言った。


「――おかわり、貰うわね」




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