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レジャンダール  作者: 鴉野来入
17/128

◆十七 隠者の小屋

「困ったわぁ。せっかく見つけた久しぶりの獲物だったのにぃ……」


 腰まである金髪を木製の櫛で梳かしながら、呟いたのは十八熾将"幽香のセレッサ"だ。

 彼女の本来の姿は植物をベースとした魔物だが、殆どの時間を人間の姿で過ごしている。

 肌が薄い緑色をしているという事以外は、花のように美しい女性と言えるだろう。

 最も彼女の頭に咲く大輪の花は、髪飾りではなく本当に生えているのだが。


「ね~え? まだ人間が残っている所なんて、知らないかしら? それを聞きに来たのに、ずぅっとだんまりじゃあ、わざわざ来た意味がないわよ~」


 セレッサはテーブルを挟んで向かいに座る老人に、艶っぽい視線を送りながら尋ねる。


「…………それを話すのは、わしの信条に反する。自分で探すことじゃ」


 老人は目深被ったフードから覗く皺だらけの口をぼそぼそ動かして話す。

 老人の名は"隠遁者ラランジャ"、セレッサと同じく十八熾将に名を連ねる悪魔軍の筆頭だ。


 二人がいる場所は、ラランジャの住む小屋だ。

 二つ名通り隠居した生活を送っているラランジャの所に、突然セレッサが押しかけてきたのだ。


 セレッサが来て、開口一番で聞いたのが、人間の生き残りの居場所である。

 ラランジャはその質問に対して、沈黙で回答をし続けていた。


「やっと喋ったと思ったら、それ? あなたにはわからないでしょうけど、わたしはお腹が空くのよ。人間がいないと大変なんだから」


 文句をぶつけてもなんの反応も示さないラランジャに、セレッサは呆れたように首を振る。


「この間……って言っても、結構前だけど……。ヴァインロートに会った時なんか、凄い様子だったわよ。彼もしばらく血を吸ってないからミイラみたいに干からびちゃって……ゾンビにでも変わったのかと思って見た時笑っちゃったわ」


 セレッサは髪を梳かしていた櫛をしまって、今度はやすりで爪の手入れを始める。

 どうせ、ラランジャはあまり話を聞いてはいない。ならばこちらも好きに過ごさせて貰おうと思っていた。


「…………いつまで、いるんじゃ。おぬしは」


「なによ。あなたが知ってることを話すまで、じゃあダメ?」


「…………永遠にここに住まわれるのは、迷惑じゃな」


「わたしも必死なの。ヴァインロートみたいなシェイプアップの仕方は御免だわ」


 ふっ、と甘い息を吹きかけて磨いた爪についた粉を飛ばす。

 セレッサはやすりを持ち替えて、次は反対の手の爪を磨き出した。


「…………人間しか食料に出来ないというのは、難儀なものじゃな」


「そう思うなら、教えてよね~」


「…………フラウムの精気でも吸わせてもらえばよかろう」


「うぇ~、嫌よ。流石においしくないわよ。それに、あいつも一応人間だけど、今では同志でしょう? ヴァビロス様のお気に入りみたいだし、手を出すのは……って、ヴァビロス様はもういないのよねぇ」


 フラウムの精気を貰うのだとしたら、最後の手段ね、と考えたセレッサは、想像しただけで吐き気がした。

 薄汚い格好をした硫黄臭い魔法使いは、セレッサには近寄りがたく、なにより彼女が返り討ちに合う可能性が高い。

 炎熱魔法を操るフラウムは彼女にとって天敵だ。

 それに、歳を取っているので味も良くないだろう。


「ダメね。いくら喉が乾いてたとしても、ヘドロをすする気にはならないでしょう?」


 セレッサの回答が面白かったらしく、ラランジャは長い白髭を揺らして笑った。


「笑い事じゃないわよ。硫黄臭いのは置いてといても、年寄りの精気は殆ど出涸らしみたいで、吸っても意味が無いわ。例えば、あなたが人間だったとしても、わたしは精気を取ろうとは思わないわね」


 セレッサが言うように、ラランジャは人間ではない。

 フードとローブで肌を出さないため、一見人間の老人に見えることもあるが、ローブを取った彼はヒョロヒョロとした手足をもった異形の魔獣である。


 昆虫のような外骨格だが、昆虫のそれとは違い二腕二脚でナナフシのような長い四肢をしている。

 ひ弱な体つきの通り戦闘能力は皆無に等しいが、彼が十八熾将を任されているのは戦闘能力とは別の所に価値を見出されたからだ。


 ラランジャは非常に記憶力が良く、一度聞いたことは紙に書いたように忘れない。

 悪魔王ヴァビロスは彼を情報の記憶係として使っていたが、そのうち情報収集を任せられるようになった。


 魔力をほぼ持たないため、使い魔を従えることも出来ないラランジャは、ヴァビロスから直接自由にできる使い魔を与えられ、それを使って多くの情報を手に入れた。

 それによってヴァビロスの相談役にまでに地位を高めて十八熾将の称号を与えられたのだ。


 悪魔王ヴァビロスが英雄によって倒されてからは、十八熾将内で唯一ヴァビロスの思考を代弁できる者として、次期指導者として祭り上げられそうになったが、姿を隠して隠居することでそれを回避した。

 ラランジャはヴァビロスに仕える事だけが生きがいであり、その遺志を継ぐことには興味がなかったのだ。


 隠居した後も、セレッサのように数人の十八熾将には居場所を知られてしまったが、今のところ再びラランジャを次期悪魔王にさせようとする動きはなく、彼の豊富な知識を借りに来るだけだった。

 しかし、ラランジャの知識は悪魔王ヴァビロスに捧げるものであり、その主君からも守秘義務を言いつけられていたため、周知の事実以外の真実を彼の口から語ったことはない。


「…………ところで、セレッサよ。今日、ここに来る時に、誰かにつけられたりしたか?」


「えっ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げたセレッサは、爪を手入れしていたやすりを取り落とす。


「…………今日は客人の多い日じゃな」


 ラランジャがそう呟いた直後、立て付けの悪い木製の扉が、ノックされた。









 セレッサが床に落としたやすりを拾い上げる少し前、ラランジャの住む小屋のある森に、二人分の動く影があった。

 ヴァインロートへの尋問で、十八熾将"隠遁者ラランジャ"の居場所を知ったラータとオグロが、その小屋の場所を探しているのだ。


 マンテネールが転移を使って、おおよその位置まで二人を連れてきた後は、事前に聞いた目印通りに進めばたどり着けるらしい。

 森に到着してから、数分だけしか経っていないのでまだそれらしきものは見えない。

 同じような景色が繰り返す森の中は、迷わないように警戒して進まなければならないため、なかなか探索も捗らない。


「集中しろ、集中。気を抜いたら迷うぞ」


 ラータは自分に言い聞かせるように、独り言を呟く。

 彼は神殿を出る前に聞いたアンブローシアの昔の話をまだ引きずっているが、注意力が散漫になりつつあるのをこらえる。


 今回、アンブローシアはとマンテネールは別の十八熾将に接触しに行き、エッセは神殿で療養中のミスラの面倒をみる事になった。

 ラータの相棒になったのはオグロなのだが、オグロは難しい顔をしてラータの後方を歩いているだけで、積極的に探索をしている様子はない。

 オグロは悪魔では珍しい魔法使いなので、魔法を使って探索をしているのだろうか。


 悪魔の魔法使いが珍しいというのは、悪魔はわざわざ魔法を習得するために修練を積まないと言うところだ。

 魔法使いとはただ魔法を仕える者を指す言葉ではなく、魔法について学び、厳しい修練を経て魔法を扱えるようになった者の事を指す。

 悪魔はもともと古代魔法に分類される魔法を使用できるため、基本的に魔法使いと呼ばれることはないが、オグロは悪魔が生まれつき仕える古代魔法を使えないらしい。


 それ故にわざわざ魔法を学んで、冷気などを操る氷雪魔法と電撃を駆使する電雷魔法を習得したという。

 魔法について造詣の深くないラータは、いまいちピンときていなかったが、オグロが大変な苦労をしてきたことは分かった。

 初めに会った時は、悪魔という種族に恐怖を感じることもあったが、話してみると案外に話しやすいやつだ、とラータは思った。


「ラータ。オレたちはちゃんと進めているのか? どこも同じ景色でわからぬ」


 オグロは歩き始めた時から無言だったが、それからしばらく進んで口を開いたかと思えば、こんなことを言ってきた。


「あぁ、念のために通りすぎた木に目印を付けて進んでる。同じ所をぐるぐる廻るのは、ごめんだしな」


「なるほど、先程から剣を飛ばしているのはそのためか」


 ラータの剣であるエッテタンゲは、持ち主の手元に戻ってくる能力がある。

 呪文を唱えると、それを合図に手元に納まる能力なのだが、神殿を出る前にアンブローシアが呪文を省略する魔法陣を右手の甲に描いてくれた。

 魔法陣の効果で念じるだけで能力が発動するため、非常に便利になった。

 魔法陣を使用した場合は魔法陣が淡く発光するため、身を隠さなければならない時などは、呪文のほうと併用するといい、と注意点も教わっている。


 手頃な木にエッテタンゲを投擲して、手元に戻す。

 これを繰り返すことでスムーズに歩みを進めながら目印をつけることが出来ていた。


「オレはこういった、深い森に入るのは初めてでな。もうすでに方向感覚が無くなっている。すまんが進行は任せるぞ」


 オグロはいかつい風体に似合わず、方向音痴のようだ。

 森で迷子になるオグロを想像して、ラータは笑いがこみ上げそうになるが、なんとかこらえる。


「こういった森の探索は得意なんだ。任せてくれ」


 密集した梢をかき分けて木々の間を抜けると、ふと甘い匂いを感じた。

 懐かしさを覚える、花の蜜のような甘い匂い。

 淡くほのかに漂う香りは、どこか蠱惑的だった。

 このまままっすぐ進んでいけば、匂いのもとに辿り着くだろう。


「なぁ、オグロ。この匂い……なんだか分かるか?」


 オグロは顔をしかめながら、クンクンと鼻を動かす。


「……これは、花の香りか? 微かにだが、魔力を感じるな」


 警戒を強くしたオグロは、眉間の皺を深くして片手を胸の前で祈るようにした。


「――デテクトレヴィン」


 チリチリと小さな火花が周囲の空気に散った。

 空気が乾燥する。


「何をしたんだ?」


 おそらくオグロは魔法で何かをしたのだろう。

 それがどのようなものか、わからないラータは素直に聞いてみる。


「電雷魔法だ。魔力の感知や分析を行う……まぁ、分析までは簡素な魔法しか出来んがな」


 その後、オグロが説明したことによると、甘い香りには精神に作用して幻覚と見せる効果があるらしい。

 発生源は現在地より遠くない南東、少し高い位置にあるという。


 幻覚は気をしっかりと持てば問題ないらしい、惑わされていると感じたら、唇を強く噛むなどの自傷行為で解除できるそうだ。

 二人は直感的にラランジャの居場所がそこであると判断した。


 甘い香りに誘われるまま、木々の隙間を通りぬけ、峠を登る。

 甘い香りが段々と強くなるのを感じて、ラータ強く唇を噛み締めた。


「この香り……思い出してきた」


 ラータは複雑な気持ちで、思い出す。

 十八熾将"幽香のセレッサ"によって幻惑に捕らえられた時のことだ。


 今思えば、よく出来た幻覚だった。

 今はもう会うことの叶わない故郷の仲間たちは、まるでともに過ごした日々がそのまま蘇ったかのようだった。


「ラータ、小屋だ」


 オグロの声に我に返って前方を見ると、小さな木造の小屋が見えた。

 匂いの発生源もその小屋のようだ。


 警戒を強めて接近し、中の様子を伺うと会話をしている声が聞こえてきた。

 話をしているのは二人。

 片方はしわがれた老人の声、もう一方は若い女性の声だ。


 ラータは女性の方の声を聞いて、中にいるのはセレッサだと確信する。

 おそらく老人の声の方がラランジャだろう。


 ラランジャは好戦的な者ではないという前情報だったが、セレッサとは一度交戦状態になっている。

 下手に刺激をして戦闘状態になってはまずい。

 セレッサは、振りな状況であったとは言え、マンネテールとアンブローシアとの三人がかりで逃げの手を打つしか無かった強敵だ。

 同じ十八熾将であるラランジャも、敵に回せばそれだけの実力はあるだろう。


 まずは、ここを訪問しているだけの様子のセレッサがいなくなってから行動を開始しようと考えていた矢先、小屋の中からの声がその考えを否定した。


「…………ところで、セレッサよ。今日、ここに来る時に、誰かにつけられたりしたか?」


 老人がそう言ったのを聞いて、自分たちの存在に気が付かれたと察知したラータは、咄嗟にオグロに視線を送る。

 オグロの表情はわかりづらいが、明らかに構えは戦闘を始めようとしている。

 このまま戦いになっては不利だと判断したラータは、相手の懐に飛び込んでみることにした。


「…………今日は客人の多い日じゃな」


 扉の向こうから聞こえる声は先程より近づいている、老人の声が扉を開ける前にラータは扉をノックした。


「どちら様かな?」


 ギシギシと音を立てて開かれた扉の向こうには、ローブに身を包んだ老人が真っ白い髭を垂らして立っていた。

 その後ろにキョトンとした表情でテーブルに頬杖をついたセレッサの姿も見える。


「あえ? ラータ?」


 目を丸くしてこちらを見るセレッサは、洞窟で相対した時の本性が嘘だったかのようだ。


「隠遁者ラランジャだな。話があって来た。敵対の意志はない」


 真っ先に戦いに来たことではないことを伝え、話し合いを希望する。

 セレッサの存在が懸念材料だったが、ポカンとしている所を見ると直ぐに襲いかかってくるつもりは無さそうだ。


「…………人間じゃな。それとそっちのは同胞じゃな。…………入るが良い。話を聞くだけなら聞こう」


 好戦的ではないという情報は確かだったようだ。

 悪魔であるオグロと一緒に行動していた事も巧く働いたのだろう。

 ラランジャは小屋にラータとオグロを招き入れて、用意した椅子に座らせた。


 元々、四人がけではない小さな四角いテーブルを囲んだため窮屈な感じもするが、小屋自体が大きくないので仕方がない。

 小さいテーブルには利点もあった。


 ラータの正面に座るラランジャの手元はテーブルで見えないが、左隣りのセレッサの動きはよく分かる。

 もし、突然に攻撃に移られても注意して見ていれば対応が出来そうだ。


「俺がラータ。見ての通り人間だ」


「オグロだ。悪魔だが、同胞というのも正しくはない。オレは悪魔軍に組みしていないし、今後加わるつもりもない」


 ラータ達が名乗ると、ラランジャも恭しく頭を垂れて自己紹介をした。


「わしはラランジャ、十八熾将の"隠遁者"などと呼ばれておるが、この通り老いぼれでの。お主らが乱暴者でなくて助かるよ。昔はわしと話をしようとする人間なぞおらんかったからなぁ」


 目深に被ったフードで顔は見えないが、おそらく魔物らしい風体をしているのだろう。

 老人のような印象を受けるが、その実力はラータには到底想像できない。


「ところで、ラータと言ったな。おまえさんは、このセレッサと知り合いなのか?」


 ラータとオグロが小屋に入った時から、ずっと訝しげな顔をしているセレッサが、ピクリと肩を震わせる。

 ここで、「この間、殺し合いました」なんて言えば、せっかくの話し合いの場は流れてしまう。

 とりあえず、その辺をごまかそうと、ラータは口を開いた。


「いや、少し前に会った事が――」


「私が襲って逃げられたのが、この人よ」


 セレッサが割って入る。

 そうだろうとは思っていたが、ハーフェン近郊の洞窟での出来事は、ラランジャに話しているようだ。


「ふむ、セレッサ。こちらの、オグロ殿は初対面じゃろ? ちゃんと自己紹介せんか」


 挨拶を促されて、一瞬渋い顔をしたセレッサが、笑顔を取り繕う。


「はいはい……。私は十八熾将"幽香のセレッサ"よ。人間の、特に若い男の人が、だぁい好きなの。よろしくね?」


 オグロは黙って頷く。


「お互いの名もしれたことじゃ。して、お主らの用件は何じゃ? 話すことがあるのじゃろう?」


 ラランジャは他の十八熾将と徒党を組んで行動するような者ではない。

 そういう情報があったのでやってきたのだが、今はセレッサがいる。


 どういうふうに切り出そうか考えていると、オグロが先に口を開いた。


「単刀直入に言おう。今、世界が崩壊の危機に瀕しているのは知っているか? オレたちはその崩壊の原因を探している。なにか知っていることはあるか」


 ラータはオグロの切り出しに少々驚いたが、十八熾将を疑っている事はまだ言っていない。


「え、なに。世界がヤバイの?」


 セレッサは何も知らないようで、ラランジャの返答を待つようにフードを覗き込む。


「…………知っておるよ。海の端から地形が消滅していっておる現象のことじゃろう?」


 驚いた様子もなく言うラランジャの様子とは裏腹に、セレッサは固まっている。


「え、ホント? なんで、そんなことが起きてるの? 何ともないの? なんとかしないの?」


 セレッサの混乱の原因は分かる。

 ラランジャは崩壊の事態を知りながら、何もしていないのだろう。

 世界が崩壊し続ければ、自らも滅びてしまうことは分かっていることだというのに。


「…………ちょっと、セレッサは黙っておれ」


 ラランジャに一蹴されたセレッサは、不機嫌そうに唇を尖らせて黙りこんだ。

 そのままジロジロとオグロの方を見ていたが、最終的に視線はラータに落ち着いたようだ。

 ラータはこの中で唯一の人間であるため、話が終わり次第捕食しようとでも思っているのか不安になったが、それは逆に話が終わるまでは安全だという事を示す。


 話が続いている間にセレッサへの対応は考えよう、とラータは決めた。


「…………話をするには条件がある。わしは、今は亡き悪魔王ヴァビロス様にのみ仕える事を決めておる。世界の命運が掛かっているとはいえ、それは変わらん」


 粛々と語り始めるラランジャに、ラータとオグロの視線が集まる。


「オグロ殿は《権限》持ちじゃな。そっちの人間もそうだが、その力、どうやって手に入れた?」


 ラータは言葉に詰まった。

 自分の保有する《権限》がどうやって自分に宿ったのかを知らないのだ。

 それ以上に《権限》を保有している事がラランジャに知られている事に驚いた。


「オレたちが《権限》をもっている事を知っているのか。それは驚いた。だが、その質問には答えられんな」


 オグロがバッサリと質問を跳ね除ける。

 事実、オグロも自分の所持する《権限》の出自を知らない。

 それどころか、ラータを合わせて二人とも、《権限》の内容さえ知らないのだ。


「…………教えられんと。では、話は終わりじゃ。帰るが良い」


 ラランジャは早々に話を終えて、席を立とうとする。

 それをラータが引き止めた。これから与える情報は自分らの弱みになるだろうが、そうも言っていられない。


「ちょっと待ってくれ! 俺たちは自分の《権限》について最近まで存在すら知らなかったんだ。それを持っている自覚も無かった。手に入れた方法を聞かれても答えを持っていない!」


 ゆっくりとラランジャが、席に戻る。

 どうやら、話を続ける気になってくれているようだ。


 急に話を打ち切られては、さっきからこちらをジットリと見ているセレッサがどういう行動を起こすか分からない。


「…………では、別の質問じゃ。オグロ殿、お主は自分の生まれについて知っておるか?」


 聞かれたオグロは首を振って答える。


「オレは親も知らぬし、オレを育てた悪魔の名も知らぬ。オレが育てられた場所は悪魔領の辺境とだけ聞いている。オレが分かるのはそれくらいだ。他になにか聞きたいことはあるか?」


 ラランジャは納得したようにゆっくりと頷くと、ローブの中から手を枯れ枝のような差し出した。


「…………ちょいと、触れてもらってよいかの」


 困惑した表情なのだろうか、オグロの眉間の皺が深くなり、口元が引き結ばれた。

 それでもオグロは、差し出された手に向かって、ずいっと手を伸ばす。


「…………」


 手を触れたまま、何をするわけでもなくラランジャは黙りこんだ。

 もう一方の手で、手の甲を擦るようにもしている。これで、なにか分かるのだろうか。


「…………全てを話そう。オグロ殿……いや、オグロ様。お主は悪魔王ヴァビロス様のご子息に間違いない」


 ラータは驚愕の表情を隠せなかった。

 彼のことを見つめていたセレッサも目をパチクリとさせている。


 そして、ラータはオグロの驚いた表情を初めて見た。

 表情のわかりづらいオグロだったが、今は明らかに驚きと動揺の表情が見て取れる。

 口を半開きにしたまま固まり、黒目の無い真っ赤な目を見開きながら、一言呟いた。


「……なんだと?」







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