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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇十六 動き出す淀み

 キラリと青い光がたなびく。

 軽快な金属音を立てて、白銀の刃が吸い込まれるように鞘に収まった。

 剣の柄に嵌めこまれた宝石は、夜の闇の中でも薄く輝く。


「よし、進もう」


 ヘルトの周囲には、無残にも両断された魔物の身体が三体分、横たわっている。


 テオの率いる小隊とヘルトは、西の戦場に向かって移動中だ。

 本来なら街道を通って西の戦場の近隣の街まで移動し、そこで物資を整えてから神聖騎士団の本陣へと合流するはずだった。

 テオとの会話が終わって、すぐに戦場に赴こうとしたヘルトをなんとかなだめ、小隊の準備だけは整えさせた時には、すっかり日が暮れてしまうとこだったので、移動は明日にしようと提案したのだが、ヘルトはそれを受け入れなかった。


「こうしている間にも、悪魔軍が攻めているかもしれない。すぐに向かおう。時間を食った分、近道だ」


 そんなことを言い出して、ヘルトが悪魔領を突っ切る道を選択した時は、誰もが絶句したが、ヘルトはさっさと馬に乗り陣営を飛び出してしまった。

 彼を失うわけには行かないテオは、小隊を引き連れて追いかけたが、彼の身の心配など無用だったようだ。


 ゴツゴツとした岩の転がる荒野を行くヘルトが、岩陰から飛び出した魔物に襲撃を受けた時はひやりとしたが、テオ達が追いつく頃には、襲撃した魔物は屍に変わっていた。


「どうした? いくぞ」


 馬にまたがりながら、テオを振り返るヘルトの顔には汗一つなく、彼にとって今の魔物の襲撃は、まるで道端に落ちた小石を避けた程度の事のようだ。


 夜の移動は危ない。

 悪魔領を突っ切るなんて正気の沙汰じゃない。

 そんな常識は彼の中には無いのだろうし、必要もないのだとテオは悟った。


「…………行きましょう」


 既に悪魔領に入ってから、しばらく馬を走らせている。

 ここまで来たら、ヘルトに付いて行くしか無いと諦めたテオは力なく返事をした。

 ヘルトの強さを初めて目にした小隊の面々は、言葉も出ないようで目を丸くしている。


「こうやって、魔物が飛び出すかもしれんからな。テオ殿も十分に気をつけてくれ」


「…………はい」


 あまりに圧倒的な力量差で、魔物が倒されてしまったため、この周辺の魔物の強さや習性が分からない。

 テオは警戒するように小隊に伝えたが、余り効果は無いだろう。

 なにより、魔物に出会ったら、全てヘルトが倒してしまいそうだった。




 しばらく馬を走らせて、いい加減疲労が溜まったのかヘルトが、野営を提案してきた。

 何もかもが規格外な戦士だと思っていたが、人間らしいところもあるのだ、と一握りの親近感が湧いた。


 が、馬のほうが疲れて走れなくなっただけだった。

 依然として彼は、何もかもが規格外なままだ。

 テオ達は移動だけでもヘトヘトになっているというのに、ヘルトは野営をするまでに、四度も魔物の襲撃を受けている。

 倒した魔物の総数は十六体だ。


「眠っている間くらいは、僕らが見張りますよ。まずいことが起こったら起こします」


「そうか、すまないな。休ませてもらうよ」


 流石に一度も戦っていないので、野営の見張りを買って出るとヘルトは岩にもたれ掛かって眠った。


 テオは比較的疲労の溜まっていなそうな騎士を一人側につけて東側を見張らせる。

 自分はこれから向かう西側を警戒して見張りについた。


 野営の間、魔物は現れず、特に問題もなかったので、空が白み始めた頃に再び出発した。

 移動はそのまま二日続き、途中何度も魔物の襲撃に遭ったが、その度にヘルトが人間離れした強さで殲滅させた。





「お、隊列を組んでいるな」


 大きな谷を越えた時、ひたすら先頭を走っていたヘルトが馬を止めた。

 谷を境に荒野に転がる岩は大きくなり険しい道になる。

 人間の身長程度なら覆い隠せる岩の先に、整列して歩いている魔物が遠目に見えた。


「あれは、パルドの率いていた兵ですね」


 十八熾将"土石の魔人パルド"は、石の身体を持つ巨人だ。

 パルドは北の戦場にてヘルトに倒されたが、パルドの兵は指揮系統を失って撤退していったと聞いていた。


 白い石で出来た頭に不気味に光る双眸を見て、テオは隊列を組んでいる石人形が、その時の敗残兵であると判断した。


「おお、あの時の討ち漏らしか。しかし……」


 ヘルトの言わんとしている所をを察したテオが続ける。


「……敗残兵にしては、動きに統率がありますね。別の将の下に入った可能性があります」


「ふむ。それじゃあ、また攻めてくるかもしれんな。片付けておくか」


 ガシャンと音響かせてヘルトが馬から降りる。

 大きな音がなってしまったので、冷や汗をかいたが、悪魔軍が気づいた様子は無い。


「だ、だめです! 相手の将がわからないまま動くのは危険です!」


「そうか?」


「今は、騎士団本体との合流を優先しましょう……」


 納得した様子でヘルトは頷くと、今度はさほど大きな音も立てずに身軽に馬に飛び乗る。




 岩陰に身を潜めながら移動する途中、隊列の近くを通ることとなったが、馬から降りて慎重に進んだため、気が付かれることは無かったようだ。

 警戒するべき距離から離れてから、少し進んだところで、唐突にヘルトが口を開く。


「目的地はもう近いはずだな?」


「ええ、もう半日もかかりません。もうすぐ、本営も見えてくる頃です」


 目を細めて、後方を眺めるヘルトの様子に、テオは嫌な予感がした。


「先ほどの敗残兵は、私たちの来た方に進んでいたな?」


 その質問でテオは、嫌な予感が的中したと確信した。

 敗残兵はヘルトの言うとおり、テオ達とすれ違う形で進軍していた。

 おそらく、北の戦場に再戦を仕掛けるつもりなのだろう。


「……ダメですよ。戻って戦うつもりですね」


「テオ殿は気が付かなかったか? 向こうは我々に気づいていたぞ」


「本当ですか!? なら、追手があってもおかしくないはず……」


「優先すべき標的があるのだろう。おそらく、それは私だ」


 "土石の魔人パルド"が倒された北の戦場に、悪魔軍の次なる刺客が送られたということだろう。


「今、僕達があの軍を刺激すれば、騎士団はブランカの軍と挟み撃ちにされます。奴らの進軍速度は緩慢でした。騎士団から早馬を出して知らせる時間はあるはずです。まずは、騎士団との合流。それは譲れません」


 ヘルトは納得行かない表情をして考えこむ。

 その後、目を閉じて頷いたので、テオは自分の言い分を飲んで貰えたのだと思った。


「今は見過ごして、先に進みま――」


「テオ殿は先に騎士団と合流してくれ、私が留守だと教えてやらねばな」


 言い終えると、ヘルトは脚で馬を蹴って猛スピードで来た道を戻っていく。


「嘘でしょ!? なんだってあの人は、こんなに血の気が多いんだ!」


 駆け去るヘルトの背を追いかけて、テオも続いて馬を走らせる。

 そして、大声で残る騎士に指示を出す。


「お前たちは全速力で本営に向かえ! 早馬を出すのを忘れるな! それと、ベラをこっちに呼んでくれ!」


 騎士達の行動は素早く、直ぐに馬を走らせた。

 馬術はそれほどでもないヘルトは、岩だらけの地面では思うように速度を出せないようで、テオは彼の馬に直ぐに並べることが出来た。


「どうかしてますよ、あなたは! 一人で戦うんですか!」


「付いて来てくれるのか? 大丈夫だ、私は強い」


「……そう、ですけど……」


 石人形達は、それほど大群ではなかった。

 正直なところ、テオにはヘルトが負けるという気はしていない。

 後方に他の隊が控えていたとしても、本営からベラの援軍が到着するまでは持ちこたえるだろう。


 テオは自分が最早、ヘルトを戦力的に一人の人間として数えていない。

 ヘルト一人で、騎士団の大隊と同等だと考えていた。


「敵将の能力は不明です。どんな魔獣かも、悪魔かもわかりません。それだけは気をつけてください」


「心得た。帰りの案内は頼むぞ」


 ヘルトにそう言われると、テオはどんな死地からでも生還できるような気がした。









 岩壁から飛び降りて、敵陣の真ん中に突入する。突然の敵襲に反応した石人形は、ヘルトを取り囲むように距離を取った。


 石の腕を振り下ろして来る攻撃を避け、挨拶代わりに蹴りを叩き込む。

 空っぽの樽のように吹っ飛んだ石人形は、後ろの石人形にぶつかって砕けた。


「ふむ、手応えがないな」


 ヘルトに続いてテオが飛び出し、両手に持った長剣で、石人形の関節を狙って切り飛ばす。


「僕には、バッチリ手応えありますけどね」


 文句を言いながらもキッチリ石人形を倒して行くテオ。

 それを見てヘルトは、自分が助ける必要はないな、と安心した。


「テオ殿、そちらは任せていいか? 他は私が片付けよう」


 ヘルトの指差す方向を確認して、テオが頷く。

 石人形の全体の一割くらいをテオが受け持ち、残り九割をヘルトは全て倒すつもりだ。


 周囲を取り囲む石人形の群れは多い。

 一割でも、少年剣士が受け持つには少々多いかと思ったが、テオは了承の意を伝えてきた。

 ヘルトは剣術の心得は無いが、テオが構え直した両手の剣は隙のない良い構えに見える。

 危なくなったら、助けようと思っていたがその心配は無用のようだ。


「さて、敵将は現れるかな」


 立ちはだかる石人形の群れを、グルリと睨みつける。

 固い石で出来た身体は剣で斬りつけるのは難しそうだ。

 テオのように、正確に関節を狙う繊細な技術もヘルトには無い。

 パルドを叩き切った時のように無茶をすれば剣でも戦えるが、こうも敵の数が多いと刃に負担をかけすぎる。


 ヘルトは飛びかかる石人形の頭部を鷲掴みにすると、その身体を振り回し重きり地面に叩きつけた。


「うむ、いけそうだ」


 そうつぶやくと、鬼神の如き勢いで石人形の群れに飛び込み、次々と叩き壊していく。

 石人形達は頭部を砕かれては双眸の光を失って動かなくなり、脚をもがれては上半身だけでもんどり打つ。

 瞬く間に石屑の山が築かれていくが、石人形は次々とその身を投げ出して無謀な突撃を繰り返す。


「こいつら、動きは単純ですが、数が厄介ですね。埒が明きません」


 首の関節を狙って、頭と胴を切り離せば一撃で石人形の動きを止められると気がついたテオは、また一体の石人形を動かぬ石塊へと変えながら言う。

 手早く相手を処理できるようになって、余裕が出てきたようだ。


「おそらくだが、簡単な命令で動いているのだろう。どこかに操っている者がいるはずだ。……それが、敵軍の将に違いない」


 もう何体目になるか、ヘルトは石の破片を飛び散らかす。


 パルドを倒した時、石人形たちは指揮官を失って逃走した。

 ならば今、石人形操っている者を倒せばこの軍は瓦解するだろう。


「敵将は僕達の攻撃にとうに気づいているでしょう。こちらが疲弊するのを待っているはずです。一度離脱して態勢を立て直しませんか?」


「私は、まだまだ行けるぞ」


「だと思いました」


 しばらく、ぶっ通しで戦い続けているが、テオもまだ疲れの色を見せていない。

 巧く相手を捌く方法を見つけて、体力を温存しながら戦っているようだ。

 ヘルトは周囲にまだ残る白い石人形たちを全滅させるまで、止まる気は無かった。









 石人形――ゴーレムの操作は、遠隔から魔力を飛ばして行っている。

 頭部に埋め込まれた核が魔力を受信し、行動司令を全身に伝える事で動いている。


 ヘルトとテオが戦っているゴーレムに与えられている司令は『目的地への進軍』と『攻撃を加えたものへの反撃』だ。

 魔力を飛ばしている術者に、ゴーレムから情報が送られることはなく、術者は自らが操るゴーレムの置かれた状況を、別の手段で知らなければならない。


 十八熾将"淀みのフラウム"が自軍の異変に気がついたのは、ヘルト達がゴーレムの第一部隊を半壊させた頃だった。


 フラウムの進軍の目的は、パルドの弔い戦と言うわけではない。

 パルドの操作していたゴーレムが、フラウムの陣地に逃げてきた時、彼はパルドが倒されたのだと知った。"土石の魔人パルド"は悪魔王ヴァビロスが創りだした巨大なゴーレムで、腕力だけで言えば十八熾将の中で最強である。

 そのパルドが人間の軍に負けた事自体に興味を持ち、その戦場に赴くことにしたのだ。


 進軍の途中、"魔狼ブランカ"の陣地に向かう少数の人間兵を見つけたが、フラウムにとってそれはどうでもいいことだった。

 彼の興味は一度に大量の人間を殺戮することであり、少人数の人の群れには食指が動かない。

 なにより、ブランカの陣地に向かうのならば、それはブランカが処理すればいいのだ。


 ゴーレム達の進軍速度が落ちたことに苛立ちを覚えたフラウムは、使いを走らせて前方の状況を知った。

 先ほど見逃した人間が、たった二人で自軍の足止めをしているらしい。





「たった二人? 相手は人間だよね? ちゃんと、見てきたのかい?」


 フラウムは使いに聞き返す。

 問われた使いは怯えた様子で、自分の見た情報が間違いないことだと主張した。


「魔法使いか何かかな。どんな魔法を使ってた?」


「ま、魔法使いではありませんでした! 剣士……剣士が二人です!」


 驚きと可笑しさを混ぜあわせたような表情で、フラウムが笑う。


「剣士だって? いやいや、それはおもしろい。本当に見たんでしょ? じゃあ、挨拶してこなくっちゃね」


 跪いて報告をする使いの肩にポンと手を置くと、フラウムは続ける。


「同じ人間として、こんにちはくらいは言っておかなくちゃ」


 十八熾将"淀みのフラウム"は人間である。

 そして、彼の使いも人間だ。

 ただひとつ違う点といえば、フラウムは自ら悪魔軍の中に身を置いているが、彼の使いの人間たちは皆、捕虜であるという点である。


 元々フラウムは、魔法の研究のために結成された魔法使い同士の集まりである魔法研究会に所属する魔法使いだったが、彼の行動原理にある殺戮衝動が彼を孤立させる。

 彼は人間を害する魔法ばかりを研究し、多くの人体実験を繰り返している所を仲間の魔法使いに糾弾されて、人間社会を追われたのだ。


 フラウムは、人間が苦しんで死ぬさまを見るのが大好きだった。

 彼の得意とする魔法は、硫黄を操る特殊な炎熱魔法だ。

 魔法で変質した硫黄を時には毒ガスとして操り、酸として操って対象をじわじわといたぶり続ける。

 呼吸困難に陥りもがき苦しむ様や、皮膚がただれてもんどり打ち、ゆっくりと死んでいく様を見るのは、彼にとって至福の時間だ。

 一人、二人では物足りない。

 多くのものが眼前に這いつくばる死屍累々の光景が、格別に彼の嗜虐趣味を刺激した。


 魔法研究会を追われてから、フラウムは枷から解き放たれたように"実験"を繰り返した。

 狙った村は全て外部との連絡を取りづらい、大きな都市と離れた村ばかりだった。

 退路を爆破してから毒ガスを撒いたり、水源の井戸に酸を流し込むなど、その手段はおぞましいものばかりだった。

 彼が実験場にした村は腐臭の漂う淀んだ空気が漂うことで、いつしか"淀み"と呼ばれるようになる。


 手頃な実験場を使い尽くした彼は、悪魔軍に組みして人間の軍を相手にするようになった。

 悪魔王ヴァビロスも人間離れした彼の残酷さを気に入り、人間の身において、彼に十八熾将の座を与えた。

 十八熾将は悪魔や魔獣の出身の者が多い中で、人間の者は初めての事だった。


 通常、十八熾将は自分と同種族の下僕を率いるが、フラウムは人間なので手駒がいない。それで、"土石の魔人パルド"の下僕であるゴーレムを借り受けているのだ。

 ゴーレムは主人の命令に従って動く人形で、魔力による命令があれば主人が人間であろうと問題はない。

 パルド自体も悪魔王ヴァビロスから人間の殲滅という命令を受けた上級のゴーレムなので、フラウムに下僕を貸し与えることに反対することはなかった。





「さてさて、ところで君はその人間に勝てそうかい?」


 フラウムは意地悪な笑いを浮かべて、手を置いた使いに話しかける。


「そ、そんな! 無理です! ゴーレムを相手にたった二人で戦える者たちに勝てるわけが――っ!」


「だよね。じゃあ、君の仕事はこれで終わり。おやすみなさい」


 ゴボゴボと喉から泡を吐きながら、使いは白目を向いて崩れ落ちる。


「あ、強すぎたね。意識が飛んじゃうと、あんまり楽しくないね」


 痙攣する使いを、残念そうに一瞥してフラウムはゴーレムたちに指示を出す。


「新しい捕虜は頑丈そうだから、この子はもういらない。片付けといてね」


 まだピクピクと動く使いの身体を、ゴーレムが掴んで引きずっていく。

 その様子を見向きもしないで、フラウムは進軍を指揮した。




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