◆百二十四 闘神ミトラはかく猛りき②
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澄んだ青い空と薄暗い天井の境界線。
ラータが戦場に選んだのはそこだ。
「エッセはミスラとラランジャを頼む」
相手の奪還の目標である以上、神殿遺跡に留まらせる訳にはいかない。
エッセにはラータたちが敗れた際に、戦う力のないミスラとラランジャを連れて逃げる手筈が伝えられた。
「はい。任せてください……」
決意のこもった返事で頷くエッセ。
ラータたちが作戦に失敗し、戦場から離脱することも出来なければ、これが最後の別れとなる。
自分が戦えないことを悔いているのだろうか、声色には少しだけ無念さが含まれているようにも聞こえた。
「ラータ、準備ができました。行きましょう」
マンテネールがいつか見たような重装備でふわりと飛んだ。
既に旋風魔法"フライタクト"の発動を終え、臨戦態勢に入っている。
今回の作戦での彼女の役割は遊撃だ。
フライタクトの飛行能力で臨機応変に戦場を飛び回り、各々の補助を担う。
遠距離ならば転移で駆けつける事が出来るため、マンテネール以外に適任はいないだろう。
さらに、彼女は司令塔であるラータの足も兼ねる。
予め作戦内容は共有しているが、司令塔であるラータが広範囲にわたって移動可能になることで対応の幅を広げようという目論見だった。
ラータは飛翔するマンテネールに背中から抱きかかえられて飛ぶ格好になる。
「……わかっちゃいたが、この姿は情けないな」
戦闘に参加する者の内、飛ぶことが出来ないのはラータとセレッサの二人だけだ。
ラータは行動を共にするマンテネールが運び、セレッサは目標地点までアルジェンティウスの背に乗るという手筈である。
アルジェンティウスとセレッサは先に目標地点に向かったためここにはいないが、もし今のラータの姿を見たなら、またマンテネールに突っかかっただろう。
「ラータは魔法使いじゃありませんから、仕方ありません。――では、行ってまいります」
エッセに挨拶を告げるとマンテネールは段階的に加速しながら上昇した。
上空に達する頃にはとんでもない速度が出ていたので、先に高速移動魔法の"ソニックムーブ"も発動させていたのだろう。
一気に速度を上げなかったのは、ラータへの負担を考えての事か。
マンテネールが転移を行わなかったのは、この戦いの中で転移は重要な物になりそうだったからだ。
一日五回が限度の転移を待機組の送迎で二回、既に使ってしまっている。
残り三回は温存しなければならない。
六回目の転移を無理に行なったこともあったが、それが成功したのは単なる偶然に過ぎないかもしれないため、最後の手段にするべきだ。
大きく戦況が変化して全体の動きの調整を図らなければならなくなった時、それが転移の使いどきだ。
そういう事態が起こった場合、三回の転移で対処する必要がある。
「作戦通りに行けばいいんだが……」
ラータが危惧しているのは既に状況が変わっている場合の事だ。
ミトラが監視していた内容はアルジェンティウスに聞いたが、それから幾ばくか時間が経ってしまった。
その間に悪魔軍の動きに変化があり、進軍方向や速度が変わっている可能性もある。
少々の変化であれば、十分に対応できる範囲のはずだが、不測の事態とはいつ訪れるかわからない。
ラータは、一抹の不安を抱きながら最初の目標地点であるミトラの潜伏場所へと飛んだ。
◆
インビジブル・フォースの数は百体。
トルーパーの数は五十体。
ガーディアンの数は三十体。
ミトラは現在展開している戦力を頭の中で確認する。
完全な不可視になることの出来るインビジブル・フォースは大多数が廃都の監視、攻撃能力と俊敏性の両方に長けるトルーパーは森の中でいつでも飛び出せるように配置してある。
耐久性と体躯が飛び抜けているガーディアンはミトラの護衛に五体、残るはトルーパーと同じく森のなかだ。
そこからミトラは、ガーディアン一体につき二体のトルーパーを付けた編成に隊を組み、森のなかで廃都に一番近い場所で待機させた。
そして自らもその部隊と共に突撃の構えを取る。
「行動は同時に、ね。……まったく、なんてことだ。ナーダにしてやられてからどうにも調子が狂ってた――」
一呼吸。
大げさに息を吸い込んで、ミトラの面持ちが変わる。
浅黒い顔つきは荘厳さをそのままに、恐ろしさを帯びる。
「創造主様に創られたこの神が十八熾将ごとき、まとめて屠ってくれる……!」
四対、八枚の翼がミトラの背から大きく広がり、巻き起こす風が木々の葉を揺らした。
ガーディアン、トルーパーも続いて翼を広げ――一斉に飛び立つ。
創造主が与えた天翔ける翼を持ってすれば、悪魔の居城はすぐに目の前だ。
葉の感触などとうに覚えていない。
ここにあるのは創造主が創りし、悪魔を討伐せんとする闘神だ。
「突き崩せ」
ミトラの呟きは廃都から止めどなく飛び立ち続ける悪魔の群れに向かって放たれた。
途端。
配置していた天使の攻撃班からガーディアンが突出し、悪魔の群れに四方八方から殺到した。
ガーディアン全三十体は翼をたたんで拳を突き出し、猛然たる速度で悪魔を叩き伏せる。
多方面からの突然の襲撃に、悪魔達は行動の統率が取れずに次々と轢き潰されていく。
攻撃の範囲から逃れた悪魔は後方に控えるトルーパーが押し戻す。
トルーパーよりも小回りで劣るガーディアンは、その分腕力と耐久性に富む。
対多数の乱戦でも安々と砕かれる事はない。
そして、ガーディアンの討ち漏らしを狩るにはトルーパーの小回りが存分に役立った。
「インビジブル・フォース。城壁を破れ」
混乱の最中、廃都内のインビジブル・フォースが可視化し、取り付いた城壁を突破。
内外からの攻撃で、悪魔軍は完全に取り乱していた。
「やっぱり知覚はされていなかったみたいだね。今が好機とみるよ」
アンブローシアの《知覚権限》で動きが読まれていたのならば、悪魔軍はこうも簡単に瓦解することはないはずだ。
ミトラは敵の隙を突いたことを確信し、自らも戦場のまっただ中に突入する。
片手で一体の悪魔の頭を鷲掴み、地面へと投げ捨てる。
もう一方の手からは魔力そのものを奔流として放ち、数十体もの悪魔を同時に屠った。
魔法という形で魔力を顕現するよりは遥かに効率の悪い戦い方だが、ミトラにはそれは当てはまらない。
魔法とは限りある魔力を如何に燃費良く行使するかという行為であるがゆえ、ほぼ無尽蔵に魔力を有するミトラの神体にとっては無駄な工程に過ぎないのだ。
「掻き消えろ。創造主様の創った世界に飛び回る羽虫が……」
腕の一振り毎に、悪魔の群れが塊で灰に変わっていく。
断末魔を上げる暇もない中、恐怖に怯える声だけをミトラの耳が捉えていた。
「これだけ暴れれば……出てこざるを得ないだろう? ナーダ」
既に飛び立った悪魔達には目もくれず、廃都の周辺にいた悪魔の群れを排除すると、ミトラは廃都の中心にある広場跡へと降り立った。
神殿遺跡に向かったであろう悪魔軍はラータ達に任せ、自分は敵の居城を潰す。
褐色の瞼がギラリと見開かれ、神の無慈悲な咆哮によって廃都の城門は砕かれた。