表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジャンダール  作者: 鴉野来入
125/128

◆百二十三 闘神ミトラはかく猛りき①

 巨体のミトラは、いくら気配を消そうとも目視で確認されやすいため、全ての監視行動を召喚した天使に任せ、自らは離れた森に潜伏していた。

 背の高い木々が日光を遮り、明るい昼間だというのに森のなかは薄暗い。

 緑が美しい葉の天井に遮られた空間は無風だが、森の上を通る風が葉を揺らす音はミトラの四つの耳に惜しげも無く癒しを運んできた。


「こういう場所にいると……創造主様が創られたこの世界は、やはり美しいと感じるね」


 神殿遺跡が悪魔領にあったため、どんよりした空ばかりを飛んできたミトラにとって、動物の気配を感じるこの森は心の清涼剤となっていた。

 人間は絶滅してしまったが、そもそも人間は創造主の作り出した動物の一種でしか無い。

 そう考えると、まだまだこの世界は活発に息づいていると言える。


 ミトラは森のなかに残っていた水溜りを鏡にし、天使の視界と同調させた映像を覗き込んでいる。

 跪いた姿勢のミトラの横を三匹のリスが通り抜けた。


「親子かな? 君たちが暮らす世界を守ってきただけでも、ミトラが戦ってきた意味はあるのかな……」


 ミトラの視線は鏡に向かいながらも、焦点が合わないような遠くを見つめる眼差しになる。


 ミトラ――"神"は悪魔と戦うために存在する。

 悪魔王ヴァビロスが創り出した悪魔を屠り、元凶であるヴァビロスを倒すことが存在意義だ。

 ミトラは創造主に与えられた使命を延々と実行した。

 悪魔領の奥地でヴァビロスの居城に向け、延々と《統治権限》で召喚した天使を指揮して攻め続けた。

 来る日も来る日もヴァビロスを相手にすることで、ヴァビロス自身が侵略に向かわないように足止めする。

 それが、ミトラの力では精一杯だったのだ。


 もっと力があれば――。

 ミトラは一度もそうは考えなかった。

 何故ならミトラは創造主に創られた存在だからだ。

 創造主は絶対的な力を持ち、この世界の全てを知っている。

 ならば創造主に任せられた仕事が、その創造主によって創られたミトラに出来ないはずがない。

 十分な力と《権限》を与えられている。

 更なる力を求めることは創造主に対する不敬に当たる。


 結局、創造主はミトラに加えて人間の世に"英雄"を創り出すことで悪魔王ヴァビロスの首を取った。

 ミトラがなかなかヴァビロスを倒せないことから、創造主が増援として"英雄"を送り込んだとも取れるが、ミトラはこのことを自分の力量不足だとは考えなかった。

 そうであったなら、ミトラを創った時に悪魔王ヴァビロスの力を計り違ったことになる。

 創造主はそんな間違いは起こさない。


 しかし、悪魔王ヴァビロスが倒された後、ミトラはナーダの強襲によって神体を奪われ、人間の子――ミスラに宿って逃げざるを得なかった。

 とんでもない失態だ。

 その所為で、創造主が創りだした尊いものの一つである人間が絶滅するに至ったのではないか。


 その上、ナーダという十八熾将は傲慢なことに、無理に創造主に謁見しようとし世界の崩壊を招いた。

 創造主が創りだした尊い大地である、この世界の崩壊を。

 

「奴の首はミトラが取る……世界の崩壊も必ず止めて見せる……」


 燃え盛るものを胸に秘め、ミトラは改めて監視に集中する。

 隊列を維持して空を飛ぶ悪魔軍の行く先は、やはり神殿遺跡だ。


 鏡の視界を廃都を監視する天使のものに切り替える。

 煙が立ち上るように次々と悪魔が飛び立っていく様子が映しだされた。


 この廃都の中に憎きナーダがいる。

 裏切り者のアンブローシアと、悪魔軍を指揮するカルディナールもおそらくは廃都の中だ。

 いや、アンブローシアが敵に回ったとなれば、この思考も聞き取られてしまっているのだろうか。

 そうであれば、既に飛び立った悪魔達に紛れて、神殿遺跡に向かっている可能性もある。

 

「それにしても、厄介なのが敵に回ったね……」


 アンブローシアの持つ《知覚権限》は思考や感情を聞くことが出来る。

 ミトラにはどの程度の正確さで聞き取れるのか知るところではないが、神殿遺跡での立ち回りを知ってはかなりの精度であることが予想できる。

 一対一でも有利を取れる有用な《権限》だが、今回の様な多数対多数では尚更たちが悪い。

 どうしても連携のために策を立てる必要がある為、それが先読みされてしまえば大幅に不利になる。

 今回の様なこちらが後手に回り、そのうえ数でも劣っているとなれば必ず思い切った作戦が必要になる。


 今頃、ラータが頭を捻って考えていることだろう。

 そもそも彼は参謀役など似合わない、一介の村人に過ぎなかったのだが、何せ他の者が頼りない。

 マンテネールは決まったことを実行するのは得意ではあるが、作戦の立案のような新しい発想をする事を苦手としているようだし、オグロはそういった事を引き受ける気性ではない。

 エッセやミスラは子供で経験が少ない。

 ラランジャやアルジェンティウスら十八熾将は信用しきれない。

 その中でも、セレッサは自己中心的で問題外だ。

 それ故にいつの間にかラータに任せっきりになっていた。


「まてよ。アンブローシアも複数の声を聞き分けるのは難しいかも……」


 《知覚権限》も一つの《権限》だ。

 《統治権限》と同じように、能力を複数の対象に使用すると力が分散されるはず。

 《統治権限》の場合、強力な天使――ガーディアンのみを召喚する場合と、トルーパーやインビジブル・フォースのみを召喚する場合では同時に召喚できる数に違いがある。

 ガーディアンの方が少なくなるのだ。

 ならば、《知覚権限》でも、正確な内容を聞き取ろうとすればするほど、多くの対象からの"声"は聞き取りづらくなるに違いない。

 おそらく、アンブローシアは今、ラータの思考に《知覚権限》の多くを割いている。


「……インビジブル・フォース。これを……」


 ミトラは近くの石に文字を刻みこむと、それを手紙代わりに隠密行動用の天使に持たせて送り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ