◆百二十ニ 森の神殿待機組③
「………………! なに今の!? ラータ、魔法が使えるようになったの!?」
破裂せんばかりの勢いで飛び出した雷は、セレッサの真横を通り抜け、背後にあった木に直撃する。
目と耳に強烈な光の残滓と耳鳴りを残して、短刀の刃から放たれたサンダークラップは消滅した。
木の幹がブスブスと煙を上げる。
「おぉぉ……こんな感じか……すっげぇな……」
「え、なに。適当にやったの?」
表題のない本から得られた知識に魔工物の使用方法があった。
クトネシリカ。
ちらりと目に入った特徴の記述が、持っている短刀と一致したためその項を読むと電雷魔法を放てる魔工物だということが分かった。
魔法使いでなくても魔法が使えるように、と開発されたものらしい。
魔力の消費は通常通りに魔法を使う場合と同等だが、魔力の操作の過程をクトネシリカが代行し、即座に発動が出来るというものだ。
「……もしかしたら、魔法を込めた魔工物かと思ってな。いろいろやってみるつもりだったが、当たったみたいだ」
本に書いてあった、とは言えずラータは誤魔化した内容を伝える。
エッセが魔法の込められた道具を使っていたし、サンダークラップの魔法もナーダが使っているのを実際に見たことがある。
あながち無理な言い訳では無いはずだ。
「ごめんさない、ラータ。流石にそれは食らったら結構効くのよね。出来れば……木とかを的にして?」
「おう……思ったより、すごい威力だった」
セレッサは苦笑いで神殿の階段に座る。
悪いことをしたな、とラータは座ったセレッサに詫たが、ちょうどその時、エッセとミスラが神殿内からやってくるのが見えた。
「ラータさん! セレッサさん! ミトラさん達調査班から、至急の連絡です!! マンテネールさんが迎えに来ました!」
慌てた様子のエッセの声と"至急"と言う単語に、ラータは不穏な予感を覚えた。
◆
神殿遺跡。
操作者からの魔力の供給が途絶え、抜け殻になった十八熾将ミルヒヴァイスが項垂れる正門前に、調査班のオグロ、ラランジャ、アルジェンティウスの三名が集まっていた。
薄暗い神殿遺跡内では内容を確認しづらい石版や、文字の入った魔工物などを並べている。
ところどころ風化が進んでいるために、知らぬものが見ればガラクタを積んでいるようにしか見えない光景だが、全て神殿遺跡内にあったものであるため、それぞれが歴世級の聖器物には間違いない。
ただ、彼らは今その品々の確認を行っているわけではなく、森の神殿にいるラータ達待機班の到着待ちだ。
「来たみたいだぞ」
オグロの視線の先に陽炎の様な揺らぎが立つ。
オグロは、まるで人間大のガラス製のレンズが突然現れて、向こう側の景色を歪ませている様な光景だと思った。
これほどの大きさで光量を変化させないほど純度の高い逸品となると、途方も無い技術と金銭が必要だな、と益体もない事を考える。
悪魔領の辺境で育ったオグロにとって人間領の知識というものは書物で読んだ程度しか無いが、それ故にオグロにとって人間の文化を思うことは人間の子どもが英雄譚に思いを馳せる事に近い。
オグロがそんなことを考えている内に、歪んだ景色は掻き消えていた。
《管理権限》で転移を行ったマンテネール、見慣れない長剣の鞘を携えたエッセ、同じく腰に差した剣が二本に増えているラータと、ラータに纏わり付いているセレッサ。
そして、人間のミスラがやってきていた。。
「ラータ、大丈夫か?」
オグロは顔を青くしているラータに声をかける。
転移酔いだろう。
オグロも何度か転移を経験しているが、平然としてはいられないものだ。
しかし、ラータも酔いの酷かった始めと比べて、大分慣れてきたようだ。
顔色を悪くするだけで済んでいる。
それより意外なのはミスラの方だ。
森の神殿へ転移した時は神殿遺跡に残ったので見ることはなかったので、オグロがミスラが転移する所を見るのは初めてなのだが、どういうわけかピンピンしている。
「ミスラは平気そうだな……?」
ぽつりと湧いた疑問を口にするオグロ。
対してミスラは何のことかわからないようで、首を傾げていた。
「え? 何がァ?」
「転移の途中、具合が悪くならなかったか?」
「う~ん………………いや、全然。なんともないよ?」
ミスラは自分の身体を見てみたり、手を伸ばしたり、その場でくるりと回ったり、ピョンピョンと跳ねてみたり。
一連の動作を少女らしい仕草で行なってフフンと笑う。
跳んだり回ったりが出来るというのなら、平衡感覚も問題ない。
どうやら、本当に転移酔いの影響はなさそうだった。
「もしかすると、ミトラ様が宿っていらっしゃったのが原因かもしれません」
ミスラの元気な様子を見て、ほう、と感心するオグロにマンテネールが言う。
思い返せば、ミトラがまだ人間の身体に宿っていた頃、転移酔いの影響はなかったようにも思える。
その時の経験で、肉体が転移に耐えられるようになったのかもしれない。
「ラータ兄ちゃんは辛そうだね。エッセ君は大丈夫なの?」
自分がなんでもない事が特別だと察したミスラが、ラータとエッセの心配をする。
ニタニタとラータに纏わり付いているセレッサに触れないのは、見るからに元気そうだからだろう。
「……面目ない。最初に比べて酷くないから、心配いらないさ。それより至急の用なんだろ?」
と疲れた声を出すラータ。
「僕は大丈夫です。話を進めてくれて構いません」
今まで気にしたことも無かったが、エッセも転移酔いとは無縁の体質のようだ。
オグロはエッセとともに転移をしたこともあったが、その時は自分が酔いに当てられていたため気が付かなかった。
「では、本題に入りましょう」
森の神殿からラータ達を呼び寄せた理由をマンテネールが切り出す。
「ナーダの痕跡を追っていたミトラ様とアルジェンティウスが、悪魔軍の大群を発見しました。ミトラ様は現在隠密行動用の天使を召喚して監視にあたっています」
「ナーダはその悪魔軍に合流したのか……?」
転移酔いも冷めんばかりの真剣な表情で尋ねたのはラータだ。
ナーダはアンブローシアと共に逃亡した。
ならば、悪魔軍のまっただ中にアンブローシアもいることになる。
「ワタシはそう考えています。ミトラ様とアルジェンティウスもそう思ったからこそ監視をし、ワタシ達に知らせに戻ったのだと思います」
「うむ」
アルジェンティウスが頭上から肯定の声を出した。
「悪魔軍は人間の都の遺跡――廃都から展開してこの神殿遺跡に向かって進軍中との事です。どうやら、こちらが神殿遺跡を調査していることは分かっている様子ですね」
アンブローシアの《知覚権限》だ。
ラータは真っ先に思い当たった。
《知覚権限》で神殿遺跡を占拠されたと知ったナーダが悪魔軍を使って奪還しようとしている、ということだろう。
「悪魔軍の規模ですが、それは実際に見たアルジェンティウスに話してもらいましょう」
マンテネールが話を振ると、アルジェンティウスは首を地面に近づけて、悪魔軍の様子を伝える。
「儂が見たのは空を埋め尽くすほどの悪魔の群れだ。遠目だが確かに廃都から続々と現れておった。規模を数では表せんな。如何せん多すぎる」
「埋め尽くすほど……」
アルジェンティウスの言葉を繰り返すラータ。
ナーダは確実に神殿遺跡を取り戻すつもりだ。
もしくはラータ達の殲滅を目的としているのかもしれない。
「ナーダは儂と同じく眷属を持たない十八熾将だ。おそらく他の十八熾将――悪魔を従えるというならば"カルディナール"の手を借りていると儂は予想する。悪魔王ヴァビロスが没してから、カルディナールはヴァビロスのみに従っていた悪魔達をも自分の手勢に取り込んだはずだ。奴ならば大軍を率いているのも納得できる」
アルジェンティウスの見解にラランジャが黙って頷いた。
十八熾将の中では共通の考えに至るのだろう。
「カルディナールねぇ。わたし、あいつ嫌いなのよね。悪魔を使って人間を狩るんですもの。わたしと狩場が被っても関係なく……。人間を捉えるより皆殺しにしちゃうから絶対共存できないわ」
と、私的な感想を述べるのはセレッサだ。
確かに、人間の精気を糧とするセレッサと人間を狩り尽くすカルディナールでは仲良くは出来ないだろう。
「そのカルディナールを倒せば、悪魔の大軍は瓦解しないか?」
ラータがなんとか対応する策を練ろうと尋ねる。
その質問に答えたのはラランジャだったが、その回答は芳しくないものだった。
「……カルディナールは戦いの際、先に全ての指示を兵に伝えて身を隠すのじゃ。軍に混じって動く事もあれば、全く関係のないところで戦に参加していない事もある。見つけ出して叩くのは至難の業じゃろう」
「そうか……。正面からぶつかる以外に無いのか? 森の神殿の場所も知られている以上、戦いを避けるにしても追いつめられる……」
ラータはじっと思考を巡らせる。
「正面からぶつかって戦いになるのは、ミトラ様、アルジェンティウス、草女くらいでしょうか? ワタシやオグロでは魔法を打ち続けるにも限界がありますし、エッセとラータでは攻撃が届かないでしょう」
マンテネールの分析にアルジェンティウスとセレッサが反応する。
「儂でも全軍を相手に戦うのは無理だろう。生半可な数ではなかった。一部を引き受けるくらいだと思ってくれ」
「癪だけど、わたしもそうね。敵の全員がわたしに向かってくるなら大立ち回りでもしてやれるんだけれど、蔦と香りの届く範囲を釣るのが精一杯かしら。囮に殺到するような、頭の悪い魔獣が相手だったら楽なんだけどね……あと、いい加減に草女はやめなさいよ。処女人形」
「……!? しょ、しょじょにんぎょう!?」
セレッサの返しにマンテネールは真っ赤な顔をして怒る。
「あら、顔が真っ赤ね。人形の方は訂正してあげるわ。処女年増」
「あ、あなただって相当な長寿じゃないですか! 年増呼ばわりはされたくありませんね!」
「処女は否定しないのね。それもそうよね、あんたは繁殖の必要なんて無いんだから。そういう機能が無いのかもしれないわ。可哀想に……」
「なななな何を根拠に!? ワタシだって、せ……性行為くらい……!」
無益な争いが終末に向かう前に止めよう。
そう思ったラータが両者の口を塞ぐ。
「……そこまでだ。マンテは何を口走ってるんだ。まったく、ミスラやエッセもいるんだぞ……」
「む~!?」
自分が何を言ったのか自覚したマンテネールは、赤面を耳まで到達させて目を回している。
口を塞いだラータの手には、マンテネールの顔が酷く熱くなっていることが伝わった。
「もがが! ……ぷはっ! なんでわたしまで……」
セレッサは自力で抜けだして愚痴を零す。
そんな二人の様子を他所に、ラータは一つの案を提示した。
「上手くいくかわからないが……ひとつ試したいことがある」
チラリと、ラータの視線は腕組みをするオグロの方へと向いた。
「ふむ。オレもちょうど試したいと思った所だ。考えることは同じだろう」