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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇百十九 ネイバブール六公会議②

「――では、次にレイノ王国からの移民についてだ。これは現状、儂の領土で受け入れを行っている」


 イワン公の領土はネイバブールの西端を担っている。

 それは即ち、最もレイノ王国に近い領土だということであり、レイノ王国王都カピタールが陥落してから、周囲の街の住民の亡命が後を絶たずに続いていた。


「はふぅ――――おい、イワン公や。亡命者を受け入れるのはいいが、そいつらは悪魔軍に関して何らかの情報を持ってはおらんのか」


 長い会議に飽きが見え始めたヴァネサ公が、大きな欠伸の後に尋ねる。


「亡命者は皆、王都カピタールの周辺の街からの移民だ。王都の様子については詳しいことは分からぬ者ばかりだった。具体的には"王都が燃えていた"や"悪魔が王都の上空を飛んでいる"と言った何の役にも立たない目撃情報のみなのだ。移民達が直接悪魔軍の攻撃に晒されたわけではない」


 イワン公の答えにヴァネサ公は溜め息をつく。


「なんじゃ。戦いもせずに逃げた臆病者共か。受け入れる価値もない。一丁前に口だけは付いておるから始末に終えんのう。豊かになったとはいえ、ネイバブールの食糧も無限ではないのじゃ。自重せよ」


 ピシリと厳しい言い様で釘を刺す。


「何も無償で受け入れているわけではない。働ける者には働いて貰うし、戦える者には戦って貰う。これから悪魔軍と一戦交えようという所なのだ。頭数はあったほうが良い」


「悪魔軍から逃げてきた愚民が悪魔軍と戦えるとは思わんがの」


「……移民にはまだ徴兵するとは知らせておらぬ。断れば追放されるのだ。死にものぐるいで戦うだろう」


「なら、おぬしは偽善者――いや、詐欺師じゃな」


 再び厳しく切り捨てられたイワン公は、じろりとヴァネサ公を睨みつけるが、当のヴァネサ公は涼しい表情で見返す。


「詐欺師で結構。我々は、それこそ偽善で六公を務めているわけではあるまい」


 ギシリと背もたれに身体を預けてイワン公が言う。

 しかし、一度睨みつけてしまえば、取り繕っているのは見え見えだ。

 そんなイワン公の態度を見て、ヴァネサ公は満足そうに微笑んだ。


「移民のう……。全軍の準備の件もある。妾もユバの領地に赴くつもりじゃ。その時に様子を見させて貰おうかの」


 その後も六公会議は続き、ほぼ丸一日を費やして閉会された。

 決定したことは悪魔軍への対処と移民への処遇である。


 優先すべきはヴァネサ公とフェルディナント公による全軍配備の準備とマテウス公、イワン公による民衆の避難だ。

 悪魔軍がレイノ王国の王都に陣取っているとはいえ、反撃されればネイバブールの民衆にも被害が及ぶ。

 特にイワン公の治めるユバ族の領地はレイノ王国との境にあるため、民衆の避難は必須だ。

 ユバ族とレイノ王国からの移民は、マテウス公のリノケロス族領にて保護する運びとなった。


 避難と同時に進められる戦いの準備は、ヴァネサ公を筆頭にしてフェルディナント公の補佐で行われる。

 血の気の多いヴァネサ公の手綱を慎重なフェルディナント公が握る手筈である。

 会話ではぶつかり合うことの多い二人ではあるが、同じ六公であるお互いのことは認めている。

 この采配もネイバブールの六公における最適なものと言えた。


 セルハン公のミールウス族隠密部隊での敵情視察は全ての軍備が整う頃に行われる。

 セルハン公自身はすぐにでも斥候を放つべきだと意見したが、万が一隠密部隊が任務に失敗した時のために、最低でも迎撃の準備が整っていないと行けないと説得されて、意見を取り下げた。

 また、ボニファース公はエベヌム族の精鋭を集めて、自らの指揮の下で先陣を切るという。

 六公が戦場に出ることは珍しいが、エベヌム族では戦いにおいて族の代表が戦を引っ張るのは当然の事で兵の志気に関わるため必要なことなのだ。


 六公会議が終わると、公爵は一度それぞれの領地に戻って民衆に会議の決定を伝えなければならない。

 しかし、他の公爵が帰還の準備をしている中、ヴァネサ公はイワン公の宿舎に向かった。




「イワン公、おるか?」


 六公会議で使われる宿舎は簡素なものだ。

 議事堂もそうだが、民族紛争の戦場跡に作られた為、荒れ果てた土地にポツリと建っているだけの建物なのだ。

 普段は人の気配もないし、手入れが行き届いているわけでもない。

 ただ、場所が全ての領地の中心にあるために集まるのに便利だという理由だけで作られたのだ。

 そのため、議事堂を囲むように建設されているそれぞれの公爵の宿舎も、簡素な作りになっている。


 ヴァネサ公は戸の付いていない、垂れ幕だけの入り口を通ってイワン公の部屋の前にいる。


「ヴァネサ公か、どうした」


「見張りの者に通させた」


「それはそうであろう。何のようだと聞いている」


 イワン公は自室から出て、部屋の前にある応接間の長椅子に腰掛ける。

 ヴァネサ公にも正面に座るように促して、卓の上の水差しを手にとった。


「ユバ領におる移民のことじゃ。――うむ。悪いのう」


 ヴァネサ公は渡された陶器の器で水を飲み干す。

 応接間にはヴァネサ公とイワン公の二人だけ、宿舎の見張りはイワン公の側近が二人いるが、中の話し声は聞こえないだろう。


「しかし、イワン公。そなた、連れの者が少な過ぎはしないか? 妾もそなたが自ら水を注ぐとは思っていなかったぞ」


「儂の領地は今、人手に余裕が無い。仕方あるまいて。それに連れはいつもより少ないが、大抵はこんなものだ。儂の護衛など必要なかったからな」


 イワン公は自分の器にも水を注ぐと、それをちびりと口に含む。


「マクシミリアン候が死んだと公表しないのもその為か。やはりそなたは臆病者よ」


 イワン公が護衛を多くしないのには理由がある。

 それはマクシミリアン候の存在だ。

 イワン公自身、既に高齢で引退を考えており、その後釜はマクシミリアン候に譲るつもりであった。

 ネイバブールの武の象徴であり、個人にして最高戦力と謳われる者であれば、ユバ族からの指示も高い。


 ユバ族は大柄な外見通りに、武を重んじる風潮が強いのだ。

 マクシミリアン候は魔法使いだが、ユバ族の考える武とは戦の強さであり、肉体のみに限定したことではない。

 現にユバ族にも多くの魔法使いがおり、しのぎを削りあっている。


 マクシミリアン候は絶好の世継ぎだった。

 魔法を使わせれば同じユバ族で敵うものはなく、軍を率いれば百戦錬磨、その上肉体のみで戦うことでも右に出るものは中々にいなかった。

 それこそ、他の民族であるエベヌム族やリノケロス族の精鋭ならば戦えると言った程に、だ。


 そんなマクシミリアン候に注目が集まる昨今では、わざわざイワン公を暗殺しようとする者などおらず、イワン公は平穏な旅路を送ることが多かった。


「そなたの思っておる様に、妾も"霆狼のマクシミリアン"は死んだものと思っておる。今回の悪魔軍はそれ程に強烈じゃ」


「……よく全軍で叩き潰すなど言えたものだな」


「手をこまねいて見ているだけにはいくまい。こちらが先手を取らねばレイノ王国の二の舞いぞ」


 六公会議の中でもヴァネサが言った見解だった。

 レイノ王国は悪魔軍の動きを知っていたのか知らなかったのか真実は闇の中だが、悪魔軍に先手を取られて陥落した。

 何度も言わすな、とうんざりした様子でヴァネサ公は続ける。


「妾が来たのはその件ではない。移民じゃ。妾はこのまま領地に戻らずユバ領に行く。良いな」


「む? なぜだ?」


「移民の様子を見せろと言うたではないか。それに妾たちの準備が終わらぬとセルハン公が動けぬ。後手には回りとうない。会議の内容は使者にでも持たせて代弁させる」


「ここから直行するつもりか。……いや、早いほうがいいのは確かだ。わかった。では、明日の朝、共にユバ領へ向かおう」


「妾の領地は遠いのでな。特別な高速馬車で着ておる。そなたと側近も妾の馬車に乗るが良い。おぬしらの馬は……マテウス公辺りにでも預けていけ」


 言い残すとヴァネサ公は「馳走になった」と陶器の器を卓に置き、颯爽と宿舎を出た。


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