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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇百十六 王都カピタール包囲戦⑧

「増援が間に合って助かった、と思ったかしら? 貴男、忘れてないかしら。王都を包囲しているのは、あたしの配下達なのよ? 袋のネズミ同士が寄り添ったところで一体何が変わるというの?」


 悪魔が笑う。


「レベッカ……二番隊とともに遠距離魔法で奴を撃て」


 シャルルは低い声で指示を出す。

 即座に頷いたレベッカは引き連れてきた二番隊員と魔法の詠唱に取り掛かる。


「それに、貴男の方が時間切れではなくって? 声に張りが無くなってきているわよ」


 痛いところを突かれて、シャルルは奥歯を噛んだ。

 じわりと喉から血が滴る。


 カルディナールの爪を受けた喉の傷。

 ガストンやノエルには誤魔化して来ているが、既に出血した量は多く体力の消耗も激しい。


「楽しみたい所だったけれど、残念ね。期待はずれだったわ。貴男はそろそろ立ってもいられなくなる。所詮それまでの男だったってことよ」


「ほざけ! ――ウインドカッター!」


 カルディナールはシャルルの魔法を打ち消さなかった。

 繰り出された風の刃はカルディナールの胸元を捉え、真っ二つにせんと突き進む。


「だって、魔法がもう、こんな威力じゃない」


 カルディナールの翼が空気を一掻きすると、風の刃は押し負けて空気中にその力を分散される。


 ただ単にシャルルの集中力が落ちてきている。

 その上、心理的に痛いところを突かれての同様が、その刃をより鈍らに変えた。


「貴男にはもう、前衛を務める価値が無いわ。それと――」


 二番隊の放った魔法を悉く打ち消し、躱し、妨害しながらカルディナールはシャルルの背後へと回りこむ。

 そして王城の方をちらりと見て言った。


「増援が貴男達だけに来るものだとは思わないことよ」


 既に半壊した王城から、再び大きな爆音が鳴り響く。

 一度ではなく連続して二度、三度。

 四度、五度。


 砕けきれなかった大きめの破片が雨に混じって降り注ぎ、二番隊員のいる位置までも飛んで行く。


「ガフっ!!」


 破片の一部を躱せなかったシャルルが、背に打撃を受けて呻いた。

 喉からの血が逆流して口から吐き出す。


 膝をついたシャルルに重力は容赦なく次の破片を運び続ける。


「シャルル隊長!!」


 レベッカが叫ぶ。


 カルディナールは翼を翻して宙空を舞い、飛び散る破片の隙間を縫って飛んだ。

 その間も飛来する二番隊やガストン、ノエルの魔法を打ち消しながら。


「……大丈夫……だ! 魔法に集中しろ……! …………!?」


 駆け寄ろうしたレベッカを押しとどめた時、シャルルは飛び交う破片の中に異質なものを見た。

 石の色をした城壁の破片の中に、目が醒めるような蒼。 


「――アロイス!?」


 青海の鎧姿が浸水した石床を転がって、水しぶきを上げる。

 そのまま大通りを横切るほどに転がり続け、石壁に激突して止まった。


「まさか……アロイス殿!?」


 瓦礫の石弾で負傷した兵たちの中からも声が上がる。


 魔法隊で青い鎧を身に着けているのはアロイスだけだ。

 昇進を蹴り、一騎士としての立場にこだわり続けた"猛剣"に、その強さの証として国王から贈られた青海の鎧。


 それが大通りの隅でひしゃげている。


「……ぐ…………ぐぅお……ぁぁあああ!!」


 青海の鎧姿は乱暴に音を立て、雄叫びと共に立ち上がる。

 アロイスの鎧はボコボコに歪み、肩口の装甲は失われていた。


「中で一体何が……」


 騎士の中の誰かが呟く。

 その言葉に促されてか、その場の多くの視線が王城へと向いた。


 黒煙を上げる城門。

 凱旋の際に美しく見えるようにあしらわれた装飾は見る影もない。

 今はただの石塊と化した瓦礫の中から、のっそりと不自然な人物が現れる。


「ウフフフフフ。予想以上の出来だわ。思わぬ拾い物ねぇ」


 悪魔が楽しそうに笑った。


「新手……か……!」


 シャルルが瓦礫の中に立つ者に盾を構え、魔力を集中させる所作を見せる。

 と、立ち上がったばかりのアロイスが吠えた。


「シャルル!!! 手ぇ出したら、ぶっ殺すぞぁ!!」


 抜身の"猛剣"の威圧にその場にいる全ての者が静止した。

 辿々しく階段を降りるように瓦礫を渡るアポリーヌを除いて。


 アロイスとアポリーヌは互いにまっすぐと――まるで、これから抱擁をする家族の様に――歩み寄る。


 途中、アロイスはシャルルの横を通り抜ける。

 シャルルはアロイスの横顔を見て驚いた。


 顔の右半分が焼けている。

 火傷などという生易しいものではない。

 焼けているのだ。


 頬の一部が炭化して、赤熱している箇所まである。

 一目見て右目が既に機能していないことに気がついた。

 焼いた魚のように白濁し、眼窩からは体液が染み出している。


「……アロイス、眼が……。おまえほどの男が……」


 すれ違いざまに言葉が交わされる。


「なんか武器をくれや。剣は溶けちまった」


 重々しい口調での要求に、シャルルは魔法の詠唱で答える。


「――アイシクルスピア。使え」


 シャルルは酷く落ち着いて素早い詠唱をこなし、創りあげた氷の槍をアロイスに投げ渡す。


「悪ぃな。あいつは俺の娘だ。俺が止める」


 死角から投げられたにも関わらず、阿吽の呼吸でアロイスは槍を受け取る。


 シャルルはアロイスの言った言葉をうまく理解できず、呆然と背を見送った。


「アポリーヌ。完全に正気を失っちまったんだな……」


 互いに攻撃の間合いまで近づくと、アロイスとアポリーヌの足が止まった。


「…………」


 対するアポリーヌは一言も喋らない。

 代わりに、傍らに悪魔が降り立って話す。


「貴男、凄い気迫じゃない。褒めてあげるわ。……この娘、貴男の娘さんなのね。頑丈な精神は貴男譲りね」


「……なんだてめぇは、失せろ」


 隻眼での一喝。

 水溜りに波紋が広がるかのように、ピリピリとした空気が場を支配した。


「一言お礼を言わせて頂戴。この子は最高の出来よ。配下の中でもとびきり優秀な……人形になったわ」


「てめぇが、俺の娘をこんなにしやがったのか」


 アロイスの左眼が、ここで初めてカルディナールに向いた。


「ええ。彼女は今、憎い人間を皆殺しにする歌を聞いているところよ。随分、嫌いな人間が多かったみたいね。それはそれは想像以上の手際で殺戮してくれたみたい。貴男の育て方が、良かったの――――ね!?」


 突如、カルディナールは馬車に轢かれたかの如く後方に吹き飛んだ。

 たった今までカルディナールが立っていた場所には、アロイスが槍を突き出した格好で静止している。


「けほっ! 貴男、礼儀がなってないわね! アポリーヌ! そいつを殺しなさい!!」


 瓦礫に突っ込む寸前に翼を広げて上昇したカルディナールは、胸を抑えて咳込んだ。

 そして怒りの表情で命令を下す。


 アロイスの瞬速の突きは正確にカルディナールの胸を捉えたが、衣服と皮膚を突き破るだけで致命傷には至らなかった。


「――…………」


 歪な呼吸音を耳にして、アロイスは横っ飛びに回避行動をとる。

 直後、アロイスのいた場所に火柱が上がり、水溜りを蒸発させた。


「てめぇを仕留めりゃ、止まんのか?」


 アロイスは爆発的な跳躍力で空を飛ぶカルディナールに肉薄し、槍を横薙ぎに払う。

 切っ先が頬を掠めて、カルディナールはぎょっとした。


「何なのかしら貴男は! 飛蝗みたいに跳びはねるのね!」


 カルディナールは更に上空へと舞い上がる。

 槍の届かない距離に逃げられ、アロイスは地面に着地した。


「くそが。これじゃあ届かねぇ……」


「――…………」


 ひゅっという微かな音を雨の中から聞き分けて、アロイスはしゃがんだ。

 頭上を火球が通り過ぎていく。

 アポリーヌは次々と魔法を放つつもりのようだ。


「アロイス!!! 槍は投げてしまって構わない! 代わりは幾らでもある!!」


 シャルルが掠れた声で叫ぶ。

 そのシャルルの周囲には、まるで武器庫の様に大量の氷の槍が準備されていた。

 シャルルの喉からはボタボタと血が垂れ続けている。


「皆の者! アロイスの援護だ! 可能な限り小さく詠唱をし、悪魔に向かって魔法を放てぇ!!」


 シャルルは振り絞るような号令を続ける。

 それから、アロイスの目を見て言った。


「アポリーヌ嬢の攻撃は私が知らせる! アロイスは悪魔に集中しろ!! ――デテクトレヴィン!!」


 全ての動きを察知しようと、電界を広げるシャルル。

 その様子を見て、アロイスは即座に持っていた氷の槍を投擲した。





「――左、火球!」


 アロイスの肩をこぶし大の火球が掠める。

 いつの間にかシャルルの横に控えていたレベッカがアロイスに槍を投げて補給する。

 受け取った槍を即座に投げて、カルディナールの逃げ場を奪う。


「――前へ飛べ!」


 火炎放射がアロイスの足跡を焼く。

 アロイスの足が地面から離れ、再び地面に着くまでの間に槍を受け取り投げつける。

 跳躍の勢いを乗せて投擲された氷の槍は、カルディナールのつま先を削った。


「――火の粉! かき消せ!」


 新たな槍を高速回転させて、火の粉を振り払う。

 そしてそのまま遠心力を乗せて放り投げる。

 レベッカは間断なくアロイスに武器の補給を行う。


「――火球、三方向。防御しろ!」


 ファイアボールとアイシクルスピアが相殺し、熱波と冷気が入り交じる。


「――火柱。広範囲……受け取れぇ!」


 氷の槍ではなく、シャルルの盾が投げ渡される。

 アロイスは盾を地面に向けて、火柱をやり過ごす。


「――火球……伏せろ……!」


 人間大の火球がアロイスの頭上を通過する。

 立ち上がりと同時に槍を射出するアロイス。




 飛ぶ先、飛ぶ先で槍に襲われ、カルディナールは苛立った。

 一度、アイシクルスピアの突きを受けて無事だったのは、法衣の防御力の高さがあっての事だった。

 現につま先を掠めた槍は、カルディナールの末端を持っていったし、頬を掠めれば出血する。


 魔法を打ち消そうにも、既に形成されてしまったアイシクルスピアは物質だ。

 物理的に砕くか、もしくは炎熱魔法の様な高熱で溶かすか相殺するしかアロイスの獲物を奪う方法はない。

 かと言って、接近するわけにもいかず、呑気に魔法を詠唱する暇もない。


 第一、カルディナールは炎熱魔法を扱えないのだ。

 その上、他の騎士からの魔法を"リジェクト"しなければならない。


「化物じみた筋力ね。たかだか槍の一本が、なんて威力……!」


 逃げることも向かうことも出来ずに空中で槍を躱し続けるカルディナール。

 だが、カルディナールは余裕を持って戦っていた。


 彼女はこのまま攻撃を避け続けるだけで良いことを知っている。

 アポリーヌの攻撃を、アロイスが回避する要はシャルルの指示だ。

 そのシャルルは既に満身創痍。

 出血多量でいつ倒れてもおかしくはない。


 もうしばらく、かかるかしら。

 とカルディナールが思っていた時、アポリーヌの放った魔法を見て、カルディナールは思わずニヤついた。


 それは、広範囲に渡る火柱の魔法。

 多量の魔力を編みこんだ"バーニングタワー"だ。


 アロイスはシャルルから渡された盾で身を守り、事なきを得た。

 が、シャルルも、その隣で槍を渡している女騎士も、多量に作り置きされた氷の槍をも巻き込んだ。




「次の槍を寄越せ……!」


 武器が補給されなくなり、シャルルの方を振り向いたアロイスの動きが止まった。


 唯一見えるアロイスの左眼には、熱からシャルルを守って焼死体になったレベッカと、半身が同様に焼け焦げたシャルルの姿が映った。


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