◇百十三 王都カピタール包囲戦⑤
「王都の民を襲ったのは陽動のためか!! ――アロイス! 至急、城に戻って援護! 君たちは私に付いてきて下さい! 国王陛下の安否を確認します! 他のものは戦線の維持を!」
シャルルは素早く指示を出して駆ける。
アロイスとシャルルの小隊、他三名は残りの一番隊員に場を任せて王城へと急いだ。
王城の被害は目に見えて明らかで、正面の城門が崩されている。
爆発によって城の外周の城壁も大きく崩壊し、黒煙が上がっていることから、雨の中でも火災が発生している事が伺えた。
一番隊が戦っている時には、町民の多くが王城へ避難をしていた事を幸いに思っていたが、こうなってしまえば状況は真逆だ。
王城に集まった町民が敵の奇襲で大きな被害を受けることは免れない。
シャルルはギリリと歯噛みした。
「アポリーヌ……! 無事でいろよ!」
アロイスは王城に残した娘を心配し、鬼気迫る表情でひた走る。
「王城の守護は三番隊が担当しています。彼らがやられるとは思いませんが……」
シャルルのつぶやきは、後方で隊列を崩さずに走るガストンの耳に届く。
「三番隊は防衛に特化した隊のはず……。彼らが対処できない魔法は無いと思いますが……」
王都の魔法隊の一番隊は攻守を備えた万能型。
二番隊は詠唱を必要とする炎熱、氷雪魔法の使い手が多く配属される攻撃特化の隊。
三番隊は旋風、電雷魔法を主とした妨害、防衛を重視した対魔法と防衛型の隊となっている。
その下、四番隊以降は完全な実力順という構成だ。
防衛に関してのみならば三番隊は、一番隊でも敵うことはない程の実力者揃い。
その防衛が破られたという事は、悪魔軍の攻撃力を防ぐ盾は王都には存在しない事になる。
「何か策に嵌められたと思いたいですね……」
悪魔軍が正面突破で三番隊を突き崩したなら、一番隊のシャルル達が援軍に向かっても、無駄となる可能性が高い。
消極的な希望を口にしながら、シャルルは一層加速した。
◆
三番隊隊長ジュリアンと配下の三番隊員は綿密な陣形を組み、王城に近寄る悪魔軍に対しては旋風魔法の弾幕を張って完全なる防衛の構えを見せていた。
その一方で、避難誘導を受けてやってきた者を城内へと収容し、町民の安全を確保する。
王城が爆発と崩壊に見舞われたのは、一人の負傷者を収容した直後だった。
負傷者は女性で、顔を抑えて大量の血を流していた。
元は端正な顔立ちだったであろうが、肩口で切りそろえた金髪以外は見る影もなく、口元を大きく負傷しているようで、全ての歯が抜け落ちていた。
声を発することも出来ないのか、呻き声を上げるばかりで、それまでに収容した怪我人の中では一二を争う重傷者だった。
相手をした三番隊員は、至急で応急処置をするため、怪我人の為に開放している兵の療養所へと運び込み、そのまま炎熱魔法の爆心地となって灰になった。
木造の療養所は丸ごと燃えカスとなり、ブスブスと黒煙を上げるばかり。
地面はめくれ上がって破片が突き刺さる。
「…………コフっ……」
抉れた地面の中央より少しずれた場所での小さな咳払いから、少し遅れて爆風で吹き飛んでいた雨が一斉に降り注ぐ。
止まっていた時間が動き出すようなその光景を、恐怖の貼り付いた表情で駆けつけたジュリアンが見ていた。
「……な、何者――」
「――…………」
詠唱かどうか定かではない呼吸音。
否、それは確かに詠唱だった。
現に魔法は発動し、ジュリアンの身体は炎に包まれる。
羽虫が群がるかの如く小さな炎に蝕まれ、ジュリアンは転がる燃えカスと見分けがつかなくなった。
チラリとした一瞥は、ジュリアンの生死を確認したのか。
ふらふらとよろめきながら、アポリーヌは覚束ない足取りで空っぽになった中庭を通り抜け、高い外壁の中――王城の外周へと至る。
中には出窓から弓を構える王国騎士や、空中の悪魔軍に攻撃をしている魔法隊の騎士がおり、アポリーヌが近づくと皆、ギョッと身を縮めて驚いた。
およそ生きているとは思えない容姿。
自らの炎熱魔法で爛れた皮膚と、焦げた髪。
唇のない顔。
それらが手練の騎士をも一瞬怯ませる。
アポリーヌの詠唱は、詠唱と気が付かれることがなく。
魔法の発動に気がついた時にはもう遅い。
すれ違う騎士を全て、燃やし尽くしながらアポリーヌは城内を徘徊した。
炎熱魔法、氷雪魔法における魔法の詠唱とは、魔力を必要な熱量に変える儀式である。
その儀式を詠唱という形で行うことで、魔法が発動するのだが、詠唱は誰の為のものでもない。
例えば薪に火を付ける際、薪は詠唱を聞いて燃えているのではないし、耳を塞げば相手の魔法を受けなくてすむというわけでもない。
当然ながら、詠唱を魔法の対象となる者が聞こえている必要はないのだ。
では、詠唱とはなんの為に唱えられるものなのか。
それは世界に対して唱えられているに違いない。
通常、世界の理は詠唱を起点に魔法を起こす。
しかし、言語を持たない魔物でも魔法を扱う者はいる。
つまりは詠唱とは世界の理に働きかけることが重要であり、発声を必須とするものではないのだ。
魔法を使う者が"確かに詠唱を行った"と、雑念なしに確信すること。
それが魔法の起点となる。
発声による詠唱は、最も簡単な過程にすぎない。
アポリーヌは、歪な呼吸だけで次々と王国騎士を血祭りに上げた。