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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇百十ニ 王都カピタール包囲戦④

「悪魔……」


「そう、悪魔よ。貴女は人間ね。こんにちわ」


 青黒い肌と眼の色を見て、アポリーヌは自分と話している女性が悪魔だと知る。

 だが、恐怖は湧いてこなかった。

 アポリーヌの感情は既に許容量を上回り、新しく恐怖を感じるような余裕はないのだ。


「怖がらないわねぇ。これだけ近くに悪魔を目の前にして、恐怖を感じない人間は初めてかも知れないわぁ」


 おそらくキョトンとした目をしているのだろうが、眼球が全て真っ赤なので細かな表情は分からない。

 悪魔の女性はとりわけ反応のないアポリーヌの顔を覗き込む。


「貴女……もう大分感情が壊れてしまっているわね。さっき言ってた友達の死が原因かしら? 人間というのは難儀なものねぇ。同族が一匹死ぬだけで、こんなになっちゃうんですもの」


 マリーの死を侮辱された気がして、アポリーヌはボソリと炎熱魔法の詠唱を開始した。

 理性が失われてしまった所為だろうか、マリーの事に対してだけは身体が即座に反応する。


「――ファイアボール」


「――ヴォイド。感情が壊れても魔力を使うことは出来るのねぇ。面白いわぁ」


 火球が生まれた側から虚空に飲み込まれて消滅した。

 悪魔の使う古代魔法が、魔力の集中した空間を蝕んだ。


「――ファイア……むぐ」


「しーっ。……まぁまぁ、落ち着きなさい。わたくし、少し面白いことを思いついたのよ。それをするのに貴女はとっても都合がいいわ」


 悪魔の女性は立てた人差し指をアポリーヌの口に当て、魔法の詠唱を阻害する。

 あまりに自然な動きだったため、アポリーヌはその状況を受け入れてしまう。


「ちょっと……いや、たぶんかなり痛いと思うけれど、恨まないでね? これから貴女の中の憎しみを増幅させて、わたくしの手駒に変えてあげるわぁ。 ――グラッジアンセム」


「何を、やめ――――あ……」


 大量の魔力の流入。


 悪魔の指先から。


「――ごぉ!?」


 ボトボトと、アポリーヌが吐血する。

 雨に濡れた地面に血が交じって広がっていく。

 激痛。




 ――痛い痛い痛い痛い痛い。




 口の中を火かき棒で穿られるような感覚。

 血だまりには歯が転がっている。




 ――熱い熱い熱い熱い熱い。




 眼の奥が沸騰するように熱い。

 鼻からもおびただしい量の血液が流れ出る。


「あら、失敗かしら? 耐え切れないかもしれないわねぇ」


 女性の声はアポリーヌの耳に届かない。

 だが、アポリーヌは顔中の痛みの中で、耳だけが痛まないことに気がついた。



 ――…………………………。



 心地よい。

 とても心地よい歌声が聞こえる。


 それは、全てを呪う歌。

 その歌に歌詞はなく、アポリーヌには歌声とだけ認識される。


 歯が全て抜け落ちる激痛から逃れるために、本能的にその歌声のみに意識が収束していく。


「コォォォ――。コォォォ――」


 唇が張り裂けて歯茎が剥き出しになり、目からも流血しながらアポリーヌは歌を口ずさむ。

 その歌の中では、内の全ての憎しみが正当化される。


 ――ああ、憎い。


 ――大切なものを蔑ろにした全ての者が。


 ――憎い。


 ――ヴァレリアーノ。アロイス。シャルル。王都に住む全ての貴族。




 ――憎い、憎い。


 ――アンジェロ。ジョゼ。グイド。ダリオ。ニコラ。私を利用した全ての者達。




「ウフフ。大丈夫、貴女はもう自由だわぁ。このわたくし、カルディナールの下で好きなだけ人間たちに復讐をすればいいのよぉ」


 魔法の成功に満足のいった悪魔の女性――カルディナールはニコリと笑ってアポリーヌの頭を撫でた。


 古代魔法"グラッジアンセム"。

 負の感情を増大させて、不死身の戦士をつくりだす、怨念の聖歌。


「いいわぁ~。それじゃあ、まず最初にさっき貴女が言っていた、王城に案内して貰おうかしらぁ」









 "猛剣"がその名の通り、猛り狂って剣閃が迸る。

 滑空という方法で襲撃する悪魔軍は、アロイスに取ってはいい的だ。


 急な旋回や細かい動作は行えず、迎え討つアロイスの剣を避けるのは至難。

 アロイスを一介の騎士と甘く見た者から、彼の背後に摘まれた死体の山の仲間入りだ。


 今、また一つ両断された悪魔の身体がその山に追加された。


「斬り足りねぇぞぁ! もっと、かかってきやがれやぁ!!」


 鬱憤を晴らすかのように暴れまわる"猛剣"は、他の一番隊からも恐れられ、少し距離をおいた所で大立ち回りを演じている。


 一方シャルルは堅実に、他の騎士と四人で陣形を作り、遠距離魔法で悪魔達の機動力――翼を集中的に狙ってからの白兵戦を挑んでいた。

 シャルルが前衛で盾を構え、悪魔の攻撃を旋風魔法で妨害する。

 次に中衛二人の騎士が攻撃を担当し、落下した悪魔にとどめを刺す。

 後衛の一人が遠距離魔法で攻撃と防御の補助を受け持つ。


 戦い方は正反対だが、アロイスもシャルルも同程度の屍を築き上げている。


「悪魔っつっても、こんなもんかぁ!? 大将を見つける前に狩りつくしちまうぜ!!」


 アロイスが吠える。


「そういう余裕はアロイスだから言えることですよ。自分が常人離れしていることを自覚してください」


 とシャルル。

 一番隊の他の騎士たちも、シャルルとアロイスには及ばないが悪魔達と五角以上に渡り合っている。




 人間は悪魔に敵わない。

 そう思っているのは一般人や新兵ばかりで、王都の最高戦力である一番隊にかかればこんなものだ。

 シャルルの陣形の後方で補佐を行う魔法使い――ガストンは自軍の強さに酔いしれた。


 敵である悪魔の数は多いが、王国騎士は着実に相手の数を減らしている。

 魔力の残量にも心配はない。

 ガストンが余裕を感じるのも仕方のないことだろう。


 それに、余裕の表情を見せていつのは、なにもガストンだけではない。

 中衛の二人も始めと比べ、次第に口角の上がった顔になっている。

 おそらく、シャルル隊長もそうだろう。

 王都を守るレイノ王国の最高戦力は悪魔軍をも圧倒するのだ。


 しかし、そんなガストンの幻想はすぐに打ち砕かれた。


「おかしい……悪魔は魔法を得意とするはず……なぜ愚直な突撃を繰り返す?」


 シャルルの深刻な呟き。


 そうだ。

 悪魔軍は頑なに槍での突撃を繰り返しているが、一向に魔法を使う気配がない。

 人間を見くびっているのか?

 いや、それなら屍の山が築かれるのはおかしい。

 悪魔だって命は惜しいだろう。

 相手を侮って死ぬくらいなら、魔法の一つや二つ、使うはずだ。


「皆さん、気を緩めないで下さい。悪魔軍が何を企んでいるかわかりません」


 シャルルの忠告は身に沁みた。

 ガストンはたった今、この瞬間まで油断をしていたという自覚が芽生える。


 今一度、気を引き締めて悪魔の討伐に乗りかかろうと、気合を入れて詠唱をする。


「――イグニートアクス」


 力を込めた詠唱は、ガストンの魔力を高熱へと変換し、中空に大斧を模った。


「シャルル隊長! 自分も嫌な予感がしてきました。早くこの状況を変えるべきです。"これ"で一気に殲滅出来ませんか?」


 ガストンは自分の創りだした炎の大斧を指差して、シャルルに訴えかける。

 シャルルはその大斧を見て頷くと、大斧を目掛けて手をかざす。


「やってみましょう。――ハイパーガスト!」


 シャルルが繰り出した突風は、炎の大斧を火炎放射へと変える。

 焦熱の風が吹き付ける先は、上空の悪魔達のど真ん中だ。


 強烈に空気を送り込まれた炎の勢いは凄まじく、雨をバチバチと蒸発させながら悪魔の軍勢を焼き払う。

 さながら松明で払われた羽虫のように、なすすべもなく火達磨になった悪魔が次々と落下する。


「……全部を焼き払うのは……流石に無理ですね……!」


 ハイパーガストに大量の魔力をつぎ込んだシャルルは、涼しい表情を崩して額に汗をかいている。


「ですが、一気に数を減らせました。今のうちに敵の大将を探しましょう」


「ええ。ただ先行のしすぎは禁物です。相手の狙いが分からない状況では慎重に、ですよ――――!?」


 戦場で仲間に信頼を置いているシャルルは、戦いの中でめったに振り返ることはしない。

 この時は、ちょうど戦いの区切りとなったのもあり、後衛のガストンを窘める為に偶然振り返っただけだ。

 だが、その時目に入ったのはガストンではない。


 目を疑うような事態がシャルルの目に飛び込んだのだ。

 それは、爆煙を上げて王城が崩れ落ちる光景だった。

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