◇百十 王都カピタール包囲戦②
「王都の安全を優先します! 優先事項は被害状況の把握! 一番隊の合流! 町民の保護です! 王城に帰還しつつ出来るだけ多くの町民を助けて下さい!」
「おう! 娘は拘束を解除させてもらうぜ。……戦えるな!?」
アロイスはアポリーヌの両手の拘束を解くと、アポリーヌに顔を寄せ、真剣な表情で確認する。
「……魔力はまだ残っている。だが、シャルルに手を貸すつもりはない!」
「意地を張ってる場合か! 悪魔軍の襲撃だぞ! 町民が危ねぇ!」
アポリーヌは目の前のアロイスを無視して、シャルルを睨みつけて続ける。
「シャルル! 私の質問に答えろ! 同盟派だと言うのは偽りか!!」
「アポリーヌ嬢! 今はそれどころではないのは、わかるだろう!? 騎士は町民を守るのが務めだ! 状況は一刻を争う! 優先順位を考えろ!」
優先順位と聞いてアポリーヌの中で、一つの感情がついに弾けた。
シャルルの言う優先順位とは騎士の優先順位でしか無い。
町民は確かに大事だろう。
騎士階級は町民を守ることが義務なのも確かだ。
だが、アポリーヌの優先順位――行動原理はマリーだ。
またしても"それどころではない"と自らの最も大切な者を否定された。
それも、マリーの肉親に、だ。
アロイスは自分の娘の事しか考えていない。
それも、身の安全ばかりで娘が大切にしている親友については無頓着だ。
弾けた感情は憎悪に相違なく、マリーを大切に思っていたのは自分だけだったのかという虚しさが、その火に油を注ぐ。
「優先順位を考えろだと!? 私の最優先はマリーの死の真相を知り、殺した者に復讐することだ! 貴殿こそ、マリーの兄だというのに、何も感じないというのか!!」
「……!!」
シャルルはギリッと歯を食いしばった。
「アロイス! 娘は置いていけ!! 足手まといにしかならない!!」
「ふざけんな! ちょっと混乱してるが、娘を置いていけるか!」
悪魔軍の襲撃を受けている街中に、アポリーヌを置いて行くというシャルルの判断に、アロイスが強く反発する。
それを受けて、シャルルは頭を振って地面を踏みつけた。
「私が妹の死に何も感じていないと! そう言うんですか! 私がどんな思いで、過激派に加担したか分かりもせずに!」
激昂からの告白。
シャルルは今、確かに過激派の味方だと言った。
「おまえ、過激派……だったのか」
アロイスも初耳の様で、激昂したシャルルの様子よりも告白の内容に驚いている。
「ええ、そうですとも! 元々、同盟派は支持する貴族の数で不利! 過激派が勝てばフランシス家はお終いです! ならばせめて父フランシスが失脚した後、私が後を継いだ時に過激派に居場所を作っておく必要がありました! ヴァレリアーノがマリーの誘拐を企てていることも知っていましたよ! けれど、まさか……殺すなんて!」
過激派が勝利すれば、フランシス家の権威は失墜する。
しかし、シャルルが過激派に加担していれば、過激派の勝利後にフランシス家の被害は当主であるフランシスの処刑程度で許されるように取引したのだろう。
それは、自分の権威を保つためか、それとも残される妹達を――フランシスの血筋を守るためか。
後者だからこそ、シャルルは今、激昂し、下水道でヴァレリアーノを始末したのだろう。
復讐者はアポリーヌだけではなかったのだ。
「アロイス……無駄話はここまでです。今まではヴァレリアーノ候を殺害した犯人を仕立てる必要があったので、アポリーヌ嬢を捕らえておきましたが、今や事態は派閥争いがどうのと言っている状況ではありません。悪魔軍を駆逐してから全ての決着を付けましょう」
シャルルの告白に衝撃を受けたのはアポリーヌよりもアロイスだった。
「シャルル。てめぇ、俺の娘を犯人に仕立て上げるつもりだったか? こんな状況じゃなけりゃ、首を飛ばしてやるところだ」
「…………」
「肯定と取るぜ? 悪魔軍を追い払ったら決着だったな。忘れねぇぞ。てめぇの最後の戦いがこの王都の防衛だ。キリキリ働けや」
"猛剣"の静かな怒気が、ジリジリと空気を焦がすかの様に広がる。
シャルルはアロイスの方を見ず、じっと悪魔軍の様子を探る。
「――来ます。この場は退避。先ほども言った様に王城への帰還をしつつ、途中で町民を助けます」
「捕まれアポリーヌ。俺ぁ一気に王城まで走る。おまえは城内に避難してろ」
「自分で走れます、父上」
差し伸べられた手を取らずにアポリーヌは自らの足で走り出す。
先に走っていたシャルルの後ろにつく形になり、その後ろ――殿をアロイスが受け持った。
シャルルの忠告どおり、アポリーヌ達に気がついた悪魔が一体、翼を小さくたたんで槍を突き出し、急降下。
槍の穂先は真っ直ぐにシャルルの位置を捕捉している。
「とぁ!」
大通りに出て王城までの道を駆け抜けながら、シャルルは素早い身のこなしでカイトシールドを前方に回し、槍の一撃を弾く。
頑丈な盾に攻撃を阻まれて、悪魔は空中で宙返りをして大通りの石床へと着地。
「――ウインドカッター!」
悪魔の着地する場所を予測していたシャルルは、旋風魔法の風の刃を繰り出して、さらりと悪魔の胴を切り飛ばしてみせた。
「流石は一番隊隊長だ。……だが、シャルル殿は武器を持っていないのか? 私を抑えた時も盾を使っていたが……」
「ん? あぁ、あいつは剣とか刃物は持っちゃいない。持っているのは、あのでかい盾だけだ。攻撃は全部魔法で済ませちまうからな。魔法より切れ味の悪い剣を持つなんて無意味なんだろ。……俺とは完全に真逆だぜ」
なるほど、とアポリーヌはシャルルの戦い方を見て納得する。
一体の悪魔の攻撃を皮切りに、続けざまに現れた別の悪魔も、カイトシールドで身を覆い、氷雪魔法"アイシクルスピア"で飛ばした氷の槍で撃ち落としていた。
対してアロイスは後方から滑空してくる悪魔たちを、正確に翼を狙って切り落とし、石床の味を振舞っている。
「――ファイアボール……」
王都の超人二人に挟まれたアポリーヌは、唯一自分にできる役割を見つけ、移動する三人を包むように火球を幾つも精製する。
空中に浮かぶ地雷原の様に配置された火球は、滑空して強襲をかける悪魔に対する牽制としては高い効果を上げていた。
火球を展開する前と後では、直接攻撃を挑む悪魔の数が激減したのだ。
「流石は俺の娘だ。やるじゃねぇか。随分、成長したみてぇだな……」
アロイスは場違いながらも感慨深くアポリーヌを励ます。
「戦場で生き残るには、足りない長所を伸ばすしかありませんでしたから……」
心中に憎悪は満ち満ちているが、父であるアロイスにぶつけても仕方がない。
先頭を走るシャルルもまた被害者だった。
アポリーヌは自分の内の憎悪をぶつける相手を探して走る。
ヴァレリアーノが言った通りだとすれば、マリーの仇は連続暗殺事件の犯人だ。
見つけ出して殺せば、溜飲が下がるのだろうか。
それとも、本当はヴァレリアーノが全て仕組んだことで、復讐はシャルルが肩代わりしてくれたのだろうか。
そうであれば、残った憎悪はどこに吐き出せばいい。
理不尽な運命自体を呪うか。
それにどんな意味がある。
アポリーヌはもはや自分がなにをしたいのか、見失っていた。
だから、今の状況は好都合だ。
ただ、襲いくる悪魔を屠ればいい。
幸いにアロイスとシャルルという頼れる戦力がいるおかげで、手も足も出ずに死ぬことはない。
だが、全てが終わった時、またもう一度考えなければならなくなるだろう。
一連の悲劇はなんだったのか、自分は何をすればいいのか。