◇百七 電葬
「少し失礼致しますネ。逃げられては追いかけなくてはいけませんのデ――」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「他の皆さんもどうかそのままデ。大丈夫ですヨ。射程内でス」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「あ、そうでしタ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「先に聞いて置いた方が楽ですネ。後で無駄骨は嫌ですかラ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「あなた方が来た方向に隣国の強い魔法使いがいるんでしょウ?」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「やはりそうですカ。長い間、狭苦しい思いをして人間の都に隠れていた甲斐もあったものでス」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「あなた方の他に都に向かっている人間はいますかネ?」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「何が起こるかわかりませんので、不確定要素は全て摘まないと気が済まないのですヨ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「ああ、そうですカ。戦場から逃げたのは、あなた方だけなのですネ。それは良かっタ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「石火のモルガン、地方伯ブリアック、四番隊隊長ベルナール、傭兵クロヴィス、魔法屋の息子ローラン……」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「おっと忘れていました。予定外でしたが一人――フランシス家令嬢マリー」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「危険分子の討ち漏らしは、一番隊隊長シャルル、急雷のジョゼ、これから殺す霆狼のマクシミリアン……この三人がどこにいるか分かりますカ?」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「ほウ! ジョゼとマクシミリアンはこの先で、シャルルは都の中ですカ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「では、二兎を追うことにしてジョゼとマクシミリアンを先に片付けましょウ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
「シャルルは"依頼人"がどうにかするでしょウ。一人くらい残していても、怒られたりはしないですよネ」
キシキシキシキシキシキシキシ。
キシキシキシキシキシキシキシ。
キシキシキシキシキシキシキシ。
◆
転がる鎧はさながら中身の入った騎士袋だ。
グイドとリナルドは騎士ではないため、さしずめ魔法使いの袋といったところか。
混濁した意識は戻ることなく、聞かれた事には妄言の様にぶつくさと唇を機械的に動かして答える。
自我や意志、感情、感覚を剥奪された人間は、もはや人間としての体をなさない。
唯一残った記憶もただただ情報として垂れ流し、垂れ流した側から失っていく。
次第に彼らは自分が人間であることも忘れ、呼吸も忘れて朽ちていく。
「――オブリビオン」
ナーダの名前も既に思い出せないリナルドが、仮面の男から聞いた言葉は魔法の名のようだったが、たった今それも忘れ去られた。
全てを忘れた人間袋は雨に打たれ続けるが、寒さもなにも感じない。
◆
雨に打たれながら馬を駆り、後ろを気にしながら鞭を振るうのが限界に達した頃、ジョゼは馬の足を止めて追走するマクシミリアンに向き直った。
「馬も大分疲れているようじゃな。若造の足が速いとはいえ、あまり離せておらん」
霆狼はジョゼから一定の距離を取り、止まったジョゼを取り囲む様に連携をする。
その後ろから、少しだけ息を切らしたマクシミリアンが追いついた。
「急雷よ。……逃げるのはお終いか?」
「そうじゃのう。呆れるほど体力のあるやつじゃ。ここいらで決着と行こうと思っての」
「主君を逃がした故の覚悟か。勝てぬと分かっていながら挑むとは、参謀としては二流ではないか」
「ネイバブールの将軍様は勝てる戦しかしない性分のようじゃの? 勝てぬ戦を勝利に導くのが一流といつものじゃ」
「口の減らないババアだ――――かかれ」
マクシミリアンの合図で一斉に霆狼が駆ける。
ジョゼの正面、左右、背後から。
飛びかかる爪に地を這う牙が騎乗のジョゼに襲いかかる。
「部隊の統率、迅速な包囲、素早い攻撃とどれを取っても手強いのう。しかし、追い詰めたつもりじゃろうが、今回はわしらが準備をしていたことを忘れたか? ――――ガルバニックマイン!」
「ぬぅ!?」
電撃の牙と爪がジョゼの身体に食い込む前に地面が苛烈な閃光を放ち、一瞬にして視界は白一色へと漂白される。
ジョゼの仕掛けた設置型の電雷魔法。
ガルバニックマインは地面から上空へ向かって迸るジョゼの最高威力の電雷魔法。
マクシミリアンの操る霆狼は、より高い出力の電雷魔法に飲み込まれ掻き消えた。
「マクシミリアン。常に距離を取っていたのは正解じゃったな。ガルバニックマインに巻き込まれずに目がくらんだだけですんだようじゃのう。じゃが――」
予め目を瞑っていたジョゼはゆっくりと開眼し、ふらつくマクシミリアンを見据える。
「一撃加えれば終わりの魔法使い同士の戦いで、視界を奪われるのは致命的じゃぞ。――サンダークラッ――――」
「ようやく見つけましタ。まずは、急雷のジョゼ……ですネ。さようなラ」
ジョゼの眼前の雨粒が消え、入れ替わった様に仮面が現れる。
それを認識した時には、既にジョゼの命は仮面の男に握られていた。
「せっかくですから電雷魔法で。――ライトニングウィップ」
「あががががががががががががが!!」
いつどこでどうやってもわからないほどに素早く伸びた電撃の鞭に巻き取られ、ジョゼの身体は激しく痙攣し、声帯が無理矢理に震わされて奇声を上げる。
眼球は沸騰し、皮膚は焦げ、熱した鉄板の上に垂らした水滴の様に雨粒が突沸してジョゼの体表を走り回る。
「まったく、こんなに遠くにいるならば、わざわざ出向く必要もなかったかもしれないですネ」
「ががががががががががががががが!!」
既に絶命したジョゼの身体は、ナーダの独り言の間も肺の中の空気を全て吐き出すまで発生を続ける。
次第にブスブスと白い煙を上げ、反対にジョゼは黒い消し炭へと変わっていく。
「マクシミリアンはそちらの御仁ですカ。おヤ? 目が見えていないんでしょうカ? これでは本当に無駄足でしたネ」
マクシミリアンは確かに視界を奪われてはいるが、この場に起こった異変に気がついた。
ジョゼが何者かにやられ、そのジョゼを殺した者が異様な雰囲気でもって自分を見ているということに。