◇百六 うつろうナーダ
強力な魔法使い同士の戦いは、すべての攻撃が致命傷となるため、互いに最も神経を削るのは相手の魔法の妨害だ。
炎熱魔法ならば同威力以上の氷雪魔法で相殺し、氷雪魔法ならば同様に炎熱魔法で相殺する。
電雷魔法は同じ電雷魔法で受け流し、旋風魔法も旋風魔法で対抗するのが基本だ。
その中でも旋風魔法は妨害に特化し、形のある魔法――炎熱魔法の"ファイアボール"や氷雪魔法の"アイシクルスピア"などは風の刃"ウインドカッター"で切断して無力化する。
マクシミリアンの電雷魔法"ブリッツファング"も旋風魔法による切断には弱い。
その他にも炎熱魔法"ブレイズコーン"や氷雪魔法"コールドスプレッド"などの温度の変化をぶつける魔法に対しても旋風魔法は風で方向を変えることによって対処が可能だ。
だが、四つの属性を全て扱える魔法使いは少なく、戦闘に重きを置いた魔法使いは旋風魔法の習得を選択するものが多い。
閑話休題。
ジョゼとマクシミリアンは双方とも電雷魔法の使い手だ。
互いの魔法は単純に攻撃力にもなり、相手の魔法を妨害する盾ともなる。
そうした状況で戦いの雌雄を決するのは魔法使いの魔力保有量だ。
言い換えれば精神力、集中の持続力としてもいいだろう。
マクシミリアンは"ブリッツファング"の効果を際だたせるため、魔力の保有量を伸ばしてきた。
しかし、この戦いでは先にアンジェロ軍との消耗戦を経験し、休みなくジョゼとの戦いに身を置いている。
これが戦況にどう影響するか。
「――スパークリングネット」
二匹の霆狼をいなした時と同じく、ジョゼは殺到する霆狼の群れを電撃の網で迎え討つ。
「貧弱だぞ、急雷。そんなちっぽけな網など貫いてくれる」
マクシミリアンは霆狼の群れを集中させて、一点突破を図る。
電光の塊となった霆狼とジョゼの展開したスパークリングネットの放つ光は、後者のほうが弱々しい。
「――収束」
ボソリと呟くジョゼ。
発生した網の端を掴むようにしている右手を巧みに動かして、巻き上げるように電撃を束ねていく。
「む!?」
マクシミリアンが表情をしかめて見たのはジョゼの手から繋がる光の束だ。
さながら鞭のようにしなって霆狼の電光を打ち据える。
「網を束ねて威力を増したのか!」
「若造。ライトニングウィップという電雷魔法を知っておるか? 古に魔女が使っていたという電雷魔法じゃ。これは"もどき"に過ぎんがのう」
打ち据えられた電光の塊は一部を空気中に拡散、また一部を鞭へと吸い込まれるようにして消滅した。
「……今ので一気に狼を消費した。ここからは無駄撃ちは控えんとな。――ブリッツファング!」
ジョゼが払った数と同じ数の霆狼が再びマクシミリアンの周囲を埋め尽くす。
「まるで無尽蔵じゃな。若造の相手は老骨には堪えるわい」
現れる霆狼をジョゼは片っ端から穿とうと、鞭を振るうが敏捷な狼の形状をした雷は変幻自在の鞭の動きでも捉えきれずに飛び退る。
「儂はこの"ブリッツファング"に生涯を捧げてきた! 相手が急雷であっても遅れは取らぬ!!」
鞭が霆狼の動きに追われている間に、マクシミリアンは短剣を構えて接近する。
老体のジョゼは接近戦にはめっぽう弱い。
マクシミリアンも艾年を越え、けして若くはないが軍人として鍛えぬかれた身体で戦えばジョゼは圧倒的に不利になる。
マクシミリアンの接近を確認したジョゼは馬に踵を返させて、鞭を振るいながらも距離を縮めさせまいと東へと逃げる。
「逃がすな! 追え!」
人の足では馬に追いつけず、霆狼の群れのみがジョゼの馬に喰らいつくように追いかける。
ジョゼは器用にも近づく霆狼のみに的を絞って組み付かれないように牽制する。
「……時間を使ってくれるなら、好都合じゃて」
◆
「おっと、申し訳ありませン。只今、こちらは通行止めなのですヨ」
キシキシと不快な語尾が耳障りな声を出す黒衣に仮面の人物が、王都に向かってひた走っていたグイド達の目の前に現れた。
グイドの隣を走っていたリナルドも唐突に現れたその人物に驚いて足を止める。
共に逃げる騎士も異変を察知して立ち止まった。
「なんだ、おまえは!?」
どこからどう見ても怪しい格好をした人物に、敵意を隠すことなくグイドは詰め寄る。
「あなた方は王都に入るおつもりでしょウ? あなた方程度がいても大局に影響は無いとは思いますが、予定外の事が起こるのは"依頼人"の嫌う所でしてネ。出来ることならそのまま回れ右をして戻って欲しいのですヨ」
「戦場に戻れだぁ!? おまえが何なのか知らねぇが、俺たちは王都に行く途中なんだ。急ぎだから邪魔すんな!」
ドン、とグイドは仮面の男の胸を突き飛ばす。
強く叩いた音がしたので、様子を見ていた騎士もリナルドも、男がよろめくなりすると思ったが結果は気持ちの悪いものだった。
すぅっと足元までの黒衣を揺らして仮面の男は水平に、滑るように移動したのだ。
「え……」
旋風魔法"レヴィテイト"でも発動していればあり得る現象だが、仮面の男の不気味さも相まってグイドには男が得体のしれない者に見えた。
「ダメですカ。なら、処分でス。――ダークフォース」
仮面の男がトンとグイドの肩を叩くと、グイドは膝から崩れ落ち、どしゃりと水溜りに突っ伏した。
「グイドさん!?」
何が起こったかわからないリナルドは、ただグイドの名を呼んで崩れ落ちたグイドのもとに駆け寄る。
「雨はいいですネ。痕跡を気にする必要がなイ。……あ、もういくら痕跡を残しても構わないのでしたカ」
仮面の男は倒れたグイドにも駆け寄ったリナルドにも興味が無い様子で独り言を言う。
異様さに異様さを塗りつけたような存在に、周囲の騎士もただ呆然としたままだ。
「グイドさん? は? これ冗談ですか? 何かされたんですか!?」
リナルドは混乱しながらグイドを揺り動かす。
ぐらぐらと揺すられるグイドは、何事かをブツブツと口にしながら、顔を真っ青にして震えて――いや、痙攣をし続けている。
眼の焦点はあっておらず、口の端からは泡を吹いて――まるで、突然に重病にかかったかのようだ。
「あんた……何者だ……?」
リナルドが問いかけた事で、初めて存在に気がついたかのように振る舞いながら、仮面の男はこう答えた。
「はイ? 私に話しかけているのですネ? 私は"ナーダ"といいまス。自己紹介するならば、十八熾将という立場も付け加えなければなりませんネ。以後、短い間ですが、お見知り置きヲ――」
リナルドの耳にキシキシと不快な音がこびりついた。