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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇百四 退路

 当然の如く隙を突いた。


 相手の参謀は優秀だったらしいが、優秀な者は得てして愚鈍な者の事を理解できない者だ。

 隙がなければ作ればいい。

 参謀が優秀で作戦に隙がなければ、作戦を遂行する愚鈍な兵を狙うのだ。

 元々詠唱の速度は東の布陣の方が遅かった。

 そこに延々と妨害を繰り返せば、東側の効率は更に悪くなる。


 アンジェロ軍の両翼で明確な差が出来始める頃にはもう遅い、そのまま東側をせめて切り崩すもよし、両翼を入れ替えて対応しようにも疲弊した東側の歩みは遅くなる。

 

 ジョゼがアンジェロ軍の両翼入れ替え指示した時、既に優位は決していた。


「伊達にネイバブールの将軍を名乗ってはおらんのだ」


 徐ろにマクシミリアンは瓦礫を掻き分けてアンジェロ軍の前に姿を晒す。

 もはや、アンジェロ軍は脅威ではない。

 狩られる者と狩る者の立場は逆転した。


「――ブリッツファング」


 ネイバブール最高戦力の将軍。

 一軍隊に匹敵するほどの上級魔法使い。

 マクシミリアン候がそう呼ばれるのは、この電雷魔法"ブリッツファング"の力を抜いては語れない。


 狼の前身を模った雷の群れはマクシミリアンの指揮のもと、実に統制の取れた動きをする。

 それこそ、悪魔軍が眷属を従えるよりも遥かに正確に、だ。


 マクシミリアンは"ブリッツファング"以外の魔法を鍛錬してはいない。

 この魔法以外に使用する必要がないからだ。

 その代わり、マクシミリアンは他の魔法使いが別の魔法を習得する時間を全て、魔力の絶対量強化へと費やした。

 それは即ち集中力の強化でもある。


 長期に渡って鍛錬を積んだブリッツファングの成果が、今アンジェロ軍の前にある地平を埋め尽くさんばかりの狼の群れだ。


「さぁて、儂に手を出したことを後悔させてやろう」


 号令の不要な霆狼の群れは、マクシミリアンの一挙一投足に反応し、まさに電光石火の如く動き出す。


 アンジェロ軍の西軍は瞬く間に瓦解した。





「やはりこうなったでは無いか! 下がれ下がれ!」


 アンジェロは情けない声を出しながら後退する。

 "やはり"というのは、マクシミリアンの反撃のことだ。


 始め、アンジェロ軍はマクシミリアンを攻撃する予定ではなかった。

 伏兵と攻撃の準備はあくまで過激派を欺くためであり、王都潜入班の作戦成功の報せがない場合、マクシミリアン候に取り入りネイバブールへの亡命を打診するつもりだった。


 それが現在、交戦状態にあるのには理由がある。


 第一にマクシミリアンが予定よりも早く街道に現れたこと。

 事前に王都との連携で知らされていた時期とは異なり、丸一日も早まっていた。

 これによってアンジェロ軍は完全に姿を隠す事ができていないうちに、マクシミリアンと接触することになる。


 第二に先制攻撃をアンジェロ軍の者が行ってしまった事だ。

 決戦の火蓋を切ったのは、どこの部隊からか放たれた一筋の雷撃だ。

 先制攻撃を仕掛けてしまった事によって、ジョゼは当初の予定を変更。

 王都潜入班は作戦に失敗したと判断し、過激派に味方せざるをえない状況に陥っていると推察した。


 事実、王都では同盟派の目論見とヴァレリアーノ候の暗殺は失敗し、過激派有利の状況にあった故にジョゼの判断は間違っていなかったといえる。

 ただ漫然たる事実として、マクシミリアン候と戦った上で無事でいることがアンジェロ軍の生き残る唯一の道となったのだ。




 開戦のきっかけとなったリナルドは、魔法隊に紛れながら内心、楽な仕事だったとほくそ笑んだ。

 その不実の笑みは、魔法隊の西側で畳み掛けるような霆狼の猛攻にさらされるまで続いた。


「冗談じゃない! マクシミリアン候がここまで人間離れしてるなんて、僕ぁ聞いてないっすよ!?」


 雨粒を渡るように、地面から跳ねる飛沫を滑るように、霆狼が魔法隊の中をすり抜けていく。

 その度に強烈な閃光と、バチンと弾ける音を伴って一人、また一人と魔法騎士――リナルドにとっては肉壁が倒れていく。


「死ぬ死ぬ! 死ぬって!」


 一部の騎士は、我先にとマクシミリアンに背を向けて逃走を図っているが、逃げ切るまもなく黒焦げに変わる。

 リナルドもその波に乗って、いや、その中でも一際速く逃げ惑う。





 マクシミリアンがいる馬車の瓦礫のある街道の外は、土がむき出しで水はけの悪い平地だ。

 土砂降りの所為で多くの箇所に水溜りが出来、電雷魔法から逃れる道は皆無に等しい。

 更に身を隠す場所もまばらに生えた木々のみで、電雷魔法の的になることは避けられない。


 グイドは冷静に自分の置かれた状況を分析し、生存への道を模索する。


 マクシミリアン候に攻撃をした時点で過激派の勝利は決定的だ。

 後は如何にしてこの戦場から生きて還り、王都に戻るかが重要になる。

 リナルドは魔法隊の西側に、アンジェロとジョゼは本隊として後方に控えている。

 グイドの現在地は魔法隊の西側で最初に布陣した時は左翼だった。


 本来ならば左翼と右翼を入れ替える際に東側に移動しているはずのグイドだったが、西側の布陣の方が王都に近いため、途中で西に移動する魔法隊に紛れて西へと引き返した。


 しかし、それがグイドを窮地に追いやっている。

 マクシミリアンが猛攻を浴びせたのは西の軍だったために、逃げ場のない状況に立たされているのだ。


「リナルド! まだ生きているか!」


 グイドは西側に移動したであろうリナルドの名前を呼ぶ。

 リナルドの実力は確かなものだ。

 合流できれば心強い。


「グイドさん!? こっちいたんですか!? 持ち場じゃないでしょうに!」


 グイドの予想は的中し、リナルドがほうぼうの体で地面に転がった。

 そして、今まさにリナルドがいた場所に霆狼が牙を打ち据えて、電光が迸る。


「どっわ! 動き回ってないと、即死しますよ! これ!」


 寸前で霆狼の牙を躱したリナルドが更に転げまわって喚く。

 グイドもそれに習って見を低くし、滑るように地面を移動した。


「ったく、マクシミリアンっつーのはとんでもないな。悪魔軍と退治した時みたいな……一撃がそのまま死に繋がる緊張だ」


「ホントですよ! 侯爵様が悪魔軍と戦ってくれりゃいいんじゃないですかねぇ!!」


「それを言うなら、レイノ王国だって一番隊を囲ってんだ。どっちもどっちさ。お偉い方は我が身が可愛いんだよ!」


「僕ぁ、死線は一年に一度って決めてるんですがねっ! っと!」


 また一つ、踊るような足さばきでリナルドは牙を躱す。


「随分と寛容だな、そりゃ。俺は一生に一回も御免だね――。畜生、詠唱する暇もねぇ!」


 氷雪魔法で壁を作ろうと詠唱を試みたグイドだが、霆狼の攻撃を躱しながらそれをなすのは至難で、集中力が持たなかった。


「グイドさん、グイドさん! 提案案ですけど……」


 さながら曲芸の様に身をひねりながらリナルドが言う。


「なんだ!?」


「このまま王都に突っ走るのは無理ですかねぇ!?」


「俺もそれを考えていた! だが、場所が開けすぎてる。いい的になっちまうかもしれん!」


「そうそう、そこなんですよ! マクシミリアンって逃げる相手も皆殺しって感じの人ですかねぇ?」


 雨音と雷音で聞こえづらいが、なんとか会話は成立している。

 リナルドが言いたいことはグイドにもわかった。


「わからん。適当にそそのかして先行させる、か――――本営からの指示だ! 西に退路を取れ! 繰り返す――――」


 グイドは混乱している戦場でもっともらしく声を張り、騎士を誘導する。

 目まぐるしく続くマクシミリアンの攻撃の中、数人の騎士が声にしたがって西に逃れる。

 王都のある方向だ。


 陣から出た騎士は魔法隊の中でも体力的に優秀な者なのだろう。

 霆狼の攻撃をいなしつつも指示を取りこぼさずに聞き取り、逃走する余裕がある。


「リナルド。あの中に紛れる。盾にもちょうどいいだろ?」


「グイドさん、やりますねぇ。僕じゃこうはいかないですよぉ」


 飄々とした態度で、リナルドは猫のような身のこなしを見せて先行して退路を開いた騎士に続く。


 さて、マクシミリアンの様子はどうだ。


 グイドはジロリと馬車の瓦礫を睨む。

 そこかしこで明滅する電光で視認しづらいが、マクシミリアンは逃亡する騎士には興味が無いようだ。


「こいつは都合がいいな……」


 グイドはリナルドに続いて混戦状態から抜けて、西へと走った。 

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