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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇百三 霆狼のマクシミリアン

 アロイスが降り立った下水道の床石が砕けて盛り上がる。

 既に剣は抜かれていた。


「てめぇが侵入者かぁ! ヴァレリアーノ候……と、あぁ? アポ……リーヌ……?」


 剣を構えたままアロイスの動きが止まる。

 固まったアロイスに声を掛けたのはヴァレリアーノだ。


「アロイス。シャルルは来ているのか!?」


「あ? あ、ああ。もうすぐ……」


「ちぃ! どさくさに紛れて殺されかねん!」


 ヴァレリアーノは身を翻して下水道の来た道を引き返そうとする。


「行かせるか! ヴァレリアーノ!」


 アロイスが飛び降りた際に素早く詠唱を済ませておいたファイアボールが、アポリーヌの手から投射される。

 ヴァレリアーノの数歩前に着弾したそれは足止めには十分だった。


「アポリーヌ! 侯爵殿に何を! ……まさか、侵入者で――侯爵を誘拐したのは、おまえなのか!?」


「父上。今、私はマリーの仇を討ちに来ました! 候との話はまだ終わっていないのです!」


「そんなことはいい! おまえは護衛隊として出張したと聞いたぞ。おまえが無事で何よりだ……いや、なぜ今ここにいる!?」


 アロイスは困惑した様子で、それでもなお剣は構えたまま問いかける。


「……!! そんなこと!? そんなことと言ったか!!!」


「アポリーヌ!?」


「私は確かに無事に戻った! だが……だが、王都に残ったマリーはどうだ! 王都内で貴族の娘が殺されるなど! あってはならないことだろう!!」


 そうだ。

 王都には王国騎士の精鋭中の精鋭である一番隊がいたのだ。

 マリーの兄であるシャルル隊長にアポリーヌの父、猛剣アロイス。

 他にも一番隊に属する魔法騎士は精鋭揃いだ。

 だというのに、そんな安全な王都にいてマリーは何故死ななければならなかったのか。


 アポリーヌの憤激はついには全ての者に向けられる。

 マリーを殺した犯人。

 誘拐を画策し、死をも利用したヴァレリアーノ候と過激派の貴族。

 王都に居ながらにして、貴族の令嬢一人守れなかった王国騎士の全て。

 側にいてやれなかった自分。


「ヴァレリアーノ! まずは貴様だ! 消し炭になれ! ――――」


 詠唱。

 めまぐるしい速さで火球が精製されていく。

 一点に白熱した炎が現れ、橙に、次第に煌々と煮えたぎる感情を現すかのように成長する火球。


「娘を人殺しにさせてたまるか!!」


 アロイスが一足飛びにアポリーヌの間合いに飛び込み、精製途中の火球を切り飛ばす。

 小規模な爆発を残して、火球は空気中に霧散する。


「ひぃ! いいぞ、アロイス! そのまま足止めしろ!」


 ヴァレリアーノはその隙に、一目散に下水道を引き返す。


「逃がさんぞ! ヴァレリアーノぉぉ!!」


 アポリーヌは再び、今度は複数の火球を精製しようと試みるが、それも軒並みアロイスの瞬速の剣によってかき消されてしまう。


「落ち着け! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」


「分かっている! 余計な手出しをするな、猛剣!!」


 父上とは呼ばなかった。

 今、自分の前に立ちふさがっているのは、父ではない。

 一番隊の猛剣だ。

 自分の娘が何を大事にしていたか、わかっていない。

 敵以外の何者でもない。


 しかし、それはアロイスにとっては仕方のないことだったのだろう。

 アポリーヌでさえ、マリーを失って初めて自分が何を一番に考えていたかを自覚したのだ。


「――ファイアボール」


 猛剣としたことが、一瞬、明確な隙が生まれた。

 幾度も呼ばれた"猛剣"というその通名を呼ばれただけで、剣が鈍った。


「ぐ、おおおおぉぉぉ!!」


 剣の横腹で火球を受けて、横っ飛びに衝撃を逃がす。

 その防御ですら常人では不可能な動きではあったが、詠唱中の魔法を全て叩き落として見せた猛剣にしては明確な失態だった。


「俺にも容赦なく魔法を撃ちこむとは……な」


 信じられない、と言った口調でアロイスが呟く。

 膝を付いているのは負傷のせいではないだろう。

 事実、アロイスは完璧に火球を受け流し、無傷だ。


 そんなアロイスには一瞥もくれず、アポリーヌはヴァレリアーノの去った方を見た。

 一瞬の攻防とは言え、大人の足で逃げ切るには十分な時間だ。

 もう影も見えまいと思っていたが、アポリーヌの視界に入ったのは想像とは別の光景だった。


「シャルル!?」


 声を上げたのは跪いたアロイスだ。

 呼ばれた名の通り、下水道にはシャルルの姿が現れている。


 その足元に転がっている騎士姿は、変装をしたヴァレリアーノだろう。


「賊の一人は退治しました。残るは一人……ですね?」


 アポリーヌの姿を認めたシャルルは目をぎょっとさせる。


「アポリーヌ嬢? まさか、賊の片割れはあなたですか?」


 わざとらしく貼り付いた驚愕の表情が、アポリーヌの目には一段と不快に映った。

 








「や、休みなく放てぇ! 反撃の隙を与えるっなぁ!」


 アンジェロの声が土砂降りの中も甲高く響く。 

 つっかえながらも必死に声を上げている所を見るに自分のいる場所の危うさを理解しているのだろう。


 霆狼のマクシミリアン。

 その逆鱗に触れた直後の出来事だ。


 奇襲の第一段階は、予想外に早く姿を現したマクシミリアンの馬車に戸惑って実行に至らなかった。

 伏兵を配置する予定の場所にはまだどの部隊も配備していない。


 奇襲の第二段階。

 魔法隊による波状攻撃がマクシミリアンに対する初太刀となった。

 遠距離からの炎熱魔法による爆撃で大きく街道ごと馬車を破壊し逃げ場を奪う。

 そして、それから続く氷雪魔法の連打で地面を凍らせ足を完全に止める。

 これには一日中降り止まない酷い雨も味方して、想定以上の成果を上げたようにも見えた。


 奇襲の第三段階。

 騎兵による直接攻撃が始まる。

 それまでは順調に見えたアンジェロ軍の攻勢に陰りが差したとするならここだ。


 一介の上級魔法使い程度ならば、絶命していてもおかしくない状況で更に追撃を掛けたのは、相手が"霆狼のマクシミリアン"であったからなのだが、念には念を入れた作戦でも霆狼を討つには至らなかった。


 騎兵が接近した時、馬車の瓦礫の中から飛び出したのはマクシミリアンの得意とする電雷魔法"ブリッツファング"。

 狼の前身の形状をした電撃の塊が騎乗の騎士に喰らいついた。


 雨で湿った鎧ではマクシミリアンの電雷魔法を遮る術は乏しく、突撃した騎兵は雷の狼――霆狼の群れによって全滅せしめられる。


 瓦礫からのっそりと姿を現したマクシミリアンは、アンジェロ軍に包囲されていることを理解すると、更に無数の霆狼を放ち防御と攻撃の両方で一気に優勢に立ってみせた。




 霆狼の群れによって強固に守られたマクシミリアンに、アンジェロ軍は接近する手立てがなく、魔法隊で延々と遠距離から魔法を投射する消耗戦の形を取らざるを得なくなった。


「おい、ジョゼ! このままでは埒が明かんぞ!」


 アンジェロは戦況の変化しない有様を見て、傍らの老婆に悪態をつく。


「マクシミリアンとて、無尽蔵に魔法を行使出来るわけではありますまい。このまま消耗戦を挑み続ければ倒れましょう」


「それは奴だって分かっているはずだ。何か打開策があるから奴はこうして戦場を拮抗させたままにしているのではないのか!?」


 アンジェロが最もな事を言うので、ジョゼは少々驚きつつも考える。


 氷雪魔法"コールドスプレッド"による足場への攻撃は俊敏で浮遊する霆狼には効果が薄い。

 もっぱらアンジェロ軍の攻撃力となっているのは、炎熱魔法"ファイアボール"での爆撃と旋風魔法"ウインドカッター"での斬撃だ。

 前者は詠唱が必要な分、間隔は空いてしまうが攻撃力としては申し分ない。

 後者は射程が短いせいで、稀に接近する霆狼を切り飛ばす程度の効果しか上げられていない。


 マクシミリアンは爆撃を防御する時には霆狼を防壁とし、その際に幾匹かの霆狼が爆散している所を見るに魔力の消耗はしているはずだ。

 そして、斬撃にて霆狼を屠られればその分の魔力も戻らない。


 着実に魔力を削っている。

 ジョゼはそう考えたのだが――――


「……なぜ、奴は無駄になるとわかっていて霆狼を攻撃に回しているのじゃ?」


 ジョゼはつぶやきと同時にあることに気がつく。

 霆狼の攻撃は魔法隊のウインドカッターに阻まれて一見無意味に思えるが、攻撃を受けているのは一箇所の部隊のみだ。

 始めはマクシミリアンの指揮が及ぶ限界の距離がその部隊の位置なのだろうと思っていたが、これがマクシミリアンの思惑の内だとしたらどうだろう。


 ジョゼの思考がマクシミリアンに追いついた時、既にその考えは遅かった事がわかった。


「攻撃を受けているのは右翼のみ……! 急いで攻撃を維持しながら左翼と右翼を入れ替えるのじゃ!!」


 焦燥に肩を押されてのジョゼの号令。

 マクシミリアンは自らが窮地に陥りながらも、こちらに消耗戦を仕掛けていた。


 左翼――西の布陣の魔法のローテーションは詠唱、詠唱、炎熱魔法、詠唱、詠唱、炎熱魔法の順だ。

 詠唱に費やす時間は炎熱魔法を放つ時間に比べておよそ二倍の時間を要するため、三班に分けて攻撃を連続的なものにしている。


 比べて右翼――東の布陣のローテションには綻びが生じている。

 詠唱、詠唱、炎熱魔法、詠唱、旋風魔法、詠唱、詠唱、炎熱魔法。

 といったように、マクシミリアンは詠唱中の魔法隊を狙うことで右翼の攻撃は乱れてきていた。


 魔法使いの魔力とは集中力と同義なため、魔法を発動させなくとも詠唱をするだけで魔法使いは疲弊し消耗する。

 旋風魔法の発動を余儀なくされ、炎熱魔法が不発に終わる時、その分右翼は余計に魔力を消費していると言えよう。


 そして、ジョゼが支持した右翼と左翼の入れ替えは、両翼の疲弊度を一定にすると言う面では消耗戦に最適な指示ではあったが、如何せん機会を脱していた。

 移動しながらの魔法の詠唱や発動は余分に集中力を要する上、移動自体の速度も下がる。

 消耗した右翼の移動速度は左翼より遅い。


「悪手じゃったか……!?」


 ジョゼが瞼から雨粒を拭い去って自軍の動きに目を凝らしたのは、明確に右翼の動きに遅れが生じたからだ。

 右翼が西に到着する前に、左翼が東に展開し終わってしまう。

 両翼の入れ替えの完了は同時ではなく、西側が手薄となった状態を晒してしまった。


 その刹那、稲光と共に無数の霆狼がアンジェロ軍の西軍を襲った。

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