◇百 猛火の侵入
パウラは王都潜入班に起こった出来事を、カリナに全て話した。
護衛隊の一員だったニコラが過激派に寝返り、ヴァレリアーノ候の暗殺に失敗した事。
裏切ったニコラに対して、隊長のアポリーヌが魔法を放ち、危害を加えた事。
傭兵のボリスもダリオの部下の騎士達も、アポリーヌが人を殺したかもしれない事実を簡単に受け入れていた事。
パウラの主観がほとんどだったが、今はそれが重要だった。
つまるところ、パウラと護衛隊の者たちを信用できなくなっているのだ。
「私は怖いです……いつ、私も人に魔法を使わなければならないか……治癒の神聖魔法じゃなく……害を与える魔法を――」
パウラの話は独白へと変わる。
「きっと私も裏切り者と見なされる! 私は! 誰も傷つけたくないのに! 護衛隊になんて選ばれてしまったから!」
パウラは望んで魔法研究会に入ったわけではない。
生き残るために、自分の持つ神聖魔法の力を研究に提供するしかなかった。
そして、身分を保証しているのはレイノ王国であり、生命線は魔法研究会だ。
任務を与えられれば従わなければならない。
ヴァレリアーノ候の暗殺など、決して望んだことではない。
しかし、それをしなければパウラの居場所は失くなってしまう。
既に任務を放棄して逃げ出してしまった今、パウラも裏切り者以外の何者でもない。
「パウラ殿……! 落ち着いて!」
カリナに抱きとめられて、パウラはハッと我に返る。
いつの間にか興奮して立ち上がっていたようだ。
「パウラ殿が己の身の不遇を嘆くのはわかる……! 私も、神聖騎士団の者達は皆、少なからずそうだった……。レイノ王国の傘下に入った後は延々と悪魔軍と戦い続けた。私達神聖騎士は、明日生き残る為に今日を生きる……不毛な毎日を過ごしてきたのだ……!」
パウラの境遇に共感し、カリナの手に力がこもる。
「カリナさん……」
「……パウラ殿、あなたはこの国にいるべきではない」
「え……?」
「逃げよう……いや、逃がしてみせる。何らおかしいことはない。私は神聖騎士団の団長で、パウラ殿は聖女だ。聖女を守るのが私の役目だ」
カリナの言葉を聞いて、パウラはまたカリナの名前を呟くと、ぐすぐすと鼻をすすった。
その時、団長室の扉がカタンと音を立てる。
「誰だ!!」
カリナは素早く身を翻すと、壁にかけてあった剣の柄を持って怒鳴る。
今の話を誰かに聞かれていたらマズイ。
国外逃亡の疑いを掛けられてもおかしくはない内容だ。
部屋の中の緊迫した雰囲気とは裏腹に、扉が呑気にとノックされる。
「ベラです! カリナ様、こちらにいらっしゃったんですね! 入りますよ? 失礼します」
"入りますよ"から"失礼します"までの間隔は、どこに忘れてきたのだろうか。
返事の入り込む余地が無いほどの早さで扉が開き、ベラが団長室に入ってきた。
「ひっ――」
パウラが小さく悲鳴を上げる。
「なっ! ベラ! ノックの意味はあるのか!?」
慌ててカリナはパウラを隠すように、ベラの前に出る。
「あ、あれ? カリナ様? 私はただ、洗い場にカリナ様の……し、下着が……落ちていたのでお届けに……。すみません、状況が飲み込めない……です」
パウラは薄手のキャミソール姿で涙ぐみ、カリナの後ろに隠れている。
そんなパウラの顔とカリナを交互に見て、頬を赤く染めるベラ。
「カリナ様! そういう趣味があるのでしたら、早く私に言ってくだされば……!! 私はいつでもカリナ様にご奉――――」
バン! っとカリナはベラを部屋に引き込んで扉を閉める。
「あ、あぁ~!? 三人で!? 三人でですか!?」
「ベラ! ご、誤解が過ぎるぞ! 少し静かにしろ!」
カリナとパウラは、耳まで火照らせたベラを落ち着かせ、事情を説明するのにまたしばらくの時間を要した。
◆
内からにじみ出る騒音をかき消す何かを探して、アポリーヌは王城へと舞い戻った。
騒音の正体は激しく脈打つ自分の心臓。
ラドミラに連れられた魔法屋で、覚悟を決めてから鳴り止まない。
既に謁見は終わってしまったが、ヴァレリアーノはまだ王城内にいるはずだ。
居場所がわからないなら、おびき出せばいい。
兜を被ったアポリーヌは、難なく門を抜けて場内に入る。
「敵襲だァ――!! 侵入者が戻ってきたぞ――!!」
王城の最初の広間で、叫ぶように声を出すアポリーヌ。
声に気づいて警備の騎士がどよめき、広間へと集まっていく。
アポリーヌは一人だけ集まる騎士の流れに反して王城の中へとすり抜けていく。
「おい! おまえ! 広間の方に侵入者が出たらしい! おまえもそっちに――」
「すみません! 私は非常事態にはヴァレリアーノ候の所に戻るように仰せつかっています! 今、候はどちらに!?」
「そ、そうか。ヴァレリアーノ候は二階の執務室に戻られた。途中で手の空いている騎士がいたら、広間に向かうよう伝えてくれ!」
「わかりました。では、急ぎますので――」
アポリーヌは思わぬところでヴァレリアーノの居場所を得、一目散に二階へと駆け上がる。
階段を上がって廊下に出、一番最初の部屋がヴァレリアーノの執務室だ。
その部屋の前には二人の騎士が立っている。
アポリーヌは詠唱を済ませてその騎士達に駆け寄る。
騎士の死角になる自分の背中には複数のファイアボールを精製して――
「広間に侵入者が来たらしい。こちらは無事か!?」
「一階が騒がしいのは、そういうことか。こちらには特に異常は――」
「――ファイアボール!」
会話の途中で、アポリーヌは素早くしゃがみ込む。
騎士の視界からすれば突然目の前に火球が現れたことになるだろう。
危険を察知した時には既に遅く、騎士の鎧は炎に包まれる。
「――ぐ!? きさ…………」
火球の直撃で吹っ飛んだ騎士は、そのまま背にあった扉を突き破って炎に包まれた体ごと執務室に転がり込む。
火だるまになった騎士を見ても、何故かアポリーヌの良心は痛まなかった。
その事にアポリーヌ自身は気がつかない。
「ヴァレリアーノぉぉ!!」
アポリーヌはソファに腰掛ける人物に向かってまっしぐらに飛び込む。
ソファの人物は咄嗟に立ち上がって飛びのき、今まで座っていたソファを飛び越える。
「馬鹿な!? 侵入者がここに!?」
狼狽えたのは間違いなくヴァレリアーノ候だ。
彼は状況が飲み込めないといった様子でソファを盾にして身を隠す。
「今、同盟派の連中は私に構っている暇など無いはずだ! ましてや、今更私を殺したところで意味が無い……! 何者だ! 貴様!」
「ヴァレリアーノに間違いないな! 消し炭にしてくれる!」
部屋に飛び込む間も詠唱を重ねていた火球がアポリーヌの周囲に幾個も生まれる。
「私に直接恨みのある者か!? 少し待て! 話を……」
「話をするつもりなら、顔を見せろ! 愚か者がぁ!」
アポリーヌの怒号と共に火球が振るわれ、ソファを木っ端へと変える。
飛び散る破片から顔を守って、間抜けにも尻もちを付いたヴァレリアーノの姿が顕になった。
「ううお……! お、落ち着け! 今、私を殺してもなんの特にもならんぞ!」
「好きなだけ命乞いをしてみるがいい! 全ては死の前の前菜に過ぎんがな!」
ヴァレリアーノに相対し、逆上しきったアポリーヌは更に大量の火球を突き付けて詰め寄った。