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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇九十九 神聖騎士見習いと次期聖女

 パウラはカリナに連れられて、宿舎の中へと入った。


「ここを通れば人目につかない」


 カリナがそう言って通った通路は、本当に人っ子一人とすれ違うこともなく、いつの間にかカリナの私室へとやってきていた。

 こざっぱりとした小さな部屋にベッドと机が一つだけあり、パウラはベッドに腰掛けた。

 カリナは机に付いた椅子を引いて座り、二人は向かい合う形になる。


「このお部屋は?」


 落ち着きを取り戻したパウラが質問する。


「あぁ、この建物は元々神聖騎士団が王都に居た頃に使っていた物だ。一応ここは団長室と言ったところだな。窓の外から隣の建物が見えるだろう? あっちは騎士の療養所。負傷した騎士が治療を受けている。療養所の向こう側に訓練場があって……と、そんなことはどうでもいいな」


 木製の小さな窓から外を見ると、古い木造の建物が見えた。

 それがカリナの言っている療養所なのだろう。

 戦場でリノン軍と戦った際に出た負傷者が収容されているのだろう。


「いえ、私が聞いたことですし……」


「なにはともあれ、少し落ち着いたようだな。しかし、一体どうしてあんな所に?」


 カリナは心配そうにパウラの顔を覗きこむ。


「…………」


 パウラは親身に聞いてくるカリナに、自分が逃げた理由を話すのを躊躇う。

 カリナは神聖騎士団の団長だ。

 神聖騎士団は長い間、悪魔軍との戦いで前線を維持していた。

 それだけの戦いの専門家に、謂わば戦いから逃げた理由を言うのは気が引ける。


「答えられないなら、別に構わない。任務の事に関しているのかもしれないからな。……だが、共に戦った仲だ。思い詰めているなら、相談くらいには乗るぞ?」


 幼少の頃の記憶と、逃げ出した負い目で沈んでいたパウラには、今のカリナは頼もしく見える。

 アポリーヌと同じく如何にも騎士然とした話し方も、カリナから発せられる物は少し優しい気がした。

 決してアポリーヌが冷徹なわけではないとはわかってはいるが、今ではアポリーヌを完全に信用することは出来ない。

 共に旅をし、同じ戦場で戦った仲間を、裏切りが原因とはいえ魔法で撃ち抜いたと聞いてしまったせいだ。


「…………カリナさんは、その……人を斬ったことはあります……か?」


 パウラはじっとカリナの目を見つめる。

 カリナはその視線を受けて、ハッと目を見開いた。


「そ、そんな質問をされるとは思っても見なかったな……。それは、稽古や訓練で、と言ったことではなく……真剣で、相手を……害するために……そういう話だな?」


 眉を寄せ、顎に手を当ててカリナは身長に言葉を選んでいるようだ。


「……はい」


「そうか……パウラ殿が辛い目にあったと言うことは、なんとなくわかった。――そうだな、私は……人を斬ったことは……ない」


 カリナの答えにパウラが俯きがちだった顔をあげる。

 しかし、カリナの答えはまだ終わっていなかった。


「……だがな。人に剣を向けたことはある。それも……兄に、だ」


「お兄さん……ですか?」


 意外な答えにパウラは思わず聞き返す。

 肉親に剣を向ける。

 それは言ったどういう事を指すのか。


「思い出すのも辛いかもしれんが、神聖騎士団領最後の遠征の時だ。当時の聖女が行方不明になった混乱の中で……私は兄と対峙することになった」


 カリナは左頬を撫でる。

 長い金髪が揺れ、酷い火傷の痕を覗かせる。


「当時の聖女って、アマリア様でしたよね。半人半魔の従者が誘拐したと聞いていますが……」


「その従者は私の友人だった。悪いが"その呼び方"は控えてくれ」


 カリナの声が少し、低くなった気がする。

 パウラは慌てて訂正した。


「す、すみません。伝聞でしか知らないものですから……。もしかして、カリナさんはあの日の出来事を?」


「ああ、全てではないが……知っている方だと思う。――――よくよく考えれば、パウラ殿とこの話をする機会は今まで無かったな」


「……教えていただけますか? 私は、ただアマリア様が従者の方に誘拐された事が原因で神聖騎士団が敗北した、としか聞かされていません。他に真実があるなら聞いておきたいのです」


 パウラは真剣な眼差しでカリナを見据える。

 カリナもその視線を真摯に受け止めて、口を開いた。


「……アマリア様の神聖力が並外れていたことは周知だっただろう。アマリア様はその神聖力の強さ故に身体が弱かった。最後の遠征の時にはもう、自分で立ち上がれないほどに衰弱していたのだ。当時の上層部はそれを隠したまま遠征を強行した。遠征の大義名分はアンジェロ伯の治める領地が元は神聖騎士団領だったというこじつけだったが、本来の理由は食糧難を脱するため、だったな」


「食糧難……ですか」


「ああ、上層部連中が贅沢を出来なくなるほど、当時の食糧事情は切迫していたはずだ。私はその時騎士見習いだったが、毎日の食事はお湯の様なスープばかりだったぞ」


「それは……私も同じです。たまに豆を煮た物や小さな芋が付くことはありましたが……」


「次期聖女のパウラ殿ですらそう言った事情だったんだ。切り詰めていたのだろう。どちらにせよ神聖騎士団は食料問題をどうにかしなければ滅びていたのだ。あの年の冬は厳しかっただろう?」


「え、今でも覚えています。確かにレイノ王国の捕虜にならなければ……冬を越すことは出来なかったでしょう……」


「今思えばあの遠征は異例のことばかりだった。騎士見習いである私は本営の警備をしていたのだが、本来ならば見習いが任せられる仕事ではない。かなり多くの騎士が前線に送り込まれていたはずだ。アマリア様が限界に近いことも知っていたはずなのに……な。あれは口減らしの意味もあったのだと思う」


「それで、アマリア様は、その後?」


「従者の――セロという友人だ。彼はアマリア様の身体を気遣い、戦場から連れて逃げたのだ。元々玉砕覚悟の戦いだ。アマリア様を無理に突き合わせる必要はない、と考えたのだろう。……正直、私はアマリア様が行方をくらませたとの報せを受けた時、身の安否を心配こそすれ、どこか戦場を離れた事に安堵していた」


 パウラはゴクリと唾を飲み込む。


「カリナ様は……その、聖女が戦いから逃げることに賛成だったのですね……」


「大敗の原因ではある。犠牲になった者達の事を思えば、口にすることは憚られるが……否定はしない」


 カリナの答えに、パウラがふぅっと息を吐く。


「すみません。続けて下さい」


「……ここで私の兄だ。兄はその時、魔法騎士隊に所属していた。兄はアマリア様の行方不明の報を受けて捜索に出た。私は本営の警備だったからな。ちょうど聞き耳を立てていられたんだ。兄とは遠征の前からしばらく会っていなくてな。何やらその遠征の初めに大きな功績を上げたそうで、随分と魔法使いとしての腕を上げていたようなのだ」


「お兄さんは、アマリア様の状態をご存知で?」


「おそらく兄と私とセロ以上にアマリア様の容態を知るものはいなかっただろう。兄もまた、アマリア様の事を心配しての捜索だったのだと思う。ただ――」


「ただ……?」


「兄とセロの考えが決定的に違った。セロはアマリア様を逃す事を考え、兄はアマリア様を守る事を考えていた。そして、兄は……いやこれはセロも、だな」


 ふと、哀しそうな顔でカリナは続ける。


「互いに、自分がアマリア様を救うと意固地になっていたように思う。なにせ二人共、私には一言も相談をしてくれなかったのだからな……」


 カリナが突然見せた寂しげな表情に、パウラはなにも言えずに押し黙った。

 しばらくの沈黙の後、カリナは再び語り出す。


「……とにかく、アマリア様の行方不明の報を聞いた後の話だな。私は馬で付近の森に入ってアマリア様とセロを探した。何か、嫌な予感もしたし、何よりセロが何も言わずに姿を消したのが許せなかったのもある。――ややあって、セロを見つけたのだが、ほぼ同時に兄もセロを発見した。その時の会話はもうあまり覚えていないが……一悶着あってセロを逃がしてしまったのだ。その場には私と兄だけが残された」


「その時ですか……その、お兄さんに剣を……」


「ああ、兄はセロに対して逆上していた。今にもセロを追いかけて、殺してしまいそうなほどだったな。最初は私もセロに思う所があったが、セロの言い分もわからなくはない。多分……私は兄を止めたのだろうな。この辺りの記憶は曖昧なのだ。忘れたいのかもしれん」


 パウラはじっと、次の言葉を待つ。


「確か、そうだ。炎熱魔法のファイアボールだな。剣を向けた私に対して、逆上した兄は巨大な火球を放ったんだ。目の前が真っ白になって……目が覚めた時には、これだ」


 カリナは髪をかきあげて、顔の左半分にある火傷の痕を見せる。

 火傷は首筋の方まで続いていて、おそらく鎧の中――肩も焼けているのだろう。


「結構な間、眠っていたようでな。周囲の状況が理解できるようになった時には、全てが終わっていた。私が目覚めたのは捕虜の療養所だ。戦場跡に仮設されていて、私が森に入ったくらいの場所だったと思う」


「アマリア様やセロ様、お兄さんの行方は?」


「不明のままだ。アマリア様とその従者が行方不明のままだと言うのは知っているだろう? 実は、私の兄も同時に行方がわからなくなっている。私を気絶させた後、セロとアマリア様に追いついたのか、それもわからない」


「それは……大変、でしたね……」


「私が知っているのはこれくらいだ。主観ばかりで悪いが、とにかくアマリア様の行方不明だけが敗戦の原因だとは思わないでくれ。あの戦いに勝ち目はなかった。戦いを始めた事自体が間違いだ」


 カリナが話し終えると、パウラは恐る恐ると言った様子で言う。


「カリナさん……」


「なんだ?」


 カリナが聞き返すと、パウラはきっと目に力を入れた。


「……戦いから逃げることは、悪いことでは無いんですね!?」


 鬼気迫るパウラの表情にカリナも言葉に力を込めて返す。


「当然だ。少なくとも、私はそう思っている。私は……戦場から逃されたアマリア様を、悪いとは思っていない」


 ぽろりとパウラの頬を一粒の雫がつたった。


「私も……逃げて、いいんでしょうか……。私は戦わなくてもいいんでしょうか……」


「……今度は、パウラ殿が話してくれるか?」


 カリナが泣きじゃくるパウラの肩に手をやると、パウラはコクリと小さく頷いた。


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