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レジャンダール  作者: 鴉野来入
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◇九十八 逃亡者

 アポリーヌは路地を抜けて魔法研究会まで走った後、ラドミラに助力を頼んだ。

 他に頼れる者がいなかったのだ。


 ボリスが窮地に陥っていると聞くやいなや、フェリーチャはラドミラから何か黒くて大きな石を受け取って、文字通り飛び出していった。


 その直後、ラドミラとアポリーヌが二人でいる研究室に、ダリオの追っ手の騎士が踏み込む。

 外の雨でずぶ濡れになった騎士を見たラドミラは、即座に電雷魔法で二人を感電させて意識を刈り取った。


 その時に聞いたが、ラドミラの得意魔法は電雷魔法と旋風魔法らしい。


「追っ手が来るってことは、ここに隠れてても仕方ないわよね~。ボリスくんも心配だけど、キミも危ないかも~」


 ラドミラはアポリーヌの手をとって魔法研究会を出て、雨の中、商店街の方へとアポリーヌを連れだした。


「このお店はいっつも研究資材を買わせてもらってるお店だよ~。同盟派の貴族さんともやり取りがあるみたいだから安心してね~」


 一軒の魔法屋にアポリーヌを押し込むと、ラドミラは研究室に戻ると言う。


「フェリーちゃんがボリスくんを連れて戻って来るかもしれないでしょ~。多分、怪我もしてくるだろうから、お薬とか準備して待ってなきゃ~」


 ラドミラがいなくなった後は薄暗い店内に、アポリーヌと店主の二人きりになった。


 店主は口数の少ない老婆で、入店した時にラドミラがいろいろと説明していたようだが、何度かコクリコクリと頷いただけで声を出してはいなかった。

 アポリーヌには非常に居づらい空間でもある。


「隠れている場合ではないというのに……」


 自分を逃がすために残してきたボリスの事も心配だし、下水道の中から消えたパウラの事も心配だ。

 ボリスを助けに飛び出していったフェリーチャも心配だし、王都の東門から既に出立したというマクシミリアン候、彼がアンジェロ軍とぶつかっていないかも心配だ。

 アンジェロ軍の待ち伏せ班にはカーラがいる。

 彼女は過激派ではないが、暗殺自体を嫌っていた為に待ち伏せ班に振り分けたのだ。

 それが、マクシミリアン候と戦う事になってしまったら申し訳がない。


 そして、何よりヴァレリアーノを一刻も早く討たねばならない。

 これは同盟派の勝利に繋がり、アンジェロ軍の生存にも繋がる。

 しかし、マクシミリアン候が王都を出たという今、ヴァレリアーノ候を討つ事にどれだけの意味があるのか。


 アポリーヌは背負っているものの重さに押しつぶされそうになる。


「……何をすれば正解だ……。私は……何をすればいい……」


 ぶつぶつと独り言が漏れる。

 カウンターにいる店主にも聞こえているだろうが、幸い店主は耳が遠いか、こちらの事情に興味が無いようで口出しはしてこない。


 ヴァレリアーノを殺すことの意味。

 何故、自分はそんなことを考えているのだろう。


 思考の迷宮の中で、アポリーヌはそんな袋小路に行き当たった。


 それは袋小路だったのか。

 終点だったのか分からない。


「……ヴァレリアーノ……マリーの、仇……」


 アポリーヌは何度もその袋小路に足を踏み入れたはずだ。

 その都度、冷静に冷静に自分を御して正当な理由を後付した。


「……店主殿。商品を見せてくれるか?」


 虚空を見つめていたアポリーヌの瞳は、いつの間にか魔法屋の店内を物色し始めていた。







 もう、あの人達には付いていけない。


 パウラはその思いで、一心に下水道を走った。


 騎士の二人を巧みに先行させて、自分が最後尾に回る。

 それまでは、何故か騎士がずっと殿の位置を保っていたため逃げ出すことが出来なかった。


 バシャバシャと足元の水を跳ね上げて走る。

 地上ではまた雨が激しくなったらしい。

 下水に流れ込む雨量が増している。


「いくら裏切ったとは言え……魔法を……直接人に撃ちこむなんて……」


 考えただけでも恐ろしい。

 パウラは自分が王宮で自分の正体がバレそうになった時、無意識に魔法を唱えようとしていたのを思い出す。


 我に返った後、とんでもない罪悪感に襲われたのだ。


「未遂で……あれほどの……なのに…………」


 アポリーヌやボリス、裏切ったニコラだってそうだ。

 平気で人を害するために魔法を使うなんて、パウラには信じられなかった。


 どこをどう走ったか、パウラはあまり覚えていない。

 自分が姿を眩ましたことに気が付かれて、すぐに追いかけてくると思っていたため、夢中で駆けたのだ。


 追いかける気配を感じない今でも、立ち止まって振り返ると誰かが追ってくる様な錯覚に陥る。

 だから、足を止めることは出来なかった。




 神聖騎士団がレイノ王国軍に負けたあの日。

 パウラは次期聖女として要人達の中に居た。


 王都の様に立派な都市ではなかったが、この下水道のような要人専用の逃走経路を通って、歳のいった神聖騎士団領の上層部連中と共に逃げたのだ。

 でっぷりと太ったり、よぼよぼだというのに重たい装飾品を身につけた者達――司祭と名乗っていた――は足が遅く、パウラはいつの間にか先頭の方で逃げていた。


 パウラの母である第六妃オフェリアは、姉たちを逃がす為に後から来ると伝えられたが、幼心に母はもう逃げられないのだとわかっていた。

 次期聖女と言う立場になっていたから、要人達の側にいたから、パウラは逃走経路の入り口の近くにいられたのだ。

 そのせいでと言うべきか、その御蔭と言うべきか、パウラはとにかく逃げることが出来た。


 なにせ、司祭と名乗る者達は、自分たちが隠し扉を通った後に、厳重に鍵を掛けていたのだから。


 今、思い返せば鍵など掛けても無駄だったのだ。

 要人を捕らえようとする王国騎士達は扉を蹴破って標的を探す。

 隠し扉だってよく観察すれば、蹴破られたに違いない。


 いや、無駄より悪い結果になっていた可能性だってある。

 王国騎士たちは扉など破壊してしまえばいいが、遅れて逃げた母の様な者はどうだろう。


 隠し通路への扉が開かず、中から鍵が掛かっている。

 扉を壊すほどの力もなく、ただ追いつめられるのを待つだけ。

 もしくは扉を壊すことが出来ても、躊躇うだろう。

 扉を壊してしまえば、その場所に逃げた事が追っ手にはまるわかりなのだ。


 どちらにせよ結局、その隠し通路への出入り口は見つかってしまったのだろう。


 人が三人ほど並んで通れる地下道だったが、後方から悲鳴が聞こえ始め、早く前に行けという怒鳴り声が地下道に木霊した。


 ああ、追っ手が来たんだ。とパウラが思ってから、長い時間も経たない内に、追っ手の凶刃はパウラの真後ろまで迫った。




「……あの時は子供だったから、情けを掛けられたわ」


 今は、大人になってしまった。

 記憶の中の地下道と、王都の下水道が重なる。


 止まったら、今度こそ殺されてしまう。

 振り返ったら、そこに銀と血の色に光る刃が迫っている。


 パウラは吐き気を感じながらも、無理矢理に足を動かした。


 あの時、追い詰められた地下道はどこへ向かう通路だったのか。

 今になってはもうわからない。


 光の指す、明るい場所に繋がっていたのだろうか。


 例えば、こんな――――。


「パウラ殿、か? どうして、こんな所に?」


 神聖騎士団の鎧を着けた女性がパウラに手を差し伸べる。


 気がつけば、王城内の騎士の療養場、その付近の水場にまでやってきていた。

 洗濯や馬の体を洗ったりするために用意された水場の隅の水路。

 排水の為のその場所は格子で区切られてはいるが、下水道と繋がっていたのだ。


「カリナ……さん……」


「とりあえず、こっちへ。今、格子を外す……」


 ジャラジャラと隅の鎖を解き、格子を持ち上げて開閉可能にする。

 下水道からの侵入者を防ぐため、下水道側からは決して届かない位置で鎖が巻かれていた。


「ここは、騎士の宿舎……ですか」


「ああ、裏側の洗濯場だ。ちょっと、自分の洗い物に来ていてな。ベラを撒くのは大変だった……」


 水場付近の芝生の生えた地面を見ると、カリナの物であろう下着が小さな桶に入って濯がれていた。


「それより、パウラ殿は何故ここに…………例の任務の件か?」


 後半は極小さな声で、カリナが尋ねる。

 その時の目つきは鋭く、周囲の人の気配を探っているようだった。


「は、はは……そうと言えば……そうなんですけど……私……怖くなって……逃げて、しまいました……」


 幼いころに見慣れた神聖騎士団の鎧を見て、パウラは思わず涙を浮かべた。


「だ、大丈夫か。パウラ殿!? ここではいつ誰が来てもおかしくない。場所を変えるぞ?」


 カリナは泣き出したパウラの手をとって、足早にその場を離れた。




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