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2045年  作者: シュレディンガーの犬
9/17

休日-1

2045年1月14日 18時30分

兵庫県山東町、駐車場



恐らく、俺にとって

今回のルート一番の山場は越えてしまった。

今日の遠阪峠の頂上にある

集落が一番の難所だったからだ。


空気はおいしく、

ノンビリと流れている雰囲気は

とても好きなのだが、

トランスポーターを運転するには

億劫な場所だった。

 

今は休日直前の

ブリーフィングが行われている。

そうはいっても重苦しいものでもなく、


『えー、とりあえず

 今日まで無事に乗り越えられました』


と美冬が話している。


『明日は休日ですので、

 今から明後日の16日まで

 皆さんゆっくりと過ごしてください。

 集合場所はここで、

 ちょっと遅めですが9:30にしましょう』

 

本来は9:00集合が普通だったが、

外務部勤務では残業もあれば、

早出もあるため、

外務チームの班長に

そのあたりは決める権限がある。


『明後日は、鳥取支部の外務部の方たちと

 和田山で落ち合い

 10:30ブリーフィングがありますから、

 遅れないでください。

 16日の集合はここでお願いします』


 俺は本当のところは

 1人で車を使ってドライブの予定をしていたが、

 結局、若者グループで

 明日は兵庫県香美へスキーをしに

 行くことになっていた。

 神楽先生と藤原事務官は

 城崎温泉で家族と会うらしい。


 ちょうど、

 15日が日曜日に当たっていたので

 2人にとってはいいことだった。



      ◆



『はい、採血終わり。いいよ、聖』


と美鈴に言われ

左腕の脱脂綿を指で押さえながら

服を着ていく。


2日前の勤務前に採血をして、

昼食前に神蔵先生に診察を受けたのだった。


外務部での外務中は、

トランスポーターで

定期的に採血と診察をしてもらえるのは助かった。


特に神蔵先生は総合科医長だが、

消化器科にも詳しい。


『一応、採血結果が出てから、

 食事前に診察しておこう。いいね、神楽君』


と神蔵先生に言われた。


今回の勤務でも今のところ、

病気の悪化はなく順調に来ていたので、

気分も良かった。


いつも悪いわけではないのだが、

悪くなるときは最初に


『熱かな?』


と感じる症状がでて、

次に本当に熱が出る。


だいたい1日ぐらいのラグがあって、

熱が出るときは

血の混じったトイレへ行かないといけなくなる。

 

美鈴が、


『聖は、次の休日は何して過ごすの?』


と聞いてきたので、


「とりあえず、雪じゃないみたいだから、

 レンタカーでドライブしようと思ってる。

 あとは温泉かな。

 城崎か湯村って有名な温泉があるから」


『1人で温泉って、ジジイか、あんたは?』


『そりゃ、差別発言だよ。毛利君』


と神蔵先生が割って入った。


『私も家族で城崎温泉へ行く予定だよ、

 現地集合だ。

 子供も来ているし喜ぶと思う。

 温泉は何もお年寄りだけのもの

 ってワケじゃないよ』


『そうだったんですか、先生。あははっ』

 

笑ってごまかしたあと、


『でも、聖は別。

 先生みたいに家族で、

 ってわけでもなく、1人でしょ?

 ありえなーい』


と、自己肯定は忘れなかった。


「どう過ごそうと、俺の勝手じゃんか」


『ねえ、スキー行かない。

 「ハチ北」へさ。

 今年は雪があるらしいんだよねー』


「ふぅうん、

 美鈴はスキーに行くのか。

 楽しんできてな」

 

ハチ北、というのは

このあたりでは有名なスキー場だ。


そうはいっても近頃は、

西日本でスキーのできるシーズンは

年々短くなっていた。

地球温暖化の影響らしい。


『なぁに、他人事を決め込んでるのよ。

 一緒に行くのよ』


そう言って顔を近づけて睨んでくる。


『それとも、もしかして

 滑れないの、聖は?』


「いや、そういうわけじゃないけれど」


『じゃあ、決定ね』


「おいおい、勝手に決めないでくれよな」

 

ここで神蔵先生が聞いてきた。


『今まで、今回の外務で

 手足の冷えが気になることあったかい。

 神楽君?』


「いいえ、ありませんけれど」


『神経痛は?

 手や足が冷えて

 お腹にきたような感じはあったかい?』


「それも、ないですよ」


『じゃあ、身体の事を心配しているなら

 大丈夫だと思う。危ないと思ったら、

 ゆっくり宿舎で休んでいればいいから、

 行ってくればいい。

 身体の事を気にしているんだろ?』


『先生、何を聞いているんですか?』


そう言って美鈴が

今の質問が何を意味していたのか聞いてくる。


『人によって症状は違うけれど、

 神楽君の飲んでいる薬は毛細血管を

 細くする効果があるから

 どうしても冷え症になりやすい。

 そこから、彼の持病が悪化するケースもある』


『え、そんな』


『それに、これは私の推測だが

 「自分がトイレにたくさん行くと

 迷惑をかけるから、自分は抜ける」

 と思ったんじゃないかな』


「そんなことありませんよ、

 それほど気を使うタイプじゃありません」


『だから、私が大丈夫って言ったから

 たとえ「トイレが多少多くなっても」

 私のせいだ、

 だから気にせず行っておいで』


『そうだったんだ、ごめんね。聖』

 

そう言ってから、ちょっと肩を落として

採血した容器を

トランスポーターの分析機にかけに行った。

 

その間に神蔵先生が、


『神楽君、君のそういった

 「自分のせいでぶち壊しになるから

 参加しないでみんなで楽しんでもらおう」

 という心遣いは、いいところだ。

 だけれど、これから先もずっと

 そうやって生きていく気かい?』


「それは、そんなこともありませんが…」


『私や毛利君は、

 君と外務するのは初めてじゃない、

 もう何回も一緒だ。


 少しは気の許せる関係だろう。

 時には甘えてもいいんじゃないかな?』


とアドバイスをくれた。

その直後に美鈴が戻ってきた。


『神楽君、ズケズケと言ってしまってごめんね。

 まあ、参考程度に心にとめておいてほしい』


「いえ先生、ありがとうございます」

 

改めて神蔵先生の優しさに感謝した。

 

その場を離れていた美鈴は、

そのやり取りが知らなかったので


『どうしたの、聖?』


と尋ねてくる。俺は答えて


「俺も行くよ、スキー。

 久々だから上手く滑れるかわからないけれどさ」


と答えると、大きな瞳を一段と大きくさせて、


『ホント、聖。じゃあ、

 一緒にスキーで決まりだね』


と機嫌良さそうにしていた。


 

結局、血液検査の結果も診察も問題なかったため、

スキーに行くことになったのだった。



      ◆



外務で使用する車は、

機材などを載せているため、

私用の休日には使えない。


そのため、神蔵先生と藤原書記官は

レンタカーでそれぞれ城崎に向かった。

 

これは、別に2人は険悪というわけではなく、

それぞれの家族で使うかもしれないからだった。


それに、再開した家族も隣に同年代の女性、

男性を乗せた姿は見せたくないだろう。

 

2人と別れるようにこちらも、

レンタカーで目的地に向かおうとしたとき森脇さんが、


『ちょっと悪いんだけれどさ、

 ここでラーメン食べてもいいかな。

 夕食前って十分わかっているんだけれど』


「俺は別に構いませんけど…、

 でもさっきパンをつまんだんで、

 SUVで待っててもいいですか?ごめんなさい」

 

本当はウソだった。

身体の都合上、落ち着いて食べる時以外の間食は控えている。

だが、山東のラーメンが有名なのは知っていたし、

森脇の気持ちも十分わかるのでフォローを入れておく。


「でも、ラーメン食べるってわかっていたら、

 僕もパンを食べるんじゃなかったな。

 美味しいですもんね、山東ラーメン。森脇さん」


と振ると、


『そうなんだよー、2人はどうかな?』


と森脇さんが、美鈴と美冬に促す。


ここで2人とも『ノー』と言ってしまったら

どうするのかと思ったがタイミング良く美鈴が、


『私もちょっとおなか減ってたし、

 少し食べていきます。

 それに私も山東のラーメン好きだし』


と言ってくれたので、気まずいムードは避けられた。


 

森脇元康は身長175センチぐらいで、

自分より少し低い。

間食が多いからか、引き締まったとは言えない

身体つきだった。


それでもガッチリしているのは確かで

太っている印象は受けない。


今回のスキーメンバーでは一番と年上で、

わりとあっさりした性格だった。


俺は「森脇さん」と呼び、

向こうは『神楽君』と呼んでくる。


もっとも、美鈴は『美鈴ちゃん』だし、

美冬は『美冬ちゃん』だから

けっこう女の子との距離の詰め方は

上手いのかもしれない。


 

美冬にもラーメンを食べるかどうかで聞いていたが、

結局、美冬は夕食を楽しみにしているからと、

SUVに残る方を選んだのだった。



      ◆


 

既に私服に着替えている私は

久しぶりに制服とパジャマ以外で気持ち良かった。

技術研究本部から伊丹駐屯地まで、

自衛隊の間はずっとカッターに自衛隊の制服だったし、

外務を始めたころは

新鮮に見えた外務部の制服にも

そろそろ慣れてきてしまって飽きていた。

 

地方自治体の行政サービスが無くなってからまだ15年。

過疎地以外は国家公務員の担当者が地方行政サービスを行い、

過疎地は外務部が行う。


これら二つの部署は制服が用意されていて、

数年に1度は制服がデザインチェンジされる珍しい部署だ。

あこがれの職業になってほしいとか、

国民にファッション感覚を持ってほしいなどの

意味合いが込められているらしい。

 

今の制服は5代目で白地にネイビーとブルーを基調としていて、

基調色に赤のラインが入ったシャツ。

それと、ショート丈ラウンドネックの

ネイビー1色のジャケットになっている。


冬季の勤務ではこの上に支給される

黒のセミフライロングトレンチコートを着用する。

襟の大きなコートで前を占めると渋いイメージだが、

始めて着たときはそれなりに良く感じた。


 

私は聖さんの隣に座って、

森脇さんと美鈴さんを待っている。

冬だからもうこの時間で真っ暗なのだけど、

都会を離れて北へやってきたから星が綺麗だった。


オリオン座ぐらいしか知らないけれど

もう少ししたら東の空に見えてくるはずだ。

 

聖さんに目を向けると、


「こんな暗い中で読めるのかな」


と思うのだが本を読んでいる。

この人は、なぜかは知らないけれど

紙の本が好きみたいだった。

今どき珍しいなと思う。

ほとんどが電子書籍なのに。

 

何かしていても、

話しかけて怒らないし、

嫌そうにもしないのでついつい話しかけてしまう。

それが、神楽聖という人のキャラクターなのかもしれない。


「聖さん、今日は何を読んでいるんですか?」


『んっ。ああ、これは「孫子」。知ってる?』


「ええ、陸自ですしね。

 と言っても名前だけで

 内容まではあまり知らないですけれど」


『まあ、そりゃそうかな。

 軍事っていっても古典のレベルだもんね』


読む本の種類もバラバラで、

読書好きだとは思うが、

ジャンルは何が好きなのだろうと思う。

 

私が話しかけたからか、本を置いてくれた。


「聖さんは、スキーに行かないって

 美鈴さんから聞いていましたから、

 2日前に行くことになったって聞いてびっくりしました」


『ああ、ちょっとあってね。たまにはいいかなって』


「得意なんですか?」


『それほどでもないけれど、

 腕が落ちていなかったらパラレルまでは出来るはず…。

 自信ないけれどね』


「へぇ、奇遇です。

 私も同じなんですよ。ウェーデルンは出来なくて。

 難しいですよね」


『んー、って言うよりも、

 小さい時以来あまり来ていないからね。

 明日の午前もちょっとだけ

 スキースクールに入ろうかと思う。フォーム調整に』


「スクールですか?みんなで行くのに、なんでまた?」


『だって、俺だけ下手かもしんないじゃん』


「聖さんって、そつなく何でもこなすのに心配性ですよね」


『そう?そんなことないと思うよ。

 そつなくこなしたことはないし』


「今日も、遠阪峠の上で

 男の子とキャチボールしていたじゃないですか。

 それも、教えたりして上手なのに、

 前に『何かスポーツとかするんですか?』って

 私が聞いたら『あまりスポーツは得意じゃないよ』

 とか言ってたんですよ」

 

そうだった。今日は下にトンネルのある峠を越えたので、

そこの集落の子供とキャッチボールを付き合っていたのだった。

それだけでもビックリするが、

教えるのも上手ければ、投げ方も上手だった。

私は素人だけれど、上手いって事だけはわかった。


『きっと、みんな普通にあの程度は出来ると思うよ』


「謙遜もそこまで行ったらただの嫌味ですよ、

 気をつけないと」


『そうかなあ』


「そうですよ」


わかった、と同意してきたりなど妙に素直というか、

プライドなさそうというか、そういうところが年上を感じさせない。


『でも、どうやったらこれは上手い方だー、

 ってわかるんだろう?』


「それは…」

 

確かにそうだけれど、もともと自慢する男の方が多いのだから、

逆にどうすればいいって聞かれてしまうとわからない。


「私もよくわかりませんけど、

 自慢する人の方が多いのだからもう少しぐらい

 『こんなこと出来るぞ』ってしてもいいんじゃないですか?」


『ん~、それは結構苦手かな、

 威張っている感を出すのは好きじゃないんだよ』


「その気持ちは結構わかっちゃうんですよね」

 

実際、私も苦手だから、

この人の言っていることは結構わかる。


「じゃあ、こうしたらどうですか。

 『これぐらいまでは出来るようになりました』って。

 それだと私もよく使っているし」


『うん、じゃあそうすることにするよ。

 アドバイス通りに出来るかな?』


「きっと、大丈夫ですよ」

 

そうこうしているうちに、

森脇さんと美鈴さんの声が聞こえてきた。

もうすぐ出発で、スキーの宿まで40分だと言っていた。

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